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月と太陽の出ぬ間に

第三話「迫り来る嵐。」

―翌日、朝の登校路は、昨日に引き続き大雨に見舞われていた。
本来なら傘を差しながら歩く生徒で溢れているこの通路も、今は雨音だけが鳴り響く。
それもそのはず、現在時刻は10時、とっくに登校時間など終わっているのだ。
悠斗は、遅刻など知った事か、と言わんばかりに、ゆっくりと登校路を歩いていた。

だが、遅刻したのは意図的では無い。
眠れぬまま夜を過ごした悠斗は、夜とも言えない時間にようやく短い睡眠を取った後、朝食も取らずに、現在に至っているのだ。
当然、寝不足に朝食も取らなかった体は、不調を訴えない筈も無く。
その足は思う様に進まず、その意識は遠く。

その脳内に残るのは、昨日の柳野の表情ばかり。

ああ、夢じゃないんだな。
鮮明に残る映像と声、昨日と同じ雨音に、悠斗はそう思う他無かった。

「・・・・・・はぁ。」

雨音に混じって、溜息が一つ聞こえた。

――時刻10時15分、2時間目終了時。

「おっはよー!成瀬!!」

軽快な声で教室に入った悠斗を迎えたのは、直太。
しばらく姿を見なかった気がする、と悠斗は思ったが、言わなかった。
無論、そんな事は気のせいで、自分がほとんど寝ていない事が、そういう意識を生んでるに違いないと感じたからだ。
何より、余計な言葉を挟んでコイツとの会話が長くなるのも勘弁。

「・・・おす。」

故に、悠斗は小さく、短く返した。

「なんだよー!元気ねえなぁ・・・女にでもフラれた?」
それが逆に気になったらしい、冗談交じりで直太は笑う。

「・・・うっさい。」
図星、という訳ではないが、直太の軽々しい言葉に不愉快を感じた悠斗は、今度は明らかに追い払う様に、尖った声を出した。

「ひ・・・ひどい!・・・せっかくおいしい情報持ってきてやったのに!」
「・・・悪い。」

泣いたフリをする直太だが、悠斗の謝罪の言葉に、違和感を感じた。
この場面なら悠斗はもっと手痛いツッコみをしてくるはず。
だと言うのに、いつものやり取りとは、明らかに違う。
直太は思わず聞いていた。

「・・・どうしたよ?」
「・・・何でもねえ。」

しかし、そんな直太の問いにも、素っ気無く答えた悠斗は、直太の隣を横切り、自分の席に座り、そのまま眠るように机に伏せて、動かなくなった。

「・・・おーい・・・成瀬ー・・・。」
呼びかけるも、悠斗は答えない。
首を傾げる直太、状況を知らないのだから、無理も無い。

それでも、悠斗は答え無い。
自身ですら、信じ切れていないから。
答えられないのは勿論、答える術も持っていなかった悠斗にとって、それは当然の対応だった。

何も見えない視界で、悠斗はただ何も考える事なく、伏せる。
否、何も考えられない、考えたくない、が正しいだろうか。
眠気と、困惑で、一種の混乱状態。

「・・・なぁ柳野、成瀬が何か悩んでるんだけど、何か知らない?」
「・・・え?」
「僕以外でコイツと良く話すったらお前っしょ、だからさ。」
「・・・。」

今すぐにでも眠れそう、そんな中、小さくも、鮮明に耳に入った声に、悠斗の意識は一瞬覚めた。
聞き間違える筈も無い、ソレは柳野の声。
確かに、友人の悩みについて友人に聞くのは当然かもしれないが。

知らない事とは言え、こんな時にでもとことん空気を読まない奴だ。
悠斗は内心呆れてしまった。

「・・・ごめん、私は何も・・・。」
「そかー・・・悪いな急に。」
「う・・・ううん、気にしないで。」

当然、柳野がそれに答えられるはずも無く。

「・・・おーい成瀬ー・・・。」

手段を失ったからか、戻ってきた直太は、また悠斗の近くの椅子に座り込み、再び呼びかけた。

「・・・なんだよ。」
「元気の無い成瀬君に吉報だよ!この時期になんと転校生だってさ!・・・今日来るはずなんだけどまだ着てないんだけどさ!柊先生曰く綺麗な子なんだってさ!楽しみだろ~!?」
「・・・あっそ。」
「反応うっす・・・ホント何があったんだよ・・・。」
「・・・聞きたきゃ弥生先輩にでも聞いてくれ。」
「・・・本気で元気ねえなぁ・・・。」
「・・・悪かったな。」
「・・・そう謝られると何も言えないんだよねぇ・・・まぁいいけどさ。」

その会話を最後に、直太との会話は無くなった。
無論、悠斗は直太が自分を元気ずけようとしてくれていたのも解っていたが、それを受け入れる余裕が、悠斗には無かった。
直太もそれを察したのか、そっと自分の席に戻り、間も無く、不気味な程の静けさが訪れた。

悠斗は一瞬、顔を上げ、視線を柳野に移した。
気になっていないと言えば、嘘になる。

普段と変わらない、と言うほどまだ長い付き合いをしているワケではない俺と柳野だが。
この時俺の目に映った柳野の横顔は、とてもやつれて見えた。

いくつか交わす言葉を考えていたはずの悠斗も、その姿を見た途端、それら全てを取り止めた。
このまま何も喋らずに居よう、それがきっと、傷つけずに済む方法。
そう考え、再び机に伏せた。

それと同時に、浮かぶ疑問。
このまま、ずっと喋らないままだとして。
時間が経てば、きっと関係も元に戻る。
俺が望んだ『そのままの関係』に。

―本当に、そうか?
そして、それでいいのか?

思考を遮るように、予鈴が鳴り響いた。

――

・・・時計の音が聞こえてきそうなほど、周りが静かに感じる。
眠いからだろうか、それとも既に眠っているのだろうか、意識が朦朧として、何も聞こえない。

ただ、呼吸も出来なくなりそうな、あの胸の痛みだけが、確かにあって。
何も考えまい、と思う自分と、この何かを考えなければならない自分が、そこには居て。

―・・・陽菜。
気づけば、心の中で、悠斗はその名前を呼んでいた。
混濁した思考と意識の中、助けを求めるように。

いつだって変わらなかった、あの笑顔を。

そう、あの時俺は―。

―バンッ!

