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月と太陽の出ぬ間に

―気づけば俺は学校を出て、どこへ向かう訳でも無く、歩いていた。

放心状態の人間はきっとこんな気分なのだろうか。
体が浮いたような、そんな感覚。
地に足が着かない、とはこういう事なのか。

―わらって、ばいばい。
頭の中で、まだ陽菜の言葉が、響き続ける。

何度も、何度も。
信じたくない自分に、言い聞かせる様に。

それでも、結果は変わらない。
ここで信じてしまったら、何もかもが壊れてしまうから。

―気づけば、家のベッドの中に居て。
俺はそのまま、眠っていた。

今日も外の太陽は降り注いでいると言うのに、こんなにも、陽の光が見えない。
何もかもが見えなくなる程の、真っ暗闇。

でも、それでよかった。
何も、見たくなかったから。

――第四話「悪あがき。」

「・・・悠が休み?」
「そう!七海ちゃんから伝言を頼まれてさ、『風邪だから』って。―昨日から様子が変だったし、元から体調が悪かったのかもね。」
「!・・・そう、なんだ。」

朝のHR前。
何気ない雑談の中で、直太からそんな話を聞いた柳野の表情は、一変した。
心当たりが在る、どころの話ではなかったからだ。

直太の言う様に、昨日の時点で様子はおかしかったし、授業も5時間目から出ていない。
病は気からとも言う、何かがあったのかも知れない。
主に、彼女関係で。

「何だか凄くガッカリしてるね。」
「・・・少なくとも、悠が居ないのと直助が居ないのとじゃ全然違う。」
「さらりと毒舌ですねぇ!?」
「・・・これでもこってり派のつもり。」
「いや、さらっとってあっさりとかそう言う意味じゃないよ?別に味付けとか舌触りを聞いて無いよ?」
「・・・悠も意外とこってり派。」
「あ、そうなんだ・・・って違うよ!?そのまま話を通さないで!?」
「・・・学校終ったらお見舞いに行かなきゃ。」
「・・・あー。」

部活動もコンクールも今が忙しい、お見舞いの時間さえ考えなければならない。
直太との会話を強制終了させんとばかりに、いそいそとメモ帳を取り出し、今日のスケジュールを書き始める柳野。

「ここを・・・こうして・・・多少支障は出るけど・・・。」

思い立ってからメモ帳を取り出し、書き始めるまでの時間は3秒足らず。
解っては居たが、相変わらず彼女は成瀬の事になると、行動的になる。
とても何時の様な、見た目に反した大人しく控えめな女の子とは思えない。
直太は『アイツも罪な男だな・・・』と溜息混じりに呟いていた。

だが、彼女の話を聞いた当人としては、これは止めるべきかもしれない。
半場強引ながら、直太は切り出した。

「・・・今日はやめた方がいいかもよ、柳野。」
「・・・どうして?」
「・・・昨日、なんか学校中抜けしたのに、帰ってきたのが夜らしくてさ・・・昨日の夜、雨降っただろ?だからびしょ濡れでさ、七海ちゃんもいつものように怒り心頭で怒鳴ったんだけど、何も言わずに自分の部屋に歩いていって、それっきりなんだとさ。」
「・・・それって、変というかもう異常じゃない・・・?」
「い、いやまぁそうだけどさ・・・。」

何でそれを先に言わなかったの?と言わんばかりに、柳野は直太を睨み付けた。
さすがに不良と言われるほどの鋭い視線。
しかし、会話を切っておいてそれは無いだろう、などと内心思いつつ、直太は続ける。

「・・・七海ちゃんが言っても何も答えなかったらしいし、頼みの陽菜ちゃんは居ないし!原因も解らない今はそっとしてあげるのがいいんじゃないかって思うんだよ、僕はね。」
「・・・・・・。」
「柳野・・・。」

直太の返答に、不安な表情を露わにする柳野。
それは、直太が今までに見たどの顔よりも深刻なモノだった。

悪い予感が当たってしまった、と言えば、まさにその通り。
背筋が凍る様な悪寒に、柳野は確信する。

「・・・でも、行くよ。」
「・・・マジか。」
「・・・大マジ、原因が解らないなら、当人に聞けばいいし。」
「・・・まぁ、言うとは思ったけどさ・・・。」

―確証は無い、確かめ様はない。
だが、そうとしか思えない。
そうでないにしても、確かめたい。

・・・また、お節介とか言われるんだろうな。
自分でも思う、あんなに言われたのに。
そう思い、胸に痛みを感じつつも、柳野の選択に迷いは無かった。

僕が同じ立場だったら、こうは行かないな。
直太もまた、そんな柳野の表情にそれを察したのか、それ以上何も言わなかった。

「―へぇ、成瀬君は休みかぁ。」
「あ、先輩・・・。」
「・・・空、もうHRが始まるよ?」

そんな若干重くなりつつあった二人の間に、前触れも無く背後から飛び込み、現れたのは、空。
しかし、そんな不意打ちにも関わらず、二人のリアクションは何時もより冷たい。
少し髪型を短くしたというのに、ツッコみも無い。
これではつまらない、と思い、空は意地悪な話題を切り出した。

「成瀬君が居なくて寂しそうだねぇ、お二人さん。」
「そりゃぁもう寂しいっすよ。」
「君は成瀬君以外友達居ないもんね。」
「いやいや!僕はアイツほど人付き合い悪くないっすよ!?つーか友人なら居るじゃないっすかここに!?」
「・・・どこに?」
「冗談でもやめてくれないかなぁ・・・!?」

振りに対し、困った様な顔で応える柳野。
相手が相手だけに、本気に聞こえるからだろう、肩を落とし、今にも泣きそうな顔をする直太。
苦笑いをする辺り、反応は予想通りだったのだろう、形だけでも慰めに掛かる柳野は、まるで姉の様。
悠斗の影響だな、などと思いつつ、本題を思い出し、空は柳野の方へと視線を向ける。

「―そうそう、今日は二人だけのお昼だけど、お弁当も無いから定食でも食べに行こうぜっ!」
「あ・・・私昼は―。」
「駄目。」
「・・・瞬断。」
「私は寂しいと死んじゃうんだよ?嫌じゃないの!?」

昼はコンテストの作品を進めるから、と言おうとした柳野の言葉を遮り、そう泣きながらに言い放つ空。
どうやら拒否権は無いらしい。

「・・・あんまり食べ過ぎないでね・・・。」
柳野は渋々首を縦にするしかなかった。
「うんうん、寂しいなら素直に寂しいって言えばいいんだよ。」
「・・・。」

私が断れない事など知っているだろう、と脳裏にそんな言葉が過ぎった柳野だったが、当然のように反されるのは見え見えであり、其処は無言で済ます事にした。

「んじゃ用も済んだし戻るわ、またお昼にね~。」
「・・・はいはい、またね。」

満足気に約束を取り付けた空は、チャイムと共に去って行く。
呆然とする柳野の隣では、直太が『ご愁傷様』と手を合わせていた。

まぁ、空もハチャメチャは今に始まった事ではないし、慣れているが。
今日の活動は諦めろ、と言う天のお告げなのだろう。
柳野は溜息を付きながら、席に戻っていくのだった。




「・・・で、どれだけ食べるの?」
「後3個くらい?」
「・・・。」

お昼休みの食堂。
案の定、空は恐ろしい量の定食を平らげた。
鯖の味噌煮定食、カツ丼定食、キツネうどん・・etc、その量は計り知れない。
ご丁寧に米粒一つ残す事無く食べ終えたと言うのに、まだ足りないのだろうか、バックに入れてきたらしい、パンをこれまた美味しそうに食べている。
これが学校の定食だからいいものを、普通の定食屋に行ったらどうなる事やら。
相変わらず太らないその体質は羨ましい、と柳野は呆れた表情でそれを見ていた。

「ん・・・もごもごご?」
「・・・どうしたのって?」
「もご。」
「・・・飲み込んでから喋りなさい。」
「・・・ごくん・・・そうそう、今朝はどうしたの?」
「・・・どうしたのって、何が。」
「なにやら真剣な顔してたじゃん、直助君と。」
「・・・うん。」
「成瀬君の事?それとも陽菜ちゃんの事?」
「どっちも、かな。」
「ふーん。」

このなんら遠慮の無い会話も、もう何年も変わらない。
何時も突然に、人の核心を突いてくる。
ある人は容赦の無いとも言い、ある人はデリカシーの無い、と言う。

しかし、私はそれが彼女の魅力だと思っていた。
例えるなら、窓を開けた途端入り込んでくる、風の様な。

「昨日、話したじゃない?陽菜ちゃんが学校をしばらく休むって。」
「まぁね。―・・・で、成瀬君が今日休んだのがそのショックから、とか考えてたとか?」
「翌日の話だし・・・私的にはそれも案外ありえる、かも?」
「・・・あー。」

・・・どうやら見事にアタリを引いてしまったらしい。
今朝の辛気臭さが戻ってきたかの様な柳野の反応に。空は理解する。
と言うより、解らない方が可笑しいと言うべきだ。
好きな男子が明らかにこっちを向いていない事を、嫌でも思い知らされる、彼女の立ち位置を考えれば。

