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月と太陽の出ぬ間に

第四話「近いようで遠くて。」

「・・・ほら、陽菜、悠君が来たよー。」

ご機嫌な笑顔で、そう陽菜の頬を優しく撫でて、語り掛ける柚子。
そんな光景を前に、『本当に?』悠斗の脳裏にそんな疑問が過ぎった。

―信じられる筈も無かった。
墓に向かっているかと思えば、そこは病院で。
冗談みたいに同じ名前が書かれた病室があって。
そこに、陽菜が眠ってて。

何から信じればいいのか、解る筈も無かった。

それでも、確かに、目の前に居るのは。
髪型髪色も、顔も、全て。
「あの」陽菜と同じ姿のままの陽菜。
それだけは、信じる以前に、事実。

柚子の言葉にも反応せず、目を閉じたままの陽菜を、悠斗は視線から外す事が出来ないままだった。

「そうだよね・・・久しぶりに会いに着たらこうだもの、ショックだよね。」
「・・・い、いえ・・・ただ、こんな状況だとは・・・聞いてなくて。」
「・・・そっか・・・あの時の私、ちゃんと伝えられない位駄目になってたんだなぁ・・・。」
「・・・。」

目の前の陽菜は、体中に多くのチューブが付けられており、その姿は痛々しい。
だが、確かに生きている。
死んだと言われた陽菜は、生きていたんだ。
予想外、でもそれは喜ぶべき事実。

―だというのに。
何で、こんなにも喜べないのだろう。
むしろ、逆の感情さえある。

不安で、悲しくて。
胸騒ぎが、止まらない。
息苦しささえ、感じるほどに。

まるで、この先は聞いてはならないと、警告する様。

「・・・陽菜は・・・一体どうしたんですか?」

それでも、悠斗は口を開き、確かめていた。
この得体の知れない嫌な予感が、嘘だと信じたかったから。

「・・・もうずーっと、長い時間、とても長い時間、意識が眠ったままなの、世間で言う、植物状態かな。」
「・・・・・・そんな。」

何も無いと、思っていたワケじゃない。
ここは病院で、陽菜は点滴に繋がれていて。
何も無い筈は、無い。
そんな悠斗にとって、柚子の言葉は残酷でしかなかった。

「信じられないよね、あんなに元気だった子が、こんなに大人しくなっちゃって・・・。」
「・・・治る見込みは・・・あるんですか?」
「・・・。」

柚子は、何も言わずに、首を横に振った。

「本当に・・・本当に・・・治らないんですか?」
「・・・私もそんな事無いって・・・当時は思いたかったんだけどね・・・可能性的にはゼロに等しいって。」
「・・・。」

頭が真っ白になりながらも、悠斗はその言葉を噛み締める。

『植物人間』
自分では食事を取る事も、言葉を喋る事も出来ない状態。
けれど、それがどんなに恐ろしい物かを知ってはいても、興味は無かった。
その人間を支える側にも、当事者にも、自分はなりえない、そう思うのが当然だからだ。

「―・・・どうして・・・こんな事に・・・。」
「・・・火事があったって事までは、知ってますよね?」
「・・・はい。」
「・・・その時、私は出かけていたので無事でしたけど・・・急いで帰ってきた時には、あそこは燃え盛る家になっていた・・・。」
「・・・。」
「―でも、偶然休日で家に居た夫は、倒れた木材や家具の下敷きになって、救出された時には、既に大火傷と骨折、あまりに酷い外傷の所為で、その場で息を引き取っていました・・・本来なら、夫と一緒に居た陽菜もそうなっていたでしょう・・・。」
「・・・でも、助かった・・・?」
「・・・夫は最後の力を振り絞って、陽菜を下敷きから助けてくれたみたいで・・・救い出された時、火傷などは大した物じゃありませんでした・・・ただ、その時、たった一箇所負った頭への外傷があって・・・頭から血が流れていて・・・ソレが原因で意識不明のまま・・・今に至ります。」
「・・・そう、だったんですか・・・。」

無言で、柚子は頷いた。
瞳に涙を溜めて、泣く事に耐えながら。
震える手が、それを口にする事の辛さを悠斗に告げていた。

「柚子さん・・・。」
「ごめんなさい・・・この子の前では泣かないって決めてるのに・・・思い出すたびに泣きそうになっちゃうんです・・・情けない母親ですね・・・。」
「・・・そんな事・・・。」

