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月と太陽の出ぬ間に

「・・・お前ら、ずっとそうやって待ってたのか・・・?」

―にゃぁー。
―なおー。

自宅に戻ってきた悠斗の目にまず飛び込んできたのは、目を離す前と変わらず、一方を見つめ、鳴き続ける二匹の姿だった。
まるで、主人との別れを惜しむかの様。

「・・・ほら、戻るぞ。」

そんな姿が、まるで自分を見ている気がして、見ていられなかった。

ああ、俺がお前らならそうしてるよ。
雨の中自分の傘を差し出して、あんなにも笑ってくれる奴を、慕わない筈が無い。
だからこそ、今この二匹の猫は、別れに対して悲しんでいる。
素直にそう思った。

動物に感情があるかは良く解らない。
それでも、今そんな事を思うのは、俺自身も悲しんでいるからなのだろうか。
だが、涙は出ない。
別れの悲しみよりも、別の何かが占拠していた。

それが何かは、表現のしようも無い。
悲しいとも違う、苦しいとも、違う。

ただ一つ。
陽菜が消えると言う事実を前に、『見送る』という事しか出来なかった、そんな自分が堪らなく無力だと思った。
つまりは、悔しいのだろうか?

・・・いや、それとも違う気がする。
結局の所、答えは解らなかった。

強いて解った事は、それだけ必死だった、と言う事。

第五話「今出来ること。」

―それから、時間は過ぎ、夕方。

「―に・い・さ・ん?」
「・・・・・・すまん。」
「・・・毎度の事ですが、そんなに学校がお嫌いですか?」

予定通りに始まった、妹の説教。
これまた当然の如く、言い訳の仕様も無い悠斗は、とりあえず謝罪の言葉を口にしていた。
『とりあえず』の時点で、反省はしていない。
悠斗の現心境では、学校の事などどうでも良く、七海の言葉も遠くは無かった。

「焦るお気持ちは解りますが、学業だって大事なんだから・・・私は将来が心配でなりませんよ全く・・・。」
「・・・・・・将来、か。」
「・・・兄さん?」
「・・・いや、俺の将来はどうなるんだろうなぁってさ。」
「誰にも解りませんよ、兄さんの未来なんて。」
「まぁ・・・そうだよな。」
「・・・もうすぐ夏休みです、兄さんは2年生後半、もう進路の話だってあるでしょ?そんな気の抜けた顔では、陽菜さんに笑われてしまいます。」
「七海・・・。」

しかし、見た目で解るほど気が抜けていたのだろう、七海の声は、どこか優しかった。

「夏休みに入ったらまず夏休みの宿題を早急に終らせ、後は全部、部活動、陽菜さんとの面会時間、いいですね?」
「・・・何でお前が決めるんだよ、そもそも俺は―。」
「ダメです、ダラダラとした夏休みなんて私は許しません。―キチンと充実した夏休みを過ごし、秋に臨む、いいですね?」
「・・・拒否権無しかよ。」
「勿論です、将来(これから)について悩んでいるのでしょう?そんなダラダラとしてては答えも何もありません、テストの答案用紙に答えを書かないで0点を取るのと一緒です。」

ご尤も、としか言い様の無い台詞。
完全に折られた悠斗は、この時点で反論の気も失せた。
相変わらず、七海との口喧嘩は勝ち目が無い。

「・・・とりあえず今日は休ませてくれ・・・それと明日も学校休ませてくれ。」
「・・・休んでばかりで感覚が無くなりましたか兄さん・・・明日は休みですよ?」
「・・・あ。」
「もう・・・寝てなさい、誰かさんを待ってた所為で今から夕飯のお買い物に行ってくるから、今日は少し遅い夕食ですので、よろしくね。」

まるで母親の様な言い方でそう残して、七海は制服のまま、いそいそと家を出て行った。
急いでいたとは言え、いつもより格段短い説教の時間。

気を遣われていた事だけは、確かだ。

顔にまで出てるのだ、相手が七海なら、察されて当然。
自分でも解るのだから、尚更だ。
さぞ情け無い顔をしていたのだろう。

消えた陽菜を見て、まるで魂が抜けた様で。
悲しいとか、悔しいとか、そんな心まで全部外に出てしまいそうで。

でも、それじゃ陽菜に別れを告げられたあの時と同じなのだ。
これで終わりじゃないというのに。

『バチィン!』

―何を思ったか、悠斗は自分の頬を強く叩いていた。

「―!!?」
その音に負けぬ速さで、痛みが顔全体に走った。

痛くない筈が無い。
出せる力を全て手に込めた、全力のビンタだ。

強く叩きすぎたその頬は、玄関前の鏡で見ると真っ赤だった。
しかし、これで気分が晴れるなら苦労も無い話で。
結局の所、ただただ痛いだけだった。




―それからは、いつも通りの時間が流れた。
本当に、何事も無かったかのように、その一日は終わりを告げたのだ。

あの出来事が、幻にすら思えるほど、平穏で、いつも通りで。

だからだろう、悠斗はベットの上で、陽菜の残した言葉を、繰り返し脳裏で再生していた。
消えてしまわない様に、刻み込む様に。
ただ脳内で同じ事を繰り返し、ゆっくりと、今日の出来事を消化していく。

こんな複雑な気分も、この梅雨の出会いも、全部夢では無いんだよな。
沢山の笑顔を貰い、俺自身も沢山笑った、この思い出も、現実なんだよな。

・・・だとして、俺は陽菜に何をしてやれただろうか。
笑顔の代わりに、何を返せただろう?

―・・・そんな思考も、全力疾走の疲労と夜の睡魔には勝てなかったのか、悠斗はその途中で眠っていた。

消えんとする意識の最後、陽菜の笑顔が浮かんだ。




―翌日の朝。

朝食を食べてから直ぐに家を出た悠斗は、駅周りの停留所で、バスを待っていた。

目的地は、一昨日行った並木町。
悠斗は朝一番に柚子に連絡を取り、会う約束をしていた。

言うまでも無く、目的は面会。

自身でも驚くほど、早い行動だった。
確かに『また会いに行く』とは言ったものの、間が無さ過ぎる。

かと言って、休日に何もする気が起きない悠斗にとっては、ソレが一番有意義な選択だったのかもしれない。
何より、会いたいと言うのが素直な本心だった。

「・・・本当に平和な街って、こういう所を言うんだろうな。」

バイクよりも早くも無く遅くも無く、並木町へは二時間ちょっとで辿りついた。
建物の数よりも木々の方が多い、緑が主な風景が、一面に広がる。
人が大勢居るわけでもなく、静かな中心街は、悠斗の町の中心であるあの商店街とは違い、のんびりと落ち着いていた。

バスから出るとまずお出迎えするのは、そんな木々にはありがたく、悠斗にとっては鬱陶しくすら感じられるであろう、眩しい太陽。
そして。

「悠斗さん!こっちこっち~!」

そんな太陽に負けず、眩しい笑顔で大きく手を振る柚子さんの姿だった。
相変わらず、白い服が似合う人だ。

「こんにちわ~。」
「どもっス・・・急な連絡ですいません。」
「ううん~、いいんですよ、何となく来る気がしてたし。」
「・・・え?」
「ほら、行きましょう?」
「は、はぁ・・・。」
「れっつご~♪」
「ご、ご~・・・?」

お辞儀の後、嬉しそうな表情で意味深な台詞を言って、柚子は悠斗の手を引いて歩き始めた。
見て解るほどに上機嫌な柚子は、年下である悠斗から見てもなんとも子供っぽく、それほど自身の到着を喜んでくれたのかと嬉しくもなり、同時に、質問に値する疑問となった。

「あのー・・・柚子さん。」
「はい?」
「どうして・・・その、来る気がしたんですか?」
「え?・・・うーん。」

予知でも出来るのか、と言わんばかりの悠斗の質問に、柚子は数秒考えた後、答えた。

「本当に、何となくなんです、強いて根拠を挙げるなら・・・昨日、あの子が笑った事かな。」
「・・・笑った?陽菜が、ですか?」
「はい。―・・・植物人間って言ってもね、喜怒哀楽が無いってワケじゃないんです、意味も無く笑ったり、意味も無く泣き出したり、・・・本当に、意味は無いのだけど・・・あの子が笑ったの、久しぶりだったから。」
「・・・。」
「もしかしたら、悠君がまた来るのをどこかで感じて、喜んでたんじゃないかなぁって。」

結局は偶然なのだけどね、と苦笑いをする柚子。
『昨日、笑った』

その時、悠斗が思い浮かべたのは、陽菜が消える間際見せた、あの笑顔。
確かに、アイツは笑ってた。

「・・・案外、そうかもしれません。」
「え?」
「・・・いや、気にしないでください。」
「・・・もしかしてテレパシーとか?」
「いやいや・・・。」
「ロマンチックですよねぇ・・・私も夫とそういうのやってみたかったなぁ・・・。」
「・・・ロマンチック?」
「だってこう、通じ合える!みたいなね?」
「ははは・・・。」

空に向けて両手を広げながら語る柚子はなんとも微笑ましく、悠斗は元気を分けて貰えた様な、そんな気がした。
親子揃って、本当に人を元気にするのが上手だ。

―その後、他愛の無い雑談をしながら歩く事十分、病院までの道のりは長いようで、なんとも短かった。

「それじゃ、ちょっと待っててくださいね~。」
「はい。」

病院の中に入るや否や、満面の笑みに軽快な足取りで、ナースステーションに向かう柚子さん。
今日はずっと笑っているようにさえ感じる。

『あの子が笑ったの、久しぶりだったから。』

思えば、この人はもう10年以上、こうして陽菜が起きるのを待っているんだよな。
10年、それは俺の今生きてる人生の半分以上の年数。
そんな年月、こうして面会を続けている。
俺の想像も付かない、気の遠くなるような時間。
だから、そんな笑顔が嬉しくて、自分も笑顔になれる。

昨日、そして一ヶ月の間、陽菜の沢山の笑顔を見てきた俺には、想像も付かない事だ。
ましてや、あの人は母親だ。
目を覚まさないままの娘を、笑えなくなってしまった娘を、ただひたすらに待つ。
どんなに、長い10年だっただろう。
想像したのが、いけなかった。

「はい、お待たせしました。」
「・・・。」
「・・・悠君?」
「・・・あ、はい。」
「どうしました?浮かない顔をして。」
「・・・その、柚子さんは、辛いと思った事はありませんでしたか?」
「え?」
「その、もう随分長いんですよね、見舞いに通うの。」
「・・・。」

気付けば、戻ってきて早々自分を心配してくれる柚子に対し、悠斗はなんとも直球な質問を口にしていた。
当然、そんな急な質問には、さすがの柚子も目を丸くする。

思った事を直ぐ口にする癖は直すべきだろう、悠斗はつくづく思う。
しかし、それは素直に知りたかったからこそ出た言葉で。

悠斗のどこか暗い表情に質問の意図を察したのか、小さく微笑んで、語り始めた。

「・・・そうですね、何を聞いても答えないし、ほとんど無表情、悠君が見た時みたいに、ずっと目を瞑ってる時もある。」
「・・・それを・・・10年以上続けてるんですよね?」
「ええ。」
「・・・辛くは、無いんですか?」
「辛いです、正直に言っちゃうとね。」
「・・・。」

