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月と太陽の出ぬ間に

第二話「意外な訪問者。」

―・・・翌日、俺は風邪で体調を崩し、学校を休んだ。

原因は、夏とはいえ、寒くなった夜をシャツ一枚で出た事が原因と思う。
・・・それだけが原因であると願いたい。
自室で寝込み、やる事といえば、自分の額にあるタオルを取り替えることくらい。
風邪もそれほどでは無い、本当なら外にでも行きたいものだが、七海に堅く禁じられている、後を考えると恐ろしくて出れないものだ。
何より、今日一日は猫の世話を任されている。
そんな猫たちは俺の気も知らず、人の掛け布団の上でのうのうと寝ているのだから性質が悪い。

・・・こいつらの拾い主は・・・確かに俺の目の前に居たんだよな。

確かめるように、俺は当たり前の事を自問自答した。
昨夜、考えた挙句、俺は母親の言葉を冗談として受け止めた。
だと言うのに、あの時、母親から言われた言葉が頭から離れない。
結果、落ち着いて寝る事も出来ず、今に至る。
身体の気だるさに加えてこの眠気。
額には、熱冷ましシート。
選択肢は、寝る他に無い。

・・・目を瞑り、眠る事を意識する。
・・・。
・・・・・・。

―・・・陽菜。

・・・・・・眠れん。

目を開け、体を起こす。
瞬間、猫たちが寝ているのを思い出し、俺は体をまた寝かす。
しかし時すでに遅し、花子とマシュマロは眠そうに顔をごしごしとさせ、「起こすな」と訴えるかのような表現をした。
俺のこの家での地位は、もはや猫以下か?

溜め息を付く俺の事など知るわけも無く、子猫達は折角起きたからと言わんばかりに、人の掛け布団の上でじゃれあっている。
そのたび布団は弱く揺れ、ガサガサと言う音を立てる。
もはや病人の扱いではない。

まぁとはいえ、そんなのは今後風邪を引く度だと思うので、俺は気にせず、再び睡眠を試みる事にした。
このままじゃあまりの時間の流れの遅さに、治癒するどころか悪化してしまう。
掛け布団を肩に掛かるまでに上げ、再び目を閉じる。

さすがに身体は正直なのか、眠れない俺を他所に、その意識を閉じた。
だが。

―――次に目を開いた先は、暗い闇。

バチ、バチバチ。

―同時に、聞いた事がある様な音が、耳に入る。

バチ、バチバチバチ。

―・・・そう、何かが燃える音だ。

・・・。

―・・・混じるように、人の声が聞こえる・・・。

・・・誰かが・・・泣いている?。
そうだ、誰かが、俺の目前で泣いている。

―でも、見えない。
―それどころか・・・体が熱い・・・意識が段々と、朦朧として来る・

―・・・まるで、焼けるように・・・。

――・・・守らなければ・・・ならないのに――

「――・・さん!・・・兄さん!!」
「・・・・・・うあ?・・・七海?」
「・・・うあ?じゃないですよ・・・帰ってきたらうなされてるし・・・苦しそうなんですもん。」

見上げると、七海はとても不安そうな顔でこちらを見ていた。
汗だらけになった俺の顔を、水濡れタオルで丁寧に拭きながら。
・・・やはり、あれは夢だったらしい。
外は、眩しい夕焼け時。

「悪い・・・なんだかうなされていたみたいだ。・・・もうお前が帰ってくる時間か・・・猫たちは?」
「兄さんがエサを上げてなかったからでしょ、私が帰ってきた途端、玄関まで駆け込んできましたよ?」
「・・・ずいぶん寝てたんだな。俺は。」
「ええ、随分と。」

言わなくても解る様な事を口にした所為か、七海は呆れ顔で、溜め息を吐く。

「・・・何があったかは知りませんし、聞きませんけど、昨日の夜から表情が暗いです、兄さんは顔に出るんですから。」
「そう、なのか?。」
「何年、妹として兄さんの顔を見てると思ってるんですか・・・兄さんみたいに鈍感じゃないんです。」

本当に呆れた、と七海は肩を落とした。
思えば、無茶をするたび七海に説教を受けている気がする。

小さな頃から、今に至るまで。
こいつはこいつなりに、母親代わりと言う役目を頑張っている証拠なのだろうか。
だとしたら、俺はこの何年、何にも進歩してないのだろうかな。
今日は憂鬱な気分なのだろうか、そんな事を考えてしまっていたのだった。

「今日は一日絶対安静です、薬持ってきますから、待っていてくださいね、どうせ飲んでいないでしょうから。」
「う・・・よろしく・・・サンキュな。」

そう俺が言うと、七海はフン、とそっぽを向き、水入れのたらいを持ち、部屋を出て行った。

・・・しかしまぁ、アイツも素直じゃないな、本当に。
ともあれ、今は感謝して、薬を待つことにした。

そんな時だった。
―ピンポーン。

家のチャイムが鳴り響いた。
こういう空気を読まないタイミングに来る事が良くあるのだから面白い。

まぁ、どうせ訪問販売とかセールスの類だろう、と目を瞑りながら思った俺。
―それが驚きの展開の始まりであろうとは、誰も思わなかった。

直後、部屋の外でドタドタと音がする、恐らくは駆け足で誰かが此方へ向かっているのだろう。
誰かとは、99%七海。
そしてその数秒後、ドアが思い切り開き、予想通り現れた七海が、薬を持って現れた。
予想外に、慌てた顔で。

「ど・・・どうしたんだよ、そんなに急いで・・・別に風邪はそんな酷くないぞ・・・。」
「ふ・・・ふふふふ・・・。」

魔女のような声をあげ、笑って居るかと思えば焦る表情、訴えたい事は全くわからない。

「兄さん・・・奇跡が起きましたよ奇跡が。」
「奇跡って・・・なんの奇跡だよ。」

俺がそう問うと、七海は薬だけ俺の机に置いて、また部屋を出て、急いで階段を下りていく。
そして階段を上がる音を二つにして、戻ってきた。
誰かを連れてきた?
セールスマンを家に上げる様な七海ではない。
では誰を?

「・・・こ、こんにちわ・・・。」

答えは余りにも予想外。
・・・七海が肩を押して連れて来たは、なんと柳野だった。

・・・そういえば、今度お邪魔していいかと聞かれた時、YESと答えた気もするが。
本当に来るとは思ってなかった。
それも、どこぞの猫娘の如く有言実行。

「・・・大丈夫?」
正座で俺のベッドの横に正座で座りこみ、第一声を放った柳野。
制服姿の辺り、学校からそのまま来たのだろう。

「大丈夫といえば大丈夫だけど大丈夫じゃないといえば大丈夫じゃない。」
「??・・・どっち・・・??」
「つまりは大丈夫ですよ、ねえ兄さん?。」

と、おふざけはそこまでにしとけよ、と言わんばかりに睨み付けながら、七海は言う。
この状況で首を横に触れるはずも無い俺は、首を縦にして答えた。
「・・・大丈夫だ。」
「そう、よかった。」

そして、恐ろしい形相が一気にニコリとした少女の顔に戻った。
俺と七海の間に挟まれている柳野は、そんな変化に気づくわけも無く、安堵した表情。
・・・俺はまだまだ安堵できそうに無い。

「ところで、どうしたんだ、急に。」
「ん・・・成瀬が倒れたと言うから、代わりに宿題を持ってきたんだ。」

やはり用も無く来るはずも無いか、取り出したのは国語の宿題。
自慢じゃないが、俺の苦手教科である。
何度宿題をサボった事か。

「・・・やらないと思うぞ。」
「・・・やろうよ・・・。」
「やりなさい、兄さん。」
「・・・二人揃って、病人に優しくないな・・・。」
「それだけ元気なら大丈夫でしょう。」
「さっきまでと大分態度が違うなオイ。」
「・・・解らない所は明日学校で教えてあげるから、身体が大丈夫な時でいいし、やっておこう?」
「・・・。」