しかし、この時、悠斗も言葉を理解する事に精一杯で。
励ましの言葉一つ、出せなかった。
頭に浮かべる事すら出来なかったのだ。

「―・・・ねぇ悠君、良かったら、陽菜とお話してあげてくれる?・・・私は少し、先生の所に挨拶に行って来るから。」
「え・・・でも・・・陽菜は・・・。」
「・・・何でも良いんです、お久しぶり、とか、元気?でも、・・・あの子にはきっと、悠君の言葉が届くはずだから。」
「・・・。」

「ちょっといってくるね」と陽菜の頭を撫でて、柚子はどこか儚げな笑顔を残し、静かに部屋を後にする。
情けない自分を前に、その後姿を止めることも出来ず、悠斗はただ、頭を下げて、それを見送った。
静寂だけが残った部屋には、点滴の音だけが延々と流れ続けていた。

・・・ベットの横から見た陽菜は、本当に死んだように眠っていて。
まるであの陽菜が、あの陽菜と居た日々が、幻だったのではないかと思う程に。
見れば見る程、信じられなくなりそうになる。

「―陽菜・・・3日ぶりか?・・・こっちでは、10年以上振りだけど・・・。」

数分掛けて考えた、再会の言葉。
もちろん、陽菜は答えない。

「・・・急に居なくなったから、ビックリしたんだぞ。」

陽菜は、答えない。
本当に、独り言の様。

「・・・何でだよ。」

―ただ、もう一度会って、もう一度言いたかった言葉があって、それだけの為に此処へ来た筈なのに。
目の前の陽菜には、もうどんな言葉も、どんな表現も、届かない。

「何で・・・お前なんだよ・・・ッ。」

悠斗の胸の中で、何かが折れる音がした。
点滴の無い陽菜の左手を握り締めて、悠斗は祈るように幾度も呟いた。

『何で、何で』と。

耐えられなかった。
あんなに元気に笑っていた陽菜が。

―チューブだらけの姿で、10年以上も、こんな所に?

酷すぎるだろう?
こんなの、無ぇよ。

この小さな身体を抱きしめたくても、陽菜は自分で身体を動かす事も出来ない。
聞きたかった返事も、もう聞くことが出来ない。
相変わらず、陽菜の手は冷たかった。
なのに、その冷たさは、虚しかった。

泣いている事にさえ気づかないまま、悠斗は、その手を握り続けていた。
本当に、ただ祈るように。

――それから、帰ってきた柚子と懐かしい話をしながらも、悠斗はどこか、陽菜から目を背けていた。

見ていたくなかったのが、素直な感想。
否、これ以上見ていられなかったのだ。
小さい身体に刺さる、点滴、火傷の跡、痛々しいまでの姿。
今目の前にある現実を。

―そんな悠斗の願いを叶えるかの様に、時間は早く過ぎて行った。
別れてから3時間、あの男との約束の時間。

「・・・柚子さん、俺、そろそろ行きますね。」
「あら・・・もうそんな時間?」
「はい、あまり遅くなると妹に怒られますし、ね。」
「七海ちゃんかぁ・・・すっかりお母さん似に?」
「そうですね・・・或る意味母さん以上に母親みたいな・・・?」
「へぇ~・・・機会があれば会いたいです、昔と変わらない可愛さなんだろうなぁ。」
「あはは・・・機会があれば・・・それじゃ・・・。」

素早く立ち上がり、バックを背負い、頭を下げた後、背を向け、歩き出す悠斗。
どこか、急ぐ様にさえ見えるであろう機敏さ。

・・・思えば、その場から逃げたかったんだと思う。
もっと留まろうと思えば、出来た筈だから。
そんな俺の去り際。

「・・・今日はありがとう、悠君。」
「!・・・いえ・・・。」

柚子さんはお辞儀をして一言、そう言った。
ありがとう?
何に、対して?

