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月と太陽の出ぬ間に

月と太陽の出ぬ間に

第一話「留年少女」

「―今日は主に人物を書いてもらうのだが、二人一組でペアを作ってもらう、まぁ自分が書きたいナルシストな奴は鏡でも見ながら書いてくれ、以上だ。」

―・・・翌日の午前、結局眠れなかった俺は、その分の睡眠を早く取れと言わんばかりに眠気に襲われつつも、目を大きく開けて授業を受けていた。
それもそのはず、現在3時限目、美術の授業。
つまり、眠れないのだ。
眠ったら魚拓にされてしまうのだ。

「おーおー、またいつにも増して随分眠そうじゃんか。」

眠気と格闘する俺の机の隣で、小声で囁くのは、直助。
何故だか知らないが、コイツとは毎度の事席が近い。
腐れ縁も此処まで来ると呪いか何かである。

「そりゃぁな・・・お前が居なかったせいで色々大変だったんだぞ。」
「へぇ、やっと僕の存在の大きさに気づいたか・・・成瀬。」
「いや、あの場に居てくれれば他は要らなかったな・・・。」
「なんだよその期間限定みたいな!?」
「仕方ない、お前は冬季限定に任命する。」
「要するに消えろって事っスね!?」
「大正解!」
「お前ってやつぁよぉ!」
「―・・・お前ら、まともに授業する気はあるか?」

そんな、漫才のようなことをやっている俺らの背後に、柊先生。
少しずつ声が大きくなっていたのか、聞こえていたらしい。
手には絵の具12色、赤白黄色に緑やら。
その表情は、とても楽しそうだった。

「カラフル魚拓なんてのを考えてみたんだが、やってみるか?」
「「・・・すいませんでした。」」

殺気染みた笑顔に対し、頭を下げる馬鹿二人、美術室に笑い声が響いた。
お恥ずかしい限りです。
・・・とはいえ、いつまでも笑いの種にされるわけにはいかない、と俺は珍しく真面目な表情で絵を描く作業を開始した。

もはや恥ずかしさと情けなさで眠気など吹き飛んでしまった。
ほんの、少し、一瞬だけ。

―そして3時限が終了。

「・・・もう精魂尽き果てた・・・。」

予想通りの再び眠気全開で、次の授業では確実に寝るだろうと言わんばかりの状態の俺。
さて、次の授業は・・・。

―あれ?

思わず、俺は手帳の授業表を凝視する。
美術・・・?
ああ、今日は2時限連続なのかー。

「どうしたんよ成瀬、俺終わったって顔して。」
「なんだか眠くなってきたよ、パ○ラッ○ュ・・・。」
「また懐かしいネタを・・・。」
「ああ、寝たら死ぬって意味がやっと理解できそうだ。」
「勝手に凍死すんな!ってか今夏だぞ!?」

キーンコーンカーンコーン。

予鈴が鳴り響く。
直助と他愛のない会話で、休憩は終わってしまった。

―そして、4時限目。

思うように直助の顔が書けないままだったデッサンだが。
書き足せば書き足すたびに、まったくの別人になりつつある直助の顔。
人物絵を好かないし、全くの初心者である俺が描くのだから、当然の話だが。

物を書くのはまだいけるかもしれんが、人の顔なんて凝視したくもない。
ましてや自分など、ナルシストじゃあるまいし。
「・・・うん、こんな感じかな・・・いや、もうちょっとまつげは・・・。」
そんな俺の真正面では、鏡を見ながら自分の顔を書いている直助。
ああ、ナルシストはここに居た。

「そんなに自分の顔に自信があるのか?直助。」
「直助言うな!・・・まぁ、自分で言うのは難だけど、いい顔だと思うんだ。」

本当に難だよ、本当に。
まさか自分で言い出すとは、此処まで来ると気持ちが悪い。
俺は思わず引いてしまっていた。

・・・とはいえ、普段の性格と生活さえ除けば、確かに美男子の顔に見えたのだろう。
そこがまた腹の立つ話で。

「ナルシストも程々にな。」

故に、腹の立つついでに本音をぶちまけてしまうのだった。

「ナルシスト違う!・・・僕のは自分の顔が書きやすいってだけ!ナルシストってのはああ言うのを言うの!」

対して、必死で否定する直助が指差す先には、確かに鏡。
まさか、このクラスにはナルシストが二人も居るのか、とそちらへ視線を向ける。
・・・すると。

「・・・女子?」

その鏡の前では、身長が170㎝ほどある女子が座って、真剣なまなざしで、本当に自分の顔を書いていたのだ。
髪は紫色の長いポニーテール。首には銀色のネックレス。
少し遠くてよく見えないが、筆箱には怠けきった熊のようなストラップが飾ってあるのが、どこかギャップの様なモノを感じさせる。
しかしこの時、俺が抱いた感想は、そんなギャップの話でも、ナルシストの話でもなかった。

「女子であんなに真剣に鏡を見て・・・あれはきっとすごいナルシストに間違い無いよ・・・って成瀬?」
「・・・あんな派手な髪色、うちのクラスに居たのか。」

もうクラスにある程度馴染んで半年、俺は今、彼女の存在を始めて知ったのだ。
あれだけ派手な髪色だというのに、そこまで目立たない存在だったのか。

「ん・・・お前、ただでさえクラスの人間の名前半分覚えてるか怪しいだろ、知らなくて当然だね。」
「直助は知ってるのか?」
「そりゃぁ、その道じゃ有名らしいよ、彼女。」
「その道って?」
「柳野風華(やなぎのふうか)・・・始業式には居なかったから顔合わせの機会が無かったし、知らないのも無理は無いかもね、僕の友人A曰く、一応不良らしい。」
「ふぅん・・・不良って空気はまるで無いけど。」
「じゃあ本人に聞いてきてみたら?あ、でも注意してね、年上だから。」
「年上ってことは、留年生か?」
「噂によると、他校の不良と戦り合って・・・その後『自分がやった』って言いに行ったらしいよ。」
「なんだそれ・・・不良らしくない不良だな?」
「そうだねぇ、僕も気になるし・・・ソレも聞いてみたら?」

可笑しい話だ、自分から人と殴り合って、処分を希望して、わざわざ留年してまでこの学校に留まるなんて。
留年生なんていったら、それこそ学校でお笑い物にされるんじゃないか?