柳野は意識してかしないでか、哀願する様な顔。
その顔は、まるで保護者か姉か、どちらにせよ、子供か弟を説得するかの様で。
これで断っては、情け無いだけではなく、俺がわがままを言っているかのようになってしまうではないか。
俺はこれまた首を縦にする他無かった。

「・・・お前、ホント真面目な生徒なのな・・・サボってる所とか見たこと無いし。」
「・・・サボらないのが普通、だと思うけど。」
「全くです。―というか兄さん、知らないんですか?先輩は二学年でもトップクラスの成績優秀者ですよ?」

それは初耳かもしれない。というか何故お前が知っている・・・。
確かに、こいつにメガネを掛けさせたら、それなりにクールな頭脳派には見えるかもしれないが。
本当に頭脳派だったとは。

「・・・あ・・・。」
そんな、不良説から優等生説へと変わったその時。
ふと、柳野が何かを忘れていたのを思い出したように、辺りを見回し出した。
明らかに挙動不審なそれは、何かを探しているに違いないであろうが。
忘れ物か、俺は尋ねた。

「どうしたんだ、急に。」
「・・・ねこ。」
「・・・へ?」

帰ってきたのは気の抜ける様な答え。
そうだ、そういえばコイツ、猫に会いたいから来ていいかって聞いてきたんだっけな。
・・・この見た目で動物好きという、ありがちと言えばありがちかも知れないが・・・。

「その・・・猫・・・どこに居るのかなって・・・。」
「・・・そういえば見当たりませんね。」
「・・・あ・・・。」

飼い主代理一名がキョロキョロする中、柳野はすぐに猫を探し当て、指を指した。
その先は・・・俺の布団の上だった。
一匹はぐっすりと眠り、もう一匹は目をパチクリさせながら、柳野を見ていた。
柳野もそれに答えるかのように、じーっと猫を見つめる。

「・・・先輩・・・猫、好きだったんだ。」
「・・・うん、好き・・・。」

本当に、普段からは想像が付かないほど、嬉しそうな表情。
さすがにこれには七海も驚き、そして。

「先輩がこんなに可愛い顔するなんて・・・思いませんでした・・・!」
「・・・か、かわいい?」
「そうですよ先輩、普段からそのくらい笑ってくれれば、美術部一同もすごく頑張ると思いますよ!?」
「わ・・・私の笑顔と部員のやる気は関係ないと思―・・・。」
「何を言いますか、その笑顔なら世の女性は皆、胸がキュンと・・・。」
「七海、よくわからないが落ち着け。柳野がすごく困ってるから・・・。」
「何を言うんです!?落ち着けるわけが無いでしょう?兄さんだって今の笑顔を見て興奮したでしょ!?可愛かったでしょう!?」
「・・・興奮はねぇよ、そんな性質俺にはねぇよ。」
「・・・よろしい、ならば語りましょう・・・可愛いとは何たるものか!」
「・・・だそうだ。」
「・・・七海さんがこんな顔するなんて思わなかった・・・。」

苦笑いながらも、ちょっと引き気味な表情を見せる柳野など他所に、七海は興奮状態となっていた。
この生真面目な性格からは想像も付かないかも知れないが、昔から七海は可愛いものに目が無い。
とはいえ、成長した今も其れが続くとは、家族一同、誰もが予想していなかった事で。
それも、対象が幅広く、このように動物だけに留まらない。
可愛ければ何でもいい、とも言えるだろう。
パーフェクトな妹の唯一のネジ外れである。

―・・・それから10分、可愛いものについての熱い語りが続いた。
呆れ顔の俺を放置して続いた語りだが、柳野は健気にも、その語りに耳を向けていたのだった。

「―あ、忘れてた、兄さん、これ薬です。」

そんな興奮していた七海の表情も、10分後には元に戻り(というか10分も元に戻るのに掛かったわけだ)生真面目で生意気な妹に。

忘れていたかのように(というか完全忘れ去られていた)置き去りにされていた薬を、俺は受け取り、二錠飲んだ。
まぁすぐに効果が出るわけも無く、出るまでまた寝込むだけだ。
ずいぶん寝てたのもあってか、体は随分と楽になった。

「・・・って待て、薬って食後に飲むものじゃないのか?」
「・・・・・・あ。」
「まぁ・・・別に害があるわけじゃないだろうが。」
「うん・・・大丈夫、食後に飲んだほうが浸透が早いってだけだから。」
「そう、なんですか?」

少し驚いた表情の七海の確認に、柳野はコクリ、とうなづいた。
「へぇー、柳野先輩って医学とか習ってたんですか?―薬の説明には食後って指示されてるから、食後じゃないと駄目なんじゃないかって思ってましたよ・・・。」
「ううん、雑学のテレビとかよく見てるから、変に雑学が付いちゃってて、風邪薬とか痛み止めは出来る限り食後がいいけど、食前でも問題は無いって。」
「我が家はテレビなんてほとんど見ないからな。」
「何を言うんですか兄さん、其れは兄さんだけです、私はちゃーんと欠かさずニュースとか見てますもの。」
「ついでに言うとアニメとかな。」
「何を言うんですか!?アニメなんて子供染みたものを私が見るわけ・・・。」

顔を真っ赤にして、必死に否定する妹の姿。
いつも人には当たり前に録画を頼むくせに・・・。
よほど柳野には知られたくないのだろうか。

「アニメ・・・最近は大人の人も馴染んで見れるよね。」
しかし意外にも、柳野はそんな話題に食い付いてきた。
「せ・・・先輩、アニメって見てるんですか?」
七海の表情は、信じられない、という表情ではなく、どこか期待に溢れていた。
「うん、迷探偵困難とか、お月様を探してとか、カレカノとか。」
しかも、内容が中々に乙女チック。
「わっ、ホント私と同じだ!」
「アニメなんて子供染みたのは見ないんじゃなかったのか?」
「最近のアニメは大人もみれるんです。」
「・・・調子のいい奴・・・。」
「・・・何か言いました?。」
「なんでも無いです。」

そんなこんなで、内容に付いていけず寝付いた俺を他所に、二人は1時間以上二人はアニメの内容で盛り上がっていた、らしい。
可愛いモノ好き同士の会話で会話が弾んだのであろう、猫との戯れといい、柳野の意外な一面が見れた気がした。

それでも意外な訪問者に、お礼は言っておいたので、ヨシであろう。
おかげかどうかは別として、明日には風邪も治りそうだ。
治ったら治ったで宿題が待っているワケだが。

とはいえ、考えすぎた頭と疲労した身体を休めないワケにもいかず、この気だるさをどうにかしたかった俺は、柳野が帰った後も、何もせずぐっすりと眠ったのであった。

一日の過ぎる速さを思い知る、そんな1日。

第二話 続く。
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月と太陽の出ぬ間に

第二話「私の胃袋はブラックホールだ。」

―翌日、風邪もすっかり治まり、一日浴びていなかった太陽の中、学校へ。

かと言って、別段清々しい気分であるはずも無く。
何せ、病気の治りを待っているのは友人でもなければ家族でもない、一日分の学校の宿題と、使ってくれとばかりに机にしまってある勉強用具なのだから。
しかし、ラッキーなことに、柳野が宿題を手伝ってくれた上、ノートまで写させてくれるというのだから、柳野万歳といわざるを得ない。
そんなわけで、学校に来てから、授業が終わっての休憩時間の度に机に座りっぱなしという状況。
とは言え、柳野もそれに付き合って、隣でご指導してくれているのだから、文句は言えない、というより言う気も無い。

「・・・そこ、違う。」
「え?どこだ?」
「ここを・・・こうして、こうしなきゃ、・・・今の計算は別の所で使う計算方。」
「・・・ここを・・・こうして・・・なるほど。」
「そう、それでいいよ。」

と、言うような感じで進んでいき、現在、3時間目終了後の休憩時間。
昨日の話はどうやら本当のようで、一切の間違いも無く教える柳野、おまけに教え方もかなり上手い。
自分で言うのはなんだが、俺も成績は中の上はあるし、七海に良く勉強を教えるが、ここまでスイスイと解説は出来ない。
容姿と言い、この性格といい、家庭教師にコイツが来たら中学生辺りはガンガン勉強しそうだ。
勉強中とは言え、真剣になるとその目の鋭さに、威圧感を覚えるが。