今までに聞いた、どんな『辛い』よりも。
その『辛い』と言う言葉は、とても重く感じられた。
苦笑いが、どこか悲しげで。
それが尚、言葉に重みを持たせていた。

「・・・脳死になるとね、もう助かる可能性も0だから、簡単に尊厳死だーとか安楽死だーとか言えるのかもしれないけど・・・陽菜にはまだ可能性があるの。」
「0に近い、可能性でも、ですか。」
「ソレを言われると弱いなぁ・・・でもね、時折笑ってる顔とか、泣いてる顔を見ると、あの子はまだ、大丈夫、そんな気がするの。」
「・・・。」
「私は夫と違って、あの子に何もしてやれてない母親だけどね・・・そんな私でも、あの子にしてやれる事があるとすれば、こうして世話をして、言葉をかけてあげて、ただ、待っている事なの・・・目が覚めても、親子としての自分たちに、何の空白も無いように。」
「柚子さん・・・。」

柚子さんは言い終えた後、俺にもう一度微笑みかけて、再び歩き出した。
今日もまた、陽菜と話すために。
空白を埋めるために。

ナースの案内で、二人は個室へ到着した。
再び目の当たりにするその部屋を前に、悠斗の心臓は高鳴っていた。

「・・・やっぱり、慣れないな。」
「私も最初はそんな感じでしたよ~、ドキドキしますよねー。」

そう苦笑いを浮かべながら、柚子は扉を開ける。

「陽菜~来たよ~。」
その先には目を開けたままの陽菜が居た。
扉の開く音にも、その声に反応することも無く、窓の外だけを見ていた。

「・・・今日は起きてるんですね。」
「うん~、ほら、隣に座って。」
「・・・はい。」

言われるがままに、悠斗はベットの隣の椅子に座り込んだ。
改めて見る、目の前の陽菜は、沢山の点滴や機械が着いていて、無表情で。
想像していたものを遥かに越えて、その姿はそこに在って。
別人とさえ、思えてしまいそうだった。

「・・・陽菜。」
呼びかけても、反応などしない。
「・・・会いに着たぞ。」
答える事など無い。

「・・・―やっぱ、いつも、こんな調子なんですか?」
「うん、ずーっと窓の外だけを見てるの。」
「・・・。」

覚悟は、してきたつもりだった。
何があっても、動じないで居るつもりだった。
そんな気構えが、逆効果だったのかもしれない。
文字通り、植物の様な陽菜を前に、俺はこの時。

「―ショック?」
「!・・・。」
図星を突かれたように、心臓がビクリと鳴いた。
そうだ、半分くらい、パニックになってたんだ。

「・・・ほら、悠君、笑わなきゃ。」
「・・・え?」

だから、いきなり何を言い出すのかと思った。
こんな状況を目の前にして、どう笑えばいいかなんて、思いつかなかった。

「そうすればね、時々誘われて、あの子も笑うから・・・。」
「柚子さん・・・。」
「・・・悠君が、どんな思いで陽菜を探してたかは、私は解らないけど、会いたくて、探してた、私にもそれだけは解る・・・だから、こんな陽菜を見たら、きっと笑えないかもしれないね・・・でも、笑ってあげてください。」
「・・・笑う・・・。」

陽菜の方へ顔を向けて、微笑みかける柚子。
陽菜に負けないくらい、眩しく、優しい笑顔だった。

「私が笑うのはね、陽菜に沢山の笑顔を貰ったからなの、それこそ天使みたいに、可愛い笑顔を。」
「・・・。」
「だから・・・あの子が自分で笑えなくなってから、私も最初は笑えませんでした・・・でもね、その時思ったの。―今が、この子に笑顔を返してあげる時なんだって・・・そうすれば、この子はまたちゃんと自分で笑えるようになる、二人一緒に、また笑い合える、そう信じてます。」
「・・・柚子さん・・・。」

そうだよな、アイツは、人が笑っていなくても、その笑顔をくれた。
こっちまで笑いたくなるような、満面の笑みで。
幼い頃からずっと変わらない、優しい笑顔で。

『―なら、俺は陽菜に何をしてやれただろう。』
昨日の夜、寝る寸前に過ぎった疑問への答えが、見えた気がした。
なんて事は無い、簡単な答えだった。
後ろばっかり見てて、気付けなかったんだ。

「・・・なーんて、そんな事を思ってもう10年ちょっと・・・まだ足りないのかなぁって思いますね。」
「・・・俺の分の笑顔もあれば、どうにかなるんスかね。」
「悠君?」
「・・・いや、俺も笑顔を貰った側ですから・・・まぁ笑顔云々の問題じゃないでしょうし・・・それくらいしか出来ないでしょうけど・・・。」

悠斗はそう柚子に向かって苦笑いを浮かべ、言った。
確かに、俺は陽菜に何も返してやれなかったのかも知れない。

でも、俺達はそこで終わりじゃないんだ。
むしろ、これからで。
今からでも、遅くは無いんだ。
返せるんだ、笑顔を。
眠る陽菜に対して、それが自分が今出来る最善。

「・・・ほら、人が笑ってやるってんだから、もっと嬉しそうな顔しろっての。」

そう言って、笑顔で陽菜の頭を撫でる悠斗。
なんともぎこちない、と我ながら思った。

陽菜は、当然のように窓だけを見て、動かない。
それでもこの時、やっとスタートラインに立てた様な、そんな気がした。

第五話 続く。
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月と太陽の出ぬ間に

第五話「消えないもの。」

それは、休日明けの朝の事。

「・・・兄さん・・・今何て?」
「そのセリフ何度目だよ。」

朝食の席での兄の一言に、七海は聞えているにも関わらず、何度も聞き返していた。

「・・・だから、美術部に入るって言ってるだろ?」
「・・・まさか昨日の私の言葉を真に受けて?・・・ごめんなさい兄さん・・・あのね、アレは冗談で・・・ただ兄さんが少しでも充実した時間をすごせればってもので・・・美術部に入れって事じゃ・・・。」
「どんだけ俺が美術部に入るのが嫌なんだよ・・・お前は。」
「全部が嫌です。」
「また随分きっぱりとおっしゃることで・・・。」

それは、兄の入部希望。
否、美術部以外であったのなら、きっと驚く事も無かったのだろう。
しかし、その表情は冗談の類では全く無く、恐らく本気だ。

「・・・とりあえず、今日柳野に入部届貰ってくるからな。」

理由は大方解っているし、そうする意図が無かったにせよ、私が後押しした事は事実だ。
でも、だからと、兄が美術部に入ったらの彼女達の反応は、解りきったもので。
七海の表情は明らかに拒否反応を出していた。
しかし。

「・・・陽菜を描いてやりたいんだ、後は、外の景色とかをさ。」
「・・・それを言われると弱いですね・・・。」
「そこは素直に『解りました』だろ?」
「本当はすごーく嫌でも?」
「あのなぁ・・・。」

トドメの一言に、七海はそれを認めざるを得なくなっていた。
拒否する事も可能だったろうが、兄の真剣な顔に、そんな事は出来なかった。

「・・・まぁ、一昨日みたいな顔じゃないだけ、やる気は感じますし・・・兄妹だから遠慮なくスパルタ出来る・・・そう考えたら、アリかもしれません。」
「さいですか・・・。」
「まぁ、三日坊主で終わるでしょうけど、精々頑張ってね。」

そう悠斗の肩を叩くと、七海はどこか安堵した表情だけを残し、家を出て行った。

時刻はまだ6時半、いつもより早い外出。
コンクールに出す作品が切羽詰っているそうで、朝から作業に入るらしい。
台詞はともかく、本当に嫌な顔をしていない辺り、これは了承を貰ったと考えてもいいのだろうか。
まぁ、貰わなくても入るつもりだが。

まだ眠気の残る中、悠斗は朝食を食べ始めた。
今日は焼いた食パンにスクランブルエッグにウィンナー、昨日の残りのポテトサラダ、絵に描いた様な簡易的朝食。
それでも忙しい中で作ってくれるモノに、文句など付けられるワケも無く。
早々に食べた後、悠斗は両手を合わせて小さく『ご馳走様』と呟き、食器を台所に置いて、悠斗も通学の準備を始めた。

―入部を決意したのは、少し早い陽菜との再会を果した、あの面会の時。
理由は二つある。
一つは、思いつき半分、興味心半分から。
そしてもう一つは、あの病院から出られない陽菜に、外の景色を見せてやりたいから。

我ながら単調な理由だと思う。
だが、何もやらないよりはいいと思ったのだ。
退屈な帰り道よりは、ずっと退屈しないはずだから。




「なぁるせぇええええええええええ!!!」
「・・・誰?」
「ひど・・・じゃない、今はそんな事はいい!聞かせろ!ありったけの事情を聞かせろ!!」
「?・・・何の事情だよ・・・とりあえず五月蝿いから落ち着け。」
「これが落ち着いてられるか!むしろお前がどうして落ち着いてるかが信じられない!!」
「・・・?」

―学校の教室に入るなり、いつものやり取りにも触れず、嘗て無いほどの形相で飛び掛ってきた直太。
『何をそんなに焦るのか』ワケの解らない悠斗だったが、それを理解するまでに時間は掛からなかった。

「成瀬君!高橋さんが転校したって本当!?」
「―・・・は?」
と、直太に続く様に、後ろからの声。
「幼馴染なら何か知らない!?」
これまた続いて、別の声。
男女関係無く、見えるだけで10人程が成瀬に詰め寄り、直太と同じ様な事を聞いていた。
そんな突然の状況に戸惑いながらも、悠斗は答える。

「―なんだよそれ、転校なんて話、俺だって聞いてねえって、誰がそんな事言ってたんだよ?」
そんな悠斗の言葉など聞く耳持たず、と言わんばかりか、質問は続く。

・・・そうだ、彼らは知らないのだ。
あの陽菜が、梅雨の間だけの陽菜だと言う事。
陽菜は転校などしてるわけも無く、ましてや長期欠席もしていない。
そもそも、学校に行ける状態ではないのだから。

本当の事を言えれば楽だが、それが出来るワケも無く、悠斗はその集まりに若干の憤りを感じながら、半分は流す形で、その質問に対し『知らない』とだけ返していた。
聞いて、どうするんだよ?
知ってる俺でも、何も出来なかったんだから。
憤りを感じた理由は、なんとも自己中心的なものだった。

―どす黒い感情が出るのを抑えながらそうしていると、いつものように現れた柊から『陽菜の転校』という、彼らが言ってた内容の連絡が伝わった。

『高橋陽菜は自身の体の事情で、有名病院の近くの学校に急遽通う事になった』と書かれた印鑑付きの手紙と、転校届け。
後で聞いた話では、それは一昨日の夕方、つまり、陽菜が消えて間もない頃に届いたらしい。
届け主の名には、母である柚子さんの名前が書かれていたそうなのだが、そんな訳が無い。
柚子さんは陽菜が此処に居た事を知る術など無いし、何より、10年以上見守り続けてきたのだ。

だとすれば、陽菜が残したものなのか、それとも。
・・・神様とやらが残した、アフターケアという奴か?