俺は、ありがとうと言われる事など、何一つしていないのに。
自分の希望的観測でこの町に来て、勝手にショックを受けて、勝手に目を背けて。
そして、逃げただけだ。
礼を言われる様な事は、何も無いのに。

まともな返答も出来ずに、悠斗は部屋を後にした。

―そんな自己険悪に浸りながら、エレベーターで一階へと下る。
落ちる様な感覚は、今の悠斗には気持ち悪いモノでしかなく。
この密室で一人になったのがいけなかったのだろう、自責の念が襲ってきた。

何に対して?と聞かれれば、多すぎて答え切れない。
一つ確実なのは、十年あんな状態だった陽菜を、忘れていた自分の記憶に対して。
何を暢気に生きてたもんだな、と。

しかし、戻らない訳にもいかない。
俺には俺の家があって、待ってる奴も居るのだから。
エレベーターを抜け、足早に歩き出す悠斗。
その時だった。

「悠君ー!」
悠斗の耳に、人の声が聞こえた。

「・・・陽菜?」

そんな訳は無いと、慌てて振り向いた悠斗の目の先には、柚子が居た。
遠くから聞くと、当人にさえ聞こえるその声で、柚子は走りながら悠斗の名前を呼んでいた。
だが、悠斗が気付いた、その直後の事。

「柚子さん!?」
「待って~!・・・きゃぅっ!」

柚子は悠斗の目の前で、それも前から盛大に転んだ。
若干紅くなった額を手で押さえながら「いたた・・・」と涙目で痛みを訴えている。
慌てて、悠斗は手を貸してやり、起き上がらせる。

「大丈夫ですか・・・柚子さん。」
「ごめんねー・・・いやはや、おばさん恥ずかしいや・・・。」
「どうしたんですか、そんな慌てて・・・。」

階段から来たのだろう、若干息を荒くしながら、苦笑いする柚子。
つい5分も無い間に別れを告げたばかりだと言うのに。
そんな悠斗の言葉に対し、柚子は深呼吸をした後、答えた。

「ううん、大した事じゃないの・・・ただ、また来てねって言いたくて。―陽菜もきっとそう思ってるから。」
「・・・大丈夫ですよ、また来ますから。」
「・・・出来れば、今度は笑ってあげてね。」
「・・・・・・え?」

鼓動が、ドクンと一声鳴いた。
だが、直ぐに納得する。
そうだよな、見抜かれるよ、あんな解り易い反応じゃ。
悠斗は表情を曇らせながら、答えた。

「・・・スイマセン・・・まだ、頭の中じゃ整理がついて無くて・・・。」
「ううん、謝る事無いですよ・・・私も最初はそんな感じでしたし・・・。」
「柚子さん・・・。」
「だから・・・心が落ち着いたら、また来てあげて、笑ってあげて。」

情けない俺の返答に、柚子さんはそう言って、頭を撫でた。
本当に変わらない、細く、優しい手。

「無理、言ってるかな?」
「・・・いえ。―善処、してみます。」
「・・・そっか・・・とびっきりの笑顔、期待してるね。」
「あはは・・・とびっきりは難しいっスけど・・・出来るだけ、やってみます。」

―目の前の柚子さんを悲しい顔にさせたくなくて、俺はそんな強い言葉を使って、笑って頭を下げた。
お節介な所まで、本当に陽菜と同じで、だからこそ、余計に意地になったのかも知れない。
そう思いながら、俺は柚子さんに別れを告げ、病院を後にした。

気付けば、自己険悪はいつの間にか消えていた。
自己険悪する自分にいい加減呆れたのか、それとも、そんな場合でも無いと理解したのか。
そういえば、最近は自己険悪ばかりが多かった気もするし。
・・・女々しいのは、前からだと思うが。

外に出ると、曇りではありながら、雨はすっかり止んでいた。
体の震えも無くなって、心はすっかり落ち着きを取り戻していた。

とは言っても、虚脱感が抜けた訳でもないし、今日の出来事を完全に飲み込めてはいない。
頬をつねって痛くなかったら、これが夢だと納得してしまう程だろう。

目の前は、確かに絶望だらけだった。
やり場の無い怒りも、現実の生々しさも。
あの、陽菜の痛々しい姿も。
出来れば二度と見たくない。

それでも、陽菜はそんな、夢も希望も、救い様も無い場所の真ん中に居ながら、今も生きている。
全てのマイナスを飲み込むほど、そのプラスが大きいとは言えない。
だが、悠斗にとっては、ソレが唯一の救いだった。

第四話 続く。
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プロフィール

天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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