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月と太陽の出ぬ間に

第四話 「雨乞い」

・・・。

・・・・・・。

解っていた事だったが、チャイムには誰も答えない。
とはいえ、悠斗が此処にいるのは確かで。

―ガチャ。

・・・鍵も、開いてるのだ。
後で許可を貰えば・・・不法侵入にはならないよね。

この時、柳野の選択肢に、『このまま帰る』と言う選択は存在しなかった。
聞きたい事を聞けなかったとしても、看病するくらいならバチは当たらないだろう、そう思い至ったからだ。

結局の所、心配でしょうがなかったと言う事。
そして、柳野が盗人のような慎重さでドアを開けようとドアノブを再び捻る、すると。

―にゃ~。
―みゃー。

猫の声が聞こえた。

柳野は一瞬驚いたが、それが猫だと認識すると、扉を開けた。
良かった、不法侵入にはならないみたいだ。
玄関には、二匹の猫が礼儀良くお座りをして、柳野を見ていた。
主人が帰ってきたと思ったのだろうか、甘い声を出して鳴き始める。
しかし、持ち物の中に缶詰などある筈も無く、柳野は若干申し訳無い気持ちになりながら、聞いた。

「・・・君たちのご主人は、まだ寝てるのかな?」

―にゃー。
―まー。

「・・・そっか。」

会話になどなる訳は無いが、どこか猫たちが心配しているような、今の柳野にはそう感じた。
・・・確か、悠斗の部屋は二階。
柳野は猫たちを一度だけ撫でて微笑んだ後、階段へと向かう。

深呼吸をするには短すぎる距離、心の準備を終えるには尚、短すぎる距離。
あっという間に悠斗の部屋の前に着いた柳野は、高鳴る鼓動を何とか抑えながら、その扉に手を触れる。

入ったらもう戻れない道。
当人から何度警告もされた。
自分じゃどうにもならない事かも知れないと、解っていて着たつもりだ。

でも、『あの時』から、悠斗が悩んでいるのが解ってしまったから。
それを放って置くなんて、私には出来なかったのだ。
ゆっくりと、静かに扉を開ける。

「・・・悠。」

すぐに柳野の視界に入ったのは、汗だくで眠る悠斗の姿。
寝相の所為だろうか、額にあったであろうタオルは地面に落ち、掛け布団もほとんど役目を果たしていなかった。

「・・・寝てる、よね。」

顔は僅かに紅く、額には汗。
確認するまでもなく、それは風邪の症状だ。
・・・熱はどの位だろう。
少し恥ずかしさを感じながらも、柳野は悠斗の額に触れる。

「・・・熱い。」

やはり何かを聞く所じゃない。
柳野は落ちているタオルを拾い、台所へと駆けて行った。

「・・・少し借りるね。」

台所のテーブルで寝ている二匹にそう呟いて、柳野は冷蔵庫から氷を取り出し、ボールに水と共に入れた。
この夏には心地よい冷たさが、左手に染みる。
反対、右手に持っているタオルはすっかり生ぬるく、乾き始めてすらおり、冷たさなどまるで無い。
一度も起きていないのだろう、そういう意味では安心だが。
とにかく熱を冷まさなければ。
タオルを氷水の中に入れ、柳野はいそいそと二階へ持って行った。