「・・・痛ってえ!!?」
「ようやくお目覚めか?成瀬悠斗君。」

夢ではありえない激痛に、悠斗はその意識を取り戻した。
目の前には、恐ろしいほどにこやかな表情をした教師、柊巴。
手には出席表、そしてこの顔。
この時点で、叩き起こされた事を理解するのは容易であり。

教師柊が見るからにお怒りである事も、また。

「・・・・・・おはようッス。」
「ああおはよう、今何時だと思う?」
「・・・10時30分?」
「惜しいな、12時30分だ、この授業も後15分で終わりだよこの大馬鹿者。」
「・・・俺、寝てました?」
「それはアレか?授業の時間を潰してまでお前を起そうと努力した私に対しての挑戦と受けていいのか?」
「・・・スイマセン、寝てました。」

周りの笑い声に眠気も覚めた悠斗は、深い溜息と共に、頭を下げた。
いつもなら教師を一蹴して終わるのだが、相手が相手だけに、敵わない。
しかし、代わりに悠斗はある疑問を口にする事にした。

「あの、先生。」
「何だネボスケ。」
「・・・今日の4時限目って美術でしたっけ?」
「いんや、英語だ。」
「・・・どうして先生が?」
「ああ、英語の先生がどうやらご用事みたいでな、今日は私が担当してるんだ、・・・ま、ただの映画の鑑賞会になってしまってるが、英語の映画だからいいよな。」

柊がそう指を指す先には、巨大な台に巨大なテレビ、画面に映るのは変な格好で杖を掲げ、変な言葉を呟く少年の姿。
帽子から魔法使いなのだろう、と判断は出来たが、それ以外は何をやっているのか、悠斗にはさっぱりであった。
勿論、セリフも全部英語なので、英語の苦手な悠斗には聞き取れず、そして興味も無い。
すぐにテレビから目を離し、深い溜息を付いた。

「・・・また眠り付きそうだから、お前にいい目覚めをやろう。」

そんな様子を見兼ねた柊が悠斗の目の前に差し出したのは、ブラックガム。
包み紙には「辛さ20倍」と大きく真っ赤な字で書かれている。
明らかに嫌がらせにしか見えないのは、この人の人格からだろうか。
『教師が生徒をモノで釣るのはいいのか?』と内心思いつつ、断るに断れない悠斗は、恐る恐るもガムを受け取り、口に運ぶ。

瞬間、辛い、という感覚だけが口の中に広がる。
うまいか不味いかで言うならば、恐ろしく不味い。

「・・・私のお気に入りでな、どうだ?」
「・・・凄く・・・辛いです・・・。」
「目、覚めたろ?」
「・・・はい。」
「其れは何より。」

また悠斗の頭を一叩きすると、「しっかりしろよ」と言い残して、先生は教卓に戻り、つまらなさそうに映画を見始めた。

起すまではいいとして、寝かさない手段に激辛のガムを寄越す辺り、やはりこの人は教師っぽくない。
だが、今の悠斗には、この辛さが少し、ありがたかった。

そんなやり取りと心境もあってか、残り時間15分、悠斗はずっと映画を見ていた。

とはいえ、途中から見ても内容などはまるで解るわけも無く、感動の場面らしき場面を見ても、当然何も感じる事は無く、つまらないの感想に尽きるモノだった。
強いて言うならば、頑張った主人公らしき魔法使い、くらいだろう。
最初から最後まで見たとしても、英語の解らない悠斗にとっては、恐らく同じ結果だっただろう。

しかしながら、時間だけはしっかり経過しており、時刻も授業終了前。
スタッフロールが流れてる途中、悠斗と同じ心境なのか、つまらなさそうな顔で早々と電源を切る柊。

「さて、今日の授業はここまで、勉強になったかどうかは知らんがまぁ、続編を見たい奴は先生に頼め、以上だ。」
そして、明らかに適当にやり過ごしたと言わんばかりの台詞を吐き、起立をさせ、授業を閉めようとした。

まさに、その時。

―コンコン。

どこからか聞こえたノック音。

「ん・・・ちょっとそのまま待て。」
明らかにソレに反応した柊は、そう言って、立ち上がった生徒達を放置して廊下へ。
授業終了寸前に何事かと、ザワつく教室。

直太の言っていた転校生だろうか?
だとしたら、なんてレアな奴。
転入早々遅刻なんて、俺より柄の悪い生徒じゃあるまいか。
一瞬、脳裏に感じの悪い人物像を受かべるも、興味は一瞬。
立っているのも気だるい悠斗は、考えるのを止め、席に座りなおしてしまった。

そう、今の俺には誰が来ようと興味も関心もある筈が無い。

―だが、その数秒後、悠斗はその眠たげな目を全開にする人物を目の当たりにする事になる。

「おーい、紹介する、転入生の高橋さんだ、皆仲良くやるようにな。」

「え・・・えっと!・・・高橋陽菜(たかはしひな)と言います!・・・よ・・・よろしくなのだ・・・」

ペコリとお辞儀をし恥ずかしそうに自己紹介する姿に、なのだ口調。

栗色の髪に、猫の様な丸さを、子犬の様な潤いを持った瞳。
服は違えど、その声、その顔を見聞き違える筈が無い。
それは間違いなく、悠斗が知っていて、つい先ほど強く望んだ、陽菜の姿。

歓迎の拍手が鳴り響く中、激辛ガムなど軽々と上回る強力な衝撃が、悠斗の全身に走った。

第三話、続く。
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月と太陽の出ぬ間に

第三話「嵐の後には。」

「・・・・・・。」

悠斗はただ呆然と、その姿を見ていた。
信じられない、より先に、何故?という疑問を内に秘めたまま。
確かに学校に通っていない、というのは知っていたが、この学校へ、ましてやこのクラスへ来るなど、まだ夢の中にでも居るのではないのだろうか。
悠斗がそう思うのも無理は無く。
陽菜を「3年生」だと思っていた柳野も、その表情は驚きを隠せていなかった。

「・・・で、まぁ今後この子はうちのクラスなのだが、事情あって休む事が多い、色々解らない事も多いだろうから、皆仲良くやるように、いいな?・・・それじゃ、もう時間も終わりだし、ちょうどいいから昼食の時間で色々話すといい。」

そんな二人の心情など知る筈も無く、柊は陽菜の肩を軽く叩き、去っていった。
その直後、待ってましたと言わんばかりに陽菜へと押し寄せる、クラスメイト達。
可愛い転入生、そう考えればこの人の集まりも納得行くといえば納得行くだろうか。
それでいて中身が小動物なのだから、女子は大喜び。
「あわわ」とびっくりした表情を見せた陽菜は、予想通りの無抵抗で、そのまま人の波に飲み込まれた。

「ねぇねぇ、高橋さん今何歳?本当に私たちと同年代!?」
「そ・・・そうですともっ!」
「あは、そんな敬語じゃなくていいんだからさー、っにしてもちっちゃいなぁ、ホントに17歳?」
「にー・・・ホントだってば!」

身長を主張するようにバタバタとジャンプする陽菜。
しかしながら、それは逆効果でしか無く。
女子たちのテンションを上げる原因でしかなかった。

「にー・・・ってかわいいなぁもう!それは口癖?」
「に?・・・うんっ。」
「うちらが言ったらこうかわいくはならないよねぇ~。」
「ほんとー、なんでこんな可愛い声してるんだこのコは~!」
「わわわ・・・おさ・・・押さないで~っ!」

犬や猫でも目の当たりにしたかの様な大人気、男子など入る隙間も無いほどの女子が、陽菜を囲んで騒ぐ。
入れない男子も男子で、必死に背を伸ばたり、空いた隙間に入ろうとしたり、何とかその姿を見ようとする。