授業の中、世間話をしたりお互いのデッサンを見せ合ったりする女子たちが居る中、ただ一人、黙々と描き続ける彼女は、誰かと言葉を交わす事も無く、ただ絵とのみ向き合う。
俺が彼女を見つけてからは、ずっと同じ体勢。

そう、俺の想像通り、彼女はクラスで孤立していた。
授業が終わりを告げるチャイムが鳴るまで、ずっと彼女は、自分の絵だけを見つめていて。
不良には到底届かない程、遠く、何と言うべきか、儚げな姿だった。

――

「・・・僕、こんな顔だったっけ?」
「・・・五月蝿い黙れ。」
「酷い!何だこのどっかの欧米映画に出てきそうなゾンビ!?」
「知るか、もうお前この顔になれ。」
「何で!?何で僕がキレられてるの!?」

そんな所為か、完膚無きまでにボロボロだった俺のデッサンに対し、直助が上手に書いていたのが何故かムカついた。
とはいえ、別に俺の顔では無いので、直すことも無く、俺はそのままそれを提出し、忘れる事にした。
そして、ペンを含めて全ての道具を片付け、いざ教室に戻らんとした時だった。

・・・ふと俺の目に、ある絵が飛び込んできたのだ。

紫色をした艶のあるポニーテールに、整った凛々しい顔立ち、どこか大人びた表情。
それは、さっきの女子の絵だった。
俺ら素人が書いたような乱雑とした感じは無く、言いすぎかもしれないが、美しいとさえ思えるほどに、その線一つ一つが丁寧に書かれている。
良くわからないが、コレが芸術というのだろうか。

「・・・上手いな、これ。」

そんな作品を前にしたからか、不意に口が出ていたことに気づき、慌てて手で塞ぐ俺。
しかし、遅かった。

「・・・。」

何のドッキリか、直ぐ近くに居たその書いた当人が、それを聞いていたのだ。
教卓の上に置かれたその絵とそっくりだったのだから、これまた驚き。
何故か俺のことをじーっと見る。
それも無言で。

「いや、悪い、見られたくなかったか・・・?」
「・・・。」

無言に加え、この鋭い目。
さすがに耐えられん、と、俺は仕方なく会話を始める。
此処まで来れば圧力だ。

「・・・。」
「・・・。」

だが、そんな俺の心境など知る訳も無く、一向に何も喋らない、無表情無口な留年生。
この時点で、俺は直助に言われた事を忘れていた事に気づく。
空気から解るように、彼女は年上だ。
慌てて謝ろうとした俺だが、既に遅く、彼女の口が開いていた。
しかし、その口から出た言葉は。

「・・・が・・とう。」
「・・・え?」

何とも脆弱で、全く聞き取れない程の、小声だった。
そんな声で何かを言い残し、彼女は静かに美術室を後にした。
その足取りは、気のせいか、どこか軽快な感じで。

・・・・なんだったんだろう、今の間は。

当然、俺に彼女の言葉が聞き取れるわけも、軽快な足取りの意味も理解できるわけは無く、タダそれを見送るだけだった。

―彼女が完全に去ったのを確認し、俺はもう一度その絵を見た。
彼女と同じ顔をした人物画。
だが・・・良く見てみれば全てが彼女本人と同じではなかった。
・・・まぁ当然だが。

なんと言えばいいのか、その絵は、無表情の中に、どこか悲しみというのだろうか、寂しさらしきものが残っていた。
俺は芸術家でもなんでも無いから、そういうのは良くわからないが、今見た彼女の印象と、この絵の彼女は違う、そう思った。

強いて共通点を挙げるとすれば、彼女は不良とは程遠い、という事だろう。
それだけは十二分に理解できた。

第一章 続く。
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月と太陽の出ぬ間に

月と太陽の出ぬ間に

第一話「平穏は偉大。」

さて、やけに疲れを感じさせた美術の授業が終わり、お待ちかねの昼食。
この田舎にしては贅沢な、中々の広さを持つ食堂。
普段俺はあまり利用してないのだが、今日は某妹の手作り弁当が無いため、食堂を利用することなり、直助と共に足を運んでいた。
結構な広さの食堂でありながらも、座ってる人間があまり多くないのは、きっと弁当持ちが多いからだろう。
自分で作ってくる輩が居るくらいだし、不思議ではない。
俺はまだ残る眠気の中、直助とともに食券を買いに販売機に向かう。

「そういえば、お前は弁当とか持ってこないんだっけな。」
「僕は入学からここのお世話になってるからね、新しいメニューとかは絶対見逃さないよ。」
「自慢げに言ってるところ悪いが自慢になってないぞ・・・?」
「僕は君みたいに妹に甘えっぱなしじゃ無いからね~。」
「俺は別に甘えてるわけじゃないんだがな・・・ついでに作ってくれるに越したことは無いだろ?」

そう、七海は朝起きて一番に3人分の弁当を作ったり、朝食一式を作ったりと炊事はもう主婦そのものだ。
うちの家庭は父親と母親が離婚しているため、中学の頃からやらざるを得なかったのがそうなった大きな理由だろう、おかげで俺もこの学食の世話にならずに済んでいるワケで。
文句も言わず淡々とこなす事には、俺もそれとなく感謝している。

「―ついでに、ですか、でしたらもう作りませんよ?」

そんな妹の噂をしたのがいけなかったのか、いや、今日の状況を考えれば会う可能性はあったかもしれないが。
どこから現れたのか、七海は俺の背後に居た。
恐らくは話も丸聞こえだっただろう、むすっとした顔でこちらを見ていた。

「き、奇遇っすね七海さん・・・。」
「兄さん?もしよろしければ自分で作ってくれてもいいんですよ?お弁当。」
「・・・スンマセン。」
「ぎゃっははは・・・ホント成瀬も七海ちゃんにはいつも勝てないよな~。」

当然だろう、我が家の食事をまとめるこのお方に、ただの兄である俺でも敵う筈が無い。
そうでなくても逆らえないのだから、兄の威厳は既に無くなったも同然だ。
・・・解説してるだけでも悲しくなる。

「直太先輩も、ちゃんとしたものを食べないと駄目ですよ?」
「わかってますって、七海ちゃんの健康表はちゃんと守っております!」

と軍隊のようにビシっと腕をくの字に上げ、敬礼する直助。
「よろしい。」と七海もまんざらじゃない御様子。
その後、奴は『和定食』の食券を手に取り、満足げに去っていった。
さりげなく、それでいてしっかりと、俺たちの順を抜いて。

「・・・しっかしお前も恵まれてるよなぁ、あんな可愛い妹に毎日毎日お弁当作ってもらってさ。」
「妹ってのはな・・・身内だと可愛いと思わないもんなんだぞ。」
「何を言うか!妹こそ俺が今一番望むもの!恋人より妹が欲しい!」
「・・・理想を掲げるのも20までにしておけよ。」
「何さその『このロリコンめが』っていう目!」
「ハッ、バレたか。」
「何で半笑いなんだよ!?」

とはいえ、自業自得だし、ツッコんでいる暇は無い。
何故なら、ここは自販機の前。
それも、この学食において1つしかない自販機だ。
後ろに人が並んでいる事になんら疑問はなく、むしろこんな所でコントをしている自分たちの方が問題であり。
ようやくソレに気づいた俺たちは、恥ずかしながらいそいそと食券を買うのだった。

