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月と太陽の出ぬ間に

「・・・お前ら、ずっとそうやって待ってたのか・・・?」

―にゃぁー。
―なおー。

自宅に戻ってきた悠斗の目にまず飛び込んできたのは、目を離す前と変わらず、一方を見つめ、鳴き続ける二匹の姿だった。
まるで、主人との別れを惜しむかの様。

「・・・ほら、戻るぞ。」

そんな姿が、まるで自分を見ている気がして、見ていられなかった。

ああ、俺がお前らならそうしてるよ。
雨の中自分の傘を差し出して、あんなにも笑ってくれる奴を、慕わない筈が無い。
だからこそ、今この二匹の猫は、別れに対して悲しんでいる。
素直にそう思った。

動物に感情があるかは良く解らない。
それでも、今そんな事を思うのは、俺自身も悲しんでいるからなのだろうか。
だが、涙は出ない。
別れの悲しみよりも、別の何かが占拠していた。

それが何かは、表現のしようも無い。
悲しいとも違う、苦しいとも、違う。

ただ一つ。
陽菜が消えると言う事実を前に、『見送る』という事しか出来なかった、そんな自分が堪らなく無力だと思った。
つまりは、悔しいのだろうか?

・・・いや、それとも違う気がする。
結局の所、答えは解らなかった。

強いて解った事は、それだけ必死だった、と言う事。

第五話「今出来ること。」

―それから、時間は過ぎ、夕方。

「―に・い・さ・ん?」
「・・・・・・すまん。」
「・・・毎度の事ですが、そんなに学校がお嫌いですか?」

予定通りに始まった、妹の説教。
これまた当然の如く、言い訳の仕様も無い悠斗は、とりあえず謝罪の言葉を口にしていた。
『とりあえず』の時点で、反省はしていない。
悠斗の現心境では、学校の事などどうでも良く、七海の言葉も遠くは無かった。

「焦るお気持ちは解りますが、学業だって大事なんだから・・・私は将来が心配でなりませんよ全く・・・。」
「・・・・・・将来、か。」
「・・・兄さん?」
「・・・いや、俺の将来はどうなるんだろうなぁってさ。」
「誰にも解りませんよ、兄さんの未来なんて。」
「まぁ・・・そうだよな。」
「・・・もうすぐ夏休みです、兄さんは2年生後半、もう進路の話だってあるでしょ?そんな気の抜けた顔では、陽菜さんに笑われてしまいます。」
「七海・・・。」

しかし、見た目で解るほど気が抜けていたのだろう、七海の声は、どこか優しかった。

「夏休みに入ったらまず夏休みの宿題を早急に終らせ、後は全部、部活動、陽菜さんとの面会時間、いいですね?」
「・・・何でお前が決めるんだよ、そもそも俺は―。」
「ダメです、ダラダラとした夏休みなんて私は許しません。―キチンと充実した夏休みを過ごし、秋に臨む、いいですね?」
「・・・拒否権無しかよ。」
「勿論です、将来(これから)について悩んでいるのでしょう?そんなダラダラとしてては答えも何もありません、テストの答案用紙に答えを書かないで0点を取るのと一緒です。」

ご尤も、としか言い様の無い台詞。
完全に折られた悠斗は、この時点で反論の気も失せた。
相変わらず、七海との口喧嘩は勝ち目が無い。

「・・・とりあえず今日は休ませてくれ・・・それと明日も学校休ませてくれ。」
「・・・休んでばかりで感覚が無くなりましたか兄さん・・・明日は休みですよ?」
「・・・あ。」
「もう・・・寝てなさい、誰かさんを待ってた所為で今から夕飯のお買い物に行ってくるから、今日は少し遅い夕食ですので、よろしくね。」