「ねぇねぇ!陽菜ちゃんってカレシ居るの!?」

直助もその一人であり、楽しみにしていただけにそのテンションは女子に負けず劣らず。
女子の間を躊躇う事無く入る事が出来るのなど彼一人だろう。
そして、初対面からそんな失礼な質問を出来るのも。

「・・・かれし?」
「そうそう!あ、でもそんな可愛い顔だからひょっとしている?居なければ是非僕と!」
「にー・・・。」
「ほら、アンタみたいなのが質問するから困ってるじゃないの!」
「そーよそーよ!このエロ猿!」
「出てけ!」
「ちょ・・・まだ返事が・・・ぁあああ!?」

しかしながら、女子複数対一人で敵う筈など無く。
散々酷いセリフを吐き捨てられた後、投げ出される様に、直太は追い出された。
相変わらず扱いが酷い、不良の威厳などまるで無かった。

「でも気になるよねー!こんなに可愛いんだから、男も沢山よってきそー!」
「どうなの陽菜ちゃん!?」
「にはは・・・え~と・・・っ。」

残された直太の話題に食いつく辺りは、やはり女子好みの話題か。
直太並の追求に、さすがの陽菜も照れながら視線を外すしか無く。
その時だった。

「・・・あれ?」
「どうしたの?」

女子の呼びかけにも答えず、その外した視線を一歩手前に戻す陽菜。
そして、女子と女子の隙間から、その存在を凝視し。
瞬間、陽菜は女子たちの壁を抜け、ダッシュ。
向かった先は。

「悠くんだ!」
「・・・よう。」

そう、悠斗の机。
一瞬視線が合った時点で、悠斗もソレは予想出来ていて。
だからだろう、素っ気無い返事が口から出ていた。

「・・・何か元気ない?」
「・・・まぁな。」
「にー・・・。」
「安心しろよ、お前が転入してきた事とは関係ねぇからさ。」
「むぅ・・・そう言う事を言ってるんじゃないっ。」

周りの驚くような声など関係無し、陽菜は「元気だすんだっ」と悠斗の机に垂れ込んだ手を握り、ブンブンと振る。
らしいと言えばらしいが、そんな励ましなどされて元気になればなんて苦労は無い。
悠斗はただ揺られるだけだった。

「成瀬君・・・こんな可愛い知り合いが居たんだ・・・。」
「もしかして・・・彼女とかじゃないよね?」

そんな二人のやり取りに、驚きの様子を隠せないクラスメイト一同。
こんな不良とこんな子犬みたいな奴が幼馴染などとは誰も思うはずもないのだろう。

「・・・幼馴染だよ。」
「「幼馴染ー!?」」

まるで驚愕の真実でも知ったかのような声が、いくつも聞こえてきた。
ああ、確かに俺が同じ立場だったのなら、そうも思うかもしれない。

それでも、声を上げて驚愕したいのはこっちの方。
ついていけない、溜息を一つ付いた後、悠斗は席から立ち上がった。

「あ、ご飯いくの?悠くん!私もいくー!」
「・・・悪い、今日は一人で食べたくてな。」
「えー・・・?」
「それにほら、女子と色々話すといいぞ、ここの案内をしてもらっても良いしな。―・・・んじゃ。」
「あ・・・。」

悠斗は握られた手をゆっくりと退け、教室を後にした。
来て欲しいと思っていながら、何故こうも拒絶しているのだろう。
そんな自身の矛盾する行為を、悔やみながら。

「・・・悠君。」

陽菜の目に映るその後姿は、どこか泣いている様にさえ見えた。

――

「・・・はぁ。」

食堂へ向かったはずの悠斗は、屋上に居た。
よくよく考えれば、腹もそれほど空いていない。
そもそも、あんな日の後、食欲が沸く筈も無かったのだ。

悠斗は曇り空を見ながら、一人。
考えては溜息を吐き、吐いてはまた考えて。

当然、それで解決する問題や疑問ではなく。
言わば、回っているだけなんだ
陽菜と飯を食っていた方が、少しこの気も紛れたのではなかろうか。
いや、今戻っては、他の女子達と混じって食事などという、気まずい空気を味わうハメになる。
そんなのは勘弁だ。

・・・もう一眠りするか。
悠斗は仰向けに倒れ、目を瞑る。
しかし―。

「―こんなところに居たっ!」

・・・今日はどうにも眠れない日らしい。
声だけで、悠斗はもうそれが誰だか解っていた。

「・・・陽菜。」
どこか弱々しい声で、悠斗は小さく呼んだ。
「うん、ここに居るよ。」
優しい声で、彼女は答えた。

「知ってるよ、お前の声は独特だからな。」
「にははー・・・悠君、大丈夫?」
「・・・多分?」
「悠君らしいねぇ・・・。」

曇り空しか無い景色から顔を起すと、予想通りの人物がそこには居た。
苦笑いをしながら、俺の隣に座り込むのは、陽菜。

女子たちとの会話を抜けてきたのだろうか。
多分、そうなんだろうな。
これまたらしいと言えばらしい、彼女の行動。

「・・・いつも悠君はそうなんだ、自分が大丈夫じゃない時でも、大丈夫だって言うの。―子供の頃と変わらない。」
「・・・そうか?」
「そうだよっ!」

珍しく怒るような顔をして、陽菜は顔を近づけて、怒鳴る様に言った。
瞬間、心臓の音が早まったのを感じ、まさかと思う。
それが、緊張である事を理解するには、そう時間はかからなかった。

「私・・・悠君の友達だよね・・・?」
「・・・そうだよ。」
「だったら!時々は大丈夫じゃないって言ってもいいんだよ・・・?」
「・・・言えば解決するってワケじゃ、ねぇだろ?」
「うん・・・でも、悠君が凄く元気なく見えて・・・何かしなくちゃって・・・おもってね・・・だからね・・・。」
「う・・・。」

うっすらと涙を浮かべながら、それでも懸命に、陽菜は語る。
自分が悪いわけではないと解ってはいるのだが、この時、悠斗は何故か罪悪感に駆られていた。
理由はどうあれ、楽しい時間を抜けてまで俺を探しに来て、泣きまでもするコイツ。
ここまでされて、まだ嫌な顔が出来るモノか、と。

「悪かった・・・悪かったから泣き止め。」
「・・・にー・・・もう大丈夫なの?」
「ん、とりあえずはな。」
「そっかー。」
「・・・わざわざありがとさん。」
「・・・うん!」

自然と、悠斗は苦笑いで陽菜の頭を撫でていた。
猫のように、目を瞑ってそれに応える陽菜。
「相変わらず、泣き虫だな」と悠斗は言おうと思ったが、辞めた。
自分のための涙に、文句をつける理由は無いからだ。

何より、こいつは確かに、俺を助けてくれた。
いつの間にか落ち着いた意識に、悠斗は素直に感謝した。

「・・・なぁ、陽菜。」
そんな心境からだろうか。
「にに?」
「今週さ、二人でどっか行かないか?」
気づけば、俺はとんでもない発言をしていた。
「へ・・・ホント!?」
目をキラキラさせて、確認をする陽菜。