どちらの立場も知っている空としては、尚更の事。
だが、そこで黙る彼女でも当然無く。
迷わずに、空は言った。

「うん、ならチャンスじゃん。」
「・・・え?」
「ライバルが居ない上に王子様が弱ってるワケじゃない?ならここで点数を稼ぐべきでしょ。」
「・・・。」

我ながら何て名案だ、と付け加え、誇らしげに胸を張る空。
しかし、その表情と動作の内心、彼女は理解していた。
それを風華が快く思うはずが無い、と。

だから、柳野が返答をするよりも早く、空は続けた。

「・・・うん、今のは私の言い方が悪かった。―でも、私の言いたい事、理解できたよね。」
「・・・。」
「まだアンタが成瀬君の事を諦めてないなら、ここは好機だと思うべきだよ、それも最後のね。」
「空・・・。」

そう、この子は優しすぎるから。
自分の事はいつも後回し。
だから必要以上に傷ついて、必要以上に背負っていく。

そして、今もまた自分を犠牲にしようとしている。
彼女の為に、彼の為に、自分の想いを棄てようとしてる。

だけど、恋愛にそういうのは必要無いのだ。
譲り合う恋愛に恋愛感情も糞も無いし、ただの自己満足、最後には後悔しか残らない。
そんな恋愛を、彼女にして欲しくなかった。
厳しい物言いをしたのもその為だ。

それでも、空は柳野の返答を解っている。

「・・・見舞いには今日行くよ。―でも、それ以上の事はしないし、出来ない。」
「・・・まーた甘い事言って、勝つ気なんでしょ?」
「・・・正直、今は迷ってるよ。」
「相手が相手だけに?」
「・・・うん。―・・・私も陽ちゃんが大好きだから・・・尊敬もあるし、感謝もある、幸せになって欲しいとも思う。―空の言う事も解るよ、でも、ライバルって言う風には・・・見れない。」
「・・・それで?」
「だから・・・私はもう諦―」

彼女、柳野風華は、優しくて、押しに弱い癖に、一度決めた事は曲げない頑固者。
―悪く言うと、面倒くさい。

「―せいっ!」
「っ!?」

空は全てを言い終えようとした柳野に向けて、手に持っていた箸で攻撃をしていた。
反射的にガードはしたが、余りに突然の彼女の行動、頭が付いていかない。
何を、と言おうとしたが、空はそれよりも早く、口を開いていた。

「そうだ!お前は受けだからいかんのだ!」
「なっ・・・!?」
「誰かのため誰かのため・・・じゃあ陽ちゃんが幸せならお前は幸せじゃなくていいのかーっ!?」
「そ・・・それは違うけどさ、だって、もう勝ち目が―。」
「せいっ!」
「痛っ。」
「勝ち目負け目でお前は諦められるのかー!?」
「・・・そ、それはそうだけど・・・。」
「アンタが悩んでるのなんてずっと前からわかってらぁい・・・だからって待ってるだけじゃ何も変わらんよ!それを何!?影で補佐役!?それで満足する気!?やるからには勝つ気!不良もどきの力魅したれ~!!」

酒に酔った親父の様に食堂にテーブルに片足を乗せて、ペットボトルのコーラを上に掲げる空。
さすがにこれは注目の的になってしまう。

「ちょっ・・・こ、声が大きいって・・・!」
即座に柳野はストップをかけ、騒ぐ空を正しい姿勢に座らせる。
だが、時は既に遅し、数秒だが、精一杯に張り上げた空の声援は、目の前の柳野だけではなく、食堂中に届いていた。
笑いながら話題にする者も居れば、冷めた目で見る者も居る。
だが、そんな中でも空は何一つ気にする事無く、息を荒げながらも満足げな顔をしていた。

「はぁっ・・・はぁっ・・・あースッキリした・・・!」
「いやいや・・・やる事が突発的すぎるよ・・・。」
「それが・・・私の・・・女の道じゃい・・・。」
「何でも良いから・・・人前でそういうのやめて・・・。」

対して、親友の行動に恥かしさと呆れが同時に訪れたからか、紅い顔を手で隠しながら注意をする柳野。
しかし、内心にはその二つ以外に、もう一つの感情があった。

―それは、感謝。
昔から弱気で、逃げ出す事が多かった私の背中を押してくれる、力強い手に対して。

「とにかく、アンタが引く事なんて少しも無いの、だってまだ好きなんでしょ?諦められないんでしょ?」
「空・・・。」
「じゃあ諦められるまで突っ走る、それまでは見守っててあげっからさ。」
「・・・うん。」

空の言葉に、柳野は深く頷いていた。

・・・多分、結果は変わらない。
悠斗の気持ちは、昨日の言葉で良く解ったから。

だから、悠斗にああ言いながらも、あの時点で、私の心はどこか折れかけていた。
否、いっそ折れてしまえばいいと思っていた。
そうすれば、心残りはあるけれど、楽にはなれるから。

・・・でも、そうだよね。
追いかけろって言っておいて、自分がそれをしないなんて、おかしいもの。

「・・・・・・本当、アンタって一途過ぎるわよねぇ・・・押しといてアレだけど。」
「・・・そう、かな?」
「・・・アンタはほんとーっに勿体無いなぁ。」
「・・・それ、悠にも言われた。」
「成瀬君も優しすぎるからなぁ・・・そこが長所であり致命傷。」
「それが悠の良い所だもん。」
「はいはい、惚気ですねー。」
「むぅ・・・。」
「ま、頑張って寝込みを襲ってきて頂戴な。」
「・・・おそっ・・・そんな事しないよ・・・!」
「ええ!?それじゃ私の懸命な説得の意味は!?」
「・・・。」

久しぶりに、空と沢山話した気がする。
柳野は強引ながらも、自分を元気付けてくれる親友に感謝しつつ、昼休みが終るまでずっと話をしていた。

―確かに、最近は寂しい思いをさせてた気もする。
部活ばかりで、一緒に帰っても居なかった。
それでも、空は私の応援をしてくれる。
いつもやり方は強引で、周りからは呆れられるくらいで。
でも、私にとっては一番の言葉で。

だから、私はいつも迷い無く進めるんだ。
・・・ごめんね、ありがとう。

そう言っても、きっと空は怒るだろう。
だから、私は言わない。
心の中だけで、そう感謝する。




放課後、柳野は部活動を休み、悠斗の家へと向かっていた。

二回目の悠斗の家、緊張しない訳が無い。
逸る心を抑えつつ、出来るだけ早足で、出来るだけ最短で、歩を進めていった。

心臓があの時みたいに張り裂けそうになる。
近づくたびに、それは大きく音を立てて。

家の前に付く頃には、その音は最高潮まで達していた。
・・・でも、逃げる訳には行かない。
陽ちゃんの為にも、悠斗の為にも。
何より私自身の為にも。

胸に手を当てるだけで解るほどの心臓の音を抑えながら、大きく深呼吸。

「・・・行こう。」

自身に言い聞かせて、柳野は強くチャイムを押した。

第四話 続く。
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月と太陽の出ぬ間に

第四話 「雨乞い」

・・・。

・・・・・・。

解っていた事だったが、チャイムには誰も答えない。
とはいえ、悠斗が此処にいるのは確かで。

―ガチャ。

・・・鍵も、開いてるのだ。
後で許可を貰えば・・・不法侵入にはならないよね。

この時、柳野の選択肢に、『このまま帰る』と言う選択は存在しなかった。
聞きたい事を聞けなかったとしても、看病するくらいならバチは当たらないだろう、そう思い至ったからだ。

結局の所、心配でしょうがなかったと言う事。
そして、柳野が盗人のような慎重さでドアを開けようとドアノブを再び捻る、すると。

―にゃ~。
―みゃー。

猫の声が聞こえた。

柳野は一瞬驚いたが、それが猫だと認識すると、扉を開けた。
良かった、不法侵入にはならないみたいだ。
玄関には、二匹の猫が礼儀良くお座りをして、柳野を見ていた。
主人が帰ってきたと思ったのだろうか、甘い声を出して鳴き始める。
しかし、持ち物の中に缶詰などある筈も無く、柳野は若干申し訳無い気持ちになりながら、聞いた。

「・・・君たちのご主人は、まだ寝てるのかな?」

―にゃー。
―まー。

「・・・そっか。」

会話になどなる訳は無いが、どこか猫たちが心配しているような、今の柳野にはそう感じた。
・・・確か、悠斗の部屋は二階。
柳野は猫たちを一度だけ撫でて微笑んだ後、階段へと向かう。

深呼吸をするには短すぎる距離、心の準備を終えるには尚、短すぎる距離。
あっという間に悠斗の部屋の前に着いた柳野は、高鳴る鼓動を何とか抑えながら、その扉に手を触れる。