まるで母親の様な言い方でそう残して、七海は制服のまま、いそいそと家を出て行った。
急いでいたとは言え、いつもより格段短い説教の時間。

気を遣われていた事だけは、確かだ。

顔にまで出てるのだ、相手が七海なら、察されて当然。
自分でも解るのだから、尚更だ。
さぞ情け無い顔をしていたのだろう。

消えた陽菜を見て、まるで魂が抜けた様で。
悲しいとか、悔しいとか、そんな心まで全部外に出てしまいそうで。

でも、それじゃ陽菜に別れを告げられたあの時と同じなのだ。
これで終わりじゃないというのに。

『バチィン!』

―何を思ったか、悠斗は自分の頬を強く叩いていた。

「―!!?」
その音に負けぬ速さで、痛みが顔全体に走った。

痛くない筈が無い。
出せる力を全て手に込めた、全力のビンタだ。

強く叩きすぎたその頬は、玄関前の鏡で見ると真っ赤だった。
しかし、これで気分が晴れるなら苦労も無い話で。
結局の所、ただただ痛いだけだった。




―それからは、いつも通りの時間が流れた。
本当に、何事も無かったかのように、その一日は終わりを告げたのだ。

あの出来事が、幻にすら思えるほど、平穏で、いつも通りで。

だからだろう、悠斗はベットの上で、陽菜の残した言葉を、繰り返し脳裏で再生していた。
消えてしまわない様に、刻み込む様に。
ただ脳内で同じ事を繰り返し、ゆっくりと、今日の出来事を消化していく。

こんな複雑な気分も、この梅雨の出会いも、全部夢では無いんだよな。
沢山の笑顔を貰い、俺自身も沢山笑った、この思い出も、現実なんだよな。

・・・だとして、俺は陽菜に何をしてやれただろうか。
笑顔の代わりに、何を返せただろう?

―・・・そんな思考も、全力疾走の疲労と夜の睡魔には勝てなかったのか、悠斗はその途中で眠っていた。

消えんとする意識の最後、陽菜の笑顔が浮かんだ。




―翌日の朝。

朝食を食べてから直ぐに家を出た悠斗は、駅周りの停留所で、バスを待っていた。

目的地は、一昨日行った並木町。
悠斗は朝一番に柚子に連絡を取り、会う約束をしていた。

言うまでも無く、目的は面会。

自身でも驚くほど、早い行動だった。
確かに『また会いに行く』とは言ったものの、間が無さ過ぎる。

かと言って、休日に何もする気が起きない悠斗にとっては、ソレが一番有意義な選択だったのかもしれない。
何より、会いたいと言うのが素直な本心だった。

「・・・本当に平和な街って、こういう所を言うんだろうな。」

バイクよりも早くも無く遅くも無く、並木町へは二時間ちょっとで辿りついた。
建物の数よりも木々の方が多い、緑が主な風景が、一面に広がる。
人が大勢居るわけでもなく、静かな中心街は、悠斗の町の中心であるあの商店街とは違い、のんびりと落ち着いていた。

バスから出るとまずお出迎えするのは、そんな木々にはありがたく、悠斗にとっては鬱陶しくすら感じられるであろう、眩しい太陽。
そして。

「悠斗さん!こっちこっち~!」

そんな太陽に負けず、眩しい笑顔で大きく手を振る柚子さんの姿だった。
相変わらず、白い服が似合う人だ。

「こんにちわ~。」
「どもっス・・・急な連絡ですいません。」
「ううん~、いいんですよ、何となく来る気がしてたし。」
「・・・え?」
「ほら、行きましょう?」
「は、はぁ・・・。」
「れっつご~♪」
「ご、ご~・・・?」

お辞儀の後、嬉しそうな表情で意味深な台詞を言って、柚子は悠斗の手を引いて歩き始めた。
見て解るほどに上機嫌な柚子は、年下である悠斗から見てもなんとも子供っぽく、それほど自身の到着を喜んでくれたのかと嬉しくもなり、同時に、質問に値する疑問となった。

「あのー・・・柚子さん。」
「はい?」
「どうして・・・その、来る気がしたんですか?」
「え?・・・うーん。」

予知でも出来るのか、と言わんばかりの悠斗の質問に、柚子は数秒考えた後、答えた。

「本当に、何となくなんです、強いて根拠を挙げるなら・・・昨日、あの子が笑った事かな。」
「・・・笑った?陽菜が、ですか?」
「はい。―・・・植物人間って言ってもね、喜怒哀楽が無いってワケじゃないんです、意味も無く笑ったり、意味も無く泣き出したり、・・・本当に、意味は無いのだけど・・・あの子が笑ったの、久しぶりだったから。」
「・・・。」
「もしかしたら、悠君がまた来るのをどこかで感じて、喜んでたんじゃないかなぁって。」