「あ・・・ああ、お前の行きたいとこどこでもいいぞ。」
「ホントにホント!?」
「や・・・やけに嬉しそうだな。」
「うん!」

満面の笑みで嬉しそうに、飛び跳ねながら陽菜は喜んだ。
あまりに喜ぶ様子に、つい嬉しくなったからか、釣られて笑う。
迷いや悩みなんて、全て吹き飛んでしまいそうなほどのそれに、陽菜の笑顔が強力である事を、悠斗は改めて認識した。

そう、この笑顔を、俺は待っていて。
あの時、頭に浮かべたのも。

「あ!悠君!大変大変!」
「ど・・・どうした!?」

そんな、和やかな空気が流れつつあった所から一転、突然に腕時計を目に慌てる陽菜。
余りの慌て様に、悠斗も慌てて何事か問う。

「もうご飯食べる時間があんまりないっ!」
「あー・・・。」

何故そんなに偉そうなのか、腕時計を天高く掲げて、そう言い放つ陽菜。
確かに、良く見ればお昼休みも残り半分以下。
大した時間居たつもりは無いというのに、よほど憂鬱だったらしい。
もはや聞くまでも無く、こいつもまだ食べていないのだろう。

「・・・まぁ、少し遅れたって大丈夫だろ?ゆっくり食おうぜ。」
「なんでそんな落ち着いてるの!・・・私また遅刻なんて嫌だよー・・・?」
「あーあー・・・解ったから、泣くなって。」
「うー・・・早食い競争っ!」
「・・・早食いは太るらしいぞ。」
「ええっ・・・!?」

泣いたり笑ったり慌てたりと、本当に忙しい奴。
などと思いつつも、心がある程度の落ち着きを取り戻した所為か、腹を減らしていた悠斗は、遅れての昼食を頂く事にした。
時間が時間だけに、急ぐ必要はあるやもしれない。
二人はいそいそと弁当箱を開けた。

「・・・からあげ・・・。」
「・・・やらねぇぞ。」
「・・・にー・・・。」
「・・・交換ー・・・。」
「自分のがあるだろうに・・・。」
「だってー・・・おいしそうに食べるんだもん・・・。」
「美味しいよ。」
「・・・よこせーっ!」
「いや・・・だからお前はお前のを食えばいいだろ、なんなら貰うぞ?」
「交換っ!」
「この我が家秘伝のから揚げは譲れんな。」
「にぅ・・・。」
「そんな顔しても駄目なものは駄目。」

―そんなやり取りが若干ありつつ、急ぎながら、和みながら、過ぎていく昼食。
何とか予鈴が鳴ったところで、教室へ戻れた。
不良仲間扱いはされずに済みそうだ。

・・・その道中、変な視線を感じたのは、恐らく気のせいだろう、そう信じたい。
こいつがここまで食い物に執着があろうなどと。

新たな一面に驚きを隠せない悠斗であった。

――

「・・・騒がしい奴も居ないと、か。」

時は過ぎて、放課後。
部活動も無い悠斗は、登校時よりも遅い歩みで、帰路を歩いていた。
美術部を覗こうとも計画していたが、それはもう既に諦めていて。
陽菜は部活動に入るらしく、部活動を見て回ると言って、保護者の如く俺を心配しながらも、他の女子に付いて行った。
要するに、一人の帰り道。

いつもの寂しい帰路がまた始まる、か。
とはいえ、別にこの静けさが嫌いなわけではない。

ただ、今だけは、楽しい空気のまま、この一日を終えたかったから。
ワガママな物言いだと、我ながら思う。
それでも、心の整理と言うものをするには、ソレが必要だと思ったのだ。

「成瀬君!」

そんな憂鬱に戻りつつあった帰り道の道中、ふと、声が聞こえた。
男らしくも、女性だとわかる、弾むような声。
その声に聞き覚えのある悠斗は、恐る恐る、振り向いて呼び返した。

「空・・・先輩。」
「少し、いいかな?」

いつもは見ることの無い苦笑いで、悠斗に微笑みかけたのは、神崎空。
待っていたのだろう、その表情は、何かを聞きたげで。

この時点で、悠斗は何となく、彼女の用件を理解し、驚く様子も無く、それに応えていた。
ワガママが簡単に通るものか、そう思いながら。

第三話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

第三話「晴れた空、曇る夕」

「―で、さっきから黙り込んでるけど、どうしてそんな気まずそうなの?」
「そんな事は・・・。」
「・・・ふむ、食べる?ヤキソバパン。」
「・・・遠慮しときます。」

それは何も言えなくなるだろう。
悠斗は内心そんな事を思いつつ、ベンチに座り、いつもの食べっぷりでヤキソバパンを口に運ぶ様を見ていた。
何せ、声を掛けられ、公園で話をしたいと言われ付いてきた途端にこの状況を、かれこれ10分。

一体どれだけのパンがそのバックに詰め込まれているのか。
そして夕飯前とも言えるこの時間になんて量を食べるのか。
いや、そんな事よりも。

さっきの表情が意味するモノは、俺が思っているモノとは違うのか。

「空先輩、その―。」

この微妙な空気にも耐えかね始めていた悠斗は、その重い口を開き、溜めていた疑問を吐かんとした。
だが。

「―言いたいことは良く解ってる、成瀬君も何故呼ばれたか、良く解ってる、OK?」
会話の主権など無い、と言わんばかりに、悠斗の言葉を遮り、その表情を真剣なモノにする空。
「・・・。」
「・・・別に風華の告白を断ったのを怒ったり恨んだりしてるわけでもない、それもOK?」
「!・・・はい。」

だが、その発言は、悠斗の言いたかった事全てを含んでおり、悠斗は反論もせず、首を縦にするだけだった。
否、そうすることしか出来なかった。

口ではそう言っているが、空の表情はどこか怒っているようにすら、悠斗には感じられたからだ。
遠まわしに「気にするな」と言われているのは事実なのだが、告白されたのが昨日今日の話、気にするなというほうが無茶なもので、悠斗はその言葉一つ一つにトゲを感じてならない。

柳野の親友である空にそれを言われては、尚更の話。
しかし、空は容赦なく続けた。

「・・・まぁ私が聞きたいのは、どうして断ったのかなーってさ、あの子もうあれでも結構モテる方だからさ、主に女の子からにだけど。」
「そうでしょうね・・・俺もああいう性格嫌いじゃないですし。」
「―でも、断った。」
「・・・すいません。」
「何で謝るかなぁ、別に尋問しようってわけじゃないんだしさ?」
「この状況で言われてもそう聞こえませんって・・・。」
「ま、それもそうか。」

あははー、と笑いながら、今度はメロンパンを手にとって食べ始めた。
緊張感があるのか無いのか、疑問にさえ感じる、表情と行動の差。
それでも、その言葉一つ一つに軽さは無く、確信ばかりを突いてくるそれは、尋問以外に他ならず。