―そんな言葉にざわつく教室も、2時間目、3時間目の授業が終る頃には、平常さを取り戻し、いつもの学校になっていた。
陽菜が居た机は片付けられ、何事も無かったかのように、授業は続く。

勿論、内心では陽菜の心配をしていた奴も居るだろう。
直太と柳野については、言うまでも無く。
事情を知ってる分、柳野にとっては尚更だろう。
それでも、転校という事実を前に、何も言えるわけが無く。

悠斗も言うまでも無く、ソレを解っていた。
だからこそ、どこか悲しかった。
本当に陽菜は、少しの間でも、此処に居て。
それでも、もう、ここで声を聞くことは出来なくて。
数日経てば、きっと誰も、陽菜の名前を言わなくなって。

いつかは、消えてしまうのでは無いだろうか。
そんな事を思うと、少し、怖かった。

――

昼休みの屋上。
最近は屋上が気に入ったのか、悠斗は一人で此処に来るようになっていた。
ずっと陽菜の事ばかりで動いていたからか、ソレが終った今は余計な事を考えたくないからか、一人で居る事を選んでいた。
・・・そういえば、お昼会も最近行ってない気がする。

大の字で寝ると地面が暑いので、柵に寄りかかって空を見上げる。

青と白の中で、忌々しくも強く光を放つ物体。
ああも憎たらしく感じた太陽も、今見るとそうでもない。
もう、夏が来る。
ただそれを告げるだけだ。

「あ、居た居たー。」
「!?・・・。」

そんな半放心状態な悠斗の耳に入った、ボーイッシュな声。
聞こえた声に視界を戻すと、屋上の入り口から顔を出す人物が居た。
赤褐色の髪に、猫の様にしっかりと開いた丸い瞳。

「・・・空先輩?」

意外な人物の登場に、確認するような声で聞く悠斗。
そんな反応に、空は満足気な顔をしていた。

「そうそう、驚く顔がいいのよねぇ男の子って。」
「・・・俺に何か御用で?」
「いやね、自称不良が落ち込んでるって風の噂を聞いてね、ここは先輩が美味いメシでも食わしてやらんと思ってさ?」
「・・・いや・・・俺は・・・。」
「ささ、入って入ってー。」

悠斗が戸惑うのも無視し、空が入り口へ向けて手招きをすると、2人の影が見え、そして姿を現した。

「・・・おじゃまします。」
現れたのはいつもの一人、柳野と、そして。
「・・・。」
「・・・弥生先輩?」

そこには、制服を身に纏う、弥生の姿があった。
背の大きい部類に入るであろう空と柳野に挟まれるその姿は、とてもじゃないが同年代には見えない。
こちらを見るなり、コクリと頭を下げる。
松葉杖でゆっくり歩み寄るそのペースに合わせて、二人もゆっくりと歩き、そして、悠斗の前で座り込んだ。

「もう、大丈夫なんですか?」
「・・・まだ様子見だけどね、誰かさんのおかげか、経過が予想を上回って良いらしいから、試しに登校してみたんだって。」
「そうそう、だから記念に皆でパーっとやろうって事でね、お弁当もいつもを上回ってやりました!」

と、柳野に持たせていた黒く大きい頭巾を地に置き、開く。
確かに、目の前にはいつもよりも大きい弁当箱が顔を出していた。
中を開くと、その中身もどこか豪華で、和洋中が揃った料亭のオードブルのようなモノだ。
お昼の為にこれを用意するとなると、何時起きだろうか、そう思うと、瞼が重くなりそうである。

「母ちゃんにも手伝ってもらっちゃってさー、でもほら、やっぱり記念ごとだし?」
「はぁ・・・。」
「なんだこの子、ノリ気じゃないぞ、説明しろ風華。」
「いや・・・察そうよ。」
「ちぇ、なんだいなんだい、好きな女が居なくなっただけでそんなに凹んでるんかい?」
「・・・凹まない方がどうかしてません?」
「・・・そう?」
「そうだよ普通・・・。」
「・・・。」

さすがにその言葉には、柳野も弥生も同意の意を見せる。
『私がおかしい?』と言わんばかりに首を振る空。

「だってほら、会えない距離があるほど恋って燃えるもんじゃない?」
「・・・あのね空、それはちょっと乙女チックすぎる。」
「あによぅ、アンタだって乙女じゃないか、今でも彼の事好きなんだろ?」
「・・・。」

顔を赤くする柳野を見かねてか、弥生はメモ帳にマッキーで大きく『空はもう少し遠慮すべき。』と書き、空の目の前に押し付ける。

「むぅ、なんだよなんだよー、二人で悠斗君のこと庇ってさ!いくら弟分だからって!」
「いやいや・・・普通に空の暴挙を止めてるだけだよ・・・。」
「はいはい、どうせ私はデリカシーありませんよーだ。」

機嫌を悪くしたのか、空はそっぽを向いてしまった。
自分でからかっておいてのこの態度だから、性質が悪い。
この人と付き合う人は大変そうだ、悠斗は心底思った。

「―で?梅雨の最後、納得のいく別れは出来たのかい?」
「・・・!」

機嫌を悪くしたかと思った矢先、心臓を射抜くかの様な突然の質問。
相変わらず行動の読めない人だ、悠斗は改めて思った。

しかし、そんな不意打ちよりも、内容に驚いたのは言うまでも無い。

「・・・柳野から、聞いたんですか?」
「・・・ごめん。―でも、やっぱり空や、弥生には聞く権利があると思う・・・友達だから。」
「・・・。」
「そう言う事、あーんがい、一人で抱え込むんだよねぇ、君も陽ちゃんもさ、もっとコイツみたいに相談すりゃいいのにさー?」
「そ、そこで私を指差さないで・・・。」
「・・・。」

呆れ顔になりながら柳野を指差す空。
そんな空に、『皆が皆空みたいにストレートにはなれないでしょ』とまた弥生からの手厳しいツッコみが入る。

「ひどいわ弥生!私だって繊細な乙女よ!?」
「・・・繊細?」
「何かしら成瀬君?」
「・・・いえ、なんでも。」
「そう。―で、どーなの?」

案外、弥生先輩は友人には厳しい。
柳野も時折ズレてるし、変人といえば変人で。
空先輩は言うまでも無く。
そう考えると、一番の常識人かも知れない。

とは言え、柳野の言葉も一理ある。
決意した様に息を吸った後、悠斗は応えた。

「・・・実の所、俺もまだ飲み込みきれてないんスよね・・・だけど、陽菜はちゃんと今も居ます、だから・・・。」
「ふむ・・・つまり、いずれはまた会えるわけね。」
「・・・はい。」

悠斗の答えに、空は勿論、柳野も弥生も、安堵した表情を見せる。

『―風ちゃんや空ちゃん、直太君、クラスの皆によろしくねっ。』

そんな三人の反応に、悠斗は陽菜の言葉を思い出し、罪悪感に駆られていた。
陽菜を大事に思ってるのは、俺だけじゃないのに。
何を隠し通そうとしていたのだろうか、俺は。
一理あるどころか、正論なのだ。

「うん、それが知りたかったのよ・・・だって柳野に聞くと何か要領得ないからさ~、実は死んでいたとか、今度は生きていたとかさ。」
「・・・・・・それは悠から聞いたのをそのまま言っただけで、悠が説明下手なだけ。」
「なっ・・・俺だってあの時は半信半疑だったんだよ・・・それをお前がいいタイミングで出てくるから・・・。」
「・・・出てきちゃ駄目だった?」
「・・・ゴメンナサイ。」

一番に苦労を掛けたであろう柳野の睨みを利かせた瞳に、悠斗は色んな意味を込めて、謝罪の言葉を口にしていた。

―ホント、なんでこんなのを・・・。
ボソリと聞こえた本音は、空の笑いを誘い、悠斗に寒気を与え、弥生を呆れさせた。

「あーっははは!・・・ホントもう・・・君らのやり取りは面白い!」
「「こっちは至ってマジなんですけどね・・・。」」
「ハモった!ハモっ・・・ぎゃーっははは!!」
「「・・・。」」

笑いが止まらないと言わんばかりの様子の空。
目も当てられないと悠斗が横に目線を向けると、弥生はメモを広げ、こちら向けていた。
ニコリと笑うその手に持ったメモに書かれていたのは、意外な事実。

『これでも、泣きながら陽菜ちゃんの事心配してたんだよ?』

いや、意外でもないのか。
目の前の空先輩を見ると、確かに、そんなテンションの高さも納得がいくかも知れない。
安否すら解らなかった友人が生きていると解った。
きっと空先輩にとっては、喜びはしゃぐには、それで十分だったのかもしれない。

・・・そう思うと、俺は随分と贅沢な考えをしていた気がする。
喋れないとか、笑ってくれないとか。
初めてあの姿を見た時は、悪い方にしか考えられなかった。

―今ならそんな喜びが、解る気がした。
『陽菜が生きてる。』
今は、それで十分なんだ。
悠斗はこの時、初めて陽菜が生きていた事を素直に喜べた気がした。
そして、初めて喜べたのは事情を聞いた柳野も同じで。

「・・・部活、入るんだって?」
「・・・!」
「これから、忙しくなるね。」

悠斗の横で、ボソリと一言。
同時に、悠斗は納得した。
アイツもこういうお節介が本当に好きだ。

「・・・やっぱ、アイツは口が早いわ。」
「あはは・・・大丈夫、私も手伝うよ。」
「ああ、出来る限り優しい指導を頼みたいね。」
「それは断る・・・陽ちゃんに送るんだもん、良いもの描かなきゃ。」
「さいですか・・・。」
「―・・・本当に、生きてて良かったね・・・陽ちゃん。」
「・・・ああ、本当に良かった。」

それは、本当に安堵した言葉だと、発言した悠斗自身にも、十二分に理解できた。
これはまだスタートラインでしかないっていうのに。
自然と、笑みがこぼれていた。

第五話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

―忌々しいほどに眩しく照らされる陽光。
ついこの前までは大人しかったというのに、太陽はいつの間にか猛威を振るい始めていた。
半袖のシャツでさえも脱ぎたくなるほどの猛暑。

―美術部に入部してから間も無く、そんな暑い夏休みは始まった。
毎日、と言うわけではないが、俺は宿題、部活、面会、と去年の退屈が嘘のような日々を送っている。
最初は、女子に囲まれるという感覚に慣れなかった部活も、七海と柳野のフォローのおかげか慣れ始め、元々覚え(人物絵以外)が良かったおかげか、少しずつ、確実に悠斗は絵を上手く描けるようになっていった。
自身でも解るほどの上達。

まぁそれでも、1年生の部員にも勝てないほど下手ではある。
正直、本当に俺が場違いなほどレベルが高いのだ、この部は。

しかし、女子達とは全く違う絵を描く俺を参考にする生徒も多く、貴重な資料のようになっている、と言うのが柊先生の話。
嬉しいような、悲しいような。
だが、中学の頃の様な充実感があったのもまた事実で
言うなれば、楽しんでいた。

そんな忙しさからか、時間が経つのは随分と早いものだった。
それこそ、猫が一回り大きくするほどに。

夏休みが始まる前までは子猫だったマシュマロと花子も、今ではこれでもかと、より多くの餌を求めていた。
行動範囲はより広がり、今や家族のトラブルメーカー。
あの七海ですら手を焼くやんちゃぶりだ。

そんな+成長した姿を陽菜に見せてやりたいが、当然ながら不可能で。
だから、写真だけでも病院に持って行った。
『お前が知らず知らず救った二匹の猫だ』などと言って、壁に飾って。
今思うと、なんとも恥ずかしい。

―そうして、日常が変化していく中でも。
・・・陽菜だけは、ずっと変わらなかった。
ずっと変わらず、ベットの上でどこかをじっと見たまま、動かなくなる。
時折、柚子さんが言った様に、泣いたり笑ったりはするが、それもそう長くは無く、すぐに元に戻り、木の様に動かなくなる。

元より、治る可能性は0に等しいと聞いていたから、それに驚く事は無かった。
勿論、何も感じないと言えば嘘になる。
待ち合わせの時間というのは、とても長く感じるもので、そんな感覚にも似ているかもしれない。

ただ、それらを踏まえて、待つことを決めていたおかげだろう、揺れる事はもう無くなっていた。

・・・強いて変わったといえば、陽菜の病室の雰囲気くらいだろう。
自分の絵が十数枚ほど飾られている陽菜の病室は、ほんの少しだけ、明るい部屋になった。
とはいえ、その為にわざわざ明るい景色ばかりを選んでいたので、そうなってくれなきゃ困るのだが。