結局は偶然なのだけどね、と苦笑いをする柚子。
『昨日、笑った』

その時、悠斗が思い浮かべたのは、陽菜が消える間際見せた、あの笑顔。
確かに、アイツは笑ってた。

「・・・案外、そうかもしれません。」
「え?」
「・・・いや、気にしないでください。」
「・・・もしかしてテレパシーとか?」
「いやいや・・・。」
「ロマンチックですよねぇ・・・私も夫とそういうのやってみたかったなぁ・・・。」
「・・・ロマンチック?」
「だってこう、通じ合える!みたいなね?」
「ははは・・・。」

空に向けて両手を広げながら語る柚子はなんとも微笑ましく、悠斗は元気を分けて貰えた様な、そんな気がした。
親子揃って、本当に人を元気にするのが上手だ。

―その後、他愛の無い雑談をしながら歩く事十分、病院までの道のりは長いようで、なんとも短かった。

「それじゃ、ちょっと待っててくださいね~。」
「はい。」

病院の中に入るや否や、満面の笑みに軽快な足取りで、ナースステーションに向かう柚子さん。
今日はずっと笑っているようにさえ感じる。

『あの子が笑ったの、久しぶりだったから。』

思えば、この人はもう10年以上、こうして陽菜が起きるのを待っているんだよな。
10年、それは俺の今生きてる人生の半分以上の年数。
そんな年月、こうして面会を続けている。
俺の想像も付かない、気の遠くなるような時間。
だから、そんな笑顔が嬉しくて、自分も笑顔になれる。

昨日、そして一ヶ月の間、陽菜の沢山の笑顔を見てきた俺には、想像も付かない事だ。
ましてや、あの人は母親だ。
目を覚まさないままの娘を、笑えなくなってしまった娘を、ただひたすらに待つ。
どんなに、長い10年だっただろう。
想像したのが、いけなかった。

「はい、お待たせしました。」
「・・・。」
「・・・悠君?」
「・・・あ、はい。」
「どうしました?浮かない顔をして。」
「・・・その、柚子さんは、辛いと思った事はありませんでしたか?」
「え?」
「その、もう随分長いんですよね、見舞いに通うの。」
「・・・。」

気付けば、戻ってきて早々自分を心配してくれる柚子に対し、悠斗はなんとも直球な質問を口にしていた。
当然、そんな急な質問には、さすがの柚子も目を丸くする。

思った事を直ぐ口にする癖は直すべきだろう、悠斗はつくづく思う。
しかし、それは素直に知りたかったからこそ出た言葉で。

悠斗のどこか暗い表情に質問の意図を察したのか、小さく微笑んで、語り始めた。

「・・・そうですね、何を聞いても答えないし、ほとんど無表情、悠君が見た時みたいに、ずっと目を瞑ってる時もある。」
「・・・それを・・・10年以上続けてるんですよね?」
「ええ。」
「・・・辛くは、無いんですか?」
「辛いです、正直に言っちゃうとね。」
「・・・。」

今までに聞いた、どんな『辛い』よりも。
その『辛い』と言う言葉は、とても重く感じられた。
苦笑いが、どこか悲しげで。
それが尚、言葉に重みを持たせていた。

「・・・脳死になるとね、もう助かる可能性も0だから、簡単に尊厳死だーとか安楽死だーとか言えるのかもしれないけど・・・陽菜にはまだ可能性があるの。」
「0に近い、可能性でも、ですか。」
「ソレを言われると弱いなぁ・・・でもね、時折笑ってる顔とか、泣いてる顔を見ると、あの子はまだ、大丈夫、そんな気がするの。」
「・・・。」
「私は夫と違って、あの子に何もしてやれてない母親だけどね・・・そんな私でも、あの子にしてやれる事があるとすれば、こうして世話をして、言葉をかけてあげて、ただ、待っている事なの・・・目が覚めても、親子としての自分たちに、何の空白も無いように。」
「柚子さん・・・。」