「俺・・・好きな人が居るんです。」
「・・・ほぉ。」

気づけば、悠斗はその理由を口にしていた。

「でも、まだハッキリと好きと言えないというか、何かが引っかかっていて、そんな俺だから、柳野の気持ちに答えられるわけも無く・・・そもそも友人のつもりだったから。」
「ふむふむ・・・要するに、風華は遅すぎたって事か。」
「・・・。」

対して、納得がいったのか、深く頷いた後、既に残り一切れのメロンパンを口に運ぶ空。
ただ本当にソレが聞きたかっただけなのか、その表情はいつもの彼女に戻っていた。

「・・・空先輩も、知ってたんですよね?その、一年前から。」
「いんやー、前にも言ったと思うけど、あんま相談なんてしなさそうでしょ、あの子。」
「・・・ああ・・・。」
「・・・一年前くらい、確か・・・学校での体力テストの時だったかな、君が風華の落とし物を拾って、届けてあげたんだってさ、私も実は言われた後で思い出してね、『運命』って言葉を信じたくなったよ。」
「・・・体力テスト・・・。」
「ね、覚えてないでしょ?・・・忘れ物を知らない人に届けたってだけの話だもん、誰もが忘れてもおかしくない事じゃない?・・・でも、あの子は覚えてた、そこから、君を好きになった。―・・・そんなことが始まりで好きになる辺り、風華も大分単純だなぁって、聞いたときは笑ったけどね。」
「・・・・・・。」
「ホント、恋愛ってのはどこから訪れるか解らないんだね・・・君もそうなのかな?」
「・・・かも、しれませんね。」

叶わない恋をした親友への哀れみか、それとも、恋をすることで離れていく親友への寂しさからか、空の表情は複雑なものだった。
勿論、悠斗がそれを知る事は無いが、運命、と言う言葉にだけは、深く共感出来ていた。

そう、忘れてしまうほど些細な所から、俺たちの関係も始まっていて。
まるで、自分と陽菜の事を言っている様な気がした。

「ま、私も恋愛してた身だから、解らなくはないんだけどね、あの子が恋をするなんて思っても無かったからさ、ちょっと安心したんだ、だから一言礼を言いたくてね。」
「そんな・・・俺は・・・。」
「―振った事をあの子は恨んじゃいないし、傷ついてない、・・・って言えば嘘になるけど、それで君が気まずい空気作ったら、あの子はもっと傷つくよ、だから、今までどおりに接してあげてほしいんだ、お願いね。・・・まぁしばらく時間はかかるだろうけどさ。」
「・・・・・・。」

遠くを見るその横顔に、蘇りそうになる罪悪感。
後から来る胸の痛みを感じながらも、悠斗の返答ははっきりしていた。

「・・・努力、してみます、俺も柳野にそう言ったし、嘘は付きたくないし。」

そう、NOと言う選択肢は無い。
それは、俺が柳野に言った言葉と、全く同じだったから。
俺が背負わない理由は、無い。

「ん、よろしい、ま、しばらく食事会はご遠慮って事でよろしいのかな。」
「そう、ですね・・・少しの間、距離は空けるかもしれないっス。」
「そっか。―ありがと。」

悠斗の答えに、空はそう礼を言って、安堵の笑みを浮かべた。
彼女の事を誰より知っていた空だからこそ、心配しないはずは、無かったから。
悠斗は複雑な心境になりつつも、一礼を返していた。

「・・・ああ、最後に一ついいかな?」
「何でしょ?」
「君の好きな子って、もしかしてこの前うち等の食事会に来たあの子でしょ?」
「ぶふぇっ!!?」

そんなシリアスからの、突然、かつ悠斗の核心を突いた質問は、余りにも不意打ちで。
悠斗は驚きの余り噴出していた。
その時点で、図星と言っている様なモノ、絵に書いた解りやすさに、空は大爆笑していた。

「あっはっはっ!!解・・・解りやすっ・・・ぎゃっはっはっ・・・!」
「・・・・・・。」

墓穴を掘った、と言う他に何がある。
悠斗は顔を真っ赤にして黙り込むしかなかった。
柳野にならまだしも、話の種にされかねない直助やこの人にだけは知られたくなかったというのに。
『10秒前の自分』が目の前に居たなら殴りたい。
向け様の無い怒りが悠斗の中に沸いた。

そんな気など知るわけなく、笑いが止まらない様子で、悠斗の肩をパンパン、と何度も叩く空。

「まぁまぁ!人には言わないからさ!・・・あ、でもつい口がすべるかも!あっはっは!」
「・・・やめてください、マジで・・・。」
「あっはっはっ・・・冗談冗談・・・ごめんごめん、君って鈍感なうえに直球キャラなんだねぇ・・・意外や意外・・・ホントに不良なの?」
「それなりに悪いことしてるんですけどね・・・遅刻居眠りは当然中抜けとか。」
「ふーん。―ま、風華が好きになるくらいだから、それなりに筋は通ってるんだよ、そこは喜んでいい事だよ、あの子、結構男子が苦手だからね。」
「・・・一応喜んでおきます。」
「そうそう、人間素直が一番さね。―あー・・・笑いすぎて喉乾いた。」

軽く咳き込むほど笑った後、空はバックからペットボトルのお茶を取り出して酒を一気するような勢いで飲んだ。
あの笑い方といい、この飲みっぷりといい、まさにオッサンだ。
益々口が滑らないかが心配になる悠斗だった。

「ぷっはー・・・さて、話も済んだし、そろそろお仕事行って来るかな、雨も降りそうだし。お互い帰るとしよう。」
「・・・先輩、バイトしてたんですか。」
「割と今は暇してるからねぇ、最近飽きてきたけど。―と、遅刻すると店長うっさいしいくわ、また学校でね!」

そう言って、空は菓子パンを一個置いて去っていった。
置いていった、のだから俺にくれるという事なのだろう。
お礼のつもりなのか、励ましのつもりなのか。
多分、どっちもなのだろう。

そんな残されたパンと、彼女の背中に、悠斗はある事を思う。
親友を振った人間を励ましに来るあの人も、十分面白い人で、筋の通ったお人よしじゃないか、と。

両手を合わせて、悠斗はその場でパンをほおばった。
今の気分に丁度いい、ジャム入りのパン。
明らかに意図的なチョイスだ、悠斗は一人笑ってしまった。

「好きな人・・・か。」

そんな言葉を、改めて口にさせたのも、きっとこの甘酸っぱさの所為。

――

「ただいまーっと。」

妹は部活、誰も居ない家に帰り、解っていながらも悠斗はただいまと言っていた。
出迎えてはくれないが、二匹のネコが居る、ただいまと言っても問題は無いに違いない。

「兄さん!!!」
「うぉおお!!・・・どうした?部活は?」

そう思った直後の事だった。
トトトト、と急ぎ足で玄関まで走ってきたのは、部活のはずの七海。
叫び方といい、その顔といい、明らかな慌て様は、猫が居なくなった時を想起させる。
悠斗は落ち着かせる様な声で聞いた。