それらを置いておくにしても、これだけサクサク進むのならば、面倒臭いと嫌々進めた宿題も、悪くは無いと思いそうになるのだから恐い。

しかし、そんな、勉強に心地良さを覚え始めつつあった中。
贅沢な待遇の中、俺はただ一つの不満があった。
どうも、周りから視線をいくつも感じるのだ。
ヒソヒソと声までも聞こえるこの状況。

大方理由は解る。
柳野はクラスでも孤立しがちな存在(俺が見た限りでは)だ。
そんな彼女が自分の席を立って人に、しかも同級生の男子に勉強を教えている。
客観的に見て、それが珍しい光景である事は間違いないだろう。
立場が逆であったのなら、恐らく俺は同じことを思うだろう。
実際、つい数日前までそっち側だった訳だし。

「・・・どうしたの?」
「いや、なんでもない、次、ここはどうやるんだ?」
「・・・ここはさっき君がやった計算式でいい。」
「わかった。」

そんな俺の心境と現状など知らないのだろう、勉強を教えている時の柳野の顔は、どこか楽しそうであった。
普段が無表情であるだけに、笑った時の表情はどこどなく胸に響くものがある。
授業をサボる事も無く、生活態度も良好、性格も良すぎる程。

一体、誰がこいつを不良少女に仕立て上げたのだろう?
そう思いたくなるような優等生っぷりである。

「・・・よし、こんな所か。」
「・・・ご苦労さま。」

気づけば、予想してた倍以上の速さで宿題は片付いた。
4時間目の始まるギリギリ前、昼食の時間を割かれる心配はこれで無くなったようだ。
どうやら宿題の終わる速さに驚いていたのは俺だけではなかったようで、きょとんとした目で柳野は俺を見ていた。

「・・・意外、頭良いんだね。」
「不良でも、こうして頭が出来れば文句が無いだろうって思ってな、昔から覚えは良いんだ、特技は一夜漬け。」
「ほぉ・・・通りでいつも直太に教えてあげてるわけだ。」
「ま、そういうこったな・・・・・・って良く考えたらアイツが居ないんだが。」
「今更気づいたの・・・今日は休みだって、―昨日も休みだったけど。」
「・・・珍しい事もあるんだな、あいつサボりはするけど休む所は見たこと無かったが・・・『馬鹿は風邪を引かない』ってのは迷信か?」
「『馬鹿は風邪を引いたのにも気づかない』だけだと思う・・・。」
「なるほど。」
「それじゃ、授業始まるから。」
「ああ、悪いな。」
「気にしない。」

そう言って、柳野は昨日の授業内容の入ったノートを置いて、自分の席に戻っていった。

・・・そういえばまだこんなのが残ってたな。
確かに、気にしている暇は無いらしい。

―・・・ペンと言う名の武器を手に、ノートとの格闘は続いた。

しかしこれまた柳野さまさま、字が上手だったおかげか、きっちりと書き取れた。
今まで休んだときは直助に取らせてもらっていたのだが、あいつの字は汚くて汚くて。
何度間違えたか解ったものではない。

気づけば、教師の話など全く耳に入らないまま、4時間目の授業は終了し、昼食タイム。
集中してる時とはやけに時間の経過が早いものなのだ。

周りが食事ムードの中、一人俺は机に座り込んでいた。
さて、どうしようか。
直助も居ない今、俺は一人で寂しく食事する事になるのだが。
・・・どうにも腰を上げる気にならない。
いつもなら直助の五月蝿い声に立たざるを得なくなるのだが、それが無い所為だろうか。
違和感がある、と言うべきか。
しかしこのままでは、直助が俺の学校生活のリズムにおいて必要な存在と言う事になってしまう。
重りも無いと言うのに、俺は何故か一人踏ん張っていた。

「・・・一人で何をやってるの?」
「・・・んぁ?」
「・・・変な姿勢に変な声・・・。」
「気にするな、断じて気にするな。」
「・・・そういわれるともっと気にしたく・・・。」
「お願いですから気にしないでください。」
「う・・・うん・・・。」

そのタイミングで着てくれたのが、柳野。
そう、今や俺に積極的・・・・かどうかは別として、話しかけてくる奴はもう一人居るのだ。
思わず奇声を上げた俺を、本当に、変人を見るような困惑した目で見ていた。
・・・軽蔑の眼差しじゃないだけありがたいが、これはこれで胸が痛い。

「・・・で、どうしたんだ?」
「・・・その、昼食、行こう?」
「あ・・・ああ、成る程。」

成る程、と言いつつも、余りに突然のお誘いに、危なくまた奇声を上げる所だった。
とはいえ、俺もちょうど、何かお礼をしたかったわけで、今回は俺はおごるという話にし、共に食堂へ向かう事となった。

――食堂。

食堂のメニュー板の前で、柳野は悩む表情。
おごる経験はあっても、おごられる経験は無かったのではないだろうか。
友人が友人だけに、その節が強い。

「・・・一日宿題見ただけで、別におごらなくてもいいのに・・・。」
「おごるったって、食堂のパンや定食だぜ?」
「お金・・・あるの?」
「3日生きる分の金はあるな。―人様の金なんざ気にしなくていいんだよ。」
「ふむ・・・それじゃお言葉に甘えて。」
「それじゃ私はアンパンね!」
「うぉぉっ!?」

このパターン、そして遠慮の無い飛込みからの肩組み。
「・・・えっと、どちら様でしょうか?」
解っていながらも、俺は背後の人物に聞いた。
認めたくは無かったからだ。
この場面において、最も出てきてはならないであろう登場人物。

「皆のアイドル、神崎空ちゃんよ!。」
「・・・空・・・それは恥ずかしい・・・。」
「あぁ?アンタも知らないうちにこの子とよろしくやっちゃって、ええ?このこの~。」

ニヤニヤしたオヤジのような笑みで、空先輩は柳野の頭をくしゃくしゃと撫でる。
柳野は困った表情をするが、抵抗も出来ないようで、「うう・・・」と言うだけ。
空先輩を前には、どうにも妹の様である。

「・・・というか空先輩、今アンパンって・・・。」
「ああ、アンパンとカレーパンとメンチカツパンとから揚げパンにフィッシュバーガーに―。」
「ちょっ・・・どれだけ食べるんですか!?」
「え・・・ああ、今日弁当作ってきてなくてさー。」
「違う違う、それ以前に前提が間違ってる!俺は柳野におごるって言っただけで!」
「あー、ひっどーい、こんな可愛い先輩に迫られておごらないだなんて・・・今日の私、不幸不運にも最悪にも悲劇にもお金持ってきてなくてさ~・・・?」
「・・・なんですか、その今日限定のマイナスオールスターズ。」
「・・・空、今日学校行く途中にノート買ったよね?」
「・・・・・・ぎく。」
「先輩?」
「ほ、ほんとに!ほんとにお金ないのー!ノートの分しか持ってきて無いのー!」

と、先輩は涙ながらに頭を下げた。
・・・予め言っておくが、これは単なる昼食での出来事だ。
集まる視線と期待に添える様な内容ではない。
しかし、ただの言い寄りならともかく、ここまで頭を下げられては断る事も出来ず、結局二人分の昼食を奢る事となった。

「・・・先輩?」
「なぁに?」
「・・・先輩の胃袋はどのくらいの広さなんでしょうか。」
「ブラックホールだ!とか言って欲しいの?」
「・・・いや、言わなくても良いです、もう解ってますから・・・。」

・・・食事が終わって見れば、合計して・・・3000円?
これは二人分の食事代か?
しかも食堂だぞ?
原因は把握している。
食事代のうち500円は柳野。
そして2500円分は・・・言いたくない。