・・・もう不良というよりは完全な漫才コンビである。
しかし、そんなのはもう既に1年も前から理解している事で、直すつもりも無いし、直せないであろう。

そんなこんなで昼食をテーブルに乗せ、久しぶりの学食。
カレーなんて久しぶりに食べたが、どこか給食で食べたような、甘ったるいカレーに近しいが、それとも違う、中途半端な味、不味くも無ければ、美味くも無い。
直助はかけうどん、最安価だが栄養素などあまりない、安価昼食の代表。
どこか高校生らしい、安く抑えたい気持ちの表れだ。

しかし、七海の健康表からは程遠く、今度言いつけてやろうと思う。

「でも、ああ言う妹が良いんだよなぁ、怒りっぽくて、説教ばっかだけど、その内では兄の事を・・・。」
「・・・。」
「礼儀正しいけどどこか明るくて、頭良さそうだけど体育系で・・・。」
「・・・。」
「ああ!妹が欲しい!もしくは妹みたいな彼女が欲しい!!」
「・・・。」

直助のくだらない話をBGMにしつつ、黙々と食べていると、少し離れた隣のテーブルに二人の女子が座ったのが、何故か目に入った。
良く見てみると、その女子の顔を俺は知っていた、だからだろうか、俺は数秒、視点を動かさず、その女子を見ていた。
一人は知らないが、もう一人は美術室で一言だけ会話した柳野。
奇妙な会話を終えたばかりだったのだから、余計に目に入る。

「・・・って、何を見てるの成瀬?」
「ん?・・・ん。」
「・・・あれは・・・柳野じゃないか。」
「ああ、アイツも学食なんだなってさ。」
「・・・もしかして成瀬、柳野に惚れたとか?」

そんな観察している様子を見ていた直助は、何故かニヤニヤとしている。
気色悪い。

「今日見知った奴をどうして好きになる。」
「一目惚れって奴さ。」
「ねーよ。」

つまらない男が移る視界に戻し。またカレーを口に運ぶ。
もはや味にも飽きたカレー。
もう二度とここのカレーは食べない事だろう。
やはりカレーは我が家である。

「ってか、柳野の正面に居る女子って誰だろうな。」
「ん?友人じゃないの?」
「だってお前、友達いないみたいなこと言ってたじゃんか。」
「不良だから友達が居ないってわけじゃないだろ、それに、あれ見てみなよ。」

そう指差した先には、その友人らしき人物の制服のリボン。
うちの学校ではリボンとネクタイの色で学年が決まる。
1年生年は青・2年生がオレンジ・3年生が赤。
その人物のリボンは赤だった。

「・・・で?」
「で、じゃないよ、彼女本来は3年に居るんだから、その頃の友人が居るって事もあるじゃないか。」
「ああ、なるほどね。」
「それにしても、楽しそうだね、彼女。」
「・・・そりゃ、友人との会話だし、楽しいんじゃないか?」
「僕との会話は?」
「しかし、ああ見るとまるで別人だな、尚更人を殴るヤツには見えない・・・。」
「そこでシカトかコンチクショウ!!?」

美術室で見ていた限りでは(そして一度話してみた印象で)寡黙な彼女も、こう見ると普通の女学生だった。
やはり不良などというイメージはまるで無く、むしろ真面目な生徒にさえ思えてくる。
そんな女学生がどうして留年になんてなったのだろうか?
首を突っ込む気も無いが、気になるかと聞かれたら、否定はできない。

「・・・そんなに気なるなら聞いてきてあげるけど?『彼氏とかいる?』って聞けばいいんだよな?」
「じゃあ聞いてきてくれ、『3サイズを教えてくれ』って。」
「それは僕に対する死刑宣告じゃないか!?」
「そうとも言う。」
「言うなよ!」

だが、本人に問い詰める程興味がある訳でもない。
このカレーと一緒で、中途半端なのだ。

結局、柳野の話題はそこで終わり、食事が終わる頃には二人も消えていた。

――

・・・その後、午後は珍しく、最後まで授業を受けた。
自身でも驚くほど素直に、そして真面目に。
いや、珍しいというほど希少では無いかもしれないが、サボり癖があるのは事実で。
ともかく、今日は普通に過ごしてみようと思ったのだ。
そうすれば、一日も普通に終わるであろうと。

昨日の様な出来事が今日も起こった日には、俺の脳の要領が足りなくなる。
日常が退屈だと思ったのは事実だが、ああも突然変異されては身が持たないと言うモノで。
ただでさえ、俺は昨日の件で大小二つの雷が落ちたのだ。

せめて今日くらいは、何事も無い一日を終える為に。
出来るなら、しばらく。

その日の俺は、非常に優等生だったろう。
授業では手まで上げ、珍しい、と驚き顔をする担任を前にお辞儀に挨拶もし、他の生徒達に混じって、堂々と正門から家へと帰る。
高校生活を始めてもう随分経つが、初めて高校生らしい過ごし方をした気がしなくもない。

そして、本当に何事も無く、家の前に着く事が出来た俺。
家に着けた事がこんなにも嬉しいと思えたのも、恐らく初めてであろう。
思わず口笛を吹きながら、昨日拾った猫達に餌をやろうと庭へと向かう。
恐いほど何事も無かった所為か、気が緩んでいたとしか言えない。

だが、それを油断大敵と言うのだろう。
その想定を、俺はしていなかった。

「あ、悠君、おっかえり~。」
「・・・・・・た、ただいま・・・?」

その先で俺を待ち構えていたのは、今俺の中で最も会いたくて、会いたくなかった女子。
そう、あの陽菜だった。

返事をしてみたものの、嫌な予感で頭が埋め尽くされていた俺。
ただ解ったのは、今日も、と言う事だけだった。

第一話 続く。

月と太陽の出ぬ間に



突然だが、良い子の皆はトラブルメーカーと言う言葉をご存知だろうか。
いろいろ物事を引き起こす人間らしい。

平凡に生まれ平凡に育った俺とはまるで対極の人間。
そんな奴に出会ってしまった日には、何かしらの厄介ごとに巻き込まれるに違いない。
とにかく、そんなトラブルメーカーとだけは関わりたくないですね、と言う話。
・・・そう、出来ることなら。

「・・・で、何で居るんだ?」
「ににっ?だって、悠君が来てもいいってー。」
「お前な・・・自分でたまにって言って翌日くる奴が居るか・・・。」
「ここにいるよ?」
「いや・・・うん、そうだけど・・・。」

―さて、現在、時刻午後5時 天気は曇り。
成瀬家、小さな庭。
俺はそのトラブルメーカーと呼べるモノを前にしていた。

第一話「彼女はとらぶるめーかー?」

きょとん、とした顔でこちらを見る謎の少女こと陽菜。
もうすっかりこの風景に馴染んでいる。
不思議なくらい馴染んでいるのが不気味ですらある。

「よーしよし、いーこーいーこー。」

そんな俺の疑問など知らない陽菜は、本当に嬉しそうな笑みを浮かべて丁寧に子猫を撫でる。
子猫もまた、気持ち良さそうに目を瞑る。
これがあまりにも絵になりすぎていたのか、俺は思わず「微笑ましい」と思ってしまった。
が、しかし。