「どうしたんだよ、そんな顔して・・・?」
「違うの・・・その・・・。」
「―・・・悠、こっちに来なさい。」
「!!・・・。」

機械のような冷たい声が、少し離れたところから聞こえた。
見たくも無い、そう思いながら、悠斗は視線を移す。
正面を向いた悠斗の目に飛び込んだのは、黒い和服で胡坐をかいて、子猫二匹を乗せる、父親の姿だった。
この時点で、悠斗は何があったのか、これから何をするのか、その全てを把握し。

「・・・クソ親父・・・。」

無意識にそう呟いていた。

第三話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

第三話「 | 」

「悠、答えないか。―どうして、私に何も言わず子猫を飼ったんだ?」
「・・・・・・。」

久しぶりに3人こたつに並んだ家族、だというのに、その空気は重たく、冷たいものだった。
悠斗は父、典幸を前に、口を塞ぎ込んでいた。

『話す事何て何一つ無い』そう言わんばかりに父親を睨み付ける悠斗。
対して、悠斗が答えるのをただ待つ父。
かれこれ10分、場の空気は重くなるばかり。

七海には、ソレが予想通りの光景で。
何とかしなければと、その口は無意識に動いていた。

「お父さん、悪いのは兄さんだけじゃない、私も同意したの・・・お父さん、普段から忙しいし、猫は自由奔放だから、嫌がるかと思って・・・だから。」
「・・・私はそんなに普段、七海に冷たくしていたかな?」
「ううん、そんな事・・・。」
「そうか。」
「・・・そうだよね、ちゃんと話せば良かったんだよね。」
「・・・私が猫を嫌いだって、言ったことは無かったと思うんだけどね。」
「・・・うん・・・解ってます、お父さんは・・・動物好きですものね。」

典幸は七海と目を合わせた後、優しく頭を撫でた。
相変わらずのその手は、大きくて、撫でる動作はぎこちなくて。
でも、優しくて。
七海は、一言謝った後、典幸の手を握っていた。

「・・・そうだとしても、アンタなら、捨てそうだって思ったんだよ、俺は。」
「!・・・兄さん・・・。」

そんな七海とは反対に、ようやく喋りだしたかと思えば、否定的な意見を口にする、悠斗。

「そもそも、どうして普段から居ない人間の許可が必要なんだよ?」
「・・・悠。」
「普段から、炊事選択を全部七海と俺に任せてるアンタに、許可を取る必要なんか無い、説教なんて真っ平ゴメンだ。」
「兄さん!」
「・・・七海、いいんだ。」

七海の制止も虚しく、悠斗は噛み付いた。
強い姿勢を取る悠斗に、変わらず冷静な典幸。
まるで、敵対でもしてるかの様。
否、兄からすれば天敵の様なモノなのかもしれない。
だが七海には、この討論の勝敗が見えていた。

「悠、逆に聞くが、もし私がこの子らについて何も知らないまま、好き勝手に歩いてるこの子達を見たらどう思う?。」
「・・・・・・!。」
「首輪も無いこの子達を、私は野良猫が入り込んだのと勘違いするかもしれない、今回はたまたま七海が忘れ物を取りに来て、この場に居合わせたのだから良かった。―だが、もしそうじゃなかったら、お前の言う通り、私はこの子達を捨てていたかもしれない、知ると知らないでは大きく違うんだ。」
「・・・。」
「お前の提案は、この子達だけではなく、七海も傷つける結果になったかもしれない、もちろん、同意した七海にも責任はあるかもしれないが、それでも、この子達を連れてきたのはお前だ、解るね?」
「・・・っ。」
「命を飼うって事は、その全てに対して責任を持って行動しなきゃいけない、ましてやこの子たちはまだ子供、そして飼い猫と言う意識なんてあるはずも無い、私が知らずに窓を開けれたままにすれば、脱走する事だって在り得るだろう?」
「・・・。」

淡々と言葉を並べる、マニュアルのような父の冷静な対応。
悠斗は完全に抑止され、何も言えなくなっていた。
典幸の言うことは的を得ているし、正しい。

「悠。」
「・・・くそっ!」
「兄さん!!」

だからこそ、悠斗は悔しくてならない。
気づけば、七海の制止も聞かず、逃げるように走っていた。
まるで、拒絶反応の様。
・・・否、拒絶反応なのだろう。
この光景を見慣れてしまっている事が、七海は悲しかった。

―兄、悠斗は父親が嫌いだ。

勿論、決して当時から父親が嫌いだったわけではない、ただ、休日ですら仕事に赴く事が多い、仕事漬けな日々、世話を母に任せっきりで、父として接してくれた時間の短さが、父から少しずつ距離を置くようになったきっかけなのかもしれない。

でも、それだけだったのなら、今に至る前に、何とか仲直りも出来ただろう。
子供の嫌いは好きにも似ているから。

・・・何よりそれに拍車を掛けたのは、きっと。

二人が離婚するきっかけになった、あの日から。

――

自室。

悠斗は溜息を吐きながら、一人ベットに寝転がっていた。
本来ならば喜ぶべき、父の許可。

だが、父の言葉であるその時点で、嬉しさなどどこかへ行ってしまっていて。
黙って聞いていれば済んだものを、わざわざ喧嘩を売って、妹に心配を掛けて。
これじゃ、俺が一人で馬鹿をやってるだけにしか見えない。

「・・・兄さん?」

そんな憂鬱な気分の中、ドアの向こうから聞こえたのは、七海の声。
噂をすればなんとやらなのか、それとも、こんな自己嫌悪な思考を走らせた俺を感知して来たのか。
ドアを開けた先、予想通りの心配した顔が、そこにはあって。

「・・・七海、どうした?」
「ごめんなさい。」
「・・・どうして謝るんだよ?猫の件についてはお前が気にする事じゃねぇだろ、許可だって貰えた。」
「・・・うん。」

我が妹ながら、何て解り易いのだろう。
悠斗はすぐに七海の用件を理解した。

「・・・親父の事なら気にすんな、いつもの事だろ。」
「・・・そのいつもの発言を兄さんは気にしてよ。」
「また戻って説経を受けに行けって?」
「そうじゃありません!ただ、一言謝って欲しいだけです・・・。」
「・・・。」

そう、俺が親父に噛み付けば、七海がこうして部屋へ来て、こうも悲しい顔をする。
これはもうずっと続いている、我が家のお決まりパターン。
そして、謝って、と言う言葉に対して、俺が無言を貫くのも、また。
我ながら何て性質の悪い兄だと思う。
それでも、アイツに謝るのだけは、嫌だった。

「・・・兄さんだって解ってるんでしょ?」
「・・・解ってるよ、アイツの言ってる事は全面的に正しい。」
「だったら何で・・・。」
「だからって、アイツの言葉を素直に受け入れられてたら、こんなに仲も悪くなんなかっただろうさ。」
「・・・兄さん。」
「・・・自分でも何で此処まで嫌いなのかと思うよ、口に出してまで嫌い嫌い言ってたのなんて、もう何年も前の話だし、アイツがあの時期忙しかったのも、今は解る。」
「・・・。」
「でもな、今でも嫌いなのも事実なんだよ。」