―そう、そんな枚数が描けてしまう程、時間は本当にあっと言う間に過ぎていて。

蝉の死体がゴロゴロと出始め、太陽がより自己主張を激しくする近頃。

恐らくこの人生で最も早く感じたであろう、夏休みはもう終わりに近づいていた。
充実しすぎるのも考え物、と言った所だ。

―第5話「世にも短い夏休み(前編)」

「あらー、今日も着てくれたんですか?」
「はい、夏休みももう10日切りましたし・・・学校始まったら会う機会が減るので。」
「そうですかー・・・ほら陽菜、悠君が来たよ。」

病室に入った悠斗を迎えたのは、言うまでも無く柚子。
やはり先に来ていた様で、椅子に座ったまま、ニコリと微笑みかけ、そして、陽菜を呼ぶ。
もちろん、返事があるワケも無く、陽菜は無言無表情で、窓を見ていた。

「・・・ホント、時々しか笑わないんですよね・・・。」
「そうですねぇ・・・あ、でもね、悠君が着てから、笑ってる回数が多い気がするの。」
「泣いてる顔も多いと思いますけどね・・・。」
「あははー・・・。」

―夏休みに入ってから、これで16回目の面会。
そのうち7回の間は無表情で、3回は笑って、3回は泣いて。
泣いた内の一回など、俺が入った途端に泣き出した時があって、嫌がられてるかと思った。
だが、それは別に感情や好き嫌いがどうのこうのでは無く、本人でさえ何故笑ったのか、何故泣いてるかも解らないらしい。
まぁ、解っていたとしてもショックだっただろうが。

陽菜との面会は一回に1時間~2時間、部活が無い日はそれ以上。
気を使って貰っての事か、実際の所、病院側の制限なんてほとんどあって無いようなものだった。
何せ、もう顔馴染みの様なもので、ナースステーションには顔を出すだけで用件が理解されてしまう程だ。

とはいえ、16回もの面会の分を自費でこの町に来れるほどの財力は俺には無く、12回のうちの半分以上は、以前俺を轢いたあの男、土屋相太にバイクで連れて行って貰っているため、一日中居る訳にはいかない。
その上、俺自身、七海に門限を付けられているから、破るとその日は食事にあり付けない。
つまりどちらかと言えば、制限があるのは俺の方なのだ。

「・・・―でも、本当に大丈夫なんですか?」
「何がですか?」
「夏休みだからって言うのは解りましたけど、部活動も宿題もあるのに・・・こんなに沢山来て、場所的には遠いですから、まだ学生でしょ?旅費とか大変じゃないですか?」

いつかは言われると思っていた事ながら、ソレを考えていた所に言われるのは予想外。
夏休み前に来た時もそうだが、この人はエスパーか何かなのか。
一瞬詰まらせながら、悠斗は平静を装って答えた。

「ま、まぁ・・・一応いろんな人に手伝って貰ってるので今のところは大丈夫っスよ。」
「そうですか・・・でも、来年には進路だし、定期のテストもあるでしょ?・・・考える事が多い時期だし、あまり無茶しないようにね?」
「・・・進路、か。」
「決まってない?」
「恥ずかしながら・・・やりたいって思う仕事が無いんスよね。」

『こういう話をする程になるまで、この人と色々話してきたんだな』
悠斗は内心、思わず懐かしんでしまっていた。
まだ、そんな懐かしむ程の時間は経っていない、あっという間の夏だったと言うのに。
しかし、端から見れば短いと思える付き合いの長さで、こんな事を話せてしまうのだから、これはこの人の魅力なのだろう。
根拠は無くとも、悠斗はそれで納得してしまえた。

「ううん、恥ずかしがる事じゃないわ・・・いきなり言われたって、大体の人はきっと、そんなすぐには決まらないものですから。」
「・・・そういう、もんですかね。」
「そういうもんなのです。―あ、悠君は将来の夢とか無いのかな?あるんだったらそれに関連した仕事を探してみればいいと思うんだけど・・・。」
「あー・・・無い、って言うか・・・考えた事が無い、かな。」
「ふむふむ。」
「子供の頃はそうじゃなかったかも知れないけど・・・大きくなるごとに、現実見るようになって・・・アレは無理だのこれは無理だの。―まぁ、どこにでも居るガキの考えかもしれません。」

そう、夢があったのなら、まだ考える事も出来たであろう。
だからこそ進路にも悩むもので。
悠斗は苦笑いを返すしかなかった。

「・・・うん、でも悠君はまだまだ若いし、色々やってみればいいんですよ~。」
「色々・・・ですか。」
「うんうん、それに、部活だって楽しいでしょ?」
「・・・まぁ確かに、そうかも知れません。」
「目指せ芸術家?」
「・・・この下手な絵からは想像が出来ない・・・。」
「あはは・・・私は好きですよ、悠君の絵。」
「・・・お世辞でも嬉しいです。」

本当にこの人は陽菜の母親らしく、言い方がストレート。
だからこそ、良くも悪くも伝わりやすいもので。
悠斗は自分の絵を見回した後、またも苦笑い。

小さめの画用紙に描かれた風景は、大雑把で、色使いも自分で解るほどに変かつ下手で。
やっと人に見せられるモノになったのは、柳野の熱心な指導のお陰である事など、言うまでも無い。

だというのに、柚子さんは俺の提案を快く了承してくれた。
理由は、本当に簡単。
俺と、全く同じだった。

「大事なのは上手い下手じゃないですよ、悠君?」
「・・・まぁ、そうですけどね。」
「この絵たちには、悠君の気持ちがこもってます、陽菜に外の景色を見せたい、見せてあげたいって想いが・・・私に出来ない事を、悠君はやったんですよっ!」
「柚子さん・・・。」

そう熱弁した後、柚子は陽菜の頭を撫でた後、「ねー」と同意を求めて、ニコリと笑った。
俺にしか出来ないこと。
そんな言葉が嬉しいと思う俺は、単純だろうか。
勿論、俺の絵が下手な事には変わりは無い。

「でも・・・やっぱりもっと上手くなろうと思います、学校生活も残り少ないんですけど。」
「・・・そうだね・・・悠君自身が納得できるものを、これから見せて欲しいな、おばさんも楽しみにしてるよー。」

だから、陽菜が目を覚ますまでには、それらしい出来にしたい。
悠斗の返答に、柚子はそれを解っていたかの様に、やはり笑って応えた。

「・・・今度は、学校を描こうかなって思ってます。」
「おー、悠君の学び舎ですかぁ、陽菜が見たら羨ましがるだろうなぁ。」
「!・・・今の年齢だと・・・高校3年生、ですかね。」
「そうですねぇ、卒業控えって感じかな・・・でもこの子は目を覚ましても小学生からだから、留年しちゃいそう~。」
「・・・。」

―違う。
柚子の言葉に、悠斗は思わずそんな言葉が脳裏に浮かんでいた。
口に出なかったのが幸いだろうか。

相変わらず柚子さんと話していると、つい言ってしまいそうになる。
短くとも、そこは陽菜にとっての学び舎でもあったんだ、と。

―悠斗は梅雨の間に居た陽菜について、柚子に話すが出来ずに居た。

・・・この人は、もう10年以上ここで待ち続けている。
ソレを言ってしまったら、それは、その努力を嘲笑う様な、そんな気がしたから。

勿論、この人ならきっと、俺の言葉を全部信じるだろう。
『いいなぁ』なんて言って、笑ってくれるだろう。
だが、俺の口は頑なに動かなかった。
この人にとっての陽菜は、ここ居る陽菜一人で。
それを否定する様な事、言えなかった。

「あ、そうだ悠君、話題は変わりますが・・・今度ここで誕生日パーティをするんですけど、来ます?」
「・・・え・・・柚子さん、今月が誕生日なんですか?」
「ううん、陽菜の誕生日だよ~。」
「・・・陽菜の?」
「一週間後の8月31日なんです、この子の誕生日。」
「・・・そうだったんですか。」
「そうだったのです~。」

そんな憂鬱な気分を察してくれたとは思えないが、話題の転換はありがたかった。
強いて言えば、驚かない話題にして欲しかったのが本音ではあるが。

「でも・・・プレゼントとか、何がいいっスかね。」
「―悠君しーっ!」
「・・・え?」
「本人の前でプレゼントの話は厳禁、ですよ?」
「・・・あ。」

指で口を押さえる柚子に、悠斗は慌てて、口を押さえる。
本人にはどんなに言っても聞こえないのだが、だからといって本人の目の前で渡すプレゼントの話など、手品の前にネタばらしをする様なものだ。

「私はなーんにもアドバイスしませんから、悠君が思う陽菜が喜びそうなものを選んできてくださいなっ。」
「・・・俺のセンスで大丈夫でしょうかね・・・。」
「大丈夫大丈夫、悠君が渡すものなら何でも喜びますよ、きっと。」
「その何でもって言うのが中々キツいんです・・・。」
「ほっほぅ、じゃあダイヤの指輪でも?」
「いやいやいや・・・。」
「あはは~、冗談ですよ・・・でもやっぱり、気持ちがこもってるものがいいですねぇ、心を込めた手作りとか!」
「心をこめた、手作りのダイヤとか?」
「いいかも~。」
「いやいやいや・・・。」

―そんな冗談を挟みつつの楽しい面談も、あっという間に2時間経ち。
窓の外はもう夕方、悠斗は柚子と別れ、病院を後にした。

相変らず笑顔を絶やさない柚子さんのペースに、最後まで押され気味だったのは、もう慣れた事。
ただ、そんな笑顔を見ている中で、自分は中々に笑うのが下手だと、最近気づいた。
そもそも、やはり女性の笑みには敵わないもので、男の満面の笑みはやはり気色悪いと思う。
コレに抵抗が無くなったのなら、笑顔見習いも卒業と言った所だろうか。

・・・まぁ、それは追々どうにかなるとして。
快く了承したものの、プレゼントをどうすべきか。
人の居ないバスに揺られる中、悠斗は懸命に頭を回していた。
誕生日プレゼントなんて異性には妹と母にしか上げた事が無い、俺にとってこれは無茶振りに近い話だ。

眠っている陽菜に対して、俺は何を送るべきなのか?
ダイヤなど渡そうとしたとして、バイトの給料三ヵ月分でも無理があるだろう。

そんな、冗談さえ意見に入れかねない程に悩み続けた、そんなバスの道中。
―終着のドアが開く音と共に、悠斗の脳裏に、ある思考が走った。

・・・それは本当に思いつきで。
『いやいや、冗談だろう』と、最初は思った。
だが、これしかないと、変な確信があって。

―思い立ったら、とは良く言ったもので、悠斗は急いでバスを飛び出していた。

それはまさに、俺にしか出来ない事だった。

第五話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

第五話「世にも短い夏休み(中編)」

『・・・それで、僕を運転手にしようって?』
「そう言う事・・・やるよな?」
『何だよそれ、何でYES前提なんだよ、僕は行かないぞ、大事な用があるんだから!』
「・・・この前病院で会った可愛い子にも会えるぞ?」
『いーやーだ、僕には巴が居るし、あの子、巴の教え子だろ?怒られるのが目に見えてる。』
「・・・若い奥さんが見れるかも知れんぞ。」
『―マジ!?行く!!』