柚子さんは言い終えた後、俺にもう一度微笑みかけて、再び歩き出した。
今日もまた、陽菜と話すために。
空白を埋めるために。

ナースの案内で、二人は個室へ到着した。
再び目の当たりにするその部屋を前に、悠斗の心臓は高鳴っていた。

「・・・やっぱり、慣れないな。」
「私も最初はそんな感じでしたよ~、ドキドキしますよねー。」

そう苦笑いを浮かべながら、柚子は扉を開ける。

「陽菜~来たよ~。」
その先には目を開けたままの陽菜が居た。
扉の開く音にも、その声に反応することも無く、窓の外だけを見ていた。

「・・・今日は起きてるんですね。」
「うん~、ほら、隣に座って。」
「・・・はい。」

言われるがままに、悠斗はベットの隣の椅子に座り込んだ。
改めて見る、目の前の陽菜は、沢山の点滴や機械が着いていて、無表情で。
想像していたものを遥かに越えて、その姿はそこに在って。
別人とさえ、思えてしまいそうだった。

「・・・陽菜。」
呼びかけても、反応などしない。
「・・・会いに着たぞ。」
答える事など無い。

「・・・―やっぱ、いつも、こんな調子なんですか?」
「うん、ずーっと窓の外だけを見てるの。」
「・・・。」

覚悟は、してきたつもりだった。
何があっても、動じないで居るつもりだった。
そんな気構えが、逆効果だったのかもしれない。
文字通り、植物の様な陽菜を前に、俺はこの時。

「―ショック?」
「!・・・。」
図星を突かれたように、心臓がビクリと鳴いた。
そうだ、半分くらい、パニックになってたんだ。

「・・・ほら、悠君、笑わなきゃ。」
「・・・え?」

だから、いきなり何を言い出すのかと思った。
こんな状況を目の前にして、どう笑えばいいかなんて、思いつかなかった。

「そうすればね、時々誘われて、あの子も笑うから・・・。」
「柚子さん・・・。」
「・・・悠君が、どんな思いで陽菜を探してたかは、私は解らないけど、会いたくて、探してた、私にもそれだけは解る・・・だから、こんな陽菜を見たら、きっと笑えないかもしれないね・・・でも、笑ってあげてください。」
「・・・笑う・・・。」

陽菜の方へ顔を向けて、微笑みかける柚子。
陽菜に負けないくらい、眩しく、優しい笑顔だった。

「私が笑うのはね、陽菜に沢山の笑顔を貰ったからなの、それこそ天使みたいに、可愛い笑顔を。」
「・・・。」
「だから・・・あの子が自分で笑えなくなってから、私も最初は笑えませんでした・・・でもね、その時思ったの。―今が、この子に笑顔を返してあげる時なんだって・・・そうすれば、この子はまたちゃんと自分で笑えるようになる、二人一緒に、また笑い合える、そう信じてます。」
「・・・柚子さん・・・。」

そうだよな、アイツは、人が笑っていなくても、その笑顔をくれた。
こっちまで笑いたくなるような、満面の笑みで。
幼い頃からずっと変わらない、優しい笑顔で。

『―なら、俺は陽菜に何をしてやれただろう。』
昨日の夜、寝る寸前に過ぎった疑問への答えが、見えた気がした。
なんて事は無い、簡単な答えだった。
後ろばっかり見てて、気付けなかったんだ。

「・・・なーんて、そんな事を思ってもう10年ちょっと・・・まだ足りないのかなぁって思いますね。」
「・・・俺の分の笑顔もあれば、どうにかなるんスかね。」
「悠君?」
「・・・いや、俺も笑顔を貰った側ですから・・・まぁ笑顔云々の問題じゃないでしょうし・・・それくらいしか出来ないでしょうけど・・・。」

悠斗はそう柚子に向かって苦笑いを浮かべ、言った。
確かに、俺は陽菜に何も返してやれなかったのかも知れない。

でも、俺達はそこで終わりじゃないんだ。
むしろ、これからで。
今からでも、遅くは無いんだ。
返せるんだ、笑顔を。
眠る陽菜に対して、それが自分が今出来る最善。

「・・・ほら、人が笑ってやるってんだから、もっと嬉しそうな顔しろっての。」

そう言って、笑顔で陽菜の頭を撫でる悠斗。
なんともぎこちない、と我ながら思った。

陽菜は、当然のように窓だけを見て、動かない。
それでもこの時、やっとスタートラインに立てた様な、そんな気がした。

第五話 続く。
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プロフィール

天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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