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季節外れのベロペロネ 

―・・・なぁ姫子、まだ怒ってるん?
・・・。
―・・・そんなに猫、飼いたかったん?
・・・言わなくてもわかるやろ。
―・・・そっか。

ああ、懐かしい夢や。
小さな部屋に入れられた猫が可愛くて、欲しくて駄々をこねた。
困った顔の母ちゃんは、中々見れなかったから、良く覚えている。
だから勿論、会話も覚えている。

・・・何でも買ってくれるって言うたやん。
―・・・せやね、母ちゃんは約束破りや。
・・・生き物、だから?
―・・・せやね。
・・・姫がお世話出来んと思ったから?
―ううん、そんな事無い、姫子は頭の良い子やから。
・・・じゃあ、どうして?
―・・・うーん、姫子がまだ小さいから、かな。

この時のウチには、まだその言葉の意味は解らなかった。
小さいのは当たり前やし、だからってどうして飼えないのか。
結局その一日は拗ねたまま過ごしたんだっけか。

でも、今なら解る気がする。
可愛いってだけで命を飼う事を、母ちゃんは止めてくれたんだ。
きっと、そうだと思う。
そう、思いたい。

―ごめんな、姫子。

この顔も、ウチは良く覚えている。
喜怒哀楽で言う、哀。
怒るウチを前に見せた苦笑いの中に、それはあった。

季節外れのベロペロネ 

第三話『無茶振りはいつも突然に』

「―オイコラ、何時まで寝てる。」
「・・・んぁ?」

祭りの翌日だからか、今日の姫子は随分と寝付きが良かった。
それこそ、毎日楽しみにすらしているアパートの掃除を寝過ごしてしまう程に。
遊び疲れとは、子供らしいと言えばらしい。
・・・え?起さなかったのかって?
俺もそこまで鬼じゃない。
まぁ、一人寂しく掃除をしている間、そんな事を二度三度は考えたが。

しかしながら、学校にも行ってない悪ガキをいつまでも寝かしているつもりも無く、今に至る。

「・・・いま、なんじ?」
「9時。」
「え。」

どうやら、と言うか予想通りか、当人もここまで寝る気はなかったらしい。
ジト目だったのを全開にして、姫子は飛び起きた。

「掃除は!?」
「終わった。」
「何で起してくれんかったん!?」
「何だ、起して良かったのか?」
「当たり前や!掃除はウチの大事な日課やで!?」
「・・・あー。」

あんだけ寝ておいて、などと思ったが、面倒なので言うのは止めた。
そりゃ、俺も何時もだったら起して居たかも知れないが。
いつもの寝相も然ることながら、あんな寝言まで言われては起す気も失せると言うものだろう。

まぁ、夢の中だ、当人はきっと覚えちゃいないだろう。
こういうのは大体気を遣った方が損をする、基本中の基本である。
とりあえず、俺は適当に誤魔化す事にした。

「とりあえず今日は俺がやったから、諦めてさっさと起きて顔洗え、布団干したいし。」
「むぅ・・・ちゃんとやったんやろうな?」
「お前が来るまではずっと一人でやってたんだぞ?オカンかお前は。」
「まぁ、それもそうか・・・。」

まだ寝ぼけてる所為もあるのか、やたら素直に納得し、起き上がる姫子。
いつもこうなら良いのだが、などと思いつつ、姫子の朝食を支度し始める俺。

本日の朝食メニューはトーストにスクランブルエッグ(ショルダーベーコン混ぜ)そして昨日の残りのポテトサラダ。
ふわふわのスクランブルエッグをトースターに乗せて食べるもよし、ポテトサラダとの合わせてサンドイッチにするも良し、甘いものが食べたければジャムもあると、俺としては気に入っている定番メニューだ。

「―・・・ふんふん。」
「・・・何だよ?」
「ちょうどいい塩っけ。」
「ああ、さいですか。」
「んむ、ジャム取ってー。」
「はいよ。」

どうやらお気に召したご様子だ。
もぐもぐとジャムの乗っかったトースターにかじりつく姿は、やはりお嬢様とは程遠い。

「―ごちそうさまでした。」
「ん、お粗末様。」

今日はゆっくりで良いモノを、いつものペースで食べる姫子。
五分後には皿は空になり、満足げな顔で両手を合わせる姿があった。
対して、別段何かを思う事も無く、その皿を片付ける俺。
最近はこの一連のやり取りに、なんとも手馴れてしまっている。

子供を持った時に困らないぞ、やったね!
・・・と、脳内で想像して盛大に後悔した。

『兄弟みたい』と言う静花さんを思い出すと、尚の事である。
本来なら兄妹とでも書こうものなのだが、兄弟の方がシックリ来るのは多分、こいつの性格と趣味によるものだろう。

「なぁコーター。」

勿論、それ自体は悪い事じゃない。
此処に馴染んでる証拠だし、俺としても大人しく部屋の隅で無言を保たれるよりはよっぽどマシと言うモノだ。
来て早々に一、二頓着はあったが、今はアパートの面々にも懐いているし、最初は不本意だった俺も俺で、この生活に馴染んでいる。

ああ、まったく持って、全て上手くいっているんだ。
しかし―。

「コーター?」
「・・・あん?」
「あん?やないで、何ボケーっとしてんねん?」
「ああ、ちょっとな。」
「?・・・まぁええわ、ゲーセン行きたい。」
「・・・お前昨日俺の所持金聞いただろ?」
「えー。」

コイツが居るべき所は、本来此処ではない。
大ッ嫌いな父親から逃げる為に、家出して来ただけに過ぎない。
何が言いたいかって、馴染み過ぎるのも問題じゃないか、という話だ。

「・・・つーか、ゲーセンならこのアパートにタダで遊べるゲーセンがあるだろ。」
「いやいや、ゲーセンでなければ楽しめない空気ってもんがあるやろ?」
「なら一人で行け、俺はパスだ。」
「むぅ・・・コータのケチんぼ。」

とは言え、それを口に出すなどしてみた日には、姫子には泣きながら家出されるわ、あの姉妹からは罵声の嵐、桜さんからプロレス技のオンパレードを見舞われるであろう事間違い無し。

何より、こいつは今、少しずつ前に進もうとしている最中だ。
そこに横槍を入れる様な真似を、出来る限りはしたく無い。
そんな親の様な心境も、少なからずあった。

「いいわ、貧乏人はアテにせん・・・向こうで美味い夕飯も食べてきたる!」
「へいへい。」

当然、俺の心境を知る由も無い姫子は、まぁ解ってたけどー、などと皮肉を言いながら、着替えを持って風呂場前の小さすぎる脱衣所へと歩いていく。

タダで遊べるゲーセン、とはもはや言うまでも無い、あの姉妹の五月蝿い部屋。
今では姫子の第二の居候先、と言う立場を確たるものとしている。

・・・向こうも向こうで甘やかしているだけに、一度そういう話をする必要はあるかも知れないな。

―などと思いつつ、俺はいつものやり取りのまま、姫子を見送った。
向こうももはや慣れているだろうし、本当に夕飯を食べてくるであろうし、もしかしたら土産と言う名の夕食を持って帰って来てくれるやも知れない。
つまるところ、止める理由は無かった。
何より、今日は来客もあるし、奴が居ない方が好都合と言えば好都合だったのだ。



「・・・汚っ。」
「・・・だったらどーして来るなんて言い出したんですか?別に近いんですから・・・。」

―姫子がここを出てから三十分後辺りの事。
入って早々、そう一言呟いたのは、もはや説明するまでも無いであろう彼女、静花さんである。

「・・・失礼ね、私だって人にモノを頼む時位、自分の足で訪ねるわよ。」
「・・・はぁ。」

俺の言葉に対し、一応は気にしてるのか、目を細くしてそう答える静花さん。
しかしながらここに住んで以来、彼女が自分の部屋を訪ねてくる姿を見たのは、今、この時が初めてであり、その言葉は信憑性に欠けていた。
いや、だからと事ある毎に着てもらってもアレなのだが。

何せ、休日は自宅から出るのを頑なに拒む、休日限定の引きこもりである人だ。
こんなパターン、滅多にどころか、全く無いであろうと思っていただけに、驚かない筈も無く、つい口と顔に出てしまっていたのだ。