面会から帰った夜、悠斗は相太に電話をしていた。
思いつきだったながらも、一番現実味を帯びていた案。
それを実現するには、移動役がどうしても必要だった。

「・・・それじゃ、一週間後の朝、俺の家に来てくれ。」
『おう!・・・あ、でも待った、その誕生会に来る人数って?」
「一応五人を予定してるけど。」
『んじゃバイクじゃ駄目じゃんか・・・。』
「車ぐらい持ってんだろ?」
『ねーよ・・・って、そうなると、アイツに借りなきゃなぁ・・・。』
「?・・・まぁ任せた。」
「ちょっ待て、お前の家の住所覚えてな―」

恐ろしくスムーズに、かつ一方的に進んだ交渉が終わり、電話を切ると、悠斗は一息ついて、ようやく七海に『ただいま』と言った。
それを呆れた顔で見ていた七海も、そんな一言には一応答える。

「おかえり。―・・・それで、何をそんなに急いでたんですか?」
「・・・来週、誕生日なんだってさ。」
「誰の・・・ですか?」
「陽菜の。―・・・物だけじゃなくて、それ以外に出来る事があると思ってさ。」
「・・・はぁ。」

兄のあまりに急な言葉に、どう反応をすれば良いか解らなかった七海だが、首をかしげながらも、続けて兄の言葉に耳を傾けた。
あんなにも真剣な顔でいる時は、必ず相談事だと、そんな確信に近いものがあったからだ。

「それで、お前にも着て欲しい。」
「私にも・・・でも私、陽菜さんのお母さんとほとんど面識無いじゃないですか、しかも急に・・・良いんですか?」
「小さな頃に顔を合わせたことくらいはあるだろうし、多分あの人なら覚えてる。―何より、お前も陽菜の今の容態、気になるだろ。」
「まぁ、そうですけど・・・。」

そんな七海の予想通り、悠斗は顔の通り真剣な眼差しで、七海を見ていた。

断る理由は、無い。
しかし、七海はすぐに返した。

「でも、私よりもっと呼ぶべき人が・・・沢山居るんじゃないでしょうか、風華先輩や、空先輩、弥生先輩も。」
尤もな内容だったが、それを読んでいた悠斗の返答もまた、早いものだった。

「俺も出来れば全員呼びたいが・・・ほら、こっちでは面識があっても、柚子さんはこっちの事を知らないわけで・・・柳野は幼稚園一緒だった事で覚えてるかも知れない、覚えてないにしても、説明が付く。―でも他の二人は違う。」
「・・・成る程・・・連れて行く場合、先輩方に事情を説明しなければいけない、と。」
「そう言うこった。」

そう、兄の言う様に、梅雨の間に居た陽菜さんを、柚子さんが知る術は無い。
十年もの間眠り続けている陽菜さんを、ずっと見守って来たのだから。
そして、兄はそれを柚子さんに言っていない。
否、きっと言わないつもりなのだろう。
私だったら、そうするから。

「・・・ショックだったでしょうね、先輩達。」
「何がだよ?」
「陽菜さんが急にあんな事になってるんですもの・・・ショックじゃないって方がどうかしてます。」
「いや、そーでも無かった・・・少なくとも、情けない顔をしてるのは俺だけだったよ。」
「兄さんは顔に出すぎですからねー。」
「へいへい、どうせ俺は正直者ですよっと。」

半場流し口調でそう言って、悠斗は浴室へと向かっていった。
そんな後姿を見ながら、七海は『青春』とだけ呟いて、小さく笑っていた。

兄がああも表情豊かな顔を見る様になったのは、やっぱり陽菜さんと出会ってからだと思う。
いつも笑ったりはしてくれるし、冗談を言い合ったり、喧嘩をしたりは、もう何年も前からやっている。
それでも、兄が泣く顔を私は見たことが無かった。
ああも悲しい顔をするのを、ああも真剣な顔を見た事が無かった。
出会いは人を変えるとは言うけれど、兄が短い間にこんなにも変化するのは、言うまでも無く予想外で。

・・・陽菜さんが消えたと言う日から、二十日と少し。
兄は言葉通りに、部活と宿題、そして面会、今に至るまで、それらを全て、驚くほど計画的にこなしている。
それが全て、陽菜さんの為である事は、言うまでも無い。
あの人にとっては、今や無くてはならない存在なのだから。
失った時の衝撃を想像する事が、容易いほどに。

―そう、だからこそ、その想いの強さが時々恐くなる私が居る。
妄言だと言われても良い。
私自身も今の二人を、今の兄を見て、そうなるとは思わないから。

ただ、それは『今』だからこそで。
一年後、或いは一日後、一秒後。
そんな日々は、あっさりと、それこそ硝子の様に、粉々に壊れてしまうやもしれないのだ。

―植物人間であるその状態の正式名称は、遷延性意識障害(せんえんせいいしきしょうがい)。
自力で食事を取る事も、身体を動かす事も出来ず、言葉も喋れない。
目を開いているその状態では他の人間とは区別がつかず、時折泣いたり笑ったりもするので、遠目では普通に見えるという。

その中でも陽菜さんは、植物状態ではなく、回復する見込みが0に近い『永続性植物状態』。
このまま治らなければ、いずれ脳死に繋がる。
そして、その確率は治る可能性の逆、99.9%以上。
例はあれど、それ自体は奇跡と言える数。

兄も勿論、知っているだろう。
私がこの本を読めたのは、兄が借りて来たからこそなのだから。
解っていて、だからこそ夏休み、休む間も無く勉強と部活をテキパキとやり、それを、出来る限り面会の時間に足す。
より多くの時間を、彼女と過ごす為に。

兄が焦っているとは思っていない。
去年と比べても、活き活きとしているだろう。
それこそ、別人に見える程に。
本当なら、それは喜ぶ事。

なのに、私は時折、そんな事を考えてしまっている。
もし、陽菜さんがもう目覚めないと解かった時。
兄は壊れずに居られるか?
考えるには、容易い。

・・・これは、本当に私の勝手な妄想だ。
だから兄には絶対に言わない。

言ったら、そんな不安が根付いてしまうから。
言わないのではなく、言えない。
けど、一つだけ言えるのは。
兄さんは陽菜さんを愛してるって事。
いや、これもきっと、口には出せないか。




翌日早朝。

悠斗はまだ寝たり無い様子で、バッグを手に美術部の部室へと足を運んでいた。
実際、部室などなく美術室なのだが、皆は何故か部室と呼ぶ。

部活動は主に朝からなのだが、この部員達の活動は運動部より早い事があり、それには驚かされた。
そんな光景も今や見慣れた。
美術室に入ると、こちらに視線が集まり、一斉に挨拶。

「先輩、おはようございまーすー。」
「おはようございまーす。」
「・・・おう。」

未だに慣れないのは、このやけに礼儀正しい後輩達くらいだろうか。
素っ気無い返事を返しながら、悠斗はそんな事を思った。

先輩呼ばわりされるなんてのは、中学生でも無かったからだ。
加えて男子生徒は俺一人。
七海が以前言っていた様に、これは確かにハーレム。
とはいえ、喜べるものかと聞かれたら、そうでも無く、むしろ余計な所で疲れる。
何せ、会話についていけない事が多いのだ。

そんな後輩達の挨拶に応え、悠斗は自分の席に着き、まずは一息、そして、白紙の画用紙を前に、また一息。
今日も新しい作品を書くために、脳内で思考を回す。

今度はどんな風景を描こうか。
森林、花、草原、動物、空―etc・・・。

勿論、誕生会の話も忘れていない。
いや、むしろ今日はそれがメインだろうか。

「―部長、おはようございます!」
「・・・おはよう、皆早いね。」
「いつもは部長が早いんですよー、皆その影響ですって~。」
「あはは・・・。」

これまたすっかり見慣れた短い髪を揺らして、現れた柳野。
相変わらずの人気と言うべきか、俺の何倍もの挨拶に答えながら、席に着く姿はまるで人気者の男子。
尤も、あの小動物的な性格で無ければ、だが。

「・・・言わないんですか?兄さん。」
「・・・お前何時の間に俺の隣に居るんだよ。」
「兄さんより早く着てますからね・・・今日はこの席なんです。」
「・・・まぁ、指定席では無いけどさ。」

良く見ると、隣では七海が鉛筆を片手に画用紙と格闘していた。
いつもの長い髪を一本にまとめて、真剣な表情。
話している間も、決して絵から目を離さない。

「で、言わないんですか?」
「部活終ってからでも良いだろ・・・今は部活中だし。」
「おお・・・兄さんも急がば回れって言葉を覚える歳になりましたか。」
「・・・一応成長したつもりなんだけどな。」
「はいはい。」

そんな兄の反応が面白かったのか、七海はクスクスと笑いながら、正面の画用紙に向け、鉛筆を走らせ始めた。
成長を認めているのか、単純に馬鹿にしているのか、悠斗には良く解らなかったが、保護者顔をされている事だけは確かだと思う。
・・・まぁいつもの事か。
気にしたら負けだ、と悠斗もデッサンの開始をする。

―考えた結果、今日は花を描く事にした。
今の所、一番の得意分野だ。
描く花は向日葵。
夏といえばこの花だと思う。

多少は慣れた手つきで、鉛筆を走らせ、線を描いていく。
少しずつ伸びていく線が、物を作っていく。
『想像し、その通りに創造する』
それが出来た時は不思議と嬉しいもので、今思えば、それが面白くて絵に興味が沸いたのだと思う。




そして、正午。

「お疲れ様でしたー!」

5時間以上に及んだ部活動も、恐ろしい速さで過ぎ行き、部員達は描いた絵を一箇所に集め、片づけを始める。
悠斗もまた、少しひねくれた白黒の向日葵とにらめっこをしながら、道具を片付けていた。

「うん、相変らず線が雑ですね。」
「悪いか、男らしい雑さだと言え。」

その隣では、丁寧に書かれたアサガオの絵を手に、鋭い目でそう一言。
七海の辛口は今日も絶好調である。

「悪いも何も、前回と比べて進歩が無いんですもの、誰かが言わないと。」
「―でも、意識してかしてないか、線は少し丁寧になってるね。」
「あ・・・先輩。」
「でも、やっぱり雑さが目立つかな・・・よいしょ、と。」

さすが部長と言うべきか、ちゃんと見ている。
二人の間に何時の間にやら居た柳野は、悠斗の絵を真剣に見つめた後そう言って、適当な所から画用紙を手に取る。
何をするかと思うと、隣に座り、鉛筆を手にデッサンを描きながら、説明を始めた。

「向日葵を描くにはその雑さがかえって味が出る事はあると思うけど・・・うん、この根っこの部分とかはこの雑さのおかげか力強さが出てる、けど花は・・・参考までにこんな感じ、もう少し繊細に描いてみて・・・後は花ばかりに力を入れないで、ちゃんと背景にも気を遣う事。」
「・・・あー成る程、見本があると解りやすい。」
「でしょ?・・・と言う事で、とりあえず今日はここまでにしよう、区切りも良いし。―それで・・・良かったら一緒にお昼食べに行かない?七海さんも一緒に。」
「おっけー、空先輩達も居るんだろ?」
「あ、うん、お昼に待ち合わせしてるんだ・・・って、どうして解ったの?」
「カンだ、後は希望・・・ちょっと用があってだな。」
「・・・どんな用?」
「お前にも用がある・・・陽菜の事で。」
「!・・・陽ちゃんの事で?」

真剣な表情でそう言って、柳野へ視線を合わせる悠斗。
これが悠斗なりの相談態度だったのだが、柳野にとって、そんな顔で話される陽菜の話は、明るいニュースが少なかった。
故に、何かあったのか?と不安げな表情をするのは道理。
勿論、悠斗にはそんな気はないので、どうした?と疑問な表情を浮かべていた。