「って違う・・・この時間帯にここに居るとヤバいんだって!」
「やばい?」
「そう、やばいの、怖い怖い鬼がやってくるんだよ。」
「怖い怖いー・・・?」
「そうだ、俺もこの時間帯は餌だけあげて逃げなきゃいけないわけだ・・・だから今は―。」

そう、こいつと出会ってまず俺に過ぎった嫌な予感は、一つ。
陽菜と鬼(七海)が遭遇する事だ。
アイツがこの場面を見たら何て言うか解ったモノじゃない。
まず猫の確実に怒られるとして、陽菜についても聞かれるに違いない。
ただでさえ今日の奴は早く帰ってくる。
急いで逃げて、逃がさなければ。
俺は早々と陽菜に呼びかけていた。
だが、それですら遅かった。

「―我が家に恐い鬼なんて居ましたか?兄さん?」

突如、聞こえたのは、恐ろしく冷たい声。
瞬間、俺は背後から殺意を感じた。
殺意なんて普通感じるものじゃないなんて言うお方は多いかもしれない。
うちの妹はそれを持っている。
殺意、そして威圧感。

「・・・兄さん?」

ゆっくりと俺は後ろを振り返る。
・・・そこには声の通りの人物、白黒い制服姿の観音様が立っていた。

「お・・・おかえり、今日は部活も・・・な、無いんだな。」
「今日は部活も委員会活動も無いからまっすぐ帰ってくる、って今朝言ったじゃありませんか?」
「・・・ですよねー・・・。」

・・・返す言葉もございません。
「あ、妹さんですか、はじめましてー。」

そして、全くの予想通りに、子猫二匹を抱えあげてにこやかに挨拶する陽菜。
空気を読め、頼むからこの状況を汲み取ってくれ。
が、時既に遅し、わなわなと身体を震わせ、怒りを露にする我が妹。
その視線の先には昨日子猫と共に拾ったダンボール。
完全に、バレた。

「・・・兄さん?」
「な・・・七海、この人はだな、前に話した猫言語の研究をしておられるお姉さんでな、かくかくじかじかで・・・。」
「言い訳はいいから一から説明なさいっ!!」
「はい・・・。」

その瞬間の七海は、まさに鬼のような形相であった。

――10分後。

「―なるほど、偶然であった人物が偶然幼い頃出会ったことがあることを教えられ、つい干渉し、子猫を飼うことになったと。」
「お奉行さまのおっしゃる通りで・・・。」

なぜこんなに丁寧口調かって?
そりゃぁ、目の前で顔ピクピクさせて、今にも暴れだしそうな上司が居たらまず丁寧口調だろ。
うちの家では俺が一番下、そして七海が家のルールだ。
何故かって、一番家のことが出来るからだ。
ほら、上司みたいだろう?

「・・・まぁ、雨の中女性に傘を差し出すまではヨシとしましょう・・・、が!人に許可も無く勝手に猫を飼ったりするのだけはやめてください!しかもちゃんと知り合いかも確認しないで!」
「それはわかってたんだが・・・お前、猫飼ってるのが解ったら捨てるだろ?」
「なっ・・・捨てません!どうして人を勝手に鬼や悪魔のような人間に仕立て上げてるんですか!!」
「いや・・・既に鬼ッ―!?」

昨日に引き続き絶好調、鬼の顔パンチ。
こいつは加減と言うモノを知らない。

「・・・いつもそんな余計な言葉ばかり言うから、タダでさえ不細工な顔がさらに凸凹になってしまうんですよ?自分のお顔に富士山でも作るつもりですか?」
「・・・スイマセンでした・・・。」

ああ・・・涙が溢れて来る・・・これが心の痛みというものか。
改めて上下関係の厳しさを感じさせられていた、その時。

「・・・仲が良くて羨ましいなぁー。」
「「はっ!?」」

途中から黙り込んでいた陽菜がようやく口を開き、本当にありえない一言が飛び出ていた。
こいつはこっちの会話の中身を理解していないのだろうか。
さりげなくお前の事も言われているというのに。
俺も七海も口をあんぐりと開けた。

「なっ、なんでこんな手入れする前の凸凹田園地帯のような顔の兄さんと!仲がいいんですか!!?」
「・・・言いたい事は良くわかるけどそこまで必死に否定しなくてもいいだろうが・・・。」
「私はおにいちゃんとか居なかったから良くわからないけど、家族ってやっぱりこのくらい喧嘩すると思うの。」
「・・・陽菜・・・だがこれは喧嘩というより一方的な虐たッい痛―!」
「・・・なるほど、幼馴染だったかどうかは別として、兄さん、天然っぽい女性が好みなんですね。」
「何でそうなる!?」

顔まで全面否定され、人の好みまでも勝手に決める。
この妹、本当に俺の妹だろう。
こいつが会社の上司だったのなら、俺は3ヶ月と持つまい。
改めて七海の恐ろしさを認識した。
だが、その瞬間。

「・・・子猫、飼いましょう。」
「お前人の話を・・・って、今何て?」
「飼う、飼うと言ったんです。」

まるで俺の心情を読んだかの様な言葉が、七海から出ているのを、俺は確かに聞いた。
気のせいか、と俺は自分の耳が正常か確かめる為、自分で音を立てたり、耳を引っ張ったりしてみるが、どうにも夢でも幻聴でも無いらしい。

「お父さんにはバレないように飼いましょう、主に私の部屋で。」

余りに突然、意外な返答だったが、俺はその時、ある事を思い出し、そして納得した。
それは、ペットショップの小さな箱に入れられた白い猫を、物欲しそうに見ていた、幼い七海の姿。
確か、駄々をこねて母親に怒られてたっけか。
要するに、そう言う事。

「わー、いいのー?」
「ええ・・・その子たちも、寒い風に当たるのは嫌でしょうし・・・それに、お父さんは常に深夜帰りですから。」
「・・・七海、本当は飼いたいんじゃないのか?。」

俺がそう聞くと、「そんなことありません!」と顔を赤くし、強く否定した。
・・・拳が飛んでこない辺りは、質問が不快ではないのだろう。
子猫達が安心して飼える事がわかったのか、二匹の子猫をぎゅっと抱きしめ「よかったねぇ~」と二匹を撫でる陽菜。
子猫は何があったのか、と言わんばかりにバタバタと暴れていた。

「そういえば、その子たち、まだ名前を決めてないんですか?」
「あっ、今さっき決めたよ!」
「「今さっき!?」」
「うんっ、こっちの白い猫のほうが『マシュマロ』で三毛猫のほうが『花太郎』!」
「マシュマロに・・・花太郎・・・。」
「まぁ・・・保護した人が名前を決めるのが普通ですしね・・・―ってちょっと待ってください。」
「ににっ?」
「ににっ!?・・・違う、ツッコむ所はそこじゃないわ・・・。」
「おお・・・ナイススルー。」
「その三毛猫・・・本当のオスですか?確か三毛猫はオスの数がすごく少ないって・・・。」
「・・・んー・・・。」