「ところで、姫ちゃんは?」
「瑞希姉妹の所っス。」
「そう・・・都合は良いかな。」
「?・・・どう言う事っスか?」
「ああ、特に深い意味は無いわ。―単に、大人の話を子供に聞かせるのは退屈だろうと思ってね。」
「はぁ・・・。」

当然、用があって来たのではあろうが、全く内容を聞かされてないだけに、その大人な話、の意味はまるで解らない。
とは言え、これから説明をしてくれるのだろう。
俺はとりあえず、静花さんを汚い我が家に招き入れた。
・・・一応、来る前に掃除はした筈なのだが。
まぁ、女性の家と比べたら、さぞ汚いではあろう、そう思う事にしよう。

「部屋の広さは私と変わらない筈なんだけど・・・なぜかしら、狭く見える。」
「いや、実際狭いんでしょうよ・・・静花さんの部屋がスッキリしすぎなんですって。」
「あー。」

一応そこら辺も自覚があるらしい、納得したかの様な素振りを見せた後、テーブルの前でペタンと座り込む静花さん。
大きな欠伸をするその姿は何となく、小動物に似ている。
ハムスターとか、猫だとか、例えるならそこら辺。

「・・・何飲みます?」
「緑茶しか無いでしょ?」
「・・・良くご存知で。」

しかしその中身は、桜さんよりもずっと大人である。
悪い言い方をすれば、冷めているとも言えるであろう。
だが、意外(失礼)と面倒見が良いので、何だかんだ桜さんも俺も頼りにしている、俺は別の意味でも。
そんな彼女からの『頼みたい事があるので、明日そっちに行く』と言う内容の電話には、驚かない筈も無く。
どんな内容が飛び出るのやら、と内心びくびくしつつ、俺は熱い緑茶を差し出すのだった。

「・・・まず確認だけど、コータは桜とお父様の話、知ってるわよね?」
「?・・・はい、一昨日位に聞きましたけど・・・。」
「そう、なら話が早い。」

質問の意図も解らぬまま答える俺に対して、そう一言、お茶を口に運ぶ静花さん。
人間の危機感知能力と言うのは、素晴らしいモノで。
この時点で、俺には嫌な予感がしていた。
ああ、恐らくは厄介事だろう、と。
そして、程無くしてそれは確信へと変わる。

「そのお父様が、近々来るらしいの。」
「・・・マジっすか。」

桜さんの、父親。
まだ記憶に新しい話を頭に浮かべ、俺は無意識に聞き返していた。

「マジ。―どうやら必死に探してたらしいからね。」
「・・・どうするんですか。」
「それをこれから話すのよ、君に頼みたい事があるんだから。」
「・・・俺に、ですか。」

内心テンションが下り坂な俺に対し、終始冷静に返す静花さん。
未だに頼みたい事、と言うものは見えてこない。
・・・少なからず、桜さんの家庭事情に片足を突っ込まされそうな状況、と言う事だけは理解出来たが。
そんな俺の不安を読み取ったのだろう、小さく笑った後、静花さんは続けた。

「・・・大丈夫よ、ちょっと手伝って欲しいだけ、今度は重荷を任せないから。」
「・・・その手伝いと言うのは?」
「彼氏役。」
「えっ?」
「だから、彼氏役。」

・・・思わず二度確認するのも無理は無いと思う。
恒例行事であるかの様に何かしらが起こるこのアパートで、大小様々な無茶振りをクリアしてきた俺ではあるが、これは聞いた事も、当然やった事も無い。
そして、やりたくもない。
なので返答は勿論。

「・・・NOです。」
「・・・どうして?」
「どうしてもこうしてもNOです、そもそも何で彼氏役が必要なんですか・・・。」
「うーん、私も最初はそう桜に言ったんだけどね。」
「・・・桜さんの提案なんですか、それ。」
「彼氏が居るって解れば、説得もしやすいだろうって。」
「・・・で、それが俺?」
「言わずもがな。」
「・・・。」

まぁ、なんとなく解ってはいた、主に今までの経験から。
何せ、無茶振りの大抵は桜さんが原因なのだから。
頼りにされている、と取るのなら聞こえは良いが、役回りは『今回も』間違い無く損側だろう。
数秒前の静花さんの発言を思い出しながら、俺は聞いた。

「・・・重荷じゃないんですよね?」
「私の見解では、ね。」
「・・・根拠は?」
「・・・あー。」
「・・・。」

要するに、なってみないと解らない、と言いたいのだろう。
誤魔化す様な言い方に、俺は確信した。

「・・・まぁ、断るなら桜に直接言いなさいな。」
「・・・今日、仕事でしたっけ。」
「ええ、だから話すなら明日が良いわね、オチは予想出来るけど。」
「・・・。」

だが、この時点で一つ言える。
そんな厄介事に、今回も巻き込まれたのだ、と。

どんなにNOと言おうと、俺が桜さんの頼みを断れないのを、静花さんは知っている。
知っているからこそ、そう言ったのだろう。
・・・ああ、今は頼りにされているのだと喜んでおこう。

もはや話す事も無いと言わんばかりに、お茶請けを要求する静花さんを前に、俺は溜息を付く他無かった。

―翌日、抵抗も虚しく首を縦にした俺の姿があったとさ・・・。

第三話 続く。
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季節外れのベロペロネ

前回までのあらすじ。

1:久しぶりのあらすじ。
2:むしろ久しぶりの本編。
3:と思ったら急展開。

まぁ、驚く事でも無いですよ、今更。
変人とアクシデントがいっぱいのこのアパートで、驚く事なんて何一つないですよ?
ええ、今回だって、いつもお世話になってる桜さんを救う為に、ちょっと彼氏役をやるだけですよ、ええ。

「・・・って何で!?」
「うぉっ!?」

そりゃあ大声を上げてツッコみを入れたくもなる。
少なからずこんな展開、誰も予想してなど居ない。
と言うか、してなるものか。

「だっておかしいだろ?何がどーなったら彼氏なんて舞台主演レベルの役柄を演じなきゃいけないんだよッ!?」
「はぁ・・・まだ言ってるんかいな、もういい加減観念しい、断れんかったコータが悪い。」

ああ、そりゃ言う方は楽でしょうよ姫子さん、羨ましいったらありゃしない。
だがいくら正論を並べたって、現場(?)に居るのと遠くから見ているだけとは違うんですよ。
お前だってもう理解してるだろう?このアパートの力関係。

・・・とでも言いたいが、もうどうにもならないのはバレバレで。
俺は反論する気も起きず、出かける準備を始めるのだった。




「うひゃー、コータが働いてる所とは月とスッポンやなぁ。」
「・・・。」

準備を済ませ、自室を出る事約30分。
俺は電車で数駅超えた先のデパートに来ていた。

普段節約のために余り出かけない中、久しぶりに服を買いに来た、のだが。
デパートに着てみればあら不思議、うちの居候が着いてきてるではありませんか、と。

「何でお前付いて来たんだよ・・・今更だけどさ。」
「え?暇やったから。」
「・・・あーそうですか。」

・・・いや、解ってはいたよ、お前暇そうだもんな。
学校に通ってない時点でもう朝から暇だもんな。
ああ退屈って羨ましいよ、チクショウ。

「それに、うちも新しい服欲しいし?」
「自費だぞ?」
「解ってるわアホ。」
「・・・ならいいけど。」

そう言いつつも、顔を膨らませ、不満を漏らしながら前進を始める姫子。
ああ、そっちが本命ですかお嬢様。
この前柚子さんから買って貰った赤いパーカーを着といて何を言いやがるのか。
そう心の中で呟きつつも、今更帰す事など出来ず、俺は後に続くのであった。

「しっかし、コータが服買うなんてビックリやわー。」
「お前なぁ、いくら金が無くても外見くらいは気にするっての。」
「えー、だってウチあのアパートに着てから、コータが服買った所見た事あらへん。」
「・・・先月はちゃんと買った、今月は金が無い。」
「ふーん・・・桜の姉ちゃんに見せる為に?」
「どーしてそこに行くそこに。」
「だってー、男が外見気にするなんて、それくらいしか理由が無いやん。」
「いやあるから、世間の目やら個人的好みやら。」
「えー。」

それを解っているとでも言うのか、言いたい放題しやがるお嬢様。
この年齢のガキは本当にその手の話題が好きだ。
と言うより、女子自体がこの手の話題に喰い付いて来るのであろうが・・・。
こっちからすれば大迷惑である。