入ったらもう戻れない道。
当人から何度警告もされた。
自分じゃどうにもならない事かも知れないと、解っていて着たつもりだ。

でも、『あの時』から、悠斗が悩んでいるのが解ってしまったから。
それを放って置くなんて、私には出来なかったのだ。
ゆっくりと、静かに扉を開ける。

「・・・悠。」

すぐに柳野の視界に入ったのは、汗だくで眠る悠斗の姿。
寝相の所為だろうか、額にあったであろうタオルは地面に落ち、掛け布団もほとんど役目を果たしていなかった。

「・・・寝てる、よね。」

顔は僅かに紅く、額には汗。
確認するまでもなく、それは風邪の症状だ。
・・・熱はどの位だろう。
少し恥ずかしさを感じながらも、柳野は悠斗の額に触れる。

「・・・熱い。」

やはり何かを聞く所じゃない。
柳野は落ちているタオルを拾い、台所へと駆けて行った。

「・・・少し借りるね。」

台所のテーブルで寝ている二匹にそう呟いて、柳野は冷蔵庫から氷を取り出し、ボールに水と共に入れた。
この夏には心地よい冷たさが、左手に染みる。
反対、右手に持っているタオルはすっかり生ぬるく、乾き始めてすらおり、冷たさなどまるで無い。
一度も起きていないのだろう、そういう意味では安心だが。
とにかく熱を冷まさなければ。
タオルを氷水の中に入れ、柳野はいそいそと二階へ持って行った。

「・・・―少し冷たいけど、我慢して。」
早速、冷えたタオルを悠斗の額に乗せる。

「・・・っ。」
「!・・・。」

さすがに冷たかったのか、反応を見せる悠斗。
起こしてしまったか、慌てて顔を覗かせる柳野。

「・・・。」

良かった、どうやら大丈夫らしい。
地面に落ちそうになった布団をしっかりと掛けてやり、柳野は一息ついた。

・・・ここで目を覚ましたら、悠はびっくりするだろうな。
いきなり看病になんて来られても、迷惑だろうし。
今更ながら、少しばかりの後悔が走る。

勝手に家に入って、勝手に看病して。
こんな下心のある看病だもの、軽蔑でもされてしまうかもしれない。

「・・・悠も、私をしつこい女だって、思うのかな。」

答えるわけも無い、眠る悠斗に、柳野は一人、語るように話していた。

「・・・好きの一方通行って・・・解ってるのにね。」

寝てる病人相手に何を言っているのだろう。
・・・いや、寝てるからこそなのかな。

「・・・ホント、馬鹿みたいだ。」

本人の前じゃ決して言えない事、だから、こんな時だから、言いたくなったのかも知れない。
なんて卑怯な女なんだろう、私は。
そんな自己険悪に駆られた、まさにその時だった。

「・・・う・・・く・・・。」
「・・・悠?」

柳野の耳に、悠斗の声が聞こえた。
幻聴じゃない。
声のままに悠斗の顔を見ると、魘される様に、苦しい表情で体を横にして、ガタガタと震えていた。
悪い夢でも見ているのか、その声は、とても痛々しい。

「く・・・うぅ・・・。」
「・・・悠・・・しっかり・・・。」
「・・・な・・・。」
「・・・!」

見ているこちらが辛くなるほど、その表情と動作は苦痛を表していた。
・・・見ていられない。
どうすればいいのか、そう考える前に、柳野は行動に出ていた。

悠斗の手を、祈るように両手で掴む。
額と同じように、焼けるように熱い手。

・・・手を握るくらいしか、度胸が無かった。
漫画で見るような、その隣で寝れる様な、大胆な女性には成れなくて。
でも、精一杯やろうと思った、その結果だから。

柳野は、小さく歌い始めた。
か細くも、透き通った歌声で。

―柳野は、父親の顔を覚えていない。
小さい頃離婚して、それっきり。
そんな父親が、一人娘に残した、子守唄。

英語の曲なので、当時の柳野には何の歌なのかもさっぱりわからなかったが、今となってはこれが柳野にとっての子守唄である。
これで悠斗が落ち着くとは思わないが、無理やり起こすという行為をしたくなかった柳野にとっては、今思いつく最善の策だった。

逆に歌で起きてしまわないか、そんな不安もありながら、柳野は歌い続けた。
決して大きくしすぎず、でも、聞こえる程度に。




ある程度歌い終わると、苦痛の声も聞こえなくなり、悠斗はまた眠りについていた。
予想外に効果覿面だった様だ。

「・・・よかった。」

それでも今はそれが収まった事に一安心しよう、柳野は溜息交じりに安堵の声を漏らしていた。

―にゃぁおー。
―みぃー。

気がつけば、柳野の膝の横には、猫二匹が座って見ていた。
餌をねだっているのだろうか、体をゴロゴロとさせ、何かをアピールしていた。

「・・・君たちの主人は・・・どこに行ったんだろうね。」

悠斗のタオルを取り替えながら、柳野はそう独り言を繰り返した。
無音の世界、好きな人と同じ部屋、こんなにも近くに居て、手だって触れられるのに。

―聞こえてしまったのが、いけなかった。

悠斗の寝言から、皮肉にも聞き取れてしまった言葉があったのだ。

「・・・夢の中にも、あの子は居るんだね、・・・悠。」

二匹の猫を撫でながら、柳野は最後にそう小さく、消えそうなほどに、小さく呟いていた。




「・・・さん。」
「・・・・・・。」
「兄さん!!。」
「・・・七海・・・?」
「・・・・・・。」

目を覚ますと、すっかり外は真っ暗闇になっていた。
どのくらい寝ていたか、なんて考えたくも無いくらいの長い時間だろう、寝ていたらしい。
昨日の夕方から記憶が無いのだ、間違いない。

そんな長い時間の眠りから覚めた矢先、視界に入ったのは、此方を睨みつける制服姿の七海。
制服姿の理由については解ったが、見るからにその様子は普通ではない。
何事か、と悠斗が聞こうとした、その瞬間だった。

―バチッ!

「―・・・は?」

何が起こった?
強く頬に痛みを感じる悠斗は、痛みがある頬に手を触れ、確かめる。
そして目の前には、目に涙を溜める、妹の姿。
間違いない、七海に引っぱたかれたのだ。
それも、黄金の左で。

「・・・な、七海・・・?」
「・・・っ。」

引っぱたかれる理由など何となく解っている、だというのに、悠斗は聞き返していた。
まだ目が覚めて間もないからか、思わぬ妹の行動に混乱していたからだろうか。
目覚め早々にビンタを貰うなど、誰が予想するものか。

だが、そんな妹の返答は、悠斗の予想外を上回るものだった。

「・・・兄さん、明日は必ず学校に行ってくださいね。」
「・・・は?」
「必ず学校に行って、柳野先輩に謝ってください。」
「・・・七海?」
「帰ってきて驚いたんです、柳野先輩がずっと看病してたんですよ、兄さんの事を・・・。」
「!・・・柳野が?」

信じられる筈も無い言葉、一瞬悠斗は我が耳を疑った。
しかし、この場面で嘘を言うとは思えない。

「・・・額、冷たいでしょう?」
「・・・これも、柳野が?」
「・・・私は今帰って着たんです、朝兄さんの額に置いてからは、今もそれに触れてません。」

確かめる様な悠斗の問いに、首を重く動かす七海。
今日は平日、学校もある。
そして、柳野と七海は同じ部活。
この時点で、悠斗には全て飲み込めた。

「―・・・この際昨日何があったかは問いません・・・けど、ついさっき帰るまで・・・こんな夜まで看病してくれたんです・・・今日中に治してお礼を言いに行かないと承知しませんからね。」
「・・・・・・わ、解った。」
「引っぱたいたのは、先輩の代わりです。」
「・・・・・・何の代行だよ。」
「察しなさい・・・それと、何も聞かないであげるんだから、門限破った事に対して位は・・・何か無い?」
「・・・悪い。」
「よろしい・・・おなか、空いてるでしょ?」
「・・・ああ、悪い。」

謝りっぱなしの兄さんなんて不気味、と残し、七海はキッチンへと降りていった。

・・・本当に不出来な兄だと我ながら思う。
世話焼きな所なんて、母親にそっくりだ。

そう考えると、俺の不器用は、父親にでも似たのだろうか。
だとしたら、なんて不本意だ。

階段を下りてキッチンへ行くと、七海が冷蔵庫の中身を確認していた。
悠斗が降りてきたのを察したのだろう、座って、とキッチン前のテーブルにお茶を置いた。
この夏に熱いお茶、しかし、風邪の身だからこその気遣いだ。

「・・・熱もまだ下がりきってませんから、煮込みうどんでも作りますね。」
「ああ・・・七海。」
「はい?」
「・・・本当に悪かった・・・事情については、今は詳しく話せないけど、話す時になったら、必ず話す・・・お前にも聞いて欲しい話だし。」
「・・・もう・・・本当、お父さんにソックリなんだから。」
「・・・。」
「・・・どうかしました?」
「いや、俺が思ったことをそのまま言われたな、ってさ。」
「・・・今まで気づいてなかっただけですよ・・・どことなく似てるんです、兄さんとお父さん。―それじゃ、少し待っててくださいね。」

さっきの睨み顔が嘘のような笑みで、七海は調理を始めた。
これじゃ、どっちが上なのかと言いたくなってしまう。
・・・それほど今の俺は情け無いのだ。

―七海に頬を叩かれて、始めて、昨日の出来事が夢じゃないと気づかされた気がする。
悠斗は確認するように、未だ紅い頬に触れていた。

そして、嫌でも理解してしまう。

陽菜のあの言葉も、梅雨が終れば、消えてしまうという告白も。

今はただ、梅雨が終らないのを祈る事しか出来ないのも、全てリアルで。

俺は、呆れるほど無力なのだ。

第4話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

第四話「とある面会風景。」

ここは、とある病院。
何の変哲も無い、真っ白で、静かなはずの病院。

今日も一人の五月蝿い男が、ナースステーションにやってきた。

「どもっス看護婦さん!面会がしたいんですけどー。」
「あらあなたは何時もあの子の所に見舞いに来てる・・・ええと、土野・・・直助さん?」
「もう何度目ッスかナースさん・・・直太です直太・・・!」
「あら、ごめんなさいね・・・なんだかそっちのほうが呼びやすくて・・・。」
「悪友にもよく言われるんスけど!?」
「あらあら・・・病院ではお静かに。―と、面会ですね。」
「ですです。」
「ふふ、青春ね・・・と、場所はいつも通りの個室ね、いってらっしゃいませ~。」
「うぃっス!」

いつもの美人ナースに許可を貰うと、直太は競歩で病院の廊下を駆け、階段を登る。
一歩一歩、そこに近づく度に心が躍る。
早く会いたいと、心は駆け足を要求する。
慌てるな、距離はそう長くない。
何より、廊下は走らない!