「・・・―少し冷たいけど、我慢して。」
早速、冷えたタオルを悠斗の額に乗せる。

「・・・っ。」
「!・・・。」

さすがに冷たかったのか、反応を見せる悠斗。
起こしてしまったか、慌てて顔を覗かせる柳野。

「・・・。」

良かった、どうやら大丈夫らしい。
地面に落ちそうになった布団をしっかりと掛けてやり、柳野は一息ついた。

・・・ここで目を覚ましたら、悠はびっくりするだろうな。
いきなり看病になんて来られても、迷惑だろうし。
今更ながら、少しばかりの後悔が走る。

勝手に家に入って、勝手に看病して。
こんな下心のある看病だもの、軽蔑でもされてしまうかもしれない。

「・・・悠も、私をしつこい女だって、思うのかな。」

答えるわけも無い、眠る悠斗に、柳野は一人、語るように話していた。

「・・・好きの一方通行って・・・解ってるのにね。」

寝てる病人相手に何を言っているのだろう。
・・・いや、寝てるからこそなのかな。

「・・・ホント、馬鹿みたいだ。」

本人の前じゃ決して言えない事、だから、こんな時だから、言いたくなったのかも知れない。
なんて卑怯な女なんだろう、私は。
そんな自己険悪に駆られた、まさにその時だった。

「・・・う・・・く・・・。」
「・・・悠?」

柳野の耳に、悠斗の声が聞こえた。
幻聴じゃない。
声のままに悠斗の顔を見ると、魘される様に、苦しい表情で体を横にして、ガタガタと震えていた。
悪い夢でも見ているのか、その声は、とても痛々しい。

「く・・・うぅ・・・。」
「・・・悠・・・しっかり・・・。」
「・・・な・・・。」
「・・・!」

見ているこちらが辛くなるほど、その表情と動作は苦痛を表していた。
・・・見ていられない。
どうすればいいのか、そう考える前に、柳野は行動に出ていた。

悠斗の手を、祈るように両手で掴む。
額と同じように、焼けるように熱い手。

・・・手を握るくらいしか、度胸が無かった。
漫画で見るような、その隣で寝れる様な、大胆な女性には成れなくて。
でも、精一杯やろうと思った、その結果だから。

柳野は、小さく歌い始めた。
か細くも、透き通った歌声で。

―柳野は、父親の顔を覚えていない。
小さい頃離婚して、それっきり。
そんな父親が、一人娘に残した、子守唄。

英語の曲なので、当時の柳野には何の歌なのかもさっぱりわからなかったが、今となってはこれが柳野にとっての子守唄である。
これで悠斗が落ち着くとは思わないが、無理やり起こすという行為をしたくなかった柳野にとっては、今思いつく最善の策だった。

逆に歌で起きてしまわないか、そんな不安もありながら、柳野は歌い続けた。
決して大きくしすぎず、でも、聞こえる程度に。




ある程度歌い終わると、苦痛の声も聞こえなくなり、悠斗はまた眠りについていた。
予想外に効果覿面だった様だ。

「・・・よかった。」

それでも今はそれが収まった事に一安心しよう、柳野は溜息交じりに安堵の声を漏らしていた。

―にゃぁおー。
―みぃー。

気がつけば、柳野の膝の横には、猫二匹が座って見ていた。
餌をねだっているのだろうか、体をゴロゴロとさせ、何かをアピールしていた。

「・・・君たちの主人は・・・どこに行ったんだろうね。」

悠斗のタオルを取り替えながら、柳野はそう独り言を繰り返した。
無音の世界、好きな人と同じ部屋、こんなにも近くに居て、手だって触れられるのに。

―聞こえてしまったのが、いけなかった。

悠斗の寝言から、皮肉にも聞き取れてしまった言葉があったのだ。

「・・・夢の中にも、あの子は居るんだね、・・・悠。」

二匹の猫を撫でながら、柳野は最後にそう小さく、消えそうなほどに、小さく呟いていた。




「・・・さん。」
「・・・・・・。」
「兄さん!!。」
「・・・七海・・・?」
「・・・・・・。」

目を覚ますと、すっかり外は真っ暗闇になっていた。
どのくらい寝ていたか、なんて考えたくも無いくらいの長い時間だろう、寝ていたらしい。
昨日の夕方から記憶が無いのだ、間違いない。

そんな長い時間の眠りから覚めた矢先、視界に入ったのは、此方を睨みつける制服姿の七海。
制服姿の理由については解ったが、見るからにその様子は普通ではない。
何事か、と悠斗が聞こうとした、その瞬間だった。

―バチッ!