マジで電車代を無駄にしてでも帰らせてやろうか、などと思いつつ、俺は続けた。

「大体、前にも話したろうが、俺と桜さんはそんなんじゃねーの。」
「えー。」
「何だよ『えー』って。」
「だってー、普通ならとっくに付き合ってもおかしくないレベルとちゃうん、ああいう関係ならさー?」
「お前な、あそこで1ヶ月近く居て、『普通』とは良く言えるな。」

そんな俺の正論に『うーん』と頭を悩ませる辺り、あのアパートの変っぷりが良く解ってきているらしい。
ああ、変でモノを言うならお前が一番普通ではなく、一番理解できるのであろうと思うよ。

確かに、俺と桜さんは、もう1年近くこんな関係だ。
世間様の目には、まぁ悪くない関係に写るのやも知れない。
その後の展開は?とか想像するんだろうさ。
しかし残念な事に、当事者である俺はそうも思わない。

片や夢と言う曖昧なモノを追うプー太郎に、片やパーフェクトレディ。
以前にも話したであろう『釣り合わない』と言う理由は勿論。

なんと言おうか、もうそう言うレベルを超えてしまっているのだ、俺と桜さんは。
例える所の、家族、一緒に馬鹿をやる仲の良い姉と弟。
言うなれば多分、そんな感じ。
助け助けられと言えば聞こえは良いが、その中身にロマンスだの恋愛要素だのは欠片も無いのだ。

確かにまぁ、好きだ好きだと何度も言われた事はありますよ?
だがその時、相手は酔っている、好きと言われたとて、素直に喜べる筈も無い。
・・・まぁ、その時は俺も大抵酔ってるし、悪い気もしないんだけどさ。

うん、言ってしまうと、そう言うので満足している、のかも知れない。
マジに付き合う事になったとしたら、職に就けていない俺は確実に桜さんのお世話になる。
正直、それは勘弁なのだ。
俺にだって、安いプライド位はある。

「でもでも、一緒に酒飲んで、デートして、おまけに一緒に寝てるんやで?ゴールインどころかもうエンディングやないの!」
「・・・酒飲んで、デートして・・・まではまぁ認めよう、だが最後のは何だ。」
「え?静花の姉ちゃんが言ってたで?風邪を引いた桜の姉ちゃんの看病をしている途中で寝て、そのまま倒れてベッドに―。」
「あー!あー!あー!」

ああ、うん、そんなのもあったよ。
お前の所為で思い出したよ。

―何時だろうか、本でも読みながら桜さんの看病をしていた時の事だ。
いざタオルを代えようと、桜さんの額に手を掛けた瞬間。

『そぉい!』

と、何故か飛び起きた桜さんからアームロックを掛けられ『落ちた』。
そう、客観的に見れば寝た様に見えたのだろう。
アレから数日の間はけだものを見る様な目で見られましたよ、ええ。
ああ、思い出すだけで胸の辺りがジンジン痛む・・・。

思わず奇声を上げてしまった所為か、集まる視線に、俺はとりあえず逃げる様に早歩きを始める。

「本当なん!?本当なん!?」

それを追い掛けながら、驚き顔で確認する姫子。
間違い無く面白がって教えたな、静花さんめ。
あの人の嘲笑を浮かべながら、俺は姫子の質問に『アーアーキコエナイ』などと適当に流しつつ、服売り場へと急ぐのであった。




「・・・ほら、着いたぞ。」
「・・・ほー。」

そんなやり取りが5分ほど続いた頃、エスカレーターから服売り場のフロアへと足を踏み入れる。
その隣では、問答を諦めたのか、それとも単に興味がこっちに向いたのか、関心の声を上げる姫子。

・・・いや、こいつの事だから、帰った後にでも静花さんに確認でも取りに行きそうで怖い。
下手すりゃ当事者その2こと桜さんに、と言うのもありえる。
帰っても油断は出来ないな、と思いつつ、俺は歩き出した。

「ところで、コータは何の服買いに来たんー?」
「シャツ、最近古着が多くてな。」
「あー、確かにコータ、3日連続くらい同じ服着てるのを見た気が・・・。」
「また誤解を招く様な発言すんな!そりゃほぼ黒シャツだから勘違いしやすいけどさ!」
「あーだからか、地味なモンしか着てないなぁ。」
「一人暮らしの男のセンスなんて大体そんなもんだっての。」
「ふーん。」

小学生にセンスの指摘をされる辺り、よほど似た様な服を着ているのだろう。
余計なお世話だ、と言いたいが、腹の立つ事に図星なのだから困る。

少なからず、センスが無いだの地味だのと言われれば、否定は出来ない。
自覚だけはある、と言うより、桜さんにもいつか言われた事だ。

だからこそ、多少なりと自分なりに考えて、黒だけの私服に、白や灰色だの柄だけ派手な服を意識して選んではいた。
しかし、派手好きなお嬢様には些か大人し過ぎたのだろう。

「ま、せいぜい桜の姉ちゃんの為にいい服買い~な。」
「・・・へいへい。」

俺の努力を一蹴するかの如く、姫子は勝ち誇った顔でそう言って、一人子供服売り場の方へと消えて行った。
・・・いっそ迷子にでもなってしまえばいい。
そんな事を思いつつ、俺も目の前にある男子服の売り場へと入り込んで行った。

―この心の中でこぼした言葉が、予想外の形で現実になろうとは思いもせず。

「―おーい!コーター!」

服を眺める事10分の事だ。
黒メインの地味な服(失礼)がずらりと囲む売り場の外から、姫子の声が聞こえてきた。

もう選び終えたのか?
確かに決める時は早そうな奴だが、いくらなんでも早すぎる。
こっちはまだ一着も決まっていない。

「もーちょっと待て、こっちはまだだっての。」

とりあえず待たせる為に、その意を伝える。
しかし。

「いいからはよこい!えらいこっちゃや!」

と、直ぐに帰ってきたのは、姫子の急かす声。
声から察するに、何かやらかしたらしい、どこか焦っている。
とは言え、放置したらしたで五月蝿い、俺は手に持っていた服を元の場所に掛け、その場所を覚えつつ、売り場を出る。

「―ったく・・・どうした馬鹿姫―。」

お前と一緒だと落ち着かない、姫子を見た瞬間、とことん悪口を叩いてやろうかと思っていた俺。
・・・だったのだが。

「―・・・これ。」

売り場の外、慌て顔で待っていた姫子、此処まではまぁ予想通りだったのだ。
しかし、俺の言葉が途中で止まっていた理由は、他でもない。

「・・・どれ?」
「・・・これ。」

その姫子が、手を引いて連れてきていたモノ。
・・・細かく言うならば、まだ2歳か3歳の女の子。
つまるところ、2人が3人になった事だった。

「これ、じゃねぇよ!何子供拉致してんだお前!?」
「ら、拉致とちゃう!拾ってきたんや!」
「同じ!姫子さんそれ同じ!」

ああ、やっぱりお前が一緒だと落ち着けないんだな、俺。
一体、どんな星の元で生まれやがったのか、変な事しか呼びやしない。

「・・・で、マジに聞くが、その子どうした。」

そう聞きながらも、俺は大方の事情を把握していた。

「・・・なんか、一人で泣いてた、聞いたら、親が居ないとか。」
「・・・まぁ、だろうよ。」

この無駄に広い(失礼)デパートで見知らぬ子供を拾う理由なんざそう多くは無い。
拾われた(?)子供が子供を拾ってくるパターンは、人生を三回ほどリセットしたとしてありはしないだろうが。
とにかく、迷子は迷子。
未だ慌てている姫子を落ち着かせる為にも、俺は行動を指示する事にした。

「とりあえず、その子から目を離すなよ。」
「どないすんの?」
「こんだけ広いデパートだ、迷子センターくらいはあるだろうさ。」
「・・・わかった。」

その意図を理解したかは別として、これからの行動は理解したらしい。
子供に『いこ』と俺には見せた事の無い笑顔で言って、姫子はゆっくりと手を引いて歩き始めた。

俺にもそのくらい優しくして欲しいもんだ。
そんな事を口の中で呟きつつ、その後を追う俺。

休日に子守とは、本格的にお父さんではあるまいか。
・・・想像して盛大に後悔したのは、俺と皆だけの秘密だ。

姫子の笑顔に誘われて笑う子供が、そんな俺を嘲笑うかの様に見えたのは、気のせいだろう。
そう言う事にしておこう。

「あるーひーもりのなっか~♪」
「くまさんに~であ~った~♪」
「・・・。」
「おいコータ、お前も歌えや~。」
「うたえや~。」
「・・・はなさっくもーりーのみーちー。」
「ノリが悪い!」
「わるいっ!」
「・・・すいやせん。」