ほら、そんな事を考えていたら、直ぐに着いた。
自問自答すること1分足らず、直太はあっと言う間に、とある個室へとたどり着いた。

緊張する事も無い、いつものように笑顔で。
直太は勢い良く扉を開け、第一声。

「弥生~!今日も来たぜ~!」
「・・・。」

扉の先には、いつものように、弥生が微笑んでいた。
将来お先真っ暗だった僕に、突然現れた、天使みたいな子。
黒く短い髪に、黒く澄んだ瞳、病院で着るあの白い布が、皮肉にもどこか似合う。
天使はさすがにクサいと思うが、本当の事だから仕方ない。

「足の調子はどう?」
「・・・。」

直太さんのおかげで凄く順調だよ~、と書いたメモを、ベットの隣に座った直太に見せると、弥生は、直太さんは毎日元気だよねー、とその下に書き足した。

「うんうん、弥生が元気なら僕も元気だぜ!」
「・・・。」
「そうそう、元気云々と言えば、今日さ、珍しく成瀬が学校を休んだんだ、それをもう柳野の奴が心配しててさぁ・・・。」
「・・・。」
「ほら、陽菜ちゃんが親の都合で学校に来れなくなったって話したじゃん?その後の話だから余計なのかねぇ・・・。」

急に始まるそんな話題も、いつものこと。
直太の同意を求める声に、弥生は首を縦にして、さらさらとペンを走らせた。

『好きな人が居ないって、寂しい事・・・成瀬君は陽菜ちゃんが好きだし、告白した後だから仕方ないし、風ちゃんも成瀬君が好きだし、心配性・・・だから、仕方ないと思う。』

「・・・まぁそうだよなぁ・・・って、柳野が成瀬を好きなのは知ってたけど・・・成瀬は陽菜ちゃん・・・それ三角関係!?しかも告白済み!?」

見せられた文に対して、新聞で物価高を知った主婦のように、直太は驚きの声を上げた。
気づいていなかったのか、と弥生は溜息を付いて、『鈍感』と書き加えた。

「うーん・・・意外と修羅場ってんだな、成瀬の奴・・・。」
「・・・。」
わたしも空に聞いて知ったんだけどね、と付け足すように書いた弥生は、心配そうに顔を俯かせる。
「・・・やっぱり、心配?」
「・・・。」
「そっか・・・。」

こくこく、と頷く弥生。
ジェスチャーと表情で全てを表現する弥生だからだろう、直太が感情を把握するのは容易だった。
確かに、思えば陽菜ちゃんと居た成瀬は、嘗て見たことも無い笑顔だったし、二人は幼馴染だったとも言うし。
子供の頃仲が良かったとか、そんなのだろうか。

何にせよ、そんな成瀬や柳野の心境を、直太は解らなくも無かった。
あの輪の中に居る事は、素直に楽しい。
少なくとも、今までの学校生活で、それは無かったモノ。
自分にもまた、似た心境があったからだ。

「うーん、成瀬の奴、俺には全く相談しなかった癖に・・・勝手に色々進めやがって・・・。」
「・・・。」

頼られていないと考えると、結構凹む。
1年の付き合いの友人だと言うのに、気づいてもやれなかったわけで。

とはいえ、納得する部分もある。
1年と言う時間は長くもあり、短いとも思うのだ。
1年一緒に居る僕と、10年単位での友人じゃ、きっとその差は歴然だろう。
長さがモノを言うわけではないだろうけど、その月日の差が関係ないという事は、決して無い。
まぁ、元より頼られては居ないだろうとは思っていたけれど。
改めて思い知らされたとあれば、そりゃ凹みもするのだ。

そんな直太の心情を察したのか、よしよし、とその頭を撫でる弥生。
一応は年上だが、これはこれで情けない。
直太にとっては嬉しくも悲しい、追撃でしかなかった。

「まぁ・・・アイツが自分で解決させたいと思ったんだろーかな、それか、誰にも言えない理由でもあるのか。」
「・・・。」
「・・・うん、そりゃぁもちろんさ、多少なれど心配だけど、僕はアイツを応援するくらいしか出来ないよ、今は自分の事でいっぱいいっぱいだしね。」
「・・・。」
「それに、喧嘩の時くらいは背中を守ってやれるけど、やっぱり恋愛は1:1じゃないとね。」
「・・・・・・。」

目を丸くして、弥生がメモにまた何かを書いて、冷や汗をかきながら直太に見せた。

『・・・直太さんが意外に真面目に考えててちょっと焦った!・・・セリフもちょっとクサいし・・・。』
「ふんふん・・・うん、まぁそうだろうね・・・うん・・・でも弥生に言われるとすごーーーーく凹む・・・。」
「・・・。」

静かに弥生は、でも、私は頼りにしてるよ、とメモを書いて、また直太の頭を撫でる。

「うう・・・そんな付け足すように言われても・・・。」
「・・・。」
「・・・しかしまぁ、そう言われると嬉しいかも。」
「・・・。」

と鼻の下を伸ばす直太。
本当に調子のいい人だ、と弥生は苦笑いした。

「―邪魔するぞー。」

―そんな直太の夢見気分をぶち壊すが如く、後ろから凛々しい声が聞こえた。
この時間帯、自分以外に面会者なんて居ないはずだけれど、直太は振り向いて、その人物を確認する。
声からすると女性だが、その声は、弥生と仲が良い、あの二人のものではなかった。
いや、それ以前に、同年代や先輩の声ではなかった。

「ひ、柊先生ぃ!?」

余りの急な登場に、直太は声が裏返っていた。
そんなリアクションが良かったのか、相変わらず面白いなお前、と柊は細く笑う。
それとはまるで反対、弥生は驚く様子も無く、柊にお辞儀をする。

「よぅ、弥生、元気にしてたか?」
「・・・。」
「そうか、何よりだ、ああそうそう、足見せてくれ、経過が知りたい。」
「・・・。」

こくこく、と頷く弥生。
一人大口を開けた直太の横に立ち、柊は弥生の細い足を持ち上げた。
撫でるように手でいくつもの箇所に触れて、すぐに柊は納得したように『うん』と声を上げた。

「・・・術後の経過も順調か、リハビリも結構進んだか?」
「・・・。」
「そうか、治り難かったものな、随分時間がかかったもんだ。」
「柊先生・・・どうしてここへ・・・?」
「ん?・・・ああ、居たのか土野。」
「居ましたよ・・・ええ・・・あなたより早く来ましたよ。」

そうかそうか、とわざとしく笑う柊。
普段白衣を見る事が多いと言うのに、黒い長袖シャツに茶のズボン、と男のようなラフな格好をした担任がこんな所に居るのだから、直太は驚きを隠せなかった。
持ち上げていた足を元に戻すと、柊はバックからメモ帳を取り出し、何かを書いた。

多分、経過を記録したのだろう。
直太にはそう感じられた。
つまり、来たのはこれが一度や二度では無いと言う事。
それなら弥生の落ち着き様も説明できる。

「異常無しっと、退院までもう少しだな。」
「・・・。」
「それにしても、面会に着てる奴が居るって言うから柳野か神崎だと思ったんだが、お前だとはな。」
「皆最初は意外だといいますよ・・・ってか先生、どうして弥生だけ下の名前で呼ぶんスか?」
「コイツと私が従姉妹だからさ、昔三女が世話になってたからな。」
「先生・・・妹さんが居たんですか・・・。」
「もう随分前に亡くなっちまったがね・・・生きてれば歳も近かったと思うが。」
「はぁ・・・・・・―というか先生、医者の資格でも持ってるんですか?・・・足を見ただけで骨折云々解るもん?」
「ある程度は素人が触れば解るものもあるだろうか・・・まぁ一応医者目指して勉強させられてた事もあったからな。」
「へぇ・・・まぁ、美術の授業で白い服は見慣れてますけど。」
「かじった程度さ、無理やりやらされた勉強だからすぐに止めたし。」