陽菜は三毛猫を高く持ち上げ、下半身を見る。
そこには、小さなモノが・・・付いてなかった。

「あ、女の子っ」
「「・・・花子。」」
「うんうん、今日からお前は花子だぞ~よしよしー。」

アバウトな名づけ親にニャァニャァと鳴く三毛猫と白い猫。
まぁ、名前はともかく、あそこで傘を差し出されて無かったら、今頃どうなってたか。
そう考えると、コイツは命の恩人とやらであり、コイツらにとって名前などどうでも良いんだろう。

「・・・昔の話だよな、七海が猫を飼いたいって言い出したのさ。」

俺の突然の質問に、またも驚きの表情を見せる七海。
どうやら本人も覚えてるらしい、目を反らそうとする。

「そ、そうだったっけ?」
「俺が記憶力いいのは知ってるだろ?」
「・・・変な分野にだけは記憶がいいんですから・・・全く。」

恥かしそうな顔で厭味を吐きながらも、その表情はどこか、柔らかく、嬉しそうにも見えた。
そんな表情からか、それとも陽菜が運んだ、うれしいハプニングのおかげか、俺はそんな七海を前に笑っていた。
なんだかんだ、俺も猫は好きなのだ。

―その後、3人でペットショップへ行き、必要な道具を買った。(主に俺の小遣いで)
・・・猫のための出費なら、と腹を括ったが、今月は余計なモノは買えそうに無い。

陽菜はそのまま用事があるから、とその場で別れ。
俺も七海も、猫の世話するために早々に家に帰り。せっせと準備する。
・・・良く考えると、こうして兄妹で作業をするなんて何年ぶりだろうか。
全く、昨日と今日で久しぶりの事が多すぎる。

―そして夜。作業が終わりクタクタになる頃。
猫の隠れ家(本当に隠す場所だけ)が完成した。
本によると多少寝付くまでには時間がかかるらしいが。
子猫の頃から寝付かせる場所を定めておくといいらしい。

猫たちもまた、そんな熱意が伝わったのか、そんな隠れ家に興味を持ったのか、そんな隠れ家をじっと見ていた。
七海の部屋は俺の部屋より1,5倍大きいため、猫たちも多少は遊ぶことが出来るし、外で放牧よりはいいだろう。
・・・もはや兄の威厳など形無しである。

「・・・兄さんも、ああいうお知り合いが居るのならちゃんと紹介してくれないと駄目ですよ、今後は。」

客人も帰り、事が済んだからか、自宅で改めて説教を始める七海。
この際新しい家族も出来た喜びで、忘れてくれればよかったものの・・・。

「いやいや、ちゃんと知り合ったの昨日だし、俺もまだ幼馴染かも解らないし。」
「呆れましたよ・・・ホント、幼馴染でもなんでもないかも知れない人のお願いを聞いてしまうなんて。」
「・・・そのことなんだが、おかしいんだよな。」
「兄さんの頭の中が?」
「違う・・・、幼馴染だとしたら、一つ下の妹であるお前が知らないのもおかしいだろ?」
「!・・・なるほど・・・そう、ですね。」

七海が忘れるほど昔の話なのか、俺は若干それが気になっていた。
俺と似て記憶力はいい方、会った事があれば覚えていて不思議ではないのだが。
しかし、七海は首を横に振って、知らない、と答えた。

「もしかして、引越しで私と会う前に居なくなったとか?」
「・・・本人ははじめまして、だったしな、もしかしたらそうかもしれない、か。」
「・・・というか兄さん、そんなの私にではなく、本人に聞けばいいじゃないですか、じれったい。」
「・・・まぁ極論はそれだな。」
「変な所に女々しいんですね、意外だわ。」
「お前それどう言う事だよ・・・。」
「さぁ?―まぁ、おやすみなさい、兄さん。」

もう寝る時間だ、と七海に追い出され、自分の部屋に戻った俺は、ベットに飛び込む。
お風呂は明日入るとしよう。

疲れていたのか、眠りに付くまでは数分。
今日はいい夢が見たいものだ。
意識を失う寸前、そんな事を思いつつ、俺は眠りに落ちた。

第一話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

―それは、いつしか見た光景。

少年と少女の、二人だけの世界。
小さくて何も無いけれど、これが二人だけの幸せな時間、幸せな場所。

「ねぇねぇゆーくん、大きくなったら何になりたいー?」
「うんと、ひなちゃんのおよめさん!」
「ちがうよー、おむこさん、でしょー?」
「そうなの?」
「にー、ゆーくんはおとこのこだもんっ。」

この独特な口調は、陽菜。
だとすると、この男の子は、俺?

「ゆびきりげんまっ」
「うそついたらー」
「はりせんぼんっのーますっ」

女の子が小指を出し、男の子も自分の小指と結ぶ。
将来の約束、子供の定番と言えば定番だが。
なんて恥かしい約束をしているのだろう。
それも、相手が相手だけに、俺は余計に恥かしい気持ちにならざるを得なかった。

「―ゆびきったっ」

そして指を離し、お互い微笑み合う。
小さな頃は先のことなんてきっと考えていなかった。
だからただ、嬉しかったのだろう。
ずっと一緒に居られる、そんな気がしたから。

第一話「世間は狭い」

「・・・夢・・・か。」
目を開くと、そこはいつもの我が部屋だった。
眩しい太陽光に、俺はこれが現実である事を理解し、飛び起きた。

出てすぐの七海の部屋を開けるが、そこに居るのは七海のベットですやすや眠る猫。
「・・・七海の奴は・・・居る訳無いか。」
誰が居るわけでもないが、猫が居たのが影響か、つい口を出した。

寝間着のまま階段を下りダイニングへ。
誰も居ないのはいつもの事、だが、改めて見ると寂しいものだ。
そんなテーブルには、いつもの如く、ご丁寧に朝食が用意されていた。

出汁巻き卵にさばの塩焼き、味噌汁に白ご飯と、朝の定番である。
朝食に文句をつけるつもりは無い、むしろ文句のつけ様が無いのだ。

七海は何より料理が得意、勉強以外万能な妹ではあるが、料理ではこの上ない才能を放っている。
実際、この出汁巻き卵は最高にいいおかずになるのだから、主婦も顔負け。
俺の中ではもはやこの味がお袋の味かもしれない。

顔を洗い、昨日入っていないお風呂に入り。朝食を黙々と食す。
時刻9時であるこの時点で、遅刻など確定していたため、俺は焦る事は無かった。
遅刻上等、というわけではないが、諦めは早いほうだ。

―制服に着替えて家を出る。

今日の外は珍しく晴れていた。
梅雨だとはとても思えないほどの快晴。
今年は異常気象が多いが、こういうこともあるんだろう。

通学路を歩きながら、話す相手もいない俺は、自身に対し考える。
見た夢のこと、子猫のこと、そして陽菜のこと。
七海はああ言ったが、直接本人に聞くとなると、それなりの勇気も必要だろう。