・・・休日の神様、居たら答えてくれ。
どうしてこうなった?
俺はただ休日に、服を買いに来ただけなのに。
何があって、二人の子守をせねばならんのか。
出来る事なら帰りたい。

しかし、心境とは反対に状況は絶対不可避。
いや、回避しようと思えば出来るのだろうが。
それをすると、なんと言うか、色々と大切なものを失ってしまう様な、そんな気がしたのだ。

迷子センターの場所は確認した、後は行くだけ。
それで色々なものが守られるのだ、今は耐えろ、俺。

「あ、そういえばまだ名前聞いて無かったな、お姉ちゃんに教えてーな?」
「ひまわり!ひまわりって言うのっ!」
「ひまわりちゃんか~、可愛い名前やなー。」
「お姉ちゃんはー?」
「うち?うちは姫子、姫姉ちゃんって呼んでな。」
「うんっ!ひめおねえちゃん!」

自分の中に居る悪魔に打ち勝った俺の隣では、もう仲良しさんになったらしく、再び楽しげに歌い始める二人。
俺にもこんな頃があったのだろうか、と思うと、懐かしい様な、気持ち悪い様な。
このくらいの時を覚えてるか、と聞かれると、正直ほとんど覚えていない。
アルバムの写真に写る子供が自分だと気づかなかったくらいだ。
覚えている人は覚えているらしいが、俺には到底真似出来ない。

「このおじさんはー?」
「んー?あれはコータ、うちのお兄ちゃんや。」
「はい!?」

しかしながら、家族構成を覚えていない程記憶力に乏しくも無く、そもそも実家を出て1年弱だ。
さりげなく可笑しな発言をする姫子に、俺は否定交じりの声を上げる。

「?・・・おじさんじゃなくて、おにーちゃん?」
「せや、ねぇ?おにーちゃん?」
「誰がお兄ちゃんだ誰が。」
「ちがうのー?」
「違うのー?」
「・・・おい姫子。」
「なぁに?おにーちゃん?」
「・・・まさか、それで通すつもりか。」

まぁ、そりゃ居候って言ったって解らないだろうが、それは無いだろうよ姫子さん。
やたらご機嫌の顔で解り切った事を聞くのだから、尚の事腹が立つ。

「だって色々説明すんの面倒やもん。」
「・・・俺がお兄ちゃんだぞ?」
「一日限りな~、ずっとは絶対嫌や~。」
「・・・あーそうですかい。」

話が解っていないのだろう、俺との間で首を傾げる子供に『次は何を歌おうか』とあの笑顔で言って、再び手を引き、歩き始める姫子。

「・・・俺だって、お前みたいな妹は嫌や。」
呟いた言葉も、もはや負け惜しみにしか聞こえなかった。
・・・こんにちわ、コータお兄ちゃん。

まぁ、パパよりはマシだろう。
そう言うことにしておこう。

本日最も巨大な溜息と共に、大人一人、子供二人の冒険は始まったのだった。

第三話 続く。

季節外れのベロペロネ

前回までのあらすじ。

1:デパート。
2:何か付いて来た。
3:迷子。

・・・休日って言うのはさ、こう、体だけじゃなくて、心も休まらなきゃいけないんだ。
少なくとも、酔っ払いを介抱したり、ゲーム好きの姉妹の遊びに付き合ってやったり、馬鹿な居候と漫才をやったりとか、そういうのじゃなくてさ。

一人のんびりと買い物したり、小説を書いたり、美人な管理人さんの買出しを手伝ったり、あわよくば食事をご馳走になったり、とにかく、心癒されなければいけない。
そんな日を休日、と俺は呼ぶんだ。

「うーん、やっぱり出かけた先で食うアイスは美味いなぁ。」
「うまいなぁー。」
「・・・。」

少なくとも、こうして二人の子供を子守する事は、休日と俺は言わない。
ましてや、この状況は。

第三話「はじめての迷子」

「なんやコータ、浮かない顔して。」
「・・・そりゃお前、迷子センターに向かうはずが何でレストランに居るか、俺は聞きてぇよ。」
「そりゃ、ひまちゃんが言うたからや。」
「いうたからや~?」
「・・・あー。」

そう、迷子センターに向かった筈の俺らが居るのは、デパート内のレストラン。
迷子の少女ことひまわりちゃんが『アイス食べたい』の一言により、現在に至る。

・・・ああ、断る事も出来たろうさ。
だが、相手は子供、言い出したら止まらないのは言うまでもない。
加えて、姫子も賛成し出したのだから、もう面倒臭い。
絶対にアイス目的であろう、俺はそう察しながら、首を頷かせるしかなかった。
当然、ひまわりちゃんがアイス代を払える筈も無く、要するに俺持ちなワケで。

「お前は自費な。」
「・・・えっ?」
「・・・何奢って貰う気でいたワケ?」
「お兄ちゃん、ひまわりには奢って私には奢ってくれないんっ?」
「ははは、可愛いなぁ妹コラ。」

だからだろう、姫子の解り切った反応には中々イラっと来た。
せめてそこはウチが払う、と言って欲しかったよお兄ちゃんは。
・・・ああ、自分で言ってて気持ち悪い。

「とにかく、二人ともさっさと食べて、ここ出んぞ。」
「えー、もうちょっとゆっくりしてこうやー。」
「お前な、状況解ってんのか?その子迷子だぞ。」
「だからどうしたん?」
「親御さんが心配してるだろうが、今頃必死に探してるかもしれんし。」
「・・・むー。」

正論に対し、不満げな顔を浮かべる姫子。
確かに、食事を急かされるのはいい気分じゃあるまいが、そこまでか?
しかし、意見は受け入れられたらしく、姫子は僅かながらに食事ペースを早めた。
もっとも、食べていたのはアイスであり。
数分後、美味しそうにアイスを食べるひまわりちゃんの横で、頭を抱えている姫子が居たのは、言うまでも無い。




「あーおいしかった~。」
「・・・うう、酷い目にあったわ・・・。」
「急いで食うからだ。」
「急かしたのは誰や!?結局意味無いし!」
「アーアーキコエナーイ。」

ひまわりちゃん(略称ひまちゃん)がアイスを食べ終わり、一同はレストランの外へ。
額を片手で押さえる姫子に、俺は一応は罪悪感を感じながら、姫子の文句に耳を抑えた。
まぁ、そうだよね。
俺がどうこう言った所で、ひまちゃんが食べるペースは変わらないからね。

「・・・で、後どのくらいで着くん?」
「ん、もう直ぐ。―距離的にはもう見えると思うんだが。」
「ほう・・・。」

その罵声がようやく落ち着いた頃、俺が耳の栓を外すと、姫子はそんな事を聞いてきた。
さっきまでそんな事気に掛けてなかったであろう奴の台詞だとは思えない。
しかし、一応は気に掛けていたらしいのか、返答に対して安心したかの様な反応を見せる。

そう、いくら広いこのデパートでも、地図さえあれば其処へ至るのに掛かる時間はそう多くない。
実質レストランに居た時間の方が長かったろう、脳内マップを見る限り、迷子センターはもう近くにあるだろう。

短い戦いだったが、思い返せば・・・。
と言った感動もある筈は無く、俺は内心、ただただこの厄介の終わりを喜んでいた。

「もうすぐ迷子センターやで、ひまちゃん、お父さんお母さんに会えるで。」
「・・・う~ん。」

それとは反対に、先ほどの姫子の様、どこか不満げなひまわりちゃん。
もうすぐ両親と会えるなら、喜ぼうものだろうが、何か違うらしい。
そんな彼女の表情に、姫子もおかしいと思ったのだろう、聞いた。

「どないしたん?」
「・・・いや。」
「・・・いや?」
「ひま、いきたくない!」
「・・・ええっ!?」

嫌な予感が当たったと言おうか、飛び出た爆弾発言。
子供は感情と空気に敏感だ、俺らの会話と合わせて、別れの気配を察したのかも知れない。
その場にペタンと座り込んでしまった。
ああ、この光景バイト先でよく見るよ。