と、柊はポケットからタバコを出し、火をつけようとしたが、何かを思い出した様に、即しまい込んだ
子供を叱るような表情の弥生、その手には『タバコ厳禁』の殴り書き。
タバコをしまったのは、自分で気づいたのでは無く、注意されたかららしい。
教え子に正される教師の図とは、なんとも珍しいと思う。

「悪い悪い、どうも学校の休憩時間と同じ感覚でやるところだった。」
「先生・・・。」
「ああ、学校云々で思い出した。」
「・・・?」
「弥生、お前に一つ聞いておくべき事があったんだ、今日の用件はそれでな、勿論様子見もメインだが。」
「・・・?」

「―コンテストに参加しないか?もう時間が無いから小さめの作品ぐらいしか描けないかもしれんが、同学年の奴らや部員達に無事を知らせる意味でもさ?」
「!・・・。」
「そういえば・・・弥生は美術部だって聞きましたけど・・・。」
「そうだ・・・本当なら今頃、美術部の部長になるのが弥生か神崎だったんだが、神崎は退部、弥生はこうして入院、って事で、柳野が部長をやってる、最初は頼りない感じだったが、今やすっかり部長らしく皆を仕切ってるがな。」
「・・・・・・。」

弥生は、急に表情を暗くして、そしてメモに短く、素早く書いて、破った一ページを柊に渡した。
さっきまでの反応とはまるで別人。
明らかにおかしいそれに驚く直太、その隣で紙を受け取り、そして、納得する柊。

「・・・ごめんなさい、か。」
「・・・・・・。」
「謝るなよ、別に無理にって訳じゃないし・・・ただ、神崎もそうだが、弥生もだ、私より才能があるお前らが、このまま絵の道を諦めるのは勿体無いと思ってな。」
「・・・。」
「空先輩も美術部だったんだ・・・。」
「ああ、1年と2年まで楽しそうに3人一緒でよく描いてたよ。―・・・まぁ細かい事が気になるなら弥生に聞くといい。」

少し傷口を開かせてしまったか。
小さく呟いた柊の声が、直太には確かに聞こえた。
いや、多分、僕に聞かせたんだ。
そんな気がした。

「んじゃ、経過も見れたし、私は行くよ、スケジュールが詰まってるんでね。」
「あ、はいはい。」
「・・・。」
「おい土野、あまり弥生を悲しませないようにな。」
「・・・余計なお世話だっつーの・・・。」
「何か言ったか?」
「い、いえ!お気をつけて~!」
「ああ、またな弥生。」
「・・・。」

そう、最後に弥生の頭をぽん、と叩き、直太の頭をゴンッ、と殴った後、微笑を残して、柊は去っていった。
気を使ってか、それとも本当にスケジュールが詰まっているのか。
滞在時間は、僅か5分足らず。
お天気雨の様な急さと、嵐のような潔さは、ゲリラ豪雨とでも名づけようか。
痛みに頭を抑えながら、直太はそんな事を思った。

「いつつ・・・全く驚いたね・・・ねぇ弥生。」
「・・・・・・。」
「・・・弥生?」
「・・・。」

柊が去った、その数秒後。
弥生が、小さく涙を浮かべて、震えていたのだ。
タダごとではない、と直太は弥生の顔を覗き込む。

「ちょ・・・どうしたの?」
「・・・っ。」
「先生に何か嫌な事でも言われたのか?・・・それとも俺の存在が嫌なのか!?」

冗談交じりの言葉に、弥生は首を横に振り、震えた手で何かを書き、直太に渡した。
その内容に、直太は目を丸くする。

『空ちゃんにも風ちゃんにも苦労をかけた自分が、絵描きに戻って良いのかな?』
「・・・って、苦労?」
「・・・。」

精一杯、顔を縦にする弥生。
これ以上の肯定の表現は無いだろう、直太はその意志の強さを感じた。
だが、直太には、二人の苦労云々やら、弥生の涙の意味はわからなかった。
と、言うよりは、それ自体を考えるのを止めていた。

今彼女が泣いている。
なら、どう慰めよう。
それだけが、直太の脳裏を駆け回り、そして答えを出していた。

「・・・うーん、弥生はさ、絵を描きたいの?」
「・・・!」
「この文を見ると、すごく描きたいように見えるよ・・・まぁ俺は馬鹿だから、良く解んないけど、あの柊先生が才能があるっていうんだから、そりゃもうすごい才能なんだろうさ?」
「・・・。」
「それに、苦労をかけたって言うならさ、その苦労した二人の為にも?復帰して、描いたほうが良いと思うんだな、うん、ここで弥生が絵を描きたいってのを諦めたら、あの二人が何の為に、君の言う苦労をしたかわからないじゃん?」
「・・・!」
「・・・それにほら、弥生が絵を描くなら、僕がモデルになってあげるし!受賞間違い無しだよ!?」

どういう理由で「それに」なんだろう、と弥生は思いつつ、それがツッコみ待ちの言葉であることを理解すると、ぺちっと直太の頭を叩いた。

「・・・。」
「いや・・・うん・・・ごめんなさい、真面目な話なのにツッコませてごめんなさい・・・。」

泣き顔でツッコまれては逆に気を使わせてしまった感じがする、と直太は人知れず精神的ダメージを受けていた。
「・・・。」
「僕はダメ人間僕はダメ人間・・・叱ってください弥生様・・・。」

勝手に顔面蒼白になる直太に、弥生は、泣いてる自分が馬鹿らしく思えてしまった。
自分の為に必死になってくれている姿は、どこか、あの二人を見ている気がして、どこか安心したのだ。
直太の頭をぽんぽん、と叩くと、涙目ながも、弥生は笑っていた。

「・・・弥生?」
「・・・。」
「・・・ありがとう?」
「・・・。」

『ありがとう』と書かれたメモを見せ、コクリ、と頷いて笑う弥生、そして、直太の手を強く握った。
あまりに急な弥生の行動に、直太は思わず「うぉおおう・・・」と気持ち悪い声を上げていた。
そして、弥生が恥ずかしそうに手を離すと、コツん、と直太は手のひらに固い物を感じた。
みてみると、それは小さなメモを丸くしたものだった。

「・・・このメモは?。」
「・・・。」
「開いてみて?・・・何々。」
「・・・。」
「・・・・・・弥生?これは、マジ?」

嬉しそうにコクコク、と頷く弥生。
反対に、後が恐いと身体を震わせる直太。
そのメモに書かれていた内容はこうだ。

『―私、直太さんがモデルなら、書いてみようと思えるかも。』

「・・・僕で良いの?」
「・・・。」
こくりと頷く弥生、更にメモに何かを書いて、直太に見せた。
「・・・・・・弥生・・・僕・・・泣いていいかなぁ・・・?」
「・・・!?!?」
「だってさぁ・・・こんな嬉しい事書かれたら泣いちゃうじゃん!?」
「・・・・・・。」

本当に泣く事があろうか、と彼を見ながら思う弥生。
しかし、それは逆に、それだけ自分の事を想っている裏づけでもあり。
それが弥生には、嬉しかった。
嬉しかったからこそ、思わず付け足すように、書いた。

「・・・ほんとうの、こと・・・だもん?」
「・・・。」
「・・・ぼく・・・もうしんでもいいや・・・。」
「・・・!?!?」

瞬間、がくり、と倒れこむ直太。
どこか満たされた、幸せそうな顔で倒れる彼は、まるで人生を満喫し切った老人そのもの。
これはいけない、弥生は慌ててナースコールを押していた。




看護婦に運ばれた彼の症状は、強い精神的ショックによる気絶、との話。
目覚めて、訳を話した彼は、言われるまでも無く、看護婦達から恐ろしく叱られたのだとか。

その後、直太は『お見舞いに来て倒れた男』として、病院内で少しの間噂の的となるのだった。

―要因となったメモ、その書かれた内容については、その二人以外、誰も知らない。

第4話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

第四話「8:2」

「おーっす成瀬!!元気してたかぁ!?」
「・・・・・・ああ、うん。」

翌日、七海に叩き起こされ、暗示のように命令を受け、7時30分という早朝から学校へ来た悠斗を迎えたのは、これまた意外な人物だった。
直太は満面の笑みで、意味も無く、悠斗の肩を何度も叩いてくる。
悠斗は今までに無いほどのウザったさに、思わず他人にする様な返事をしていた。

何故自称不良が二人揃ってこうも早く来ているのか。
そして何故、お前はそんなにもテンションが高いのか。
どちらにせよ、勘弁して欲しい。
こっちは色々考えすぎて脳が熱暴走でも起こそうものだと言うのに。

「もー今の気分は人生で最高潮だねぇ~!どうしてだと思う?成瀬?」
「知らん。」
「この冷めたツッコみも今は気にならないぜ~~!?」
「うぜぇ。」
「ふっふーん、弥生の足ももうすぐ良くなるし~、そうなったらデート?デートから一気に恋人?人生最高~~!!」
「・・・・・・。」
「あれ?なんか成瀬テンション低くない?もっとあげていこうぜ~!?」
「・・・頼むから今は放置してくれ・・・ただでさえお前のテンションについていくのは疲れるんだから・・・。」
「ちぇ、悩んでるなんて成瀬らしくねえぜ~?」
「・・・悩みの無い人間になりたいもんだ。」
「はっはっは、しかし悩むからこそ人は成長するものだよ、少年。」
「気持ち悪っ・・・。」