―・・・時は進んで、放課後。
財布に大打撃を受けた俺は、トボトボと帰り道を歩いていた。
途中まで帰り道が同じだと言う柳野は、心配そうに俺の隣を歩いている。

「・・・成瀬・・・その、ごめん。」
「・・・うん、まぁお前が謝る事じゃないよ、うん。」
「な・・・なんかごめん、本当に・・・。」

ああ、お前は本当にいい奴だ。
お前の友人があんな大食いでなければもっといい奴だ・・・。
昼食が終わって以降、何度も謝る柳野に、逆にこちらが罪悪感を感じそうである。

「そういえばさ、お前と空先輩ってどういうきっかけで仲良くなったわけだ?・・・明らかに性格も正反対だし、きっかけ無く付き合う仲には見えないんだけど。」
「うーん・・・話せば長くなるのだけれど・・・気になる?」
「気になると言えば気になるな。」
「別段・・・よくある話だけど・・・―。」

と、若干躊躇いつつも、その訳を話してくれるらしい、改まって口を開く柳野。
だが。
「・・・・・・。」
急に、柳野は言葉を途切らせる。
帰り道の一本道を、じっと見たまま。

「・・・どうした?」
「・・・あれ、直太じゃないかな。」
「・・・・・・マジか。」

そう言って、指を指す先には、確かに私服の直助が居た。
どうやら、驚きの原因はそれらしい。

―が、俺はそんな事には驚かない。
「マジか」と確認したかったのは、その直助の隣を小さく、ゆっくりと歩く、少女についてだった。
明らかに、他人の並びではない。

・・・マジか。

第二話 続く。

月と太陽の出ぬ間に


第二話「前向き無言少女。」

「・・・マジか。」
「・・・もう何度も言ってるの、それ。」
「いやぁ、あまりに信じ難くて。」
「・・・直太は顔はいいからね・・・顔は。」
「・・・お前、まだあんま会話もしてないのに・・・。」
「噂が良くないからね。」
「・・・なーる。」

衝撃的な発見から1分後。

何故か俺達は、電柱に移っては隠れての繰り返しで、背後から直助の様子を見ながら、分析をしていた。
顔◎、性格△、調子の乗りやすい性格に、あのビビリ腰。
学校中では軽い男と伝わってしまっているため、顔が良くてもモテない可哀想な男、土野直太。
ある意味で学校中にその名を轟かせているわけではあるが。
今、その男が、女の子と歩いている。

「・・・ところで、どうして隠れているの?・・・ノリで私も隠れてはみたけど。」
「ほら、何となく出にくいだろ?こう言う時って・・・まぁ、見られても別段問題は無いんだが。」
「・・・気を使ってる?」
「いや、若干ショックで出る気にならんだけだ・・・。」
「・・・成る程。」

別段、その系統に興味があるわけでも無い俺だが、この光景には驚きと同時に、衝撃を感じざるを得なかった。
今は無くとも、アイツよりは早く彼女が作れるであろうと、どこか心の奥底で思っていただけに、尚更で。
今の俺の顔をアイツに見られた日には、二度と学校に行けないであろう。

「・・・あれって・・・ひょっとして・・・。」

そんな複雑な心境に若干憂鬱になりつつあった時だった。
思い立った様に電柱から体を出して、柳野は直助を、いや、その隣で歩く女の子を凝視し始めていた。
確かに歩き方はぎこちないし、気になるかもしれないが。

「き・・・急にどうした?」
「・・・。」

横から見る柳野の表情は、明らかにソレを気にしてではない。
今の場面からどうしてこうなったのか、そう思うほどに、深刻な顔。
そして、俺の質問にも答えず。
「―・・・弥生!」
柳野は、叫んだ。

その声に、二人は振り返り、驚いた表情。
無論俺も驚いた、普段静かに語る柳野が、ああも大きな声を出すのだから。

「・・・や、柳野・・・どうしてこんなところに!?」
という直助の言葉を無視して、柳野は早足で近づき、女の子の肩を掴む。
「弥生・・・。」
「・・・。」
「もう、足は大丈夫なの?」
「・・・。」

遠目でよく見えないが、女の子の表情は、どこか怖がっていた。
身長は約150センチ、柳野が肩を掴んでいるのを見ると、女の子が脅されているようにさえ見える程の身長差だ。
そう思うと、見ていられなくなったのか、俺もつい電柱から飛び出してしまっていた。

「待て待て柳野、何だか知らないけど女の子怖がってるっぽいって!」
「ちょっ・・・成瀬も!何でここに居るんだよ!?」
「話せば長くなるが、偶然お前を見つけちまったんでな。―ってかお前、学校サボるつもりならこの道は通らない方がいいぞ、この道はまだ学生が通る。」
「短っ!って違う!出てきて早々なんなんだよ柳野!この子の知り合い!?」
半分怒り口調で問う直助に、柳野は睨み返し、答えた。
「・・・霧島弥生、空と私の同級生、だった子だよ。」
「!・・・そうなの?」

知らなかった、と言わんばかりの表情で問う直助に対して、女の子、いや、弥生先輩はおどおどとした表情をしながらも、無言で頷いた。
童顔、身長150センチ、じと目に黒く長い髪は、どこか和服が似合いそうな女の子が、まさか柳野の同級生で、俺らの先輩とは・・・。
そんな先輩の反応に、直助は溜め息を付いて、「世間ってのは狭いもんだな・・・」と呟いた。
そして驚くべき事はまだ続いた。

「・・・直太。」
「・・・な、なんだよ。」

鋭い目で、真っ向に直助を睨んだまま、柳野は質問をはじめたのだ。
それはもう、質問と言うよりは、脅しを含んだ『尋問』にさえ見えるほどの迫力である。

「この子とはどうして知り合ったの?」
「・・・何でお前がそんな事を聞くんだよ?」
「・・・いいから答えて。」
「・・・普通に偶然この子が歩いてるのを見かけて、体調悪そうだったから病院まで連れて行った、それから友達になったってだけだ。―・・・わざわざそんな顔して聞く事じゃないよ。」
「・・・弥生の足はもう、治ったの?」
「今リハビリしてる途中だってさ、だから散歩ついでに付き合ってあげてたところ。」
「本当に?」
「・・・しつこいね、こんな事で嘘ついてどうするのさ、歩き方見てたなら解るだろ?」
「・・・。」

両者、睨み合い。
険悪な雰囲気が流れ、殺気立つ二人。
何故だかは解らないが、この人に対して、柳野が特別な感情を持っているのは確からしい。
そんな中、後ろから柳野の袖をくいくい、と弥生先輩は引いた。

「・・・弥生・・・?。」
「・・・。」
先輩はただ何も言わず、悲しそうな顔で、首を横に振る。
喋らないのか、喋らないのかは良く解らないが、何かをを伝えたいのは確からしい。
そして、どうやらそれは柳野にキチんと伝わったらしく。

「・・・うん・・・ごめん直太、ちょっと熱くなってた、考えるまでも無いや、成瀬の友達だもんね。」
「・・・。」

今度は首を縦に振ると、柳野は直助に謝った。
どうやら直助もそれを理解したのか、「・・・しゃーない。」と呟いて、先輩へ視線を送る。
ソレに対し、先輩は笑顔になって、うんうん、と首を再び縦にした。
すっかり蚊帳の外に居る俺には、そのやり取りの意味が良く解らなかったが、一件落着、と言う事だろう。
弥生先輩の行動一つで、二人はいつもの二人に戻っていた。

―この後、ここではサボりがバレてしまうので、速やかに移動する事にした。
・・・まぁサボりについては見られても大丈夫なのだが。
彼女、弥生先輩の足の調子も見終えたと言う事もあって、病院へと行く事に。

「・・・弥生、あの時は、ごめんね。」
「・・・。」

そんな道中、ぎこちなく歩く先輩の横で、ふと柳野は言った。
一体何がごめんなのかは、俺と直助にとってはさっぱりである。
弥生先輩はどこか悲しげな表情の柳野の顔は見ず、まっすぐを向いて、歩きながら。何も言わず、首を横に振って答えた。
・・・やはり喋れないのだろうか、さっきから一言も喋っていない気がする。
弥生先輩は手で何かジェスチャーをすると、柳野には理解できるのか、首を縦にした。

「・・・うん・・・相変わらず前向きだね。」
「・・・。」
「解ってるよ・・・あはは、これでも多少なり前向きになったつもりなんだけどな・・・。」
「・・・。」
「あはは・・・。」

今度は柳野の方へ顔を向け、にこりと笑って柳野に寄りかかるようにくっついた。
柳野も照れながら、苦笑い、懐かしい友人との会話を楽しんでいる様だ。
・・・会話になっているかは甚だ疑問だが、通じ合っているのだけは良く解る。

そんな二人を見ながら、俺と直助は一歩下がって付いていっているわけだが、完全に蚊帳の外である。
何も話さないのも難だ、小さな声で俺は直助に聞いた。

「・・・何で弥生先輩は喋らないんだ?」
「それについては僕もわからないよ、でもそんなの関係ない、彼女、可愛いし、優しいし、清楚だし。」
「・・・ふぅん。」
「まだお友達だけどね、まだ、ね。」

そう言うと、ニヤニヤと気持ち悪く笑い出した。
下心丸出しという事が柳野に知れたら、殺されるんじゃないか?