自分の状況を解っているのだろうか。
それとも、解っていながらそう言っているのだろうか。
どちらにせよ、それは困る。
当然、俺は説得する。

「・・・あー、ひまちゃん、お父さんお母さんが心配してるんだよ?」
「・・・やだ。」
「それだと、ずっと迷子だよ?それでもいいの?」
「・・・やだ。」
「じゃあ行かなきゃ駄目じゃないか。」
「やだ!」
「・・・あー。」

はい、失敗。
ああ、カワイイから怒るに怒れねぇよチクショウ。
加えてこのガンコさだ、手ごわい事この上ない。

始まって早々だが、俺としてはお手上げだった。
しかし、お手上げのままにしておくワケにも当然いかず。
さて、どうしたものか。
などと考えていた、その時だった。

「―ダメやでひまちゃん、お父ちゃんとお母ちゃんを心配させちゃ。」
「・・・ひめおねえちゃん?」

ここで意外な助け舟が現れた。
言うまでも無い、姫子である。

さっきまでひまちゃんの意見を全通ししていた女の台詞とは思えないが、どうやら今回はこっちの味方らしい。
俺はもちろん、ひまちゃんは驚きを隠せない様子だった。

「きっと今頃、二人とも心配してるで?だから行こ?ひまちゃん。」
「・・・いやだ!ひまはひめおねぇちゃんといっしょがいいのっ!」

とは言え、やはりそこは頑固が売りの駄々っ子、そう簡単には譲らない。
ばたばたと足を動かしながら、否定の意を露わにするひまちゃん。
まさに子供パワーと言ったところだろう、末恐ろしい。
後先を考えない所が特に。

しかし、姫子は次の手を考えていたらしく、慌てる様子も無く、笑顔で言った。

「んじゃこうしよか、おねえちゃんと一緒に、あっち(迷子センター)で、お父ちゃんお母ちゃんを待つ、どや?」
「・・・ほんと?」
「ホント、あそこは色々遊ぶモノあるからええで~、一緒に遊ぼ!」
「・・・うん!」

そう話す姫子に、満面の笑みで答えるひまちゃん。
どうやら丸く収まったらしい。
だが、俺は聞き逃さなかった。

「・・・あの、姫子さん?」
「何や。」
「一緒に待つってどう言う事でしょうか。」

『一緒に迷子センターで、両親が来るのを待つ』
それはつまり、俺達まで迷子センターのお世話になると言う事だ。
当然、当初の予定にそんな話はある筈も無く、俺としては預けて後はお任せ、と言う勢いだっただけに、その提案は完全に予想外。
しかし、姫子は当たり前の様に答えた。

「んなもん、言葉通りや。」
「・・・マジで?」
「いいやろ、お兄ちゃん?」

見ろ、このしてやったりな顔。
全然やってねぇ、むしろ俺としては状況悪化だよ。
待つならお前一人で良いだろう、と言いたい所だ。

・・・ええ、勿論言えませんとも。
あんな満面の笑みで喜ぶ子供の前で『俺は帰る』なんて出来ませんよ。
解ってて言いやがったなアンチクショウ。

返答も待たずひまちゃんに微笑みかけ、『お兄ちゃんも着てくれるってー』などと吐く姫子。
俺は敗北感を覚えながらも、同じくひまちゃんに笑いかけるしか出来なかった。




「―ええ、その子のご両親でしたら、先ほど此処に訪ねて来ましたよ。」
「ホンマですか!?よかったぁ・・・。」

程無くて、迷子センターへ辿り着いた俺達は、まず其処に居た職員に事情を話し、両親が着たかどうかの確認をとった。
結果は予想通り、両親は此処へ尋ねて着ていた様だ。

・・・本当にごめんなさい、ひまちゃんのご両親。
ウチの馬鹿が拾ってなかったのなら、もっと早くに会えたやも知れません。

喜んでひまちゃんの頭をなでる姫子の横で、俺は内心、まだ見ぬひまちゃんの両親に申し訳ない気持ちで一杯になっていた。

「んじゃお父ちゃんお母ちゃんが来るまで遊ぼっか、ひまちゃん。」
「うんっ、あそぶあそぶ~。」
「・・・。」

当然、そんな俺の罪悪感など知る筈も無く、待合室にあるおもちゃを手に遊びだす二人。
こう遠くから見てみると、まぁ姉妹に見えなくもない。
係のお姉さん同様、俺はひまちゃんの笑顔に心を癒されながら、そんな姉妹の姿をしばらく見守っていた。

・・・見守っていたかったのだが。

「―現れたな!魔法少女ファルゥ・・・!」
「でたなわるものっ!やっつけてやる!」
「やってまえファルー!」

気付けばあら不思議、ごっこ遊びに参加させられているではありませんか。
国民的なアニメの主人公に、世界を脅かす怪物。
そしてその怪物に捕まっていた市民A。

市民Aは必要だったか?と聞かれたら、誰だってNOと答えるだろう。
俺だってそうだ。
多分俺に怪物役を強要した姫子だってそう答えるだろう。
・・・数合わせの為のキャラ増加なんてのは良くあるけどさ。

いいお兄ちゃんね、と言う係のお姉さんの声が聞こえた。
・・・ええ、全くそう思います。
でも妹は一人でいい。

―その後も俺は彼女らの遊びに巻き込まれ、悪役が続いた。

爪で体を裂かれたり、口からファイアーで体を焼かれたり、翼で真っ二つにされたり。
おおよそ魔法少女とは思えない力技で、何度も殺された。

それもそのはず、この国民的魔法少女アニメ『魔法竜少女ファル』は主人公が魔法少女とは程遠い、肉弾戦で大抵の怪物を倒してしまう少女アニメ(?)。

少しだけ、毎度やられる彼らの気持ちが解った気がした。
正直、どこに、魔法の要素があるのかを聞きたい。

だがその演出や力押しがウケたのか、人気に火が付いてからもう何年も続いている。
どうやら彼女、ひまちゃんもファルのファンだった様で。
結局ご両親が戻ってくるその時まで、俺は健気にもやられ役に徹する事になるのだった。




「―本当にありがとうございました、何とお礼を言ったらいいのか・・・。」
「いえいえ、大した事してませんし、お気になさらず。」

気付けば、窓の外は夕焼け。
此処に着いたのは午後3時辺りだから、ひまちゃんを保護してから結構な時間が経っていた。
安堵の表情で娘を抱く母親に、そう言って頭を下げる父親。
年齢が年齢だけに心配だっただろう、表情からそれを伺うのは難しくは無かった。

その正面では、笑顔でお辞儀を返し、良かったね、とひまちゃんの頭を撫でる姫子。
いつもそれ位礼儀正しくしてくれると嬉しいんだがね。

「ほら向日葵、ちゃんとお礼を言いなさい、お世話になったんでしょう?」
「・・・。」
「・・・ひまちゃん?」

しかし反対に、ひまちゃんの表情はどこか優れなかった。
まぁ、理由は大体解るのだが。

「―おねえちゃん、ばいばい?」
「・・・うん、せやね。」
「・・・。」
「・・・どうしたの?向日葵。」
「・・・おねえちゃん、またあえる?」

気に入りすぎ、と言うのも考え物と言う奴だろう。
姫子の腕を掴んで、そう聞くひまちゃん。
この場面だ、別れの気配を感じないワケが無い。
姫子を見つめるその目は、子犬の様にうるうるとしていた。

だが悲しいかな、恐らく二度と会う事は無いかも知れない。
タダでさえ滅多に来ないデパートだ、今日会えたのは偶然も偶然。
一月に一度来たとしても、向こうが同じ日に来る確立はかなり低い。

しかし、姫子は間を置く事も無く答えた。

「勿論や、また会えるで。」
「・・・ほんとうに?」
「ホント、だから良い子にしてるんやで。」
「・・・うんっ!」

根拠は、多分無いだろう。
だがきっと、俺も同じ様に答えるだろう。
そう言っておけば、また会える気がするから。

「またね!おねえちゃん!」
「またな!ひまちゃんー!」

オレンジ色の光を背景に、互いに手を振り、『ばいばい』。
まるでドラマの一コマの様。
少しずつ小さくなっていくひまちゃんを、姫子はそれが見えなくなるまで、手を振りながらずっと見ていた。
その横顔は笑顔なのだが、どこか、悲しさの様なものを感じさせて。
そう、泣いている様にさえ見えたのだ。