「・・・とりあえずですね、31日に陽菜さんの誕生会があるそうで、来てくれませんか?って話です。」
「・・・あ・・・なるほど。」

最近はそんな様子が見れないから、すっかり忘れていた。
この二人、不器用仲間なのだ。
それに気付き、すかさずフォローを入れる七海。

一瞬の間は空いたものの、想像と違うものだと理解すると、柳野は安堵した表情になる。
『この馬鹿兄』と言う声が、悠斗の耳に聞えた。

「・・・31日・・・一週間後だね。」
「いつも母親と専属の医師とナースだけでやってる、って言うからさ・・・賑やかにしたいって思ってな。」
「・・・でも、お邪魔にならないかな、病院でしょ?しかも陽ちゃんのお母さんなんて、同じ園だっただけで顔もほとんど覚えてないし・・・家族水入らずがいいんじゃない?」
「でも、陽菜の今の容態、気になるだろ?」
「・・・気にならないワケ無い。」
「んじゃ、決定な。」
「うん・・・やっと会えるんだね、ずっと悠斗に独り占めされてたから、楽しみだ。」

予想通りの快諾に、まずは安堵した二人。
しかし、メインはこれから。

「・・・それで、柳野。」
「・・・うん?」
「その上で、一つ頼みたい。」
「頼みって・・・プレゼントの内容?」
「いや。―・・・柚子さん・・・陽菜のお母さんの前では、自分が高校の同級生である事は伏せて欲しいんだ。」
「・・・え・・・。」
「・・・だから、幼稚園の同組として来て欲しい。」
「ちょ、ちょっと待って、確かに幼稚園は一緒だったかも知れないけど・・・伏せるって一体・・・。」

これまた、当然の反応。
戸惑いを隠せない柳野に、七海が続けた。

「お母様は、この高校での陽菜さんの事を知りません。」
「・・・―あ。」
「そして、兄もそれを話していません、私も、今はその方が良いと思っています。」
「・・・。」

納得半分、疑問半分、そんな様子が見て取れた。
理由はきっと解ってる。
ただ、同級生である事を伏せると言う事は、嘘を付けと言う事で。
簡単に納得できるモノでもない。

だが。
「・・・陽菜が目を覚ましたら、全部話すつもりだ。―俺だって嘘は嫌だ。」
「悠。」
「・・・だから、頼む。」
「・・・。」

『会いたい』
何時にも増して真剣な顔で頼む悠斗の言葉が、そんな柳野の本心を後押しする形になったのだろう。

「―うん、それで誕生日が祝えるなら・・・協力するよ。」
「・・・悪い。」

その後の返事に、迷いは無かった。

「ううん、確かに最初は驚いたけど・・・うん、悠もちゃんと考えてるんだなって、安心した。」
「・・・何だそれ、まるで俺が普段、何も考えてないみたいじゃねぇか。」
「考えてないじゃないですか。」
「妹よ、そこはフォローすべきではないか。」
「事実を述べたまでです。」
「・・・いつも俺なりに考えての行動のつもりなんだがね・・・。」
「あはは・・・うん、やるからには良い誕生日にしようね。」
「勿論ですとも。」
「・・・そうだな。」

―その後、お昼を共にした空と弥生、偶然居合わせた直太にも事情を説明、同じ誘いをし、快諾を得た。
無論『高校の同級生として』ではなく『幼稚園での同組』として、と言う条件を付けて、だが。
しかし、三人の快諾は変わらなかった。

嘘を付く事に抵抗は、ある。
それでも、会わせてやりたかった。
きっと、三人も同じ気持ちだったのだろう。

―悠斗が送りたい誕生日は、再会。

今の陽菜は、きっと空も、弥生も、直助の事も知らないかも知れない。
それでも、陽菜が会いたがっている様な、そんな気がしたのだ。

第五話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

第五話「世にも短い夏休み(後編)」

「・・・あらあら・・・?」

病院でいつものように陽菜と話していた柚子は、大勢の足音に、扉の方へと目を向けた。
此処に来る足音は、いつも一つか二つなのに。
四人?・・・五人?
そして、その足音は、この部屋の扉の前で止まる。

―コンコン。
扉を叩く音は、間違いなく此処。
そして時間を考えると、彼だろうか。

「悠君、いらっしゃ~い。」
「・・・どもっス。」

柚子の思った通り、扉から現れたのは悠斗。
どこか緊張した面持ちで、扉から少しだけ姿を覗かせている。

陽菜の誕生日だから?
いや、誕生日だからとこんな光景を見る事は、きっと無い。
例えそれが、好きな女の子の誕生日だとしても。

「・・・どうしたの?早く入ってらっしゃい?」
「あ・・・その、入る前に一つ。」
「・・・?」
「その。―今年の誕生会は、ちょっと大人数になるかも知れません・・・良いですか?」
「・・・あら?」

しかし、意図せぬ質問に返って来た答えは、内容として全く関係の無いモノではなかった。
多分、聞く事に緊張があったのだろう、柚子は直ぐに納得する。

「まぁ、俺の友人でもあるんですけど。―その・・・ワケを話すと長いんですが、ちっちゃい頃陽菜と友人だった奴らが偶然同じ学校で・・・陽菜の現状を話したら、会いたいって・・・それで。」
「・・・まぁまぁ・・・。」
「その・・・すみません、勝手にこの話しちゃ、駄目でしたよね・・・何も連絡もせずに・・・。」
「あ、ううん、そんな事無いわ、陽菜をまだ覚えてくれている人が悠君以外に居たんだな、って、ちょっと驚いただけ~。」
「・・・良いでしょうか?」
「勿論、折角来てくださったのだもの、陽菜だって喜びますっ。」

悠斗のそんな急な言葉に、驚きを覚えつつも、快く了承し、手招きをする柚子。
許可を貰ったと解ると、悠斗は安堵の息を漏らした後、扉の外に向け「いいってさ」の一声。
その、瞬間。

―お誕生日、おめでとう~!
そんな声と共に、一斉に入り込んできたのは、悠斗と同じくらいの年代の子供達。
若々しいファッションから、大人し目なファッションまで、なんとも色豊かな五人の少年少女。
それぞれが紙袋やスーパーの袋に入った飲料やお菓子などを持って、にこやかに登場してきた。

「わぁ・・・まぁまぁいらっしゃーい。」
「・・・陽菜の友人だった連中です。」
「だったって何だよ成瀬!今も僕らは友達だろ!?」
「・・・いや、お前はどうだったかな・・・。」
「こんな場でも遠慮ねえな!?」
「はいはいどけっての!」
「ぎゃぁ!!」

直助を軽々と蹴り飛ばし、まず柚子の方へ向かったのは、空。
目を合わせて早々、柚子の手を取り、そして一言。

「・・・ストライク~!!」
「・・・すとらいく?」
「その麗しい瞳!童顔!年齢なんて関係ない!!いや!むしろ性別なんて関係ない!!おばさん!私とけっこ―。」

いきなり興奮し始めた空に、口封じをする柳野。
すみません、すみません、と頭を下げるその姿は、とても同い年とは思えない。
予想はしていたが、やはりこうなるか。

「・・・最初に騒ぎ立てないように、って言ってはいたんですけど・・・。」
「ふふっ・・・良いんですよ・・・元気なお友達ですね、悠君。」
「ええ・・・もう五月蝿いくらい元気で。」

病室にあらぬ興奮をする一名に呆れながら、すみません、とこちらも謝る悠斗。
これを微笑ましい顔で許してくれるのだから、柚子さんの心は広いと思う。

「・・・。」
「あら・・・この子は誰かの妹さん?」

空を抑える柳野に代わり、頭を下げる弥生。
確かに、150弱の身長で、尚且つ童顔に黒髪なのだ、そう聞くのも無理は無い。
首を傾げる柚子に、ようやく大人しくなった空を置いて、柳野が応えた。

「・・・ええと・・・その子も高校生、同級生です。」
「あらまぁ可愛らしい~・・・わざわざ今日はありがとうございます。」
「・・・。」
「・・・えっと、こちらこそお招きいただいてありがとうございます、陽菜さんにはお世話になってます、だそうです。」
「・・・あら?」
「すみません、この子はちょっと喋るのが苦手で・・・。」
「ううん、良いんですよ、よしよし~。」
「!・・・。」

高校生と解りながらも、微笑みながらその頭を撫でる柚子。
本当に、陽ちゃんにそっくりだ。
その笑顔も、雰囲気も、全部。
親子にしたって、似すぎてるくらい。

確かめるまでも無く、彼女の陽菜の母親だと、柳野は僅かなやり取りだけで理解出来た。
同時に、悠斗の言っていた事が、本当に、全て事実なんだと言う事も、認めざるを得なくて。
祝いの場だと言うのに、柳野の心境は複雑なものになりかけていた。

勿論、似た様な胸中は他の三人にも在った。
それでも、顔には出すまいとしていた。
自分たちは此処に泣きに来た訳じゃ無い、祝いに来たのだから。

しかし、そんな四人に追い討ちをかける様に。

「―ほら陽菜、悠君たちが着てくれたわよ~。」

その時は、来た。
そう柚子が向きを変え、彼女の名を呼びかけると同時、全員の視線がその方へ行く。
そこに居た事に気づかなかったかの様な反応。

当然だろう、悠斗はそれを不思議だとは思わなかった。
余りにも、静かすぎるのだから。

「・・・陽ちゃん。」
「陽ちゃん・・・。」
「・・・陽菜ちゃん・・・マジなのかよ・・・。」
「・・・・・・。」

点滴だらけの姿を目の当たりに、各々衝撃を隠せない四人。
『どうして、こんな事に』
『どうして、彼女が』
悠斗が最初に得た印象とそれらは、同じだった。
驚くなと言う方が無理だろう、固まる面々に、悠斗の表情も暗くなりつつあった。

「陽ちゃーん!ほら、皆来たよ!元気してたー?」

しかし、予め聞いていたと言う条件と、自身の性格が、それをさせなかった。
重く苦しくなりそうな空気を一人破り、そう呼びかけながら、空は陽菜の動かない手を寄せて、両手で握った。

あの梅雨の間の彼女よりも冷たいその手は、本当に死人の様。
でも、間違いない。
確かに、私達の陽菜ちゃんは、いま、此処に居るんだ。
だから、今は喜ぼう。

「―ほら皆、なーに辛気臭い顔してんのさ!感動の再会なんだからー、笑って笑って!」
「・・・空。」

そんな気持ちのまま、空は悠斗達に呼びかけていた。

「・・・うん、そうだね。」
「・・・。」
「ぼ、僕は別に辛気臭い顔なんかしてませんからね、顔芸です、顔芸!」
「一番泣きそうな顔してた癖にな。」
「成瀬?そこは空気を読んで何も言わないべきじゃないかな。」

『今は、喜ぶ時』
それが上手く伝わったのだろう、全員が空と目を合わせ、頷いた。

「・・・ごめんなさいね、この子ったら、折角来てくれたのに。」
「いえ!成瀬君から事情は聞いてたんで!・・・ほら陽ちゃん、誕生日プレゼント持って来たよ!」

柚子の申し訳なさげな表情を晴らすかの様に、空はにこやかに返す。
そして、陽菜の横の椅子に座り込み、包装された小さめの箱を取り出して、ベットの横にある棚に置いた。

「あら可愛い・・・何が入ってるのかしら?」
「思いつきだったので良いかは解りませんけど・・・こんなのにしてみました!」

リボンを取り、箱を開ける。
その中身は向日葵の模様が彫られた、木製の写真立てだった。
当然ながら、写真など入ってない、空の写真立て。

「まぁ可愛い~、写真立てね?」
「はい。―願掛け、みたいなものかな・・・病気が治ったら、ここに居る皆で笑顔の写真を取って、家にこれを飾って欲しいんです。」
「・・・なるほど~。」
「・・・いいでしょうか?」