しかし、どうやら放って置くつもりは無いらしい。
普段と若干ズレのある反応に、悠斗は仕方なく折れた。
今は余計な力を使いたくなかったからだ。

「・・・なぁ直助。」
「あんだよ?」
「男女間の友人関係は成り立つと思うか?」
「うーん、人類永遠の謎じゃない?」
「・・・さいですか。」

だからと、何故こんな事を聞いてしまったのか。
後になって、悠斗は後悔した。
・・・その理由は、解っている。
だからこそ、余計に歯がゆい。

だが、友人の少ない悠斗に選択肢は無く。
少なくとも、自分よりはマシな答えがあるであろうと期待した故の質問だった。
しかし、答えは結局変わらずで。
悠斗は小さく溜息を付いていた。

「それ、柳野の事?」
「!・・・。」

その直後の事、直太の口から飛び出たのは、ズバリ悠斗の思った通りの人物。
思わず悠斗は直太を睨んだ。

「・・・なんで知ってる。」
「普段のお前ら見てりゃそれっぽい事は思うんじゃね?端から見りゃお前らお似合いだし。」
「・・・。」
「ほう・・・否定しないって事は、弥生の話は本当なんだな・・・。」
「・・・発生源はそこか・・・。」
「まぁー、源の源が七海ちゃんネットワークなのも間違い無い・・・にしても。―男女間の友人関係か・・・僕はあんま好きじゃないな。」
「・・・俺だって好きでやってるわけじゃねえよ。」
「それもそうだ。」

そう、俺は柳野を親友だと思っている。
柳野も、それを解っている。
それでも、柳野は想う事を止めないだろう。
まるで、イタチごっこにも似ていて。
これを好きな奴なんざ、居てたまるものか。

「でも、じゃあなんで友人関係切らないのさ?」
「・・・そう簡単に切れるもんかよ。」
「そりゃそうだけどさ、なんちゅうかな、成瀬は陽菜ちゃんが好きなんだろ?・・・柳野には勝ち目が無いじゃんか、なのに、ずっと友人関係続けてくのって、辛いよ?」
「・・・。」
「勿論俺もそれはアイツに言ったし、アイツだって解ってる・・・表っ面では親友続けて、柳野はきっと、お前の言うそんな心境だろうよ。」
「・・・で、成瀬の恋が成就したらしたで、横でそれをずーっと見守るワケ?・・・んな、漫画じゃあるまいし・・・。」
「・・・。」

―ああ、その通りだよ。

珍しく、悠斗は直太の言葉に全く同意できてしまっていた。
しかし、これは漫画でもアニメでもなくリアル、そして俺は読者(無関係)ではなく。
言わば、原因。

「あれだ。―いっそ、一回他人に戻るといいと思うんだ・・・恋した事も、好きだった事も知らなかった他人の頃に、ほら・・・そうすりゃ、後で気づくんだよ、『ああ、別に大した男じゃなかった』ってね。」
「・・・・・・お前、さっきからやたらそれっぽい事を言うな。」
「恋愛に関しちゃ任せてよ、『愛のキューピット』と呼ばれた直太兄さんだぜ?」
「ああ、経験『だけ』は豊富だったっけ?」
「だけって強調しすぎじゃね!?」
「やっと1勝か、弥生先輩が変人でよかったな。」
「喧嘩売ってる!?」

真面目にアドバイスをする直太に対して、そんな言葉を放ったのは、自己険悪になっていた自分を隠したかったからかもしれない。
謝る気はさらさら無い悠斗だったが、内心、初めて直太に感謝していた。

『―ずっと友人関係続けてくのって、辛いよ?』

じゃあ、俺は?
表っ面って解っておきながら友達付き合いをして、それを悪くないと思ってる俺は何なんだ?
辛くは無いし、日々は楽しかった。
少なくとも、陽菜が来る前までは、想像もしなかったくらい。

そうだ、俺はそれが崩れる事を恐れている。
いっそ無理やりにでも斬ってしまえば、辛くとも、それで済んだのに、それが出来なかった。
まるで、柳野を縛り付けているような、そんな気さえしながら。

『―成瀬とはね、恋人になれなくても、親友で居たいと思ってる』

柳野は・・・今どんな気持ちなのだろう。
今のまま維持して、お互いがそれに慣れるまで、それがきっと、これ以上傷付けない方法なのだろう。
そうとさえ思うのだから、柳野のいつか言っていた、そんな優しい言葉に甘える俺は、本当に最低で。

「―なんて、贅沢な奴。」
「は?」
「・・・いや、こっちの話。」
「?・・・まぁいいや、言うだけは言ったかんな、後はお好きにドーゾ。」

直太は悠斗の肩を小さく叩いて、席へ戻っていった。
気づけば、生徒達が続々と集まり始める、HR5分前。

気を使ってはくれたのだろう、直太の方を見ると、親指を立て、腹の立つ笑顔。
まるで、頑張れとでも言う様で。

・・・何を頑張るんだろうな。
頑張るのは、俺じゃないのに。
・・・いや、今後を考えるなら、俺もまた、当て嵌まるのだが。

「・・・。」

―それから10分後の事。
珍しく、柳野は遅刻をして来た。
とはいえ、朝のHRの終った後だから、アウトにしてもギリギリなものだ。

眠いのだろうか、目をごしごしとしながら席に座る。
疲れているのだろう、どこかやつれて見える。

「・・・成瀬?」

・・・そんな風に見えたから、かも知れない。
それは、柳野を目にした途端の事。
悠斗の足は自然と立ち上がり、柳野の元へと歩いていた。
他人を心配する余裕なんて無い筈なのに、俺も何をやってるんだろうか。

「・・・悠?」
「・・・よっ。」
急に声を掛け、現れた悠斗を前に、柳野は思わず口を開ける。
「・・・ど、どうしたの?」

無論、自然に動いていたのだから、悠斗は何を言えばいいかなど、考えていない。
ただ、放っておけないという、陽菜みたいな理由である。
つまり、無策も無策、思いつく言葉など、決まっていた。

「・・・い、いや、昨日の礼がしたくてな・・・その、ありがとう。」
「あ・・・ううん、気にしないでよ、誰も看病する人が居ないなぁって思ってさ・・・うん、気にしないで。」
「・・・そ、そうか。」

苦笑いを作って、顔を横に振る柳野。
そんな顔されたら、気になるだろうに。
この時の悠斗には、どこか誤魔化してるように見えた。

「・・・熱、結構あったか?」
「うん、すごく・・・って、・・・もしかして・・・意識あったの?」
「いや、誰かが俺の額に触れた後があった、ような気がしてさ・・・お前かなって。」
「・・・ほっ。」
「・・・俺、ひょっとして何か言ってた?」
「!・・いっ、いや・・・そんな事は無いよ・・・ただ・・・ちょっとだけ・・・。」
「ちょっとだけ?」
「ううん、何でもない、何も・・・無かったよ・・・なにも・・・。」
「そ・・・そうか。」
「ほら、もうすぐ授業も始まるし、戻らないと。」
「あ・・・ああ。」

柳野はずいずいと俺の背中を押して席に戻そうとする。
・・・俺が寝てる間に何かあったのだろうか。
一瞬、アイツの表情が変わった。

しかし、触れられたくなかったのだろう、柳野は俺を席まで戻すと、何も言わず、席へと戻っていった。
引きとめようと思えば、出来た筈なのに。
俺は何故だか、それを問うことが出来なかった。
聞いてはいけない様な、そんな気がしたのだ。

―――その後は、いつも通りの時間が続いた―――。

普通に授業をして、普通に会話をして。
でも、何かが違う気がした。
何かが欠けている気がした。

―・・・一人になると、途端に考えてしまう。

アイツが居る筈の席。
アイツが笑っているはずの時間。
アイツが―。

そう、欠けているのはそれだけ。
世界はきっと変わらず動いているだろう。
なのに、俺から見えるこの世界は、穴だらけ。
まるで、この梅雨が始まった、あの時の自分が戻って来たかの様。
生きてる事が無意味に感じられ、虚しくさえあった、まだ遠くない過去。




いつの間にか、そう思うほどあっという間に、悠斗は学業を終え、帰り道を一人歩いていた。
楽しい時間は、とは言うが、逆もあるのだろうか。
すぐに薄れて消えてしまいそうな、なんて内容の無い一日。

言い換えるなら、特に感想の残らない、ごく普通の毎日。
いつの間に俺はこの、以前の日々を寂しいと思うようになったのだろう。
あんな静かな日々も、嫌いではなかった筈なのに。

夢とか愛だとか恋だとか、自分には無縁だと思っていた世界。
夢物語みたいな出会いから始まった、普通に恋をする、学生の日常。

「夢・・・か。」

本当に夢だったのだろうか。
そう思うほど、陽菜が学校に居た時間と言うのは、短い。
否、短いと言う点で、それは学校での話だけではない。

実質、出会って1ヶ月も経っていないんだぞ?
本当にここからで、本当に―。

「・・・本当に・・・これからなんだよ・・・。」
描いていた、未来があった。
それは大袈裟で、それでいて計画性の無い、幼児の夢のような将来。
しかし、誰もが憧れる未来。