「・・・なんやコータ、その顔。」

つい顔を見すぎていたのだろう、姫子は俺と目を合わせ、その理由を尋ねる。
その顔は勿論泣いてなんかおらず、いつもの生意気な顔である。

「・・・またって言ったが、会える確信でもあんのか?」

気のせいか、などと思いつつ、俺は適当な質問で返す。
なんだそんな事か、などと鼻で笑った後、姫子は答えた。

「アホかコータ、あの場面で『もう会えない』なんて言えるワケ無いやろ。」
「・・・ま、そりゃそうだ。」
「・・・いやまぁ、コータがお小遣いさえくれればうちは毎日でも此処に来るけどな?そしたら多分会えるかもしれんけど?」
「ねーよ。」
「ちぇ、ケチ。」

ああ、多分気のせいだ。
相変わらずの口の悪さに、俺は考えるのを止めた。

大体、今日のどの場面に泣きそうな所があったものか。
・・・俺自身としては今日は散々な目にあったと、泣きたい所ばかりだったが。
よもやこの年になってごっこ遊びをする事になろうとは、思っても居なかったよ。
正直、アレはかなり恥ずかしかった。

まぁ、楽しかったか、と聞かれると否定も出来ないのだが。
昔は好きだったもの、ああいう遊び。

「でもまぁ、また会えると思うで。」
「ほう、その根拠は。」
「・・・乙女の勘?」
「・・・ぷっ。」
「笑うなボケェ!」
「ぶっ!?」

女の勘(笑)はともかく、また会えると言う意見には賛成だ。
ごっこ遊び以外なら、俺も喜んで遊んでやろうと思う。

だが再会までのその間、良い子にしてなきゃいけないのは、ひまちゃんではなくて間違い無くお前だろう。
強烈なハイキックに見舞われながら、俺はそう確信した。

第三話 続く。

季節外れのベロペロネ

前回のあらすじ。

1:迷子といっしょ。
2:迷子とアイス。
3:迷子とごっこ。

何だかんだ姫子に助けられた様な、そんな一日。
いや、迷子を拾ってきたのも姫子なんですけどね。
まぁ、それはもう考えないでおこう。

俺にはもう、次の問題が目の前に来ているのだから。

「・・・かくかくじかじか、と言うワケだ。」
「・・・なぁ、コータ・・・俺、前々からお前に言いたかったんだけどさ。」
「何ですか。」
「お前、俺にそういう話持ってきて楽しんでないか?」
「・・・えっ?」
「えっ、じゃねぇよ!今度は何だ?彼氏役?お父様にご挨拶?」
「あ・・・はぁい。」
「いきなり意味解らんが腹立つ!爆ぜろ!爆散しろ!」

そんな苦労の休日を終えた、次の日。
それについて、神崎に相談を持ちかけたのだが、この有様である。
興奮からか、猫の様に全身の毛を逆立てて、臨戦態勢。

何を羨ましいものか、と言ったところで、多分通じないだろう。
面倒なのもあってか、俺はその辺りには触れない事に。

「・・・で、どうすりゃいいかな。」
「おい、俺の話は無視かコラ。」
「だって面倒なんだもん。」
「そう言うの口に出すなや、軽く傷つく。」
「すいぁせんしたー。」
「さっきから何その適当っぷり、傷が深くなる!」

触れない事にしたかった、のだが。
色々と端折って説明したからか、ご納得頂けてないのか、それを求めてくる神崎。
かと言って、話す気も無いし、こちとら対策案が欲しいだけだ。

「まぁ安心しろ、少なからずトラブルだからその手の話は期待できねぇよ。」
「トラブルの後は好感度アップだろうよ!そもそも彼氏役ってだけで俺だったら歓喜するね!」
「・・・うわぁ。」

隣の芝生はなんとやら、とは良く言うが、昔の人は上手いことを言うなと思う。
俺としては厄介事に他ならないというのに、ここまでプラス思考だと逆に羨ましくも見えてくる。

「大体、彼氏って何をしたら良いってお前、そんなん彼氏っぽくすれば良いんじゃねえの?」
「・・・だから、それが解らんのよ。」
「・・・彼氏っぽく?」
「うん、それ。」
「・・・マジで?」
「マジで。」
「・・・。」

そう、俺がわざわざ事情を隠してまで相談を持ちかけた理由(わけ)。
単純な話、俺こと春日井康太には、所謂彼氏経験と言うものが無かった。
言い換えれば、彼女いる歴なんとやらである。
女性に告白など、小学生辺りの話だろう、その記憶もおぼろげだが。

故に、俺よりは多少経験があるであろう(一応年上だしね)彼に相談した、のだが。

「・・・うん、ラブラブすればいいんじゃねぇの?手つないで歩けばいいんじゃねぇの?」
「・・・おい?」
「いっそキスでもしろ、そして逝け。」
「何その投げやり、そして願望。」

頼りの神埼も似た様なものだったらしい。
期待外れの様な、期待通りな様な、安心した様な。

「まぁ、やっぱ神崎はこの程度だったな・・・。」
「・・・本気で逝っちまえお前。」

良く考えれば、そもそも相談の内容そのものが間違いだったのかもしれない。
例え神崎が人並みの経験を持っていて、それを語ったとしよう。

だが、相手は『あの』桜さんだ。

一つや二つのまともな経験など、恐らくなんら当てにもならないだろう。
つまる所、なるようになれという奴だ。

――その後も15分以上サボるも、アドバイスらしいアドバイスは得られず、これ以上はと業務に戻り、再びせっせと働く俺。
一応はそれなりの仕事をしているだけに、あまり抜けると周りも自分も面倒になる。
俺だって、そこら辺はちゃんと考えているさ。

・・・桜さんの父親が来るのは、今週の日曜日。
つまる所、後2日。

『何の対策もせずに当日を迎え、俺がタダの隣人だとバレた時、桜さんは一体どうなってしまうのか。』

役に立たないであろう友人に相談を持ちかけたのは、そんな不安からもあった。

・・・マジでどうなるんかな。
それは、仕事中ずっと頭の中を徘徊していた。




結局、気が沈みっぱなしのまま、バイトも終わり、アパートに着いた夜。

「ただいま~・・・と?」

自室に入るも『おかえり』の声は無く、電気も付いていない。
この時間なら、姫子も内職を終えて一人ゲームを黙々とやっていようものなのだが。
それも無いとなると、奴め、また向こうで世話になっているな。
溜息と共に、俺は電気を点け、靴を脱ぐ。

まぁ、それはそれで良いのだが、こちとら静かに過ごせるし。
・・・何、今日だけは居て欲しかった、と少し思っただけの話である。
アイツをちょっとからかうだけでも、多少の元気も出るではあろうから。

「・・・メシ食うか。」

とりあえず、食うしかねぇ。
腹が減ってはなんとやら、とも言おう、多少はマシになるかも知れない。

何せ、一時から何も食べていないのだ。
スーパーの余りモノとは言え、今はご馳走に見える。

売れ残りのカツ丼を前に、両手を合わせ『いただきます』と一言。
俺は箸を手に、カツを口へ運ぶ。

―ガチャッ。

「コータ、いる?」

そのカツが口に入る、まさに寸前の事だった。
呼び鈴を鳴らさない時点で、顔を見ずとも解った。
箸に鋏まれたカツが、ぽとりと、器に戻る。

「桜さん、昼は構いませんが夜は鳴らしてください、割とマジでびっくりするんで・・・。」
「あはは、ごめーん。」

玄関の方へ振り向いた先に居たのは、やはり桜さん。
寒いのか、真っ白なセーターに身を包み、耳を真っ赤に苦笑い。
・・・上がシャツ一丁でない所を見る限り、今夜は呑んでいないらしい。
仕事帰りの筈なのに、珍しい。

「どうしたんですか・・・こんな時間に、酒も飲まないで・・・。」
「む、私だって呑まない日くらいあるよ、気分が乗らない日とか。」
「・・・。」

だとしたら、気分が乗らない日なんてあなたには無かったのではないか?
そんな事を思ったが、俺がツッコむ口を開けずに居た。
なんと言うか、表現の仕様も無い、この現状の雰囲気がそれをさせなかった。