真剣な表情でそう柚子に語りかける空。
彼女もまた、陽菜から笑顔を貰った人なのかな。
名前の通り、空の様に透き通った目からは、一心に陽菜を想っていることが、柚子には解った。

「勿論ですっ、こんなに素敵なプレゼント・・・ありがとうね。」

だからだろう、自然に笑顔が溢れていた。
私は彼女の事を。
―いや、悠君以外の子達の事を、私は覚えてない。
だけど、そんな事はどうでもよかった。
想ってくれている、覚えてくれている、それだけで十分だった。

「本当ですか!?」
「うんっ、私も元気付けられちゃうくらい、心のこもったプレゼントです。」

そんな笑顔と言葉に、空は思わず柚子の手を握っていた。
感極まる、とはまさにこの事を言うのだろう。

「ううー・・・やっぱり陽ちゃんのお母さんだ、可愛すぎる!もっと早く出会いたかったー!」
「・・・折角格好良いとか思ったのに・・・。」
「あ、何さ成瀬君、私にシリアスなんて似合わないとか思ってた癖に?」
「・・・いやぁ。」

気付けば、重苦しい空気などまるで無く、誕生会は進み始めていた。
こういう時、この人の明るさと前向きさには助けられる。
小言を呟きながらも、悠斗は内心、感謝していた。

「次は僕!僕のプレゼント!!」
「・・・期待できないな。」

待っていました、と言わんばかりに手を挙げるのは直太。
悠斗の冷めたと反応の他、えー、と言う声が、二人ほどから聞えた。

「何を言うか!弥生と一緒に、それも一生懸命に考えてきたんだぞ!?」
「・・・ああ、弥生なら安心だね。」
「僕は!?」
「うーん、おまけ?例えるなら、寿司屋のガリ?」
「先輩!?ガリだって頑張ってるんですよ!?」
「ああ、うん『ガリは』頑張ってるし、好きだよ?タダだし。」
「僕はガリ以下!?」

そんな状況に対して『勝手にどうぞ』と言わんばかり、弥生は直太の持っている紙袋を優しく奪い取り、柚子に微笑みながら差し出した。

「・・・。」
「あ・・・絵本です、もし良かったら読んであげてください、だそうです。」
「わぁ・・・最近絵本を読んであげてなかったから、嬉しいわ・・・ありがとうね、弥生ちゃん。」

可愛らしい紙袋の中には、『ハッピーバースディ』と英語で書かれたメッセージカードが貼り付けられた、花柄の包紙。
初めて会うけれど、どこか彼女らしく思える、そんなプレゼント。
陽菜と並んだら、なんとも可愛らしい姉妹になるだろう。

満面の笑みで、弥生の頭を撫でる柚子。
照れくさかったのか、弥生は顔を伏せて、顔を赤くしていた。
母子の図に見えてならない、そんな二人に、直太は若干興奮気味。

「絵になりすぎてる・・・美人親子なんて僕には刺激が強すぎるぜ成瀬・・・。」
「もうお前少し黙ってろ・・・鼻息が荒い、そしてキモい。」
「キモい!?何を言うか、あんな図を見て興奮しないお前がどうかしてる!美人妻に可憐な娘、男の浪漫じゃないかね!?」
「お前の頭の中のほうがどうかしてるな、診て貰え、ちょうど病院だし。」
「そうだね、脳梗塞とかになって・・・ってゴラァ!」
「・・・すいません、この人頭がどうかしてて・・・。」
「柳野?そこは何か違うよね?フォローする所だよね?」
「・・・・・・。」

弥生のメモには一言『うるさい』
それがトドメだった様で、直太は部屋の隅っこで丸くなり始めた。
小さく何かを呟いているが、聞き取れない。

「ふふっ・・・面白いお友達・・・ごめんなさい笑っちゃって・・・っ。」
「・・・お恥ずかしい。」
「・・・同じく。」

そんな、コントのようなやり取りが面白かったのか、声を出して笑う柚子。
対して、柳野と悠斗は溜息を付くしかなかった。

「ねぇー、本当困っちゃうお友達だよねぇ成瀬君。」

その間には何故か混じるように、呆れ顔をする空。

「・・・。」
「・・・空が言う事じゃない、だって。」
「えっ!?」

全くその通りである。
二人は弥生の言葉に首を大きく縦にしていた。

「何を言うのさ弥生!私ってば超マジメじゃん!?」
「・・・自分で言いますかソレ・・・?」
「何おう成瀬君!こんな後輩想いの良い先輩、日本中の学校何処探しても居ないよ!?」
「・・・まぁ、空みたいな先輩は居ないかも、ね。」
「酷い風華!明らかに今悪い意味で言った!」

―結局、緊張が解けてからの病室には、いつもの雰囲気が漂っていた。
特別な日だと言うのに、まるで教室にでも居るかの様。

しかし、どこかこうなる事を予想していた悠斗は、小さく溜息を付きながらも『まぁ、これがいいんだよな』と陽菜へ向け、小さく呟いていた。

「・・・そういえば悠、七海さんが何時来るのか、解る?」
「ん?・・・二時、予定通りならもう直ぐだな。」
「あー・・・確か、頼んでた物を取りに行くから先に行っててくれって言ってたよね・・・知らない人のバイクで飛んでったけど、そんな遠くに何を買いに行ったのさ?」
「・・・いやお前、それは―。」

プレゼントを貰う当人を前にそれは無いだろう。
悠斗がそう直太に言い掛けた、まさにその時だった。

―病室の扉の方から、コンコン、と言う音が鳴る。

時計を見ると、時刻は丁度二時ジャスト。
何ともアイツらしいタイミングだ、悠斗はそう思いながら、扉を開けた。

「お待たせしました・・・遅くなって申し訳ありません・・・!」

現れたのは、悠斗の予想通り、七海だった。
よほど急いで来たのだろう、自慢の黒い長髪の天辺が、寝癖の様に捻くれている。
予定通りに来たと言うのに、申し訳なさげな表情で、まず第一声、頭を下げていた。

「七海ちゃん~!どこ行ってたのさ~!」
「すみません・・・どうしても・・・これを持って行きたくて・・・。」
「・・・え・・・?」

その手には、ケーキが入っている様な真っ白い袋に、同じく真っ白な箱。
ソレを見た全員、それがケーキだとは解ったが、同時に、一つの疑問が挙がる。
『陽菜は、ケーキを食べられない』
勿論、それは七海も理解しているはずで。

「・・・陽ちゃんに買ってきたの?」
疑問を顔に出す面々の中で、まず声を上げたのは、柳野。

サプライズとは言え、心配させてしまう内容だから、無理も無い。
早く誤解を解く為にも、七海は即座に答えた。

「はい、ちょっと特別なケーキなので、遠くに行かなきゃ買えなくて・・・相太さんに飛ばしてもらいました。」
「あらあら・・・わざわざ遠くまで行って買ってきてくださったのですか?」
「・・・あ・・・はい!」

そんな、颯爽と現れた新たな来訪者に驚く事も無く、七海に歩み寄り、ペコリと頭を下げる柚子。
予想外の反応だったからか、七海は一瞬焦った表情を見せながら、何とか落ち着きを保ちつつ、お辞儀を返した。

『あの』陽菜のお母さんだから、もっと幼さの残っている人だと思っていただけに、驚くなと言う方が無理のある話で。

「あ・・・あの、陽菜さんのお母様・・・ですよね?始めまして、成瀬七海と言います。」
「・・・七海ちゃん?」
「は、はい。」
「・・・わあ~!大きくなったねぇ~っ。」
「え?・・・ええ!?」

ましてや、子供にまで敬語を使う事も、私の事を覚えている事も、予想外だ。
満面の笑みで七海の頭を撫でる柚子。
これにはさすがの七海も顔を真っ赤にして混乱する。

「わ、私・・・お母様と会った事ありましたっけ・・・?全然覚えてなくて・・・。」
「うんっ。―でも、まだ3歳とかそのくらいだったかな?・・・覚えてないのも無理は無いですよ~。」
「うう・・・申し訳ないです・・・。」
「ううん、いいのよ。―それで、ケーキの事だけれど・・・。」
「あ、はい!それは兄から事前に聞いてまして・・・お母様の言いたい事も解ります。―でも、まずは箱を開けてみてくれませんか?」
「・・・うん?」

目を丸くしながら、柚子は言われたとおりに、白い箱を開ける。
そして、目に飛び込んだケーキに、思わず声を上げた。

「うわぁ・・・綺麗なお花ね~。」
「・・・綺麗?お花?」
「ケーキ・・・じゃないの?」
「ケーキ・・・に見えるけど、お花だコレ!」

柚子に始まり、一人ずつその中身に驚きの声を上げる。
箱の中は、ケーキでありながらケーキではなかった。
花だけで作られた、白と赤を基調とした、円形のフラワーアレンジ。
それは本当にケーキの形をしていて、遠めから見れば、ケーキと見違えるだろう。

「本当にあるんだな・・・バースディケーキ風アレンジ。」
「ちょっと都会方面じゃないと売ってないんでバイクを出してもらっちゃいましたけどね・・・誕生日なのにケーキが無いなんて、寂しいですから。」
「・・・バイクと言えば、あの人は?」
「私を下ろした後、帰っちゃいました。―なにやら用事が出来たらしくて・・・。」
「・・・まぁ、帰りはどうせバスで帰るから問題無いけど。」

柚子さんの話をした時のテンションから、来るものだと思っていた。
相太の意外な行動に、『気を遣ったのか?』と言う思考が、悠斗の脳裏に一瞬過ぎった。

「でも、あのカッコイイお兄さんと何時知り合ったのさ、成瀬。―結局名前も聞けなかったし。」
「あー・・・色々あって知り合った未来のお前だ。」
「未来!?」
「・・・ああ、うん・・・未来だね。」
「柳野まで!?何でそんなガッカリな顔するの!?」

いや、それは無いな。
直太の顔を見た途端、そんな考えは消えて失せていた。
大方、あの恐ろしい恋人に呼び出されたのであろう。
きっと。
悠斗はそう解釈する事にした。

「・・・と、そうだ、ケーキもあるんだし、歌を歌わなきゃね。」
「シカト!?ねぇシカトですか!?」

嘆く直太を振り払い、柳野はケーキを陽菜の前にあるテーブルに置いた。
そして、柚子と視線を合わせ、電気を最小にする。
代わりに、ケーキに付いていたローソクの火が、点された。

「・・・ごほん。―では皆さん、改めて祝いましょう・・・陽ちゃん、お誕生日おめでとう。」

さすがに空気は読むらしい、この時点で直太も大人しくなり、柳野の後に続き、全員がおめでとう、と声を合わせる。

「お、仕切るか風華ー。」
「茶化さないでよ・・・これでも一生懸命なんだから。」
「よっ!風華さんかっくいい!!」
「・・・直助、後で殴る・・・。」
「何で!?」
「・・・とにかく、ケーキも来た事だし・・・歌いましょうか。」

若干恥ずかしく感じながらも、こうしたい自分が居た事を、柳野は感じていた。
こうやって皆で何かを祝えるのも、きっと、もうそんなに多くない時間。
ましてや、誰かの誕生日に、こうやって皆が集まれるのは、来年無いかもしれない。
就職、進学、人によっては祝う暇も、遊ぶ暇も無いだろうか。