―それは、6年前に遡る話。

母杏子は、当時病気を患っていた、約3ヶ月の入院。
その間、七海と悠斗は親戚の家に預けられ、そこから学校へ行き、見舞いに行く。
当時11歳の悠斗、9歳の七海は、ほぼ毎日のように見舞いに来ていた。
3ヶ月間病室に笑いが途切れる事は無く、楽しい家族の姿がそこにはあった。

父、典幸を除いては。

その3ヶ月の間、典幸が見舞いに来たのは、たった1度きりだった。
たった数十分の面会と、少ない言葉だけを残して、また仕事へと消えていく。
母親を慕っていた悠斗にとって、ソレは何よりも許せなかった事であり、父を今でも毛嫌いする原因の一つと考えている。

勿論、二人の関係をずっと見守ってきた七海も、ソレは解っている。
母が退院する2日前、兄が言った一言を、あの頃から忘れる事無く覚えていた。
否。

『―あんな父親なら、居ないほうが良かった。』

当時9歳、父親が大好きだった七海にとって、この言葉は衝撃的なもので、忘れられるはずも無く。
兄さんはお父さんが嫌い、嫌でも脳裏に刻まれたその記憶は、今も残っていて。
だからこそ、悠斗に父と向き合って欲しいと思う気持ちもまた、今も変わらず、強まり続けていて。

「でも、本当に嫌いだったら、話し合うことも、しませんから。」
「・・・。」
「・・・息子を嫌う父親も、居ないんだから。」

そう言って、七海は直ぐに部屋を出て行った。

「・・・ホント、どうしろってんだよ、俺に。」

無音になった自室で、悠斗はそう一言、小さく呟いていた。
他にどうすればいいかなど、解らないから。

―その日、二人が会話をする事は無かった。

夕食時、一人台所で食事を済ました悠斗。
それに何も言わない、父親。
家族だというのに、まるで他人のような距離。

外は大雨。
まるで今の私の心の中。

「止まない雨は無い』と言うけれど。
この二人の間に降る滝の様な雨は、何時止むのだろう。

今はただ見守るしかない、七海は何も言わず、ただお互い歩み寄らない親子を、複雑な面持ちで見ていた。

――・・・翌日。 

外は昨日に続き雨、さすがは梅雨の季節と言うべきだろうか、
これまた昨日に続き、余り寝つきが良くなかった所為か、悠斗は目にクマを作り、眠そうな顔で道を歩いていた。
しかしながら、登校する生徒が見当たらないのは、遅刻だからではない。
珍しく、学校の門が開く前に、この通路を歩いているからである。

『息子を嫌う父親が居るわけない。』

どこか涙ぐんだ声に聞こえた、七海の言葉は、一夜を明けた未だに、悠斗に強く刺さっていた。
親父が好きであり、俺の立場も理解している七海だからこそ、言える言葉。
本当に家族想いな妹だと、つくづく思う。

かといって、俺が親父を好きになるのは恐らく不可能で、何て言葉を言えばいいのかも解りやしない。
元々好きでもないのがいけないのか、あの日二人が離婚したのがいけないのか。
気づけば、俺は父に対して、マイナスの感情しか抱けない様になっていたのだ。
言わば、他人。
本当に性質の悪い兄だと、つくづく思う。

憂鬱からなのか、悠斗は無意識に立ち止まって、曇り空を見上げていた。
初夏が過ぎたというのに、吐く息は白い。

最近は・・・溜息が多いな。

余りに呆然としていたからか、傘が手から離れ、ポトリと落ちた。
瞬間雨が降り注ぎ、全身にかかる。

落ちた傘を拾おうと手を伸ばすが、傘は逃げるように風に飛ばされていく。
シャワーのような雨は、目を覚ますにはちょうどいいかも知れない、転がる傘を追いかけながら、そんな事を考える。

そんな時だった。
その雨は、ふと止んだ。
―いや、止んだのは、俺の部分だけで。

「・・・―成瀬?」
「!・・・・・・柳野・・・。」

突然に聞こえた声に振り向くと、そこには、自分に傘を向ける柳野が居た。
雨に濡れた表情は、どこか悲しげながらも、透き通った目が、悠斗を見ていた。

第三話 続く。

月と太陽の出ぬ間に

第三話 「不器用も二人並べば。」

「・・・濡れるよ。」
「お前こそ・・・濡れるから傘戻せって。」
「・・・うん。」

悠斗はいそいそと、逃げる傘を拾おうと追いかける。
柳野には落ち着いた表情を見せながらも、その内心は冷や汗さえ出そうなほどに焦っていた。

出会うとも思っていなかった、出会いたくも無かった相手に、このタイミングで。
いっそこのまま逃げてしまいたい。
そんな衝動に駆られながらも走っていると、悠斗は数歩で傘を拾う事が出来てしまった。
どうやら逃がしてはくれないらしい。
溜息は運を逃すと言うが、そんな影響だろうか。
それでも、傘を差す事より、溜息を付く方が先で。

「・・・傘、差しなよ?」
「・・・おう。」

心配した顔を見せる柳野に、悠斗は慌てて傘を差した。
溜息を付きたいのはコイツの方かも知れないと言うのに。
そんな自分の情けなさのおかげか、焦りは次第に消えていった。

「・・・そんなに濡れちゃって・・・風邪引くよ。」
「大丈夫だって、そこそこ頑丈だし。」
「・・・この前風邪引いた人が言いますか。」
「う・・・。」
「・・・これ、使って。」
「・・・ハンカチ・・・だよな?」
「・・・何も言わないで・・・。」

その手にはピンク色に、動物柄のハンカチ。
恥ずかしそうな表情をしながら、返事を待つ事も無く、それを持たせた。
持つのさえ恥かしいと思うのだが、思いの外ずぶ濡れな身体に、状況が状況、受け取らないワケにもいかず、悠斗はありがたく使わせて貰う事にした。

「・・・いつもこんなに早いのか、通学。」
「・・・うん。」
「・・・そうか、あはは・・・。」
「・・・。」
「・・・。」

しかし、冷静になったのがいけなかった。
会話にはぎこちなさが生まれ、必死に何か話題を出そうとする自分が居て。

「・・・。」
「・・・。」

結果、会話は1分と持たず、聞こえるのは雨音だけ。
悠斗は直ぐに後悔した。
焦った状態の方がまだ喋れたであろうし、忘れられたであろう、と。

無論、悠斗は普通に接しようとしていた、同じ心境にあった柳野も、必死で自分に言い聞かせていたはずだった。
だが、日が浅い事を、お互い無意識下に解っていて。
選択肢は「黙る」しか見えなくなっていた。