好きな人と、ずっと一緒に居たい、それは、誰もが思う事じゃないか?
「・・・陽菜・・・。」

あの別れから、悠斗の心は落ち着きを取り戻し始めている。
だからこそ、悠斗は徐々に受け止め始めていた。

『―・・・神様は・・・女の子の願いを叶えるために、3つの約束を与えました。』

陽菜の言葉を。
その意味も。

『梅雨が終ると―』
「・・・消えてしまう。」

もう何度、同じ言葉を呟いただろう。
意識に染み込ませるそれは、まるで自己暗示のように。

「陽菜・・・。」
もう何度、同じ名前を呼んだだろう。
届かないと、知りながら。

「・・・どうすりゃいいんだよ・・・。」

歩く足は止まり、気づけば悠斗はガードレールに寄り掛かり、マネキンのように動かなくなっていた。

学校では、まだ誤魔化せた。
学校の連中に聞かれても、あいつらは本当の事を知らないから、適当に言えばそれで済む、そうやって人と話してれば俺自身も考えずに居られる。
なのに、一人になると、そればかりを考えて、押し潰されそうになる。
アイツがどんな気持ちで俺に別れを告げたのか、考えただけで胸の辺りが締め付けられそうになる。

―女の子の願いは・・・叶ったんだよ。

嘘、言うなよ。
俺はまだ、肝心な言葉(こたえ)を聞いてないんだ。

だから、消えないでくれ。
どうか、誰か・・・。

誰でもいいから―

「助けてくれよ・・・。」

小さく呟いた、救いを求める言葉。
すぐに消えてしまいそうな、涙交じりの枯れた声で。

―まるで、自分を救って欲しい様にさえ聞こえる、惨めな言葉。

・・・そうだよ、救われたいのは俺なんだ。
それの何が悪い。
それで陽菜が救われるなら、惨めと言われようと構わないだろうが。

神様にでも祈ろうかと、悠斗は空を見上げた。
今日も、空は快晴。

例年通りなら、もうすぐ梅雨は終わるのだ。

悠斗は祈るように目を瞑る。
神様なんざ信じてない、それでも、すがれるなら、藁のような拙い神にでもすがってやる。

―だから。
どうか、誰か。

「・・・悠!?」
「!?」

意識を呼び戻されるような感覚と共に、悠斗は声の方へと勢い良く振り向いた。
明らかにおかしいであろう自身の様子を見られてしまった、と言う驚きもあったが、何より衝撃を受けたのは。
自身を呼ぶその声が、明らかに他人で無い、見知った人物だったと言う事。

「・・・やなぎ・・・の?」
「・・・何、してるの・・・?」

悠斗の視線の先には、柳野が居た。
驚きを隠せない様子で悠斗に近寄り、第一声。

「・・・どうしたの?」

予想通り、心配する声で聞いてくる。
見りゃ解るんだろう、泣いてるんだよ。
そんな優しい声で、聞くなよ。

「・・・泣いてるの・・・?」

そうだよ、落ち着いたはずなのに、逆にそれが悲しくて泣き始めてるんだよ。
理解しなきゃ良かったと、今後悔してる所だったんだよ。

なのに。
なんで、こんなタイミングで、お前は来るんだよ。

「・・・―助けてくれ・・・。」

―なんで、俺は、助けなんか求めちまったんだ。

・・・いいや、誤魔化すなよ。
コイツなら甘えられる、そんな気がしたんだろう?

ホント最低だよ、俺は。

「・・・うん、助けるよ。」

そう思いながらも、悠斗は優しい笑みで答える柳野に、心から安堵していた。

第四話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

第四話 「彼女の想いは」

「・・・柳野。」
「・・・落ち着いた?」
「・・・・・・ああ、悪い。」

時刻は6時前。
すっかり暗くなった空。
誰も居ない公園のベンチに、二人は佇んでいた。
夜風だけが響く無音の空間。

柳野は、悠斗がそう言うまで、ただ無言で隣に座っていた。
励ます事もせず、何かを問う事も無く。

言葉の纏まりきっていない悠斗にとって、それは何よりありがたい配慮であり、そんな間は、状況を噛み締めるには十分過ぎる時間で。

「・・・落ち着いた所で、聞いていいかな?」
「・・・。」

悠斗は子供の様に、無言で頷くしか出来なかった。
言うべき事は整理できても、それを信じて貰えるかが、解らなかったから。

「・・・言えないなら、いいよ。」
「いや、違うんだ・・・そう言う訳じゃ、ないんだ。」
「・・・陽ちゃんの事?」
「・・・。」

再び、無言で頷く悠斗。
瞬間、柳野には嫌な予感が走る
悠斗が泣くほどの事が、陽菜にあったのか?と。

「・・・それは、話せない事?」
「話して、信じて貰えるか解らない・・・。」
「信じるよ、悠の言う事だもの。」
「!・・・。」

返答は、予想外。
しかし、プラスかマイナスかで区切るなら、多分マイナスなのだろう。
・・・でも、今の悠斗に不安な顔は見せられない。

柳野はそう言って微笑んだ後、ベンチから立ち上がった。

「・・・ちょっと、寒いね。自販機でコーヒーでも買ってくるよ。」
「柳野・・・。」
「はは・・・信じるって、結構勝手な言葉だね・・・解ってたつもりだけど、使ってみると全然違う・・・うん、言うか言わないかは、悠斗が決めて?」
「・・・。」

意味深な言葉だけを残して、柳野は公園の外へと消えていった。
悠斗はそんな背中を見送って、溜息を付いた。
頼ってしまった、と言う自己険悪に走りたくなる心境の隅っこで、安心している部分がある。
来てくれて良かった、と。

そんな自分が、許せなくなる。
結局は甘んじてるんだ。
いっそこのまま俺を嫌って帰ってくれ。
叶わないであろう願いを、悠斗は脳裏に過ぎらせた。

しかし当然、そんな悠斗の心境など知る由も無い。
――数分もしない間に、柳野は缶コーヒーを手に戻ってきた。

「おまたせ。」
「・・・さんきゅ。」

渡された缶コーヒーを、早速開け、口に運ぶ悠斗。
舌が火傷しない程度の熱さと共に、甘さと苦さが口の中に広がる。
ミルクも入っているのだろう、苦さよりも甘さが強い。
いや、コーヒーと呼ぶには甘すぎるだろう、飲み込んだ後も、甘さがまだ残っていた。

だが、寒い夜には、この甘さが丁度良く。
手に籠もる熱が、再び荒れそうになる心を、落ち着かせてくれる気がした。
隣には、お茶を飲むような仕草で、熱そうにコーヒーを飲む柳野。
缶を見るからに無糖ブラックだろう、彼女には良く似合っていた

「・・・やっぱりコーヒーは家で作るのがおいしいや。」
「・・・コーヒーにこだわりでもあるのか?」
「少しね・・・良く柊先生のお茶会に呼ばれて飲んで・・・本格的に飲むようになったのはそこからだけど。」
「そうか・・・うちは緑茶が主だからあんまり飲まないな・・・。」
「七海さん、大和撫子って感じだしね。」
「作法にも厳しいからな・・・もっと甘くして欲しいもんだ。」
「・・・悠は甘い方が好きなの?」
「どちらかと言えば甘党だな。」
「・・・その割には、人には甘えないんだね。」
「・・・。」

何気ない会話からの急な言葉に、悠斗は思わず、数秒言葉を詰まらせる。
これだけ甘えてるというのに、これ以上何を甘えろと言うのだろう。
励まされてばかりなのだと言うのに。

返さないワケにもいかない、躊躇いつつも、重い口を開く。
言うなら、今しかない。

「・・・本当は、こうしてお前に話すのだって嫌なんだよ。」
「どうして?助けてって言ったじゃない。」
「あれは・・・。」
「うん、解ってる、無意識に言ったんでしょ?」
「・・・。」
「そういえば、言ってたね・・・甘えたくないって。」
「・・・ああ。」

思うままを答える悠斗。
助けを望んでおきながら、差し伸べた手を払おうとするなんて。
何がしたいんだよ、本当。
ますます激しくなる自己険悪、しかし。

「・・・大丈夫、甘えてるのは、私も一緒だし。」
「・・・は?」

そんな黒い感情は、柳野のその一言で、隅っこへと帰って行った。

「悠は優しくて、一緒に居て楽しくて・・・私が悠を追い続ける事を、あの時許してくれた。」
「それは・・・優しさなのか?」
「周りから見たら、きっと違うけど・・・私は嬉かった、好きで居られるって・・・―それって、甘えでしょ?」
「・・・。」
「だから私は、悠に『甘えるな』なんて言えないよ、だからって『見返りに好きになってね』とも言わないから大丈夫。―ほら、自分勝手でしょ?」
「・・・呆れるくらい自分勝手だよ。」
「そうだね・・・だから、悠もそれくらいでいいんだよ。」
「!・・・。」
「だから、甘えたって良い。」

柳野もまた、思うままに答えた。
悠斗は、何となく予想していた。
言葉の形はどうであれ、彼女は肯定してくれるだろう、と。
そう予想していた自分が、何とも情けなく、痛かった。