それに、一度聞いて「きっと覚えてない」なんて言われたものだ、それが図星だったから痛いのなんの。
それをリピートするのはさすがにごめんである。

だが、進展はあったかもしれない。
昨日よりも、一昨日よりも明確になってきているのだ。
陽菜と俺は、昔一緒に居た、という意識。

今日見た夢もそう、確かに俺に懐かしい何かを感じさせてくれた。
栗色の髪に、あの独特な口調。
きっとあれは陽菜で、きっとあれは、俺の夢。
夢だけに、根拠は無い。
ただ、そう思いたかった。

なんて自己暗示をかけているうちに、学校へ到着していた。
いつものように校門は閉まっているが、乗り越えられない高さではない。
辺りを見渡し、誰も居ないのを確認し、よじ登る。
しかし、悪事千里を走るとはこの事か。

「―おはよう、成瀬君。」

一番上の辺りで聞こえた、落ち着きのある女性の声、確認するまでも無く、俺はその声の主を知っていた。
どうやら俺の行動は読まれていたらしい、担任の柊先生が、視界の真下でタバコを吸っていたのだ。
校門すぐそこの岩影に隠れ、見えなかったにしても、気配一つ無いのだからこの人は相変わらず恐ろしい。

そんな先生は、俺が上から自分の隣に落ちてきても、決して怒る様子も無く、呆れる様子も無く、上の空。
この人はいつもこうだ。
教師の癖に、生徒に興味が無さそうな。
無関心、と言う訳ではないのだが、そう思わせる様な、とにかく不思議な空気を漂わせているのだけは確かだ。

「おはようっス、先生。」
「いい加減遅刻くらい抑えないと、留年するぞ。」
「わかってますけどね・・・起きられない性分なんです。」
「性分は理由にならんだろ、ここに居るのが私じゃなかったら『また』反省文だったぞ?」

と、なお表情を変えず、口から煙を吐く。
金髪の長髪にそれがまた似合うのが不思議である。
教師と言う立場なのに、金髪については文句は言われないんだな。

「まぁ・・・でも先生のおかげで進級できそうですね。」
「馬鹿者、私もそこまで甘くないぞ、次遅刻したら反省文と宿題を+してプレゼントしてやるからそのつもりでな。」
「・・・うぃっス。」

柊先生は、規制にはあまり厳しくなく、人当たりも良くて美人で評判、性格についても、厳しくも無く優しくも無いので、俺は嫌いではない。
むしろ、教師としては唯一許せる人物であろう。
ただ、いくら授業中に寝たからと言って、顔に絵の具を塗ろうとするのは良くないと思う。
・・・あれについても自業自得だが。

学校に入ると、もう既に1時間目が終わったのか、廊下には人が居た。
これはいいタイミングだ。
人に紛れ、あたかも最初から居たかのように錯覚させることができる、特に意味は無いが。

「おっす成瀬!、また遅刻か!。」

教室に入った途端、水を得た魚のように、俺に食いついてきた直助。
正直朝からテンションが高すぎてついていけないので、軽くあしらう事にする。

「・・・直助?」
「直太だ!」
「残念ながら俺の記憶に直太なんて人間は・・・。」
「・・・居るよ!?ここに居るよ!?」
「・・・あーあー、ミエナイ、キコエナイー。」
「・・・もういい・・・。」
「前から認めてたじゃん。」
「そうですね!!」
「うむ。」

そんな扱いを受け、泣かされるのは毎度の事な直助だが、俺自身、別段奴を嫌っているワケではない。
調子に乗りやすいが比較的馬鹿正直、しかし冗談も言えるしボケもこなす、言わばムードメーカーな存在、俺とはまた違った形の「どこにでも居る学生」だろうか。
一年の頃に出会ってからは腐れ縁なのか、同じクラスに近い席。
俺は気づかなかったが、中学も一緒だったらしい。
知ったこっちゃ無い話。

昔から不良(自称)だったらしいが、真偽は不明である。
最近は遅刻も中抜けもしないようで、随分と健全な生活を送っているようだ。
と、どうでもいいプロフィール。

「あ、そうそう、どうでもいい話だけど、今日は中抜けするの?。」
「しないしない、今日は柊先生に目付けられてるだろうし。」
「あー、あの人抜け目ないもんね、ご愁傷様。」
「別に傷は無いけどな。」
「ふっふっふっ、成瀬、そう強がって、支えてくれる人も居ないなんてかわいそうな奴だ。」
「なんだその漫画のような台詞。」

前振りも無く意味不明な言動を吐く直助。
ニヤニヤとしているのがやけに気持ち悪い。

「ふははは・・・僕にもついに春が来たんだよ春が!」
「頭のほうはいつでも春だろ?」
「ちゃんと四季に合わせて動くよ!」
「で、何で春なんだ?」
「君も鈍いねぇ、僕にも運命の人が現れたんだよ!」
「ふーん。」
「反応薄っ・・・」
「いや、どうせお前の妄想だと思うし、お前妄想良くするだろ?。」
「どこから持ってきたのその設定!?。」

キーンコーンカーンコーン。
直助のツッコみを静止するように予鈴が鳴る。
その音にさえぎられて、あまりよく直助の言葉が聞こえなかったが、聞き返そうとはしなかった。
考えるまでも無く、そんな事はどうでもよかったのだ。

しかし『運命』か。
そんな本当にどうでも良くて、全く印象に残らない会話で、そのワードだけが俺の中には残っていた。

―夕方、何かが起こるわけでもなく、授業もすべて終わり、下校時間。
とはいえ、8割以上の生徒が部活動に勤しんでいるこの学校では、生徒が下校するのは太陽が沈んだ後が基本である。
今は日が沈むの少し前の夕焼け空。

勿論、部活動に入っていない、2割の中の一人である俺は、家へ帰るべく2学年階の階段を下っていた。
1学年が4階、2学年が3階、3学年が2階という少し変わったシステムのこの学校。
不良校(不良が多い高校)ならアクシデントが続出しそうなこのシステムも、不良が希少種なこの高校ではもはや当たり前となっている。
普通1学年が2階と思うのだが、どうなんだろうか。
まぁ、どうでもいい話だが。

そして、2階へ下った辺りで、俺は階段から降り、廊下を歩き始める。
本来なら、そのまま階段を下りたかったのだが、今日からはそうもいかなかったのだ。
何故かと言うと、中抜けが最近多いと言われ、合鍵を取り上げられていたという、情け無い話。
直助に話したのなら、大爆笑されていたに違いない。
・・・その時はその時で、奴の顔を凸凹田園地帯にしてやるだけだが。

―・・・そんなこんなで2階の美術室前。
信じられないかもしれないが、ああ見えて七海は美術部、かけもちで運動部もいくつかやっているが、本人はこれが本職だと豪語している。
俺は七海の絵を見た事は無いが、果たしてどんなものだろうか。
自信満々なのは口だけだったりするのだろうか?
いざ、拝んでやるとしますか。
俺は勢い良く手を伸ばし、戸に手を掛けた。

