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季節外れのベロペロネ

『明日、アパートに迎えに来る』

そう言い残して、咲一さんは去っていった。
今は答えが出ないであろう、そう悟って。

「・・・結局、母さんの為なんだね。」

嫌いだった、大が付くほどに嫌いだった父の背中を見ながら、小さくそう漏らす桜さん。
その横顔はさっきまでとは違い、哀愁だけがあった。
俺の目に映るそれは、父との別れを惜しむかの様にも見えた。

第三話「ブラックの様に苦く」

「・・・どうしよっか、これから。」
「・・・桜さん。」

―桜さんが俺の方に視線を向け、そう問い掛けたのは、その姿が見えなくなってから1分以上後の事だった。
長い、余りにも長い時間に感じられた。

ああ、どうにかしようとはしたさ。
だが、この空気の流れを変える術は勿論、沈黙を止める術も、俺には無かった。

『大丈夫?』『気にしないで』『どうする?』etc

頭に浮かんだ言葉は幾らかあったにはあったが、全部却下した。
それらを言った所で、桜さんを励ませるとは思えなくて。
つまるところ、かける言葉が見つからなかったのだ。

「・・・なんて、解んないよね。」

桜さんは、何故か笑っていた。
間違いなく、楽しいワケでも、嬉しいワケでも無い。
笑えないからこそ、笑っているのだろう。
笑うしかない、とも言う。

「―とりあえず、此処を出ましょうか、お店の人に迷惑かけちゃった分、居辛いですし。」
「・・・そだね。」

解決策が無理なら、逃走策。
あんな事があった後だ、周りの視線が宜しくないのは言うまでも無く、人が少ないとは言え、ヒソヒソと声が聞こえるのは気分が悪い。
結局頼んだコーヒーに口もつけず、俺は桜さんの手を引いて、店員に一礼、店を後にした。

・・・その途中、視界に見知った顔が入った事になど、気付きもせず。
状況が状況とは言え、我ながらなんと警戒心が薄い事か。
予想など、出来た筈だろうに。




「・・・はい、お待たせしました。」
「ん、ありがと。」

店を出て、宛ても無いままさまよう事10分、近場にあった小さな公園に俺達は着ていた。
とにかく人気の無い所に、と意識していた俺は、即座にそこへ入り、桜さんをベンチに着かせ、目と鼻の先にあった自動販売機でコーヒーを買い、直ぐに戻った。

まるで先日の迷子の子供に対する扱いを思い出す様な心配振りだとは我ながら思うが、無理も無い。
それだけ今の桜さんは、弱々しく見えたのだ。

「・・・喫茶店のコーヒーは飲まなくて、缶コーヒーを飲んでるなんて、なんかおかしいね。」
「ははは・・・俺にはこっちの方が馴染みがありますけどね、家にソレっぽいのを置くと高いし。」
「あー、コータは一人であんな所行かないもんね、解るかも。」
「仰る通りで・・・静花さんと所に勉強会に行った時飲ませてもらったりはしてるんですけど・・・同じ事を言うと怒られますね『あんなもん飲むな』なんて。」
「あはは・・・静花、ああいうのには五月蝿いからね。」
「ええもう、紅茶なんかもそうですけど・・・あれは何時の話だったか―。」

何とか明るい方へと持っていこうとしたのか、俺は自然と、話題を今と全く関係ない話へ誘導していた。
俺自身が逃げたかったと言われれば、否定は出来ない。
ただ何よりは、目の前にある問題に対し、今の桜さんが真っ向からぶつかった時の事を、考えたくなかったのだ。
『無事で済む筈が無い』
言ってしまえば、それが俺の結論だった。

「―私の、お母さんね。」
「は・・・はい?」

だが、そんな時間稼ぎが長くも続く筈は、無い。
だって、今俺が何を話していてたとしても、桜さんはその事しか考えていないのだから。
桜さん自身は、向き合おうと必死なのだ。

「―昔から、身体が弱かったの。」
「!・・・そう、なんですか。」
「うん、だから・・・アイツの言う事は多分、きっと本当なんだ。」
「・・・。」
「・・・だから、きっと戻った方が良いんだと思う、少しだけでも、手術から退院の間だけでも。」

―でも、ひょっとしたら、そのままずっと。

「・・・私ね、お母さんっ子なの、親父の代わりに、兄弟や姉妹の代わりに、勉強を教えて貰って、遊んで貰って。―お母さんとの思い出がほとんどなんだ・・・あの家での記憶。」
「・・・桜さん・・・。」
「・・・だから・・・だから。」

父親に言われてから、今この時まで。
桜さんの中で、その問いは何度も行われた事だろう。
そして、出た答えも、きっと。

「行かなきゃいけない、行ってあげたい、行きたい・・・って気持ちが、ある。」
「・・・。」
「勝手だよね・・・家を出といて、そんな事思うなんてさ・・・。」

だと、思った。
口には出さなかったが、俺は桜さんのそんな言葉に、安堵を覚えていた。
大好きな母が大事な時に、父嫌いを理由に戻らない桜さんを、俺は想像出来なかったのだ。

・・・いや、多分、多分だ、これは俺の想像に過ぎないが。
病気になったのが咲一さんの方だとしても、桜さんが思う事は同じだろうと思う。
本当に咲一さんの事がどうでもいいのであったのなら、今回の機会すら無かったであろう筈なのだから。