・・・いっそ殺されてしまえばいいかもしれない。
まぁ、殺しても死ななそうだが。

―病院までの道のりは思いの他すぐで、辿り着くと、先輩は大きくと手を振り、自称付き添いの直助と病院へと戻っていった。
あんなのが付き添いで、大丈夫なのだろうか、と心配になりつつも、俺と柳野は病院を後にする。

―・・・

・・・もう日が沈み始めている中、俺と柳野は帰路を歩いていた。
さっきの表情とはまるで違い、何故か柳野の表情はどこかボーっとしていて、何も喋らない。
無言のままの帰路が10分以上に及んだ時、俺は我慢できなくなってしまっていた。
静かなのは好きではあるが、さっきとのギャップの所為だと思う。

「・・・なぁ。」
溜息交じりの声で呼ぶ俺。
「・・・。」
そして無言で振り向く柳野。

「どうして別れた途端に顔が魂の抜けたような顔になる、さっきまであんなに笑ってたじゃんか。」
「・・・ごめん。」
「謝るのがわかんねえよ。」
「・・・・・・安心、したからかな、気が抜けたんだ。」
「安心?。」

柳野はコクリ、と顔を頷かせる。
顔を上げたあと、どこか不安そうな、泣きそうにさえ見える眼差しを俺に向け、柳野は聞いた。

「急な・・・質問なんだけどさ。」
「あん?」
「・・・成瀬はさ、自分が悪い事とか・・・なんというか、ミスみたいな事をして、でも相手が許してくれたときとか、『大丈夫だよ』って・・・笑って許してくれた時、すごく安心したりしない?」
「・・・安心はするけど、やっぱりそれでも、謝ったり、何か詫び入れないと自分を許せない性分かな・・・結局は自己満足だと思うけど。」
「そう・・・私も・・・私なりに、けじめを付けてみたけど、それが逆効果でさ・・・―弥生を傷つけちゃって・・・今日の今まで謝る事も出来なかった・・・。」
「・・・って事は、会ったのが久しぶり、なのか?」
「・・・うん、だから会って、久しぶりに話して、元気そうで、安心して・・・私なんてもう、必要無いんじゃないかって、少し・・・思った。」

まるで懺悔のように、擦れそうな声で全て言い終えた後、柳野の横顔は少し涙目になっていた。
なんて絵になる横顔だろうと思った。
月並みだが、美しい、と言う言葉が似合うのではないだろうか。

―けじめを付けて逆効果になった、なんて、何かオカしい事でもやったのだろうか?
・・・いや、ソレは無い。
・・・コイツの性格を考えて、俺は即座にその論を否定した。
確かに若干変な性格ではあるが、人を傷つけるような事するような奴では無いのは、もはや言うまでも無い。

「・・・ごめん、何を言ってるのかわからないと思う。」
「・・・ああ、全く解らん。」
「あはは・・・だよね。」
「けど、お前と先輩の仲が良いってのだけは、良く解った。」
「!・・・。」
「それと、必要とされるってのはちょっと大げさだろ?友人とか親友ってのは、利益不利益じゃねえしさ。」
「・・・それは・・・そうだけど。」
「・・・それとも、弥生先輩はそういう利益不利益でお前と友達やってたのか?」
「・・・違う。」
「だろ?」
「・・・うん。」

複雑な表情を浮かべる柳野に、俺は、そのくらいの言葉しか見つからなかった。
と言うより、何が起こったかも知らない俺にとって、言える言葉そのものが限られていた。
そういう意味では、出るべくして出た言葉なんだと思う。

「あ・・・この道だから、帰るね。」
「あ・・・ああ。」

二つの分かれ道に付いたところで、柳野は足を止め、くるりとこちらへ向いて、そう言った。
言われてよくよく見てみれば、いつのまにやら俺の家も近く。
どうやら病院はそう遠くに無かったらしい。

「んじゃ・・・気をつけてな。」
「・・・大丈夫だよ、ちょっと元気出たから。」
「・・・なら何よりだ。」
「うん、ここに成瀬が居てくれて、良かった。」
「・・・面と向かって言うかねそれ。」
「本当の事だから。―・・・ありがとう、成瀬。」
「・・・おう。」

礼を言われる程の何かをした覚えは無いが、笑顔な辺り、アドバイスも無駄では無かったのかもしれない。
それにしても、なんて真っ直ぐに礼を言うんだろうか。
こんな状況に慣れてる筈もいない俺は、笑って返す他無かった。
・・・似たような状況が少し前にいくらかあった気もするが、多分気のせいだ。

「それじゃ、また学校で。」
「ああ、またな。」

そして、笑顔を残した後、柳野は去っていった。
何やら色々あった一日も、一人になれば静かなモノか。
柳野の小さくなった背中を見送った後、そんな事を思いながら、溜息を一つ。
しかしながら、それが悪い溜息ではないのを、俺は理解していた。


第二話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

第二話「神出鬼没ってレベルじゃねえ。」

「暑い・・・いや・・・熱い・・・。」

―翌朝、太陽はこれでもかと眩しく照らしていた。
どちらかと言うと太陽よりも曇りのほうがありがたいのが、夏の事情である。
世界は温暖化だというし、いっそのこと太陽がしばらく隠れてくれていると俺もとてもありがたいものだが。

そんな願いが通じる筈も無く、通学路は暑そうな学生の列でところどころ埋まっていた。
いつもよりも数段に早く家を出て来た為だろう、目の前は暑苦しい光景であった。

「・・・成瀬。」
「うぉっ・・・ああ、柳野か。」
「・・・お、おはよう。」

その列に紛れていたのか、柳野が横から声をかけてきた。
少々驚きながらも、それを隠すように俺は笑って答える。
何故驚いたのかは理由が多々あるが、一番はやはり、昨日のやり取りの後だったからだろうと思う。

この時の俺の脳内には、涙目になった柳野の顔、微笑む顔などが浮かんでいたのだから、間違いない。

「お、おっす、・・・いつもこんな時間帯に行くのか?」
「うん・・・珍しいね、成瀬。」
「我ながら奇跡だと思ってるよ、七海には口を大きく開けて驚かれるし。」
「奇跡って・・・そんな大げさな・・・。」
「遅刻しない確立の方が低いからな・・・故に七海は幾度も俺を起す努力を・・・。」
「・・・起きようよ・・・。」

しかし、思いの外柳野は元気そうだった。
相変わらず道中での会話は少ないのだが、昨日の様な表情の暗さは無く、いつもの柳野だった。

安心したからだろう、気づけば俺も落ち着きを取り戻していた。

――そして、学校へ。

「成瀬は、どんな音楽が好き?」
「・・・強いて言えば、ゆっくりした曲かな、直助とは全く趣味が合わない。―ロックは好かない。」
「・・・私はバラードかな、別れの曲とか、恋愛歌も好き。」
「バラード、ね・・・。」
「成瀬は嫌い?」
「いや、あんま関心が無いだけ、そういうの疎いんだよな、七海にも言われる。」
「ふむ・・・この曲なんて、聴いた事無い?」