だが、今思えば、そんな心境で入ったのがいけなかったのだ。

・・・―戸を開けると、そこには図書館のような空気が漂っていた。
そして目に飛び込むのは、真剣な眼差しで、黙々と書き続ける生徒の姿。

目の前の状況に、数秒固まってしまっていた俺。
とはいえ、このまま立っていてはタダの怪しい人。
何より、鍵を貰わずには家には帰れない。
俺は慌てて意識を取り戻し、小さく「失礼しまーす」と、呟いては、侵入を開始した。

部員はざっと15名くらいだろうか。
その描く人々の列を見渡して間もなく、その一番後列に七海を見つけた俺だったが。

―それより先に、俺の目には思わぬ人物の姿が見え、静かにしていなければならないその口が、思わず開いていた。

「・・・柳野?。」

予想通りのような、少し意外の様な。
それは、七海の隣で黙々と筆を進める、柳野風華の姿がそこにはあったのだ。

第一話 続く。

月と太陽の出ぬ間に


第一話「討論するほど仲が良い?」

静かだったはずの美術室は、俺の一言により、少しざわぎ始めていた。
「あれ誰?」「誰かの知り合いかな?」と少しずつ俺の噂が聞こえ、視線もこちらに若干振り向く。
授業参観に居る、やけに緊張した親みたいな気分だろうか、うまく表現できないが、ここには長居したくないと、俺の本能が告げた。
そりゃまぁ、部外者がいきなり部員の名前を呼べば注目も集まるだろうさ。
ソレがしかも、ここには居ない男子。
ああ、俺は今客観的に見て相当に目立っている。
しかし、ここで帰れば全てが無駄な努力だ。
・・・腹をくくるか。
声も視線もお構いなしに俺はスタスタと歩き、七海まで残り距離数センチの地点で足を止め、口を開く。

「おーい、七海。」

大きくも無く小さくも無い声量で、七海の名前を呼ぶ、だが。
「・・・。」
反応が無い。
ただただ絵を黙々と描き続けている。

―・・・兄の声が届かないとは、いい度胸だ。
ならば気づいていないうちにそのヘタ絵を覗き込んで大爆笑してくれよう。
俺は後ろから顔を伸ばし、書き途中の絵を覗き込み。
そして、肩を落とした。
絵を批判しようと悪ふざけを考えて居たものを、断念せざるを得なくなったからだ。

その批判するはずの絵がうまかった、それ以上でも以下でも無い理由。
美術部員だと言うのも知っていた、運動部との掛け持ちであるのも知っていたが。
コイツがいつも持ち帰った絵を見せたがらなかったのがきっかけか、俺はコイツがうまく絵を描けないものだと思っていたのだ。

だが、目の前の絵は、俺のイメージなどを一蹴する程に上手く、驚く他無かった。
描いている絵が猫なのは、昨日の一件の影響だろうが。
「・・・絵の上手い七海さーん。」
そんな絵を黙々と描き続けている七海に、俺の言葉は届いていないようで。
「おーい。」
「・・・。」
「おー・・・い・・・。」
「・・・。」
3回ほど呼んでも反応が無い。

シカトか、意図的シカトなのか。
俺はそんなに普段お前に冷たく当たっていただろうか、そんな筈は無いのだが。
それとも、絵が下手だと思い込んでいた俺に対しての仕返しなのか。
ならば俺も容赦はしない。
いい加減肩でも全力で、尚且つ肩叩きの要領(つまりはグー)で叩いてやろうか、と構えたその時だった。

「・・・七海さん、呼んでるよ。」

ふと、小さく声。
ナイスフォローを入れたのは、予想外にも、その隣に居た柳野だった。
ご親切にも指まで指してくださって。

「あ、はい。―・・・ああ、兄さんですか。」

そしてようやく気づいたのか、俺の方を向いて冷たい反応をする七海。
福袋を開けたら要らないものばかりあってがっかりするような顔で、小さく呟いていた。
いや、それよりもだ。

「・・・なんで柳野の声のほうに反応するんだよ、明らかに俺のほうが声デカいだろ。」
「兄さんのは聞き慣れてる声ですから、きっと空気のように感じたんですよ、あるんだけど無くてもいい、みたいな?」
「何さり気無く本心混ぜてるんだよ、空気が無きゃ人間は死ぬんだぞ、それを言うならあるんだけど当たり前すぎて気づかない、だろ?。」
「うわっ・・・なんですかその恋愛漫画のような表現・・・。」
「お前が言わせたんだろ・・・。」
「言わせた覚えはありませんよ、変な誤解を招かないでよね。」
「・・・おのれは・・・人を無視しといて反省の色無しとは・・・。」
「毎度中抜けばかりの兄さんに反省と言う言葉を使う権利があるとでも?」

会って早々、ワイワイと口喧嘩を始める俺と七海。
こんなことのためにここに着たんじゃないんだが、やはり妹に馬鹿にされてばかりでは、兄としてのなけなしのプライドに傷が付くのだ。

「あるね、大有りだ、反省してない奴に反省しろって言うのは当然の義務だろう?」
「その言葉、そっくりそのまま包装でもして返して差し上げるわ、中抜け遅刻その他もろもろ今すぐここで反省なさい!」
「断る!」
「ソレを断ります!」
「ならソレを断る!」

さすがは似た者兄妹の喧嘩と言うべきか、お互いに一歩も譲らない。
なるべく目立たない様にしようとしていた筈なのに、気づけばほぼ全員の部員の視線が集まっている状態。
笑う者あり、意外そうに見つめるものアリで、完全に見世物と化している。
そして、それは目の前に居る柳野も例外ではない様で。

「・・・ふふっ。」

聞こえた声に、視線を向けると、柳野がこちらのコント(喧嘩)を微笑みながら見ていた。
・・・まさかこのような展開で、笑わない(初対面の印象)柳野の笑顔が拝めるとは、驚きである。
そして、どうやら笑顔に驚いたのは俺だけじゃないようで、七海も目を丸くし、そして第一声。

「・・・風華先輩・・・可愛い・・・。」
「・・・え?」
「何でそんなに笑顔が可愛いのにいつも笑わないんですか!勿体無いですよ!」
「え?・・・あの・・・その・・・。」

突然興奮気味で声を荒げる七海に、凛々しい声で戸惑いの声を上げる柳野。
どうやらよほどレアな笑顔だったらしい。
七海だけではない、他の女子生徒も、5,6人集まって「笑ってくださいー!」と柳野に迫る。
そこからは連鎖なのか、6人か7人へ、7人から10人へ、10人から15人へ、あっという間に部員全員が集まり、俺を押し出すほどの人口密度が出来上がっていた。