「・・・お前がそんな性格だから、悪いんだ。」
「・・・悠。」
「今の関係に甘んじて、結局、そんなお前の気持ちを利用してるみたいな、そんな気がして・・・だから嫌なんだ・・・。」
「・・・。」

消え入りそうな声で、悠斗は呟く。
些細な抵抗と言われれば否定出来ない、か細い声で。

しかし、この時の柳野には、刺さる様な痛みがあった。
まるで、現実を突きつけられた気がして。

・・・私だって解ってる。
お互いの気持ちを知ってしまった以上、友達を続けていく事が、難しい事を。
今は辛く無くても、いずれその重みが増していく事を。
どこかで、必ず諦めなきゃいけない時が来る事を。
何より、今も悠斗を傷つけている事を。

でも、涙は出ない。
今、私は支える側なのだ。
倒れそうになっている彼を、支える為の。
例え、それが彼女の代わりだとしても。

「・・・利用なんて、言わないで。」
「・・・柳野?」
「私の気持ちは、誰のものでも無い、悠斗に使われてるなんて思ってない、違う?・・・それに、苦しい時に頼るのが友達でしょ?・・・だから。」
「・・・・・・悪い。」
「・・・よろしい。」

珍しく怒り口調になる柳野に、悠斗は驚きながらも、まず謝った。
俺が同じ立場だったら、きっとこんな事は言えない、言う余裕も無い。
改めて、柳野が悠斗より1年長く生きている事を感じさせる瞬間だった。

対して、少し寂しそうに、柳野は笑っていた。
この時、何かが千切れた音が、柳野の耳にだけ聞こえていた。
柳野にしか聞こえない、虚しい音。

―そう、今の関係に甘んじてるのは、私も同じなんだ。
きっと、それで満足してしまっていて。
だから、押し切れない。
無意識に、逃げ道を選んで。
・・・本当に、馬鹿だなぁと思う。

だけど、まだ涙は出ない。
今はそれよりも大事な事があるから。

「・・・それで、話せそう?陽ちゃんの事・・・大事な事、なんだよね?」
「・・・・・・本当に驚くぞ。」
「うん・・・でも、信じるよ。」

そんな彼女を前に、これ以上隠す事は出来ない。
悠斗は大きく、それでいて静かに息を吸って、呼吸を落ち着かせた後、少し震えた声で、言った。

「・・・―アイツ、本当はもう、この世に存在しないんだ。」

いつかは言わなきゃいけないかもしれないと、心のどこかで感じながら、自身でも信じたくなかった。
だから言えなかった、言いたくなかった。
そんな言葉。

「・・・え?」
当然の様に、柳野は聞き返していた。
だが、悠斗にはそんな疑問に答える余裕など無く、話を続ける。

「もう10年近く前に、火事で死んだ、って俺は聞いた。―・・・事実、アイツの背中には焼けどの後があった。」
「・・・・・・。」
「俺が、陽菜に告白したのは知ってるだろ?」
「・・・うん。」
「その時から、なんか様子がおかしかった・・・それで、次の日。」
「学校を休んだ・・・?」
「電話をしたら・・・梅雨が終ったら、もう会えないって言われた。」
「・・・。」

―同時に襲ってくるのは、幽体離脱でもしそうな、途轍も無い虚脱感。
言うなれば、空っぽ。
文字通り、俺と言う器から、何もかも奪った状態。
長い眠りに、身体を委ねたくなる、強烈な誘惑、睡魔の様な何か。

「―悠!」
「!・・・。」

呼び覚ます様に、柳野は悠斗の名前を呼ぶ。
まるで死人のような目をしていた悠斗が、不安で仕方が無かった。

「柳野・・・。」
「大丈夫、じゃないね・・・本当に良かった、帰り道に会えて。」
「・・・よかねえよ、おかげで情けない姿を見られた。」

呼ばれ、ようやく意識を取り戻し、柳野へと視線を向ける悠斗。
心配そうに見つめる彼女に、悠斗は直ぐに自身の状態に気づく。
また、飲まれ掛けていた。
思わず柳野から直ぐに目を逸らし、顔を俯かせる。
しかし。

「・・・情けなくなんか無い、むしろ・・・ずるい。」
「・・・ずるい?」
「だって・・・私だって空だって、弥生だって直助だって、皆、陽ちゃんが好きなんだよ。・・・なのに、悠は大事な事を一人だけ聞いて、背負い込んで、潰れてる。」
「・・・。」

柳野が驚いたのは、最初の数秒。
悠斗の言葉に対し、柳野は悠々たる面持ちで答えた。

「悠からすれば、そりゃ、私達の仲って、凄く拙く見えるかもしれない・・・でもさ、陽ちゃんが来てから、悠の表情が明るくなった・・・授業が楽しみになった、朝掃除してる陽ちゃんの姿が可愛くて、いつも教室が綺麗だった・・・それが急に無くなるなんて、悲しすぎる。」
「・・・嘘を付いたって言ってたよ、皆に謝りたいって。」
「うん・・・解る気がする・・・言えないよ、そんなの。」
「・・・。」
「私が同じ立場だったら・・・きっと言えない・・・私はもうすぐ消えるから、さようなら、なんて、絶対に無理だ。」

余りに冷静な反応は、まるで、全部が真実で在る事を認めてしまっている様で。
悠斗は言わずには居られなかった。

「・・・お前、落ち着いてるな。」
「・・・十二分に混乱してるよ・・・ただ、急に死んだ人が蘇ったなんて言われても、冗談にしか聞こえない・・・ドラマじゃあるまいし・・・実感が無いんだと思う。」
「信じるんじゃなかったのかよ。」
「・・・悠の言う事は信じてる、でも飲み込む時間くらいはあるよ・・・ただ・・・梅雨が終ったら消えるって、まだ梅雨は終ってないのに、どうして急にそうなったんだろうって、今はそんな疑問が先回りしてる。」
「俺だって解らねぇよ、そんなの。」
「・・・でも、逆を言えば・・・梅雨が終るまでは陽ちゃんは消えない・・・んだよね?」
「だから、なんだよ。」
「探そう・・・まだ消えないって言うなら、どこかに居るんでしょ?」
「柳野・・・。」

―いや、コイツはきっと、もう信じている。
俺の言葉だからと言う、それだけの理由で。
信じた上で、俺がするべき事を示そうとしている。
肝心の俺が、まだ半信半疑の中で。

探せと言われても、アイツはもう住所の所には、きっと居ない。
そんな当ても無い中で、一人の人間を探せというのだろうか。
柳野の呼びかけに対して、悠斗は表情を曇らせる。

「・・・悠は、陽ちゃんに会いたくないの?」
「会いたいに決まってるだろうが・・・でもどこに居るかも解らないんだよ・・・どうすりゃ―。」

その、直後だった。

「―・・・解らなくても探せ!男だろ!!」
「!?」

珍しいどころか、始めて聞く、柳野の怒鳴り声。
思わず背筋が冷たさを感じる程のそれは、別人に聞こえる程。

「・・・って空なら言うと思う、直助も・・・あの二人、案外熱いからね・・・悠も本当はそう。」
「・・・柳野・・・。」
「悠・・・良く考えて、良く思い出して・・・陽ちゃんがどうして、悠にだけ別れを告げたのか・・・それを自分からは言い出せなかったのか・・・。」
「!・・・。」
「・・・そりゃ、知った所で私が出来ることなんて、きっと何一つ無いけど・・・悠にはまだ可能性がある・・・陽ちゃんを見つけてあげられる可能性が、だから・・・諦めないで。」
「・・・。」

言い終えた後、まるで空の様に、スッキリした表情をしてるのが、柳野本人にも解った。
いつもの何倍喋っただろうか。
・・・ううん、違う。
私は、その理由をもう知っている。

「・・・ごめん、今日はもう帰るね・・・私も明日から陽菜ちゃんを探してみるから、何か解ったら教えて。」

そう言ってベンチから立ち上がり、早歩きでその場を後にしようとする柳野。

「お、おい!?」

余りに唐突な言葉、悠斗は立ち上がり、呼び止めんとする。
だが。

「・・・柳野?」

振り向いた柳野の顔に、それが愚行である事を理解する。
暗くて顔は良く見えない、でも。
何かを呟いてるのと、その顔が、どこか辛そうなのが解ったのだ。
理由など、考えるまでもない。

そのまますぐに背中を見せて、見えなくなる柳野を引き止める事も出来ず、悠斗は公園に一人取り残された。
誰もいなくなった公園。
ベンチに寄りかかり、夜空を見上げると、今夜は満月だった。

「・・・本当、馬鹿だなぁ・・・俺。」

月は答えない。

「あんなに取り乱して・・・あー・・・ホント最低だ・・・。」
月は慰めてもくれない。
当たり前だ、こんな馬鹿にくれる慰めの言葉なんて、俺だって思い浮かばない。

「・・・可能性、か。」

しかし、月は一つ思い出させてくれた。
確かに、まだ可能性が残っているのだ。

何より馬鹿だと思ったのは。
陽菜の気持ちを聞いておきながら、もう会えないと思い込んでいた、そんな自分の悲観だった。

第四話 続く。
プロフィール

天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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