「・・・桜さんは。」
「・・・え?」
「桜さんは、心配なんですよね?お母さんの事。」
「・・・・・・うん。」
「なら、思うままに行けばいいと思いますよ、勝手を謝るのは、その後だって良いじゃないですか。」

気付けば、俺は思うがままに、口を開いていた。
お節介だとは思ったが、これはこの人譲りなのだから。

「・・・そうだけど・・・そうだけどさ・・・。」

俺の後押しに、桜さんの表情は複雑そのもの。
迷いや不安が無い筈が無い、急にあんな話をされたのだ。
だが、桜さんの中で答え(きもち)が出ている以上、俺に出来る事はこれだけだ。

「・・・俺が偉そうに言えるアレじゃ無いのかも知れませんけど、行かないと後悔すると思います。」

何より、俺は知っている。
父親の都合で、大好きだった母親を失くした奴を。
そんな父親でも、本当は解り合いたいと思っている奴を。
アイツがやろうとしている事を、桜さんが出来ない筈も無い。
変な記憶を掘り出したのもあってか、らしくなく熱い言葉遣いだったと思う。

しかし―。

「―・・・そんなに簡単に言わないでよ。」
「・・・桜さん・・・?」
「簡単じゃ、ないんだよ・・・。」

熱意が裏目に出た、そう言う他無い。
桜さんから帰ってきた言葉は、俺が思ったものとは違っていた。

「だって、ずっと私の事なんかどうでもいい、って思ってた、だから、私もどうでもいいやって、今の今まで忘れて来た・・・来たのに・・・何で?何で急に現れて『必要だ』なんて言うの?・・・よりにもよって母さんの大事を理由にさ・・・?」
「・・・それは・・・。」
「・・・ヒキョウだよ、そんなの私・・・選択肢無いみたいなものじゃない・・・。」
「桜さん・・・。」
「必要じゃなくなったら・・・また『どうでもいい』って顔する癖に・・・大嫌い・・・あんな父親大ッ嫌い・・・!」

今まで、桜さんがこんなにも苦しそうにしているのを、見た事があったろうか。
苦しさを訴える様に胸を押さえながら、涙ながらにその心中を語る。
当然そんなの見た事も無いだろうさ、記憶にも無い。
そもそも見たくも無かったさ、そんな趣味も無いんだから。

余りの驚きに、俺は何も返せず、ただソレを聞く事しか出来なかった。
まぁ、言う余裕があったとしても、多分何も言えなかっただろうが。

「―・・・ごめん、先に帰るね。」
「・・・え。」

そんな、無言の間が数十秒。
口を開いたのは、またも桜さん。

「・・・本当に、ごめんね。」

―今度は顔も合わせずにそう言って、公園を去って行ってしまった。

当然、引き止める為の言葉が思いつく筈も無く、俺はただ見送るだけしか出来ず。
桜さんが座っていた場所には、空になった缶コーヒーだけが残った。

「・・・はぁ。」

重い溜息が、一声。
『やっちまった』とどこからか声が聞こえて来る位だ。
周りから見れば、さぞ痛い姿であろう。
休日の午後に公園で一人溜息を付く青年の図など、美男子でも無い限り、酷い図でしかない。

だが、動く気力が無いのもまた、事実で。
結果、そんな情けない格好を続ける事にした。
よくよく考えれば、今更子供に笑われた所で、何てことは無かったのだ。

―結局、それから30分ほど、俺はその場にじーっと座っていた。
待てをされた犬の様に、殊勝に、誰かを待っているのではないかと、そう自分でも錯覚する程に。
勿論、待ち人など居ないし、そんな約束も無い。
ただそこに佇んで、考えていただけだ。

何を考えていたか、と言えば、答えるまでも無い。
脳裏に焼きついている、あんなにも感情的になった彼女の事だ。

―酔いに任せて、泣いたり笑ったり、とにかく喜怒哀楽が激しいイメージが先行しがち(ほとんどの場合酔っているのだから無理も無いが)な桜さんだが、素面の時は割りと大人しく、落ち着いている。
少なくとも、あんな風になった彼女を、俺は一度たりとも見た事が無いのだ。

状況が状況だけに、ああなったのも無理は無いし、むしろショックが大きいのは彼女の方なのだろうが。
放心するほどのショックが、俺の中に大きく渦巻いていた、と言うのも間違いない。
それだけ衝撃的な出来事だった事が良く解る。

・・・だが、何故だろう。
あの時、目の前の彼女に対して、確かに衝撃はあったが、それ以上に。
拙くも表現するなら、優越感に似た何かを感じていた。

あの状況で何故?と俺自身でも思うが、感じたものは感じたのだ、仕方ない。
しかし、30分のうち5分ほど考えるも、その正体は解らず、考えるのは止めた。
今はそんな事は重要ではなく、目先の問題を解決しなければならないからだ。

ソレに対して、もはや俺が何を出来るかは解らない。
考えた挙句、方法も浮かばなかった。
だが、行き先だけは、もう決まっていた。

ようやくと言うべきか、俺はベンチから立ち上がり、二本の空き缶をキチンと分別して捨てた後、公園を後にした。

第三話 続く
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プロフィール

天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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