だから今日、出来るだけ思い出を作りたいと思った。
深呼吸をした後、柳野は指揮者の如く手を挙げ、ほんの数秒、部屋が静かになる。

―そして、降ろすのと同時。
バースディソングが、病室に響き渡った。

音痴も居れば、上手な奴も居る、ちょっとした不協和音も、誕生歌らしさであろうか。
不快などあるはずも無く、不思議と愉快な気持ちになる。
だからだろう、歌う全員には、自然と笑顔が溢れていた。

まるで、自分で笑えなくなってしまった陽菜を、皆で笑わせようとしているみたいだ。
悠斗はそんな事を思った。

柚子さんに比べたら、俺同様、短すぎる時間かもしれない。
それでも、そんな短い時間の笑顔でも、集めたのなら。
陽菜も、少しは笑えるようになるのでは無いだろうか。

―はっぴばーすでぃ~とぅーゆー。

歌が終わると、今度は拍手が響き渡り、灯りが付く。

「いやぁなんだか懐かしいねぇ、バースディソングなんて今や家族内でしか歌わないや。」

満足気な表情で、持ってきていたペットボトル飲料を飲む空。
まるで酒でも飲んでいるかの様なラッパ飲みは、随分と絵になっていた。

「・・・毎年やってるじゃん・・・私の家で。」
「かーっ!・・・ん?まぁそうだけどさ、こうやって同級生何人も集まって、そのお母さんとかと一緒に歌うとか普通無いよ~・・・というか、アンタんとこはもう家族みたいなもんでしょ。」
「まぁ・・・そうだけどね。」
「でしょ?と言うわけで今日から私と柚子さんも親子!いや!むしろ夫にして!」
「どう言う訳でそうなるの・・・ほらもう、柚子さんが困るから・・・。」
「・・・。」

酔ってもいないのに高揚していく空の発言を、呆れながら静止する柳野。
相手が柚子さんでなければ引いてしまうであろう。
そう思いつつ、まず頭を下げんと柚子の方へ向く。

「・・・。」
「・・・ゆ、柚子さん?」
「・・・は、はぃ?」
「ひょっとして・・・泣いてる?」
「は・・・はい・・・。」

しかし、その目に飛び込んだのは、椅子に座り込んだまま顔を俯かせて、我慢しているのだろう、小さく泣き声を上げる柚子の姿だった。
誰もが予想しなかったその反応、全員が思わず驚きに声を上げていた。

「・・・その・・・ごめんなさいぃ・・・ちょっと感動しちゃって・・・。」
「か、感動って・・・僕らまだプレゼントにバースディソングを歌っただけですよ・・・?」
「そうなんです・・・それだけで十分なんです・・・でも、嬉しくて・・・。」
「柚子さん・・・。」

―娘の友達が、祝いに来てくれる。
そんな何処にでもある様な事が、どうしてこんなにも嬉しいのだろう。
ううん、理由は解ってる。
そんな何処にでもある事すら、陽菜は10年も出来なかったのだから。

柚子は悠斗に向かって、改めて涙ながらに、ありがとう、と頭を下げた。
深い、深いお辞儀。

それだけで、柚子さんの心境が、この場に居る全員には良く伝わった。
長い時間、只管に娘を見守ってきた、母の強い想い。

照れくさく、お辞儀し返す悠斗。
感謝したいのは、むしろこっちの方なのだ。
その想いが無かったら、俺と陽菜の再会は無かったのかもしれないのだから。

「・・・柚子さん。」
「はい・・・?」
「私からのプレゼント、渡してもいいでしょうか?」
「え・・・はい、お願いします・・・。」

悠斗が頭を上げたのを確認した後、まだ涙の止まらない柚子にそう言って、持ってきていた紙袋へと手を入れる柳野。

「悠斗が持ってきている絵がそこら中にある建前、これを持ってくるのは、と思ったけれ・・・ど。」
「・・・ちょっ・・・風華それ!」

出された物を見て、驚きを隠せない様子の空。
一同の視線はそこに集まった。

柳野が取り出したのは、一枚の絵。
そこには、向日葵畑で楽しく遊ぶ、一人の少女が描かれていた。
紛れも無く、それは陽菜で。
満面の笑みと呼べる笑顔がそこにはあった。
しかし空が驚いたのは、陽菜が描かれている事では無い。

「柳野・・・その絵って・・・。」
「コンクールで優勝取った作品じゃないですか!?」

その一枚に、悠斗に続き、七海も驚きの表情。
七海の言う通り、柳野の取り出した大きめの絵は、あの梅雨の間参加したコンクールで、見事優勝を取った作品。
絵を描く者にとってはトロフィーや賞状よりも遥かに大事な物であり、空の驚きも尤もであった。
だが。

「この笑顔にまた会いたい、それが私の素直な気持ちだったから・・・駄目かな、悠?」
「・・・いいのか?」
「勿論・・・陽ちゃんと出会わなきゃ、描けなかった一枚だもの。」

それを此処に持ってきたと言う時点で、柳野の意思は明らか。
迷いの無い表情と言葉に、悠斗は首を縦にする他無かった。

「そもそも、俺に許可を貰うもんじゃ無いしな。」
「・・・でも、悠斗が悔しさとショックで泣かないか心配だったから。」
「ねーよ・・・あと半年あればそのくらいは描いてみせる。」
「ほっほぅ・・・期待してるよ。」
「・・・せめて1年は欲しいなぁ・・・今の成瀬君を見ると・・・。」
「ですねぇ・・・むしろ1年でここまで行けたら才能ですねぇ。」
「・・・。」

皮肉を付け加える空と七海の二人。
その横で、理解できてない癖に首を大きく縦に振る直助が、やけに腹の立つ。
しかし、場が場だけに、手も出せず『後で殴る』と心に決めた悠斗だった。

「・・・とても大事な物じゃないんですか・・・?」
「いいんです・・・陽ちゃんは、もっと大事な物を私にくれました。―それに比べたら本当に、ちっぽけです。」
「柳野・・・。」
「・・・コレが少しでも、陽ちゃんが、柚子さんが、一緒に笑える手助けになれるなら。」
「・・・うぅ・・・また涙が・・・。」
「柚子さん!?」

こんなにも、沢山の人が、陽菜の為に笑ってくれる。
そう思ったら、柚子は目が熱くなるのを止められなかった。

「だって皆さん・・・こんなにも陽菜に良くしてくれて・・・。」
「・・・それも気にしちゃ駄目ですよ、柚子さん・・・皆、陽菜に良くして貰った連中ですから。」

悠斗の言葉に、深く頷く一同。
それは本当に短い時間だったかもしれない。
長い年月で作られた絆には負けるかもしれない。

それでも、一緒に居た時間はずっと笑っていたと思うくらい楽しくて。
そんな彼女の笑顔を、もう一度見たい。
全員の素直な気持ちの表れだった。

「ほら柚子さん、泣いてないで、まだまだ誕生日はこれからですから。」
「ちゃんと私達の分のケーキも用意したので・・・ご一緒にどうでしょうか?」
「お、気が利くな七海。」
「兄さんと違って準備は万端にする主義ですから・・・代金は後で請求しますね。」
「・・・お小遣い前払いで。」
「2か月分ですけど良いですよね?ケーキ二つ買うにはそのくらいです。」
「・・・半分は直助持ちで。」
「解りました。」
「僕!?しかも解ったの!?」
「まぁまぁ!今は金の事なんかよりも!飲んで食って騒ごうぜ~!!」
「・・・空、音量もっと下げて!」

高らかに叫んだ後、今度は炭酸飲料を手に叫ぶ空。
いつもよりは控えめな音量に聞こえるので、若干は加減しているのだろうが、それでも十分五月蝿い。
慌てて止めようとする柳野だが、元より高かったテンションがさらに上がった空と直太を止めるなど出来ず、逆に、炭酸飲料をビールのように一気飲みさせられていた。
七海もまた、ソレを止めようとするが、先輩のパワーには勝てず、二の舞。

「・・・すみません、結局こうなるみたいです・・・。」
「ううん、なんだか久しぶりにお腹から笑った気がした、楽しいわ~。」
「・・・あはは・・・。」

呆れた表情で頭を下げる悠斗。
空先輩を連れて来た時点でこの展開も何となく読めては居たが、改めて見ると、病院のテンションではないのだから、また恥ずかしい。
隣の部屋に人が居なくて良かったと、心底思う。

勿論、相手が柚子さんで無ければ、叱られていても可笑しくはあるまい。
まだ涙の残った笑顔で、それを許してくれる柚子さんの心の広さに、悠斗は改めて感謝した。

「・・・それよりも、悠君のお誕生日プレゼントは何にしたのかしら?おばさん、気になって気になって。」
「・・・色々考えて、これにしました。」

悠斗は他の四人には見えないように、こっそりとポケットから小さな、とても小さな箱を取り出して、動かない陽菜の手を寄せ、その上に乗せた。

「・・・ほら、プレゼント。」
「・・・あら・・・綺麗~・・・。」

悠斗がその小さな箱を開くと、そこには、シルバーのアクセサリーがあった。
それは悠斗が以前、陽菜に買ってやったものと全く同じ物。
当然、それを柚子が知るワケも無く、綺麗~、とそれを手にとって見つめていた。

「・・・まだバイトもしてないんで、ロクなもんが買えなくて。」
「ううん、悠君の、気持ちがこもってる、とっても綺麗なアクセサリーですよ・・・本当に、ありがとう。」
「柚子さんが頭を下げる事じゃないですから・・・感謝したいのは、むしろ俺の方で。」
「・・・?」
「もう一度、俺を陽菜と会わせてくれて・・・本当にありがとうございます。」
「ふふっ・・・褒めても何も出ませんよ~?」
「あはは・・・―陽菜も、改めて、誕生日おめでとうな。」

と、悠斗は陽菜の頭を撫でながら、改めて笑顔で、そう祝いの言葉を送る。
その、まさにその時。

「・・・。」
―陽菜が、満面の笑みで笑った。

「・・・笑った・・・?」
余りの急さに、声を出して驚いた悠斗。
そんな悠斗の言葉に、騒いでいた二人も、それを止めていた二人も、疑問の声を上げて、視線を陽菜へと向け、やはり声に出して言った。

「笑ってるー!?」
「・・・笑ってる。」
「見間違いじゃないよね?」
「・・・。」
「・・・きっと、皆が笑ってくれるのが嬉しかったのかな・・・陽菜。」

驚く四人に対して、笑顔で陽菜の頭を撫でる柚子。
陽菜の笑顔は、ほんの少しの間、続いた。
だと言うのに、とても長く感じた時間。
そんな笑顔に、つられて笑う者、泣きながら笑う者。
感じ方はそれぞれながら、感想は同じだった。

『笑顔が見れて良かった。』

―その後も、2時間ほど誕生会は続いた。
病院の中のため、ある程度の制限はされながら、全員楽しそうにその時間を過ごす。
なんとも微笑ましい光景だ。
こんな事なら、もっと早くに呼んでおくべきだったな、と悠斗は後悔した。
何を心配する事があったのだろう。
無駄に気を使ってるのは、俺だけじゃないか。

そんな事を思い、溜息を付いたのも束の間。
楽しい空気に、そんな後悔など吹き飛んでいた。

「・・・陽菜、待ってるのは、俺だけじゃないからな。」

―誕生会が終った後の別れ際、悠斗は陽菜の手を強く握り、そう笑顔で呟いた。
沢山の笑顔を返せば、陽菜はまたきっと目を覚ます。
そんな夢の様な話を確信した様に信じてる自分が、まだそこには居た。

スタートラインを走り始めてまだほんの少し。
ゴールはまだ見えない。

きっと、もっと遠い話。
それでも、皆で待っていれば、必ず戻ってくる。
そう思えただけで、随分と前に進めた気がした。
 
第五話 続く。
プロフィール

天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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