「部長!もう一回笑って~!」
「部長!」
「部長~!」
「可愛いです部長!」
「え・・・えぇ・・・ちょっと・・・待っ・・・。」

なんだかすっかり蚊帳の外らしい。
いや、それよりも、何だこの人気は。
まるで俳優かアイドルの様に女子生徒に詰められ、顔を赤くする柳野の姿は、初見の印象とはまるで違っていた。
・・・直助め、一匹狼なんて説明はデマじゃないか。

いや、直助の話なんてのは元から冗談半分に聞いているだけに、それはいいんだが。
問題は、俺がいつになったら鍵を受け取れるのか、と言う話で。
俺としてはさっさと帰ってしまいたいのだが、鍵はこの人ごみの中。
この塊は退く事を知らない。
全くもってお手上げ状態。

・・・そんな俺の気持ちを読んでくれたのか、それとも人口密度に耐えられなくなったのか、柳野は人の波に飲まれそうになりながらも、背伸びをして俺の方を指差し、苦笑いをしながら七海に語りかけた。

「七海さん、お兄さんは何か・・・用があって来たんじゃない?」
「・・・あ、そういえばそうですね、家の鍵を渡す予定でした。」
「・・・そうだよそうだよ、良いから鍵を渡してさっさと帰らせてくれ。」

このナイスフォローを逃すモノか。
俺が更に付け加えると、七海は俺の方へ一旦視線を戻し、うーんと考え、そして。

「・・・うん、私としてもいつまでも居られてはアレなので、鍵は渡しましょう。」
「最初からそうしてくれ・・・。」
「でも、折角なので一つ頼まれてくれません?」
「・・・は?」

突然にそう言うと、七海は美術室の奥にある、準備室に駆け出し、大きな荷物を抱えて戻ってきた。
見た所描きあがった絵のようだが、それが何枚も何枚も積み重なって、それが紙袋に入っている。
紙って数十枚数百枚重なると重いと言うが、これは確かに重そうだ
だがどうしてこんなに枚数があるんだ。
一日1枚は書いているとして、1~2週間分だろう。

「うちの部活、先生が忙しくて中々来ないものですから、それでも評価してもらう為に、いつも書き溜めた物を先生の机の上に置いておくんです、そんなわけで、これを持って行ってください。」

と、見るからにぎっしり詰まった紙袋を2袋渡された。
実際にそれは重く、ダンベル上げのトレーニングにでも使えそうだった。

「重っ!・・・なんで俺が・・・。」
「仕方ないんでしょう、この部は男手が居ないんですから、ほらっ、これも持ってください。」

とさらに2袋。
自慢じゃないが腕力は常人並み、むしろそれ以下、とてもじゃないがこれ以上は無理だった。
「だらしないなぁ兄さんは、ほら、もう一つくらいは―。」

とか言いながら、更に2袋を追加する七海、さすが鬼畜妹。
それを見かねてか、突然、横から柳野が手を出し、その残りの2袋を受け取っていた。
なんだか軽そうなのは気のせいだろうか?。

「―私も行くから大丈夫、七海さん。」
「え!?・・・そんな、部長が行くなら私が行きますって!。」
「いいよ、皆はまた席に戻って、集中して絵を描くように、いいかな?。」
「は、はい・・・。」
「・・・うん、行こう。」
「あ、ああ・・・。」

と、案内するかのように、柳野は淡々と歩き出した。
先とほどの様子とは反対、なんと頼りあることか、一歩一歩が重い俺とは対照的に、一袋重さの差があるとは言え、柳野は平気な顔。
こちらは階段を一歩下るのも辛いというのに、二段ずつ降りていく。

「・・・もう着いたのか。」
「・・・。」

そんな柳野の歩行速度に付いて行こうとしたおかげか、教員室はあっという間だった。
そして、この学校じゃ滅多に使わない敬語を使い、職員室に入っては、美術部の顧問、そして俺と柳野のクラスの担当である柊先生の机に荷物を置いた。
机の上は紙で埋まってしまったが、これでいいのだろうか?。
そう思いつつも、教員室の空気が嫌いな俺は、挨拶も無く足早に立ち去った。

「失礼しました。」

それをフォローするように、キッチリとお辞儀をし、ゆっくりと戸を閉める柳野。
その動作は見本の様にキレイな角度で、面接にでも着ている錯覚を得そうになる
本当に不良だったのか?コイツは。
正しすぎる礼儀作法に、俺はますますそんな疑問が強まっていた。

―美術室まで帰る短い時間、行きと同様、お互い無言で歩く。
歩くその姿もまた優雅に見えるから不思議で、俺は吸い込まれる様に、その横顔を見ていた。

普通の男子なら、飛び跳ねて喜ぶような状況だろうか?
改めて見ると。柳野はやはりかなりの美人だ。
紫色という随分目立つポニーテール、顔立ちも整っており、その鋭い目もあって、可愛いと言うよりは、カッコイイ、が似合いそうである。
集まって来たのも全員女子だし。
女子に好かれるような顔立ちであることは確かかもしれない。

「そ、その。」
「ん?。」
「・・・わざわざ手伝ってくれてありがとう・・・。」

美術室の前に着いた辺り、小さな声で柳野が言った。
もはや初対面の時とは完全に別人な女性が、そこには居た。
小動物のような柳野の表情に改めて驚きつつ、俺は平静を保ち、答える。

「気にすんなよ、あの妹に頼まれたもんだから俺も断れなかったしな。」
「・・・そっか、仲良いよね。」
「馬鹿言うなよ、いつも説教説教だ・・・はぁ・・・。」
「うん・・・それでいいんだと思う。」

思わせぶりな台詞を言って、柳野はまた小さく微笑んだ。
その笑顔はどこか写真に残したくなるような、今にも消えそうな感じ。
・・・最近詩人になってきている気がする。

―部室に戻ると、七海がドアの前で迎えており、「ご苦労様です先輩」とだけ言って、柳野に向かいお辞儀をした。
・・・誰がどう見ても俺への感謝では無く、俺は深い溜息を付く他無かった。

「ところで聞きたかったんだが、どうしてあんなに枚数が溜まってたんだ、・・・明らかに3日や4日で集まった枚数じゃないよな?アレ。」
「理由としては・・・単純に先生が中々来ないから、っていうのと、柊先生が作品に対して辛口で、私たち部員がそれに対抗すべく何枚も描き続けてる、って感じですね、作品のいいところも悪いところも全部用紙の後ろに書いてくれるので、皆描き甲斐があるんです。」

滅多に部室に来ないのが、少し寂しい感じもしますけどね、と、七海は柳野の顔を見て言った。
柳野も、それに素直に頷いた。
確かに、口は悪いけど嘘は言わなそうだ、あの人は。
人気があるのは・・・多分外見的理由もありそうだが。

―その後、七海から鍵はキチンと渡された。
珍しく「ありがとうございました」と俺に礼を言う妹に、少しばかり不気味さを感じたのは、言うまでも無いだろう。

しかし、悪い気もしなかったのも、また事実だ。
珍しいものも、見れたしな。

第一話 続く。
プロフィール

天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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