何せ、珍しい云々はともかく、原因だけはハッキリとしていたのだから。

「・・・お父さんの事ですか?」
「!・・・かな、やっぱり。」

図星だ、と言わんばかりに、再び苦笑い。
だが、俺からすれば笑っている様にも見えなかった。

小説風に言うなれば、このまま夜の闇に消えてしまいそうな程に、儚くて。

「とりあえず、そこじゃ寒いでしょうし、中に入ってください、お茶くらい出しますから。」
「・・・うん。」

正直、此処まで弱った桜さんを見るのは初めてだ。
今までも、愚痴を吐いたり、心配性故に不安になったりと、そんな面を見なかった訳じゃない。
だが、そのどれとも違う、そう瞬時に解る程に、今の彼女からはいつもの勢いの良さが感じられなかった。




「はい、どうぞ。」
「ん・・・ありがと。」

出されたお茶を前にそう言って、まだ熱いであろうお茶の入ったカップに両手で触れて『あったかい』と安堵の表情をする桜さん。

・・・そうだよな、俺があんなに考えてたんだ、当人である桜さんが何も思っていない筈が無い。
むしろ、辛いはずだ。

「・・・大丈夫ですか?」
「・・・嫌だなコータ、そんな顔しないでよ。」
「そんな顔をしてるんですよ、今の桜さん。」
「あはは、上手いっ。」
「・・・。」

話にしか出なかった、これからも出ないであろうと思っていた父親が、縁を切ると言って、もう会うまいと思っていた父親が来ると言うのだ。
表情から、そんな心の動揺を察するには容易かった。

だが、それを何とかしようにも、俺はその術を持たない。
桜さん個人の悩みならまだともかく、これは家族絡みの問題だけに、どう言葉を宛てればいいのか解らない。

「・・・何て話そうかなって考えたら、何にも浮かばなくて、不安だけが止まらなくて。」
「桜さん・・・。」

困ったね、と言いながらお茶を口に運び『おいしい』と笑顔を作る桜さん。
きっと、俺以上に解らないんだと思う。
どうすればいいのか、喧嘩をした親の顔を想像しながら。
どう、何を話せばいいのか、迷っているんだと思う。

「だって、今更だよ?喧嘩して飛び出して、縁を切るって言って、もう会わないって決めて、ここにきて、急に来られたって・・・どうしたら良いかなんて解んないよ。」
「・・・。」
「・・・謝って、仲直り出来るとも思えない、ううん、謝る気も無いもん、あんな親父。」
「・・・。」

だからこそ、誰かに答えて欲しくて。
でも、俺はその答えを持ち合わせては居なくて。

「・・・ごめんね、この前も付き合ってもらったばっかなのに。」
「・・・らしくないですよ、桜さん、謝らないでください。」
「・・・あはは・・・ホント、らしくないよね。」

これが小説ならば、ここでそれっぽい台詞の一つや二つ吐けたものだろう。
だが、俺は物語の主人公ではない。
今やどこにでも居る、とは言い難くも、世間で言う普通も普通の成人男性。

いや、多分それ以下だろう。
こんなにも、気の利いた言葉が浮かばない。

「あーあ・・・あんな奴、とっくに忘れたと思ったのになぁ。」
「・・・家族だからじゃないですか?」
「・・・だったらショックだな、あんな奴の事を『家族』だって思った自分が、大嫌いになるくらい。」
「・・・。」
「それくらい、大嫌いなのに。」

否、俺がもし言葉上手だったとしても、今の彼女の状態を見るからに、そんな言葉の一つや二つで事が良い方向に進むとは思えない。
何せ、姫子と一緒なのだ。
全く一緒かと言えばそうではないが、大方合っているだろう。

つまる所、簡単じゃない。
出会ったのなら、まず間違い無く衝突するだろう。
最悪―。

「・・・私も、この前の姫ちゃんみたいに出て行っちゃおうっかな。」

そう、激しい論争の末に、出て行くなんて事も、ありえない話じゃない。
今だから冗談で済む、だけど熱くなった頭じゃ、それも現実になりえる。
そしてそうなった時、止める術は恐らく無い。

「・・・悪い冗談は止してください。」
「・・・止めてくれるんだ、コータ。」
「そりゃ、仲の良い隣人が追い出される様な事になるのは、こっちも後味悪いですから。」
「あはは・・・そうだよね。」

だが、この事態を止める術も、現状無い。
話から聞くに『おかえりください』で帰ってくれる様な相手でも無いだろうし、長らく探していた娘と会えるとなれば、尚の事不可能だ。

この衝突を回避出来そうなのは、俺が思い当たる限りかの一休さんくらいであろう。
彼のひらめきが今だけは欲しい。

「ほら、こういう時こそ呑まないとやってられませんよ。」
「ありゃ・・・コータから誘うなんて珍しいね。」
「・・・そりゃ、どっかの誰かさんが毎度誘ってくれてますから。」
「・・・そうだね。」

何せ、ようやく搾り出させた言葉がこれだ。
我ながらこの辞書の薄さにはイラっとした。

「でも、やっぱり今日はそんな気分じゃないや。」
「・・・まぁ、ですよね。」

そして、当然の返答。
普段あんだけ呑む人が、仕事終わってからのさぁ一杯、って所を飲まないんだ。
飲める訳が無いだろうよ。
ごめんね、と相変わらずの苦笑いで謝る桜さんを前に、俺は口の中でそうツッコんだ。

「・・・ありがとね、コータ。」
「礼を言われる様な覚えが無いんですが・・・。」
「・・・だって、顔を見れば解るよ、コータ、すごく言葉を選んでる。」
「いやいや、そんな事ありませんて。」
「ある、だって顔に書いてあるんだもん、コータは解り易いんだから。」
「・・・。」
「優しいからね、コータは。」
「・・・解らないだけです、桜さんの言葉に、どう答えるべきなのか。」

いつだって、そうだ。
桜さんは、どこか俺を過大評価する所がある。
未だバイトのフリーターで、貧乏も貧乏、顔も良い訳でもなく、性格も良い訳ではない。
・・・ああ、自分で言ってて虚しいよチクショウ。

ともかく、生々しい話をするなら、つるむメリットなど無いのだ。
だと言うのに、何かあれば桜さんは大抵、俺の所に頼って来る。
それこそ、お情けを掛けられているのではないかと感じてしまう程に。
隣人になってもう1年以上だが、その謎は未だに解明されていない。

「・・・それでいいんだよ。」
「・・・え?」
「だって、当人の私が解らんないのに、コータが解ったら、それこそ『いっそうちの父親あげるっ』ってなるじゃん?」
「・・・全く嬉しくない例え話ですが・・・まぁそうっスね。」
「そう言うこと。―それに、ホント言うと、今夜は単にコータと話したかっただけだしね、元気出るし。」
「・・・え?」

女は謎が多い方が、とはどっかで聞いた事のある台詞なのだが。
そのメリットを知っている人、居たら教えてくれ、うちの姫子あげるから。

「・・・そんな訳で、今日は帰るね、お茶ごちそうさま。」
「え・・・。」

本番は頼んだよ、主役。
と、微笑みと指差しを残し、呆然としたままの俺を置いて、桜さんは数十センチ先の自室へ帰っていった。

・・・結局、何一つも碌な事が言えず終い。
頼りにされた筈なのに、頼ってくれたと言うのに、出来たのは一時しのぎと来た。

「・・・何やってるよ俺。」

あんなやせ我慢な笑顔残されたら、後も追えない。
誰も居なくなった部屋で独り、俺はそんな言葉と共に、溜息を吐いていた。

第三話 続く。

季節外れのベロペロネ

前回までのあらすじ。

1:やっぱり持つべきは友達だね(棒読み)
2:相談するのも難しいけど、相談されるのも難しいよね。
3:最近シリアス多くね?