「―・・・は?」

何が起こった?
強く頬に痛みを感じる悠斗は、痛みがある頬に手を触れ、確かめる。
そして目の前には、目に涙を溜める、妹の姿。
間違いない、七海に引っぱたかれたのだ。
それも、黄金の左で。

「・・・な、七海・・・?」
「・・・っ。」

引っぱたかれる理由など何となく解っている、だというのに、悠斗は聞き返していた。
まだ目が覚めて間もないからか、思わぬ妹の行動に混乱していたからだろうか。
目覚め早々にビンタを貰うなど、誰が予想するものか。

だが、そんな妹の返答は、悠斗の予想外を上回るものだった。

「・・・兄さん、明日は必ず学校に行ってくださいね。」
「・・・は?」
「必ず学校に行って、柳野先輩に謝ってください。」
「・・・七海?」
「帰ってきて驚いたんです、柳野先輩がずっと看病してたんですよ、兄さんの事を・・・。」
「!・・・柳野が?」

信じられる筈も無い言葉、一瞬悠斗は我が耳を疑った。
しかし、この場面で嘘を言うとは思えない。

「・・・額、冷たいでしょう?」
「・・・これも、柳野が?」
「・・・私は今帰って着たんです、朝兄さんの額に置いてからは、今もそれに触れてません。」

確かめる様な悠斗の問いに、首を重く動かす七海。
今日は平日、学校もある。
そして、柳野と七海は同じ部活。
この時点で、悠斗には全て飲み込めた。

「―・・・この際昨日何があったかは問いません・・・けど、ついさっき帰るまで・・・こんな夜まで看病してくれたんです・・・今日中に治してお礼を言いに行かないと承知しませんからね。」
「・・・・・・わ、解った。」
「引っぱたいたのは、先輩の代わりです。」
「・・・・・・何の代行だよ。」
「察しなさい・・・それと、何も聞かないであげるんだから、門限破った事に対して位は・・・何か無い?」
「・・・悪い。」
「よろしい・・・おなか、空いてるでしょ?」
「・・・ああ、悪い。」

謝りっぱなしの兄さんなんて不気味、と残し、七海はキッチンへと降りていった。

・・・本当に不出来な兄だと我ながら思う。
世話焼きな所なんて、母親にそっくりだ。

そう考えると、俺の不器用は、父親にでも似たのだろうか。
だとしたら、なんて不本意だ。

階段を下りてキッチンへ行くと、七海が冷蔵庫の中身を確認していた。
悠斗が降りてきたのを察したのだろう、座って、とキッチン前のテーブルにお茶を置いた。
この夏に熱いお茶、しかし、風邪の身だからこその気遣いだ。

「・・・熱もまだ下がりきってませんから、煮込みうどんでも作りますね。」
「ああ・・・七海。」
「はい?」
「・・・本当に悪かった・・・事情については、今は詳しく話せないけど、話す時になったら、必ず話す・・・お前にも聞いて欲しい話だし。」
「・・・もう・・・本当、お父さんにソックリなんだから。」
「・・・。」
「・・・どうかしました?」
「いや、俺が思ったことをそのまま言われたな、ってさ。」
「・・・今まで気づいてなかっただけですよ・・・どことなく似てるんです、兄さんとお父さん。―それじゃ、少し待っててくださいね。」

さっきの睨み顔が嘘のような笑みで、七海は調理を始めた。
これじゃ、どっちが上なのかと言いたくなってしまう。
・・・それほど今の俺は情け無いのだ。

―七海に頬を叩かれて、始めて、昨日の出来事が夢じゃないと気づかされた気がする。
悠斗は確認するように、未だ紅い頬に触れていた。

そして、嫌でも理解してしまう。

陽菜のあの言葉も、梅雨が終れば、消えてしまうという告白も。

今はただ、梅雨が終らないのを祈る事しか出来ないのも、全てリアルで。

俺は、呆れるほど無力なのだ。

第4話 続く。
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プロフィール

天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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