そう言って、柳野は小さく歌を口ずさみ始めた。
どこかで聞いたことのあるような、切ない恋の歌。
だが、曲調は解っても、全部が英語であるため歌詞は理解できない。
良くわからない歌だが、知ってる歌を音痴に歌われるよりは、知らない歌を綺麗に歌われる方が耳には心地いいかもしれない。

綺麗だと表現できるほど、柳野は澄んだ声をしていた。
普段の落ち着きすぎた声からは想像の付かないほど、感情の篭った声。

ふと、これは柳野なりの気の使いではないだろうか、と感じた。
俺も柳野も、会話自体余り得意ではない分、会話が長続きしないからだ。

・・・それにしたって、学校の下駄箱付近で歌う奴があるか、と言う話だが。
やはり変わり者だ、と改めて思う俺。

「―私を好きにしていいわ、どうあっても私は貴方を好きだから。四季折々の花は咲き乱れる、私の欲望は満たされた・・・だっけ?」

何だかんだで聞き入っていた、そんな時。
これで何度目だろうか、後ろから遭遇したのは。
詩人のようなクサい言葉を言いながら、空先輩はにこやかな顔で現れた。

「・・・・・・空。」
「朝っぱらから仲がいいねぇお二人さん!しかも何、風華・・・その歌は・・・。」
「い・・・言わないで・・・」
「えー、だって意図的でしょ?」
「ち・・・違うし・・・それに・・・風華のそれは違う歌・・・どっちにしろ恥ずかしいからやめて・・・!」
「ああ、そういえばそうだっけ。―どっちにしろ可愛いなぁ風華っ!!」
「ちょ、空・・・!?」
「うりうり~っ♪」

瞬間的に真っ赤な顔になる柳野、そしてその表情に興奮でもしたのか、鼻息を荒くして柳野に飛びかかった先輩。
話の意図は掴めないが、今の詩は柳野の歌った歌の訳文なのだろうか?
俺が考えるような顔になったからか、柳野は先輩に絡まれながらも、「何でもない、何でもないから!」と何かを必死に否定する。

・・・ツッコまなかったが、柳野の歌の好みは少し意外だと思った。
なんというか、コイツにロックとかバンドやらせたら絵になりそうな気がするから。
まぁ、内面的イメージでは、こんな曲が似合うのだろうが。

―その後、下駄箱で会った先輩も、学年が違うため、階段を上ったところでお別れ。
短いながらも、嵐が去った後の様な静けさに、柳野は一人安堵の息を漏らすのだった。

そんな柳野の心情など知りもしない先輩は、名残惜しそうに柳野に手を振るのだが、どうせ昼食の時間に会うのだから、どうということは無いと思う。
柳野からすれば災難だろうが。
直助ですらあんなに引っ付いて着たりなどはしない(きたらきたで殴るが)。
・・・本当に、どうして友達になったのかが気になる次第である。

―とはいえ、本当に気になったのは更にその後、教室への道中、教室に入ってからも、柳野がたくさんの話題を振ってきた事だ。
さっきの歌についての話題が振られるのが余程嫌なのか、それとも早々に忘れて欲しいのか、恐ろしくハイペース。
その振ってきた話題も恐ろしく解らない物ばかりだったので、少し置いてきぼりな感じだったが。
いつもとはかなり違う柳野が見れて、これはこれで楽しいものだと思った。

「随分と楽しそうだな、柳野。」
「あ・・・柊先生。」
「うぃっす。」

気づけば予鈴、教師柊が教室へと入り第一声、柳野へと声を掛けて来た。
いつもの冷たげな表情の中に、どこか驚きが垣間見えるのは、多分気のせいではないだろう。

「珍しいな、成瀬が遅刻しないとは、明日は雨じゃなくて雪でも降りそうだ。」
「あ・・・そっちですか・・・。」
「他に驚く所があったか?」
「・・・いや、いいです。」
「なんだ、ハッキリせん奴だ。―まぁそれはそうと、柳野、今度の展示会の話だが。」
「あ、はい、作品のテーマは難しいですが・・・なんとか間に合わせて見せます。」
「そうか。―・・・いや、何度も書き直してるのを聞いて、こうして気に掛けてみただけの話だ、構成、画風にも若干の変化を感じられたしな。」
「・・・何でもお見通しなんですね、先生は・・・。」
「伊達に美術教師はしてないさ、そしてお前が仕切る部の顧問だ、ソレくらいなんて事は無い。―まぁ、どうやら取り越し苦労の様だったがな。」

美術部の会話と言うモノなのか、またも俺の解らない話題。
俺を全く置いてきぼりな会話のまま、柊先生は柳野の肩を叩き、教卓へ。

「―さて、出席取るぞ、皆席に戻れ。」

完璧すぎるタイミング、点呼を取る時間ジャストに、先生は大きく言った。
その声に一瞬で席へと戻っていく生徒達。
勿論柳野も例外ではなく、俺に一言言って、俺とは反対の位置、窓際の席へと戻っていった。

そんな時だった。

「先生!ギリセーフっすよね!?」
「残念、遅刻だ。」
「そんなぁ~!」

タイミング悪く現れた男が、一人。
やけに教室が静かだと感じたのは、どうにも気のせいでは無かったらしく、。
息を荒くして教室に現れたのは、昨日弥生先輩と歩いていた、調子に乗っている直助だ。
昨日の勝ち誇ったような顔は「全世界ウザい顔グランプリ」の栄光に見事輝きそうなくらいウザかった。
・・・なんだそのグランプリは、というツッコみは禁止である。

「無断欠席に遅刻とは、よほど手痛いお仕置きが必要か?」
「先生!コレには海の深海よりも深い事情がありましてですね・・・そう、山の大自然の様なその大らかな心で許していただきたく・・・。」
「成る程、しかしな土野。―私にはそんな海より深い事情などどうでも良く、私は山の様な大らかな心は持ってないんだよ。」
「・・・点呼するまでに席に座れば良いってばぁちゃんが言ってた・・・。」
「そうだとしても、お前の名前は一番最初に呼んだ、OK?」
「NOOOOOOOOO!!!」
「暑苦しい、早く席に座れ。」

軽く(?)叱られた後、俺の後ろの席に座る直助。
クスクスと笑う周りの生徒に、どこか悔しげな表情をする。
だが、その数秒後、何を考えたのか、またニヤニヤとした表情になる。
どうせ弥生先輩の事だろう。

「なぁなぁ成瀬。」
「何だよ、忙しい奴だな。」

かと思えば、ニヤニヤとした顔を戻し、思い出したように、直助は俺に対し質問を始めた。
本当に忙しい奴だ。

「成瀬、昨日は柳野と帰ってたんだろ?」
「あ?まぁ、そうだけど。」
「ふーん、お幸せにね?」
「・・・ちげえよ、そんな関係は。」
「ふーん、もう好きな子が居るんだ?」
「・・・なんでそうなる。」
「ふふん、でもまぁ、先にカップルになるのはこっちだけどねぇ~。」
「・・・・・・破滅してしまえばいいのに。」
「今なんか不吉な事言わなかった!?」
「別に?あーあ、直助を海に沈めてぇな。」
「そんな『ちょっとこうしたいなぁ』みたいな言い方でそんな物騒な願望言わないでくれる!?」
「暑苦しい離れろ。」

―それから昼食の4時間までに渡って、聞いても居ないのに、直助の惚気(?)話は続いた。

勿論、大半は聞いていない。

「彼女ね、高校1年から1年間イジメにあってたんだって、それがきっかけで喋らなくなった訳ではないんだけど、元から無口なのがさらに無口になって、今みたいにジェスチャーで物事を表現するようになっちゃったんだってさ。」
「・・・それで、イジメにあったから足怪我して病院に行ったのか?」
「そこら辺は、聞くとだんまりでさ、多分、柳野と何か絡んでるんじゃないかなって僕は思う。」
「・・・アイツが怪我させたとか?」
「・・・ちょっと今となっては想像がつかないね。」
「・・・だな。」
「あ、でも、柳野がそのイジメてた犯人を懲らしめた、とかは在り得るんじゃないかな?」
「・・・俺にはそれも想像付かんよ。」
「え?どうしてさ?見たろ成瀬、あの時僕を睨んだ柳野の目、あれは怖かった。」
「・・・ともかく、アイツがそういうことをするのはありえんよ。」
「・・・やけにかばうね、やっぱり本気で好きだったりする?」
「ねえよ。」