――

「・・・。」
「・・・。」

通学路を歩き始めてかれこれ10分。
無言は尚続いていた。

呼吸すら辛く感じる、重苦しい空気。
学校が恐ろしく遠くに、そして愛しく感じる。
前者はともかく、後者は始めての経験。

しかしながら、どうしようも無い、耐えるしかないのが現状で。
柳野のことを考えれば、耐えられなくもない気がした。

「・・・。」
「・・・。」

―柳野。

勇気を振り絞って好きだと言ってくれた人。
俺なんかを好きになってくれた人。

これをうれしいと思わない人間なんて居ない。
だけど、それに答えられなかった時、自分がどんな顔をすればいいのか、そんな事解るわけが無い。
ましてや、傷つけた当人である俺に、柳野を慰めるなんて事も、出来るわけが無い。
資格すら無い。

無言な分だけ進む、マイナス思考。
より空気が重くなる気がする、通学路。

「―・・・・・・成瀬。」
「・・・柳野?」

そんな、恐ろしく長く感じる静寂と、流れを断ち切ったのは、他でもない、柳野だった。
立ち止まって、悠斗を真正面から見つめるその目は、弱々しくも、何時もの力強さを持っている気がした。
そして、その重い口が開く。

「・・・・・・あんまり、思いつめないでね。」
「!・・・でも・・・俺は・・・。」
「解ってるよ、悠斗の言いたい事は。―・・・でも・・・恋ってさ、きっと辛いことも悲しいことも、楽しいことも嬉しいことも、色々感じるから、下の字が「心」なんじゃないかな。」
「・・・?」
「あはは・・・自分でも何言ってるのかなって思う・・・けど、私のせいで、成瀬が責任感じたり、やっぱり嫌なんだ・・・だから。」
「柳野・・・。」
「それは・・・確かに私だって、今でも辛いし、痛いし、悲しいし・・・けどそれって、恋をしてるからなんだよ。」
「・・・恋。」
「―悠斗だって私のことを想って、辛いとか、悲しいとか思った・・・と思う、これは勝手な想像だけどね、でも悠斗が優しいって、知ってるから。」
「・・・。」

恋をしてるなんて、なんか漫画みたいな言い方だね。
そう言って、柳野は苦笑いをした。
久しぶりに見た気がする、その笑顔は、当然の様に、弱々しくて。
無茶をしてる笑顔である事など、悠斗には直ぐに解った。

それでも、どこか前を向いていて。
なんて強いのだろう。
悠斗は素直にそう思った。

「成瀬とはね、恋人になれなくても、親友で居たいと思ってる、諦め切ったわけじゃないけど、それでも、私たち、いい友達同士だと思うんだ。・・・もちろん、成瀬が私をどう思ってるかは、アレだけど。」
「―・・・同じだよ、んなもんはさ。」
「成瀬・・・。」
「お前がそんなにいいヤツだとさ、俺もそう言いたくなっちまう、親友で居たいってさ、すげえ今のお前の前じゃ言い難いけど。」
「・・・言ってるじゃん。」
「・・・悪い・・・。」
「・・・ふふふ、いつもの悠斗だ、口が悪くて、不器用で、私の好きな悠斗だ。」
「お前さ、恥ずかしくないのか・・・それ。」
「・・・すっごく恥ずかしい。」
「・・・アホだ。」
「悠もね。」
「う・・・それは認めざるを・・・悠?。」
「・・・変かな?」
「いや、少し驚いただけ・・・。」
「・・・そう、それじゃ、行こうか。」
「あ、ああ。」

柳野は最後に笑って、また前を歩き出した。
少し早歩きで、何かを隠すように。
・・・今更何を隠す為かなど、聞くことでも無い。
なんて弱く、情け無い、悠斗は自身に渇を入れたい気分になった。

柳野自身がどんな想いでそれを告げていて、それがどんなにキツい事か、いくら鈍感な俺でも解る。
言葉なんて選んでる場合じゃなくて。

ただ、このまま何も言えないのが嫌だったのだ。

「・・・柳野!」

振り向いた柳野の表情は、どこか泣いているようにさえ見えた。
ああ、予想通りだ。
それでも、悠斗は振り絞るように言った。

「・・・お互い、頑張ろう。」
「・・・うん。」

振った相手の前でそれは無いだろう、柳野はそう思って、少し笑ってしまった。
それでも、悠斗と離れなくていいんだ、そう解った時、心のどこかで、安心している自分が居た。
悠斗は不器用だ、けど、きっと私も不器用なのだ。

雨音が、止んだ気がした。

――

「・・・さっきは聞けなかったけど、悠って」
「んなワケねぇよ・・・さっき話した通りだ。―親父の事で色々考えてたら、眠るのは遅くなったは早起きしてしまったはで・・・。」
「お母さんは、もう居ないんだっけ?」
「おい・・・死んだみたいな言い方するなよ・・・少し離れた住居でピンピンしてるんだから。」
「あ・・・ごめん・・・。」

雨が小降りになった頃、二人は学校へと到着していた。
いつもの、と言う事は出来ないが、無言ではない、下らない話も交えながらの通学路。
気づけば着いていた、その感覚に、二人はいつもに近いモノを感じ、途切れない努力をした、その結果だろう。

「―それで、お父さんとは仲悪い、と。」
「ん・・・まぁな、何でか解らんが嫌いなんだ。」
「?・・・嫌いな理由もわからないのに嫌いなの?」
「いちいち1から説明すんのも面倒だから端折るけど、ガキの頃嫌な思い出があった、以上。」
「・・・・・・それ、一回話し合ってみたらどうかな?」
「は!?」
「ご、ごめん・・・でも、事情はよく知らないけど、なんだか、悠のそれは食わず嫌いと同じ様な、そんな感じがする。」
「・・・食わず嫌い?」
「いや、端折りすぎだからなんとも言えないけども・・・お父さんだって悠に言いたい事、沢山あるだろうし・・・ね?」
「・・・。」

食わず嫌い、確かにそれに近いかもしれない。
的を得た柳野の言葉に、悠斗は少し考えさせられた。
今まで散々逃げてきたのは、事実だから。

かといって、今更どうそれを克服すればいいのか、考えた所で、悠斗には解る訳も無かった。
出来るものなら、とっくにやっているのだから。

「・・・教室、着いたよ。」
「ん・・・ああ・・・。」

そもそも、下駄箱から教室までの距離で何かしらを閃く距離ではなく。
気づけば教室の扉は目の前で。

「―おはよーございますっ!」
「・・・陽菜・・・ちゃん?」
「・・・陽菜?」
「あ!おはようなのだ悠君っ!」
「・・・ホント元気な、お前・・・。」

扉を開けた先、二人の目の前には、一人ほうきを手にとって、教室の掃除をする陽菜が居た。
何故此処に?いや、そもそも何でこんな早くから?そして掃除をしている?
一瞬、目の前の光景に考える二人。
だが、とても楽しそうに掃除をするその微笑ましい姿に、多分理由など無いのだろう。

逸早く気づいた悠斗は、そんな笑顔に釣られて、小さく笑っていた。

まるで、誰でも笑顔にしてしまうそれは、魔法の様。

ああ、言いだしっぺだし、俺も頑張らなければな。
改めてそう思う悠斗であった。

第三話、続く。
 
プロフィール

天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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