「・・・はぁ。」

ユーウツと呼ばずに何と呼ぼう、今の気分は最悪である。
自分ではどうしようもない問題とは言え、普段俺に良くしてくれている人のピンチに対し、全くの非力だ。
助けるどころか、正直最悪の事態を招く要因にすらなりかねない状態。

そりゃ溜息も出ようよ、無力感を噛み締めてる最中なんだから。

・・・ああ、前言撤回だ。
姫子がいなくて良かった。
今はアイツの騒がしい声を耳に入れたくは無い。

見上げた電灯は、気のせいの筈だが、ぼーっと、揺れて見える。
仕事帰りの疲労からか、眠気も押し寄せて来る。
このままいっそ、眠ってしまおうか。
誘われるがままに、俺は畳に大の字で倒れこみ、目を閉じた。

意識が、ゆっくりと落ちていく。
ああ、今日は良く眠れそうだ。
などと思った、直後の事だった。

『―君、新しく入ってきた子だよね?」

―内心、もう諦めているとでも言うのだろうか、俺の頭の中に走馬灯の様なモノが流れて来た。
とは言え、走馬灯と呼ぶには短く、新しい記憶だ。

『―入居祝いって事で、一杯飲んでかない?』

初対面の第一声は、何とも桜さんらしい台詞だった。
断ったものの、結局は飲まされたんだっけか。

思えば、衝撃的な出会いだったな。
今までのどの人とも違う、当て嵌まらない、言わば未知の生き物。

それからと言うものの、桜さんは何かと俺に構って来た。
飲み相手が居ないからと大量の酒を持って不法侵入したり、仕事での愚痴が溜まったからと酒を飲ませたり、何かと付けて酒を飲み飲ませ。

そんなのが隣人ときたもんだ、今となっては言えない話だが、当時ほとんど飲めない俺としては勘弁してくれ、と言った所だった。

だが、俺はそう思いつつも、今に至るまで、そんな桜さんを拒む事は出来なかった。
美人だから?と言われれば否定も出来ないが、理由としては違う。

なんだかんだ、それだけでは無かったからだ。
俺が困った時、一番最初に駆けつけてくれたのもまた、桜さんだったのだから。

「・・・んなもん流してる場合じゃねえよ。」

まるでアニメが如く、俺は飛び起きて、回想を払った。
全てが決まるのは明後日、つまり後一日があるのだ。
そんなモン見てる場合じゃないだろうよ。

眠りに落ちかけた所為か、クラクラとする頭で、どうすべきか考える。
俺に出来る事は、何か無いか。

「・・・思い浮かばねぇ。」

そもそも、任せられた彼氏役もロクに出来ない状態で何を言うのか、と言う話でもある。
まずは形だけでも上手く出来るようにならなければならないだろう。

・・・それこそ、一日で済むものか、と言う話である。
大体、それを教えてくれる様な人物が居ないのだから、どうしようも―。

・・・どうしようも?

いいや、ある、いや一人だけ居る。
俺に知恵を与えてくれるであろう、経験豊富なお方が一人。
思い立ったが吉日、俺は颯爽と立ち上がり、自室を出た。

―第三話 『どうしてこうなった』

「・・・あら、コータさん?」
「・・・ども、夜分にすいません。」

急ぎでやってきたのは、急いでいく様な距離でもない、柚子さんの居る管理人室。
当たり前と言うべきか、当然と言うべきか。
結婚経験のある柚子さんなら、男性とのデートくらいした事もあるだろうし、俺よりも『彼氏』と言う存在については理解があるのではないか。

―と言う希望を持って此処に来たワケである。

柚子さんにしては珍しい黒のパジャマ姿に一瞬見惚れつつも煩悩を払い、俺は用件を唱えんとする。

「その、実は頼みたい事がありまして。」
「頼みたい事?でしたら、まずあがりませんか?そこじゃ寒いでしょ~?」
「あ、大丈夫っス、直ぐ済みますから。」
「ふむふむ?」

そう、最後まで唱えんとしていた、のだが。

「・・・そのですね、頼みたい事なのですが・・・。」
「はい、頼みたい事なのですが~?」
「・・・ですが・・・。」
「ですが~?」

『この事は、静花しか知らない。』
良くも悪くも、まぁとんでもないタイミングで、俺は桜さんの言葉を思い出していた。
そりゃ、口も止まるよな。

この話をするに当たって事情説明は、多分、いや絶対に必要だろうし、要求されるだろう。
だが、それを桜さんの許可を得ずに話していいものか、となると、間違い無くNOだろう。

つまり何が言いたいかというと、今俺はとんでもない地雷を知らず知らずに踏みかけていたのだ。
否、今まさに踏まんとしている、と言うか。
どの道、墓穴を掘った状態である。

「どうしたの?私で良ければ何でも言ってくださいね、聞きますからっ。」
「あははは・・・。」

遠慮なくっ、と付け加えて、ドンと構える柚子さん。
ええ、そりゃこう言う人ですから。
一度悩んでる人の姿を見たら、強引にでも聞き出すであろう。
片鱗を見せた以上、嘘でも良いから何かしら話さなければなるまいよ。

かと言って、それはそれで後に残る罪悪感がよろしくない。
この人ほど嘘を付きにくい相手も居ないであろうから。
だからと、桜さんの事を考えると、事情を話せない。

どうする、どうするよ俺。
考えている時間が長ければ長いほど、事の深刻さが柚子さんに伝わってしまう。
自分から『大事な事を言えずに隠しています』とでも言っている様なモノ。

そうなった時のこの人の行動力を侮ってはいけない、既に経験済みである。

急いで答えなければ、何か。
柚子さんに嘘を付かずに済み、事情を話さずに、俺の用件を果たす答え。

―時間にしてみれば、それは数十秒の出来事。
だが、俺にとっては何倍の時間、考えた様な気がした。

思い返せば、よほど焦っていたのだろう。
事情など説明せずとも、柚子さんは力を貸してくれるであろう事を、俺はすっかり忘れていたワケで。

「―柚子さん、お願いがあります。」
「はいっ、なんでしょう?」
「俺と・・・。」
「俺と?」
「―俺とデートしてくださいっ!」

気付けば、遠まわしな告白が出来上がっていた。
・・・人間、焦ると何言うか解んないよね。



「―コータさーん!」
「あ・・・どもっス。」

翌日の朝。
掃除を終え、姫子も内職へと向かった午前、俺はアパートの外で柚子さんを待っていた。

「すみませんお待たせしました~、寝癖が中々直らなくって~・・・。」
「いえいえ、俺も今来たとこっスから。」

白のコートがまず目に入る、大人っぽくもどこか若々しいファッションに身を包み、大きく手を振りながら、こちらへ駆け寄ってくる柚子さん。
・・・若々しく見えるのは、柚子さん自身の影響もあるのだろうが。

世の同年代の奥様はこの人が同じ世代とはまず解らないだろう、ファッションの事は良く解らない俺だが、やっぱりこの人は年齢など感じさせない可愛さを持っている。

ああ、全く、こんな気分でなければ飛び跳ねて喜びたいね。
テンション高めな柚子さんに対して、この時の俺の心境は複雑なものだった。

「コータさんも物好きですねぇ~、こんなおばさん捕まえて『デートしてくれ』なんてっ。」
「いやいやそんな・・・柚子さんはまだまだ、と言うか普通に若いですって。」
「またまた~、冗談が上手いんですから~。」

―そう、あの突然かつ意味不明な申し出は受け入れられていた。
それも、二つ返事で。

まぁ、それ自体は何ら憂う事でも無いんだ。
結果として桜さんの事は話さずに済んだし、今回の目的を考えるなら、まぁ嘘でもないさ。
ええ、ええ、悪い事なんてありませんよ。

・・・『あの』台詞を除いては。

もっとこう、別の台詞があったんじゃないかな、と言う話である。
いや、あったとしてももう遅いけど。

「それじゃ、いきましょうか?」
「あ・・・はい、でも、どこに?」
「うーん、そうですね・・・コータさんの行きたい所にっ。」
「俺の行きたい所、ですか?」

そんな俺の心境など知る筈も無いだろう、にこやかに『はいっ』と答える柚子さん。
いきなりの難題に、思わず 『むずっ』と声に出す所だったよ。

何せ、エスコート『された』経験は此処で山ほど積んだ自信はあるが、そっちの経験は0も0、ミリ単位も無い。
ましてや頼んだのは昨日の夜、行きたい所など直ぐに浮かぶ筈も無く。

「大丈夫ですよ、ゆっくりと、歩きながら決めましょう、ね?」
「はははは・・・そうですね、歩きながら考えましょうか・・・。」

戸惑っていたであろう俺にそう微笑んで背中を押す柚子さんに、俺は苦笑いで返す他無かった。

デートだと言う意識が生んだ緊張、ちゃんと得るものがあるのかと言う不安、その他もろもろ、表現できない何かが圧し掛かってくる。
正直、もう逃げたい気持ち一杯である。

「それじゃ・・・しゅっぱーつっ!」
「わーい・・・。」

しかし悲しいかな、もう止まる事は叶わない。
男康太の男を磨く旅(命名俺)は、今始まったのだ。

・・・不安しかねぇ。

続く。
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天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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