強いて気になったのは、この会話の部分だけだ。
柳野程の優秀な生徒が留年になったのなら、確かに暴力沙汰位は起さなければこうはならないかも知れない。
そして、弥生先輩への罪悪感。
それらを踏まえるなら、こいつの説も現実味を帯びてくるだろう。
だからと、柳野に聞く気にはならないが。
アイツはいい奴、俺にとってはソレで良かったから。

―この話以降、俺は顔を前に向け、教師の声をBGMにして居眠りを始めた。
その話に興味を無くした訳ではない。
ただ、直助の推測に、少し気分を悪くしたのだ。
何故腹を立てたのかは、自分でも解らない。

強いて言えば、柳野と俺をくっ付けたがる態度かもしれない。
俺は柳野の事を好きでないし、柳野も俺のことを好きな訳がない。
お互い男友達のような関係だと思っているだろう。

そもそも、これ以上気になる事が増えては困る。
陽菜の件だけで、俺は容量が一杯なのだから。

―そして昼食。

そんな影響のおかげか、俺は直助を置き去りにし、一人食堂への道を歩いていた。
後で聞いた話だが、その直助は、どうやら中抜けをしたらしく、いつの間にか居なくなっていたらしいのだが。
・・・我慢できなくなったのだろうか、弥生先輩に会えないのが。
まぁ、都合は良かったかもしれない。
外は、いつの間にか曇り空。
わざわざ俺の気分に合わせてくださってありがとさんよ、と言いたい程の曇り空。
・・・決して嬉しいわけではないが。

さらに憂鬱になりそうな、そんな独り言や愚痴を脳内で繰り返すうちに、食堂に辿り着いた。
我ながら寂しい学校生活だと思う。
昔は友達百人できるかな、と嬉しくなりながら学校に入ったもんだ。
・・・友達百人もいらねえな、今は。

さて、今日は何を食べようかなと、人ごみの中に紛れ込んで、メニュー看板を見ようと上から顔を覗かせる。

こういうときに身長(大)は役に立つ。
多少列があっても高くからメニューを見下せる。
つまりは、考える時間に余裕があると言う事。

「ん~・・・これもおいしそう・・・これもいいなぁ。」

なのだが、予想外な事に、目の前の女の子に遮られ、メニューは見えなかった。
と言うより、その女の子は、メニュー看板をわざわざ顔を近づけて見ている。
そのおかげか、俺だけでは無く、周りの連中も困り顔。
・・・近づけて見るほど珍しいのだろうか?

「・・・あのー。」
・・・いや、今俺が驚きたいのは、そんな事じゃない。
俺は、この声の主を知っている。
そんな馬鹿な、何かの間違いだ。
内心そんな事を思いつつ、試しに声を掛けてみると。

「・・・にっ?」
・・・あろう事か、どこかで聞いたような口調、そして音程がした。

・・・まさか。

・・・まさかなぁ。

「・・・陽菜?」
「・・・ににににっ?」

振り向いた女の子・・・それは、陽菜だった。
あろうことか、と言うレベルではなく、ありえない事だった。

・・・さて、今回はどうツッコむべきか。

まず第一にそれを考え始めた俺であった。


第二話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

第二話「鈍感?敏感?」

「・・・で、何で居るんですかね。」
「・・・お、お腹がすいたから?」
「・・・嘘付け。」
「にぅ。」
「誤魔化さない。」

―何だろうか、この状況は。
何故かうちの学校の制服姿で、うちの学校の食堂のテーブルに座り、堂々とうちの学校の三色パンを食べている陽菜。
いや、ここが自分の学校であることは解ってるのだが。
・・・コスプレ?・・・なんというマニアックなコスプレだこと。
余りに違和感が無いのだから驚きである。

「ほらほら、悠君悠君、三色!」
「見せなくてもわかるって。」
「にー、なんだか不機嫌・・・?」
「少しな。」

やはり顔に出ていたのか、「そうなんだー・・・」と陽菜は納得したような表情。
お前も原因の一つなんだが。

「・・・いやいやいやいや、だからなんでお前がここに居るんだ、と。」
「にー・・・理由が無きゃきちゃいけないの?」
「いや、そうじゃなくて・・・。」

―『・・・彼女はね、ここより遠くの、真逆の町に引っ越した後、その家の火事で亡くなったのよ・・・両親と一緒にね。』

アレから何度も脳裏を駆け回っていた言葉は、ここに来てまたもやってきた。
母親の言う真逆とはどの方向の真逆なのか。
どのくらい遠いのか。
いや、そんな事はどうでもいい。
陽菜が死んだと言うのなら、どうして陽菜はここに居る?
聞けば解るのか?

・・・否、聞きたくない、聞く勇気も無い、が正しいのかもしれないが。
ここでソレを口に出す事は、出来なかった。
陽菜が死んでいると言う自体が、ありえない。
そう思いたかったから。

「どうしたの?」
「・・・いや、何でもない、・・・いや、あるけど。」
「ににっ、どっちなのだー。」
「・・・その制服はどこで手に入れたんだ?」
「・・・似合う?」
「・・・似合う・・・。」
「本当っ!?」
「ああ・・・って違うってば。」
「に?」
「いや、まぁいいや・・・。」
「??」

当然、そんな俺の心境をコイツが解るはずも無く、解らない、と言わんばかりの顔で俺の顔を覗き込む陽菜。
そう、自分が死んだなんて話、コイツが知っている筈も無い。
今は忘れよう、俺は陽菜の頭をぽんぽんと叩き、苦笑いして見せた。

「・・・成瀬。」

そんな時だ、まるで謀ったかの様なタイミングで、横から柳野の声が聞こえたのは。
「に?」
「よ、よう柳野・・・ご機嫌麗しゅう・・・。」
「・・・ご、ごめん、取り込み中だった?」

手に弁当を持った柳野が、細い目で俺を見ていた。
隣には例のごとく巨大な弁当を持った空先輩。

「なんだー、彼女が居たんだ成瀬君?」
「いや・・・幼馴染です。」
「・・・初耳。」

と、柳野は視線を陽菜に移す。
陽菜はというと。これでもかと手を振ってアピールする。

「そのリボン・・・空と同じ色。」
「あ、ホントだ・・・ってあなた同学年!?」
「えっと、可愛いからこの色にしてみたのだっ。」
「・・・・・・のだ?」
「今時の奴とは思えんが、コイツの口癖だ。」
「な・・・なんて可愛い・・・あ、でも顔は子顔美人系・・・だけどこのギャップは・・・新ジャンル開拓!?」
「そ・・・空?」
「―可愛い子センサー反応!ジャーンプッ!!」
「にっ!?」

柳野が先輩の名前を言うより先に、先輩は陽菜に飛び込んでいった。
もしかして、空先輩って男より女の子が好き、とかだろうか・・・?
陽菜もまんざらではないのか、くすぐったそうな表情をしながら楽しそうに絡まれている。
・・・初対面とは思えない仲睦ましい光景だ。

「・・・空、その子食事中・・・。」
「気にしない気にしない、というかこの子を食べちゃうぞー!」
「わーわー。くーわーれーるーっ。」
「・・・楽しそうだなオイ。」

まるでクラスメイト同士がふざけあってるように、体中をくすぐりあって遊んでいる。
なんというか、絵になる。
服の中にまで手を入れてる空先輩は、明らかにセクハラだと思うが。

「ねぇねぇあなたどこのクラスの子?私見たこと無いからわかんなくてさー、遊びに行くから!今日から友達ね!」
「うん!・・・あ、でもクラスがどこかわからないや。」
「うう、この天然具合、ますます気に入った!名前はなんと言う!?」
「にー、陽菜って言いますっ。」
「ひなちゃん!いい名前っ!」
「~♪」
「・・・ひな・・・?」

陽菜が満面の笑みでそう言うと、柳野は何を思ったのか、驚くような表情を浮かべた。
「どうした?」
俺が小さく聞いてみると、柳野はすぐ表情を元に戻し「何でもない。」と、首を横に振った。
まぁ、アイツを見て驚かない方が無理がある。
理由は違えど、俺も今驚かされた所だ。

「弁当!おかず交換しよう!」
「うんっ!」

そうこう言ってるうちに、テーブルの正面では弁当の中身とパンを交換しあう仲にまで進展していた空先輩と陽菜。
ああ、そういえば昼食に来たんだったか。

「・・・私達も食べようか。」
「・・・だな。」

もはやツッコみ切れなくなった俺と柳野もまた、弁当箱を開け、食事を始めた。
食事中も会話が止む事は無く、周りの声が聞こえなくなるほど賑やかな昼食だった。
こんな楽しい昼食があったのかと思う程のそれに、気づけば、陽菜が何故此処に居るかの疑問など、どうでも良くなっていた。

・・・いや、本当は、最初から、そんな事は気にしていなかったのかもしれない。
来た事には、勿論驚いている。
何故此処に居るのかなど尚更。

だが、それ以上に。
陽菜が現れた事を、喜んでいる自分が居る事に、俺は途中から気づいていた。
理由は、解らない。
ただ、その感情だけが、そこには在ったんだ。

「―あー、食った食った・・・今日もおなか一杯~。」
「げぷー。」
「・・・空先輩はいいとして、太るぞ陽菜。」
「にー、女の子にそう言う事言わないっ!」
「そうだそうだ!」
「・・・そのドデカい弁当箱の中身いくらかを貰った上に、パン3つも食っといて、まだそのセリフが言えるのかお前・・・。」

そんな楽しい時間だからか、早く過ぎるモノで、気づけば5時限目の予鈴が鳴る数分前。
とは言え、会話だけでなく、彼女らは食事も満腹に楽しんだ様で。
彼女らの目前にある弁当箱は全て空になっており、米粒一つ残っていなかった。

「食べ過ぎたー」と苦しそうな表情の陽菜に、食ったばかりだというのに軽快に立ち上がり、陽菜の後ろに立ってはその頬をつんつんと指で突く空先輩。
あれで満腹で無いと言うのなら、この人は一体どれだけの食事で満たされるのだろうか。
そして馴染み過ぎである、この二人。

「・・・ご馳走様。―・・・ごめん、先に教室に戻ってる。」
「あ?ああ、わかった。」

その二人の楽しそうな姿とは反対に、どこか暗い表情で、柳野。
何やら急ぎの用でもあるのか、テキパキと片付けを済ませながらそう言って、走り去っていった。

「・・・トロいねぇ少年、あそこは追うところでしょーが?」
「そう言われましても・・・。」
「に?に?」

柳野の背中が見えなくなったところで、何故か怒られる俺。
陽菜同様、全く意味が解らないままの俺に、空先輩は溜息を漏らしていた。

「ひなには解らなくてもいいのよ~、さ、私達も教室に戻りましょうっかね。」
「あ、わたしも用事を思い出したから少し行って来るっ。」
「ああん、行かないで~。」
「陽菜!行くって、どこへだよ!?」
「少し~!」

それに続く様に、苦笑いしながら、こちらも走り去っていく陽菜。
まぁ、ここの学生では無いアイツが、いつまでも居れる訳は無いでろうとは思ったが。

・・・制服の入手ルートについては今度聞くとしよう。
まさか知らないうちにコスプレに目覚めたわけじゃあるまいな・・・。
何せ数年の間が空いているわけだし。

「はぁ・・・仕方ない、寂しく私も教室に戻りますか・・・。」
残念そうな顔で、ゆっくりと席を立ち、先輩はトボトボと歩き出す空先輩。
見て解るほどのテンションの低下。
よほど陽菜が気に入ったらしい。

「・・・ああ、成瀬君、柳野の事宜しくね?」
「・・・はい?」
「ばぁ~い~。」

そして、何やら意味深な言葉を残して、そのテンションのまま、ゆっくりと消えていった。

急に寂しくなったテーブル。
一体何を宜しくしろというのだろうか。
突然の発言に冷静にツッコみつつ、俺は一人片づけを済ませ、チャイムが鳴るまでボーッとすることにした。

間も無くして、予鈴が鳴る。
次の授業は、なんだったか。

―・・・その後、結局学校内で陽菜に会う事は無かった。
発言も考慮して、やはり、うちの学生では無いのだろう。

一体、何をしに着たのやら。
単に俺の顔でも見に着たのか、腹でも減っていたのか。
どちらにせよ、暇だったのだろう。

・・・暇だというのなら、アイツ、学校は?
考えれば考えるほど、余計な疑問が増えるばかりだった。

――放課後。

「・・・ねぇ、成瀬。」
「ん・・・。」

下校時、部活も無い言う柳野と俺は帰路を歩いていた。
最近こんなやり取りが多い気がするが、これはこれで悪くない。
少なからず、帰りがつまらなくは無くなるのだから。

「あの・・・ひなって子、漢字では何て書くの?」
「・・・太陽の陽に、小松菜の菜だな、どうしてそれを?」

そんな帰り道の事。
柳野が急に振ってきた話題は、意外なモノ。

「私の小さな頃の友達も・・・陽菜って名前だったから。」
「・・・お前も変な名前の知り合いが居るんだな。」
「うん、居た。」
「・・・居た?」
「もう何年も前の話、引越しちゃって、それっきり。」
「・・・!」

何年も前、引越し。
そのキーワードに、俺は無意識に目を見開かせていた。

「・・・その引越し先、知ってるか?」
「海が見える町・・・だったかな、名前は聞いてない。」
「・・・そうか。」
「やっぱり・・・あの子なのかな?」
「かもしれない、アイツもこの地区に居たし、引っ越したし。」
「・・・そっか・・・。」

道中どこか暗い顔をしてたのはそれが理由なのか、柳野は顔を小さく俯かせながら、陽菜の事を話し始めた。

「・・・私は、今より無口な子で、友達も居なかったんだけど、遊ぼう遊ぼうって、ずっと言ってくれて、それからは、なんだかんだで幼稚園じゃずっと一緒でね、だからかな、あの子がそうじゃないかなって思いたかったの。」
「・・・成る程な。」
「―いつだったかな、あの時は、急なお別れだったから、私、その時にやっと、彼女が居てくれたのがすごく嬉しい事だって気づいて・・・寂しくなって、当時はお母さんに泣きじゃくってたな・・・だからその・・・ちょっとソレを思い出しちゃって・・・あはは。」
「・・・。」
「思えば・・・沢山笑わせてもらったな・・・。」

幼稚園の頃の陽菜の印象は、俺の思っている陽菜そのもの。
多分、いや、間違いなく。
一人の柳野を放っておかないその子は、陽菜。
そう思った、瞬間だった。

「―悪い、柳野。」
「え?」
「・・・俺、少し用事を思い出したから、先に帰るな。」
「あ・・・うん、また明日。」
「おう、また今度、アイツを連れてくるよ!」

少し残念そうに手を挙げる柳野に、明るめの言葉を掛けた後、背を向けて、俺は走って家に向かった。
急にソレを切り出したのには、理由がある。

陽菜に聞かずとも、本当の事を知る方法。
一つ、思い浮かんだのだ。
むしろ、何故あの時思い浮かばなかったのだと思う。
俺以外にも、陽菜を知る人物は居るというのに。

柳野が陽菜を知っていてもおかしくは無い、かつては同じ町に住んでいたのだ。
そう思い立ったら、走らずに入られなかったのだ。

そんな思いもあってか、走っているというのに、今日は一段と、家への道が長く感じられた。

第二話 続く。
プロフィール

天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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