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季節外れのベロペロネ



―ごめんな、姫子。

真っ白な中で、母ちゃんの謝る声が聞こえた。
何故だろうか、とても悲しい声。
泣いているような、悲しい声で。

何でそんな声を出すの?
そう聞きたくても、声は出なくて。

―駄目な母ちゃん、許して。

そんな事無いのに、母ちゃんはダメなんかじゃないのに。
どんどん遠くなる声を、ただ聞いているしか出来なくて。

『いかないで』

自分の耳にしか聞こえない声で、ウチはそう叫んでいた。
もっとたくさん、話したい。
たくさん聞きたい事が、あるのに。
夢の中でしか、会えないのに。

季節外れのベロペロネ 第四話

『父にも色々』




「―ちゃん。」
「・・・ん・・・ぅ?」
「―姫子、起きろー。」
「・・・うぇ?」
「・・・おはよう、お嬢様。」
「・・・おはよう・・・?」
「・・・よくお眠りで。」

時刻は午前11時。
つまり、3時間程、コイツは寝ていたと言う事になる。
気合を入れて着たは良いが寝不足でダウンとは、子供らしいと言えば子供らしいが。
さすがにこのままは困る、と言う事で、俺達はついに眠り姫こと、姫子を起こす事にした。

・・・ついに、とは言うが、俺としては寝始めから起こすつもりだった。
内職とは言え仕事は仕事、これで食ってる人も居るし、俺等もそのクチだ。
職場に来て3時間居眠りとか、仕事を舐めてるとしか思えないし、引っ叩いてでも起こそうと考えもした。
しかし、姉ちゃんが『可愛い寝顔』と言ってそのままにしておいた結果、この時間である。

子供一人が仕事しなくて何だ、と言われるかも知れないが、何せ、仕事は3人分前提だ。
まぁ、正確に言えば2.5人分だけれど、それでも二人でやるには少々骨が折れる訳で。
何より、自分で言い出した事なのだから、しっかりしてくれなければ、こっちは遊ぶ時間も割いてまで仕事に勤しまなければならないのだ。
と言う事で、御起床願ったのだが。

「・・・んー・・・あれ?・・・ここどこ?」
「・・・駄目だコリャ。」
「ちょ、ちょっと寝すぎちゃったかなぁ・・・。」
「姉ちゃんが甘やかすからだよ、もー・・・。」
「あははー・・・。」

起きたはいいが、目覚めが悪いらしい。
ぼーっとした顔で辺りを見渡した挙句、このセリフ。
さすがにこれでは仕事も出来ない、俺は呆れ、姉ちゃんは苦笑い。
強がっても子供は子供、歳相応に可愛いモノである。
珍しい姫子が見れただけヨシとしよう。

とりあえず、目覚めに濃い目のコーヒーでも入れてやるか。
姫子が苦いのが苦手なのを知りつつ、俺は台所へと向かおうと立ち上がった。
その時の事だ。

―ピンポーン。

こんな時間に珍しい、来客の合図。
新聞はもう間に合ってるし、勧誘が来る様な所でも無い。
コータ辺りが暇になって来たか、大学時代の友人辺りか。
まぁ考えたって仕方ない。

こういうのは先に立った者負けだ、コタツに入ったまま出る気配の無い姉をチラりと見た後、俺はそのまま玄関へと駆け込み、勢い良くドアを開けた。
そして、すぐに後悔する。

「―ごきげんよう愛しい娘達!パパが着てやったぞ!!」
「げっ・・・!」

もう少し、良く考えておくべきだった、と。




「お父さん!来る時はいつも電話してって言ってるでしょ!家族とは言え迎える準備ってモノが・・・。」
「はっはっは、梨花はいつでも優しい子だなぁ、でも大丈夫!パパはどんな家だとしても何時だって住む準備万端さぁ!」
「はいはい、何度それでお母さんと喧嘩になったか考えてみてくれ・・・。」
「瑠花ぁ・・・それが聞いてくれよ・・・ママな・・・お前らの所に行くのもっと控えろってい言うんだ・・・。」
「当たり前だろ・・・月何回着てるよアンタ・・・?」
「そうだよ・・・私達だっていい大人なんだから・・・心配なのは解るけどさ。」

さて、上がりこんで早々、コタツに入り込んできたこの男について、どう説明するべきか。
突然現れたコイツに驚くまでもなく、俺と、多分姉ちゃんも、思考を回転させた。
いや、こんなもん、もう説明するまでも無く解るだろうし、俺等だってそう思うのだが。

「こ、これでも相当に抑えているつもりなのだけどなぁ・・・。」
「あー・・・解ったから泣かないでようっとーしい・・・。」
「今言った!うっとーしいって言った!梨花ぁ!瑠花がパパのことうっとーしいって言った!!」
「あーもう・・・お父さん泣かさないでよ瑠花・・・ただでさえうるさいんだから・・・。」
「梨花ちゃん!?」
「・・・えーと、誰?」

それでも、姫子が驚き顔でこう聞くのは他でも無い、目の前の涙目になりながら、子供の様に訴える人物が、一家の柱であるなどと、思えなかったのだろう。
ああ、俺達もそう思う。
しかし、事実は事実。

細身な身体に眼鏡が良く似合う童顔、スーツ姿にさわやかショートヘアーと、オッサンに見えないこのオッサンが、俺こと瑞希瑠花、姉ちゃんこと梨花の父、瑞希大地(だいち)であり。
「「・・・恥ずかしながら、父です。」」
結局、姫子にありのままを伝えた後、俺と姉ちゃんは大きな溜め息を付くのであった。

「あれ?二人とも、今、誰に僕の事を紹介したんだい?」
「気付いて無いのかよ!?・・・ここに居るだろ、ここに。」
「・・・え?」

そんな娘の心境など知る由も無く、どうやらようやく姫子の存在に気付いたらしく、その方へと視線を向ける父。
娘の事になると隣の女の子も見えないとは、相変わらずの娘一筋。

「・・・。」
「ど、どうも・・・初めまして・・・。」
「・・・り・・・梨花・・・瑠花?」
「ど、どうしたのお父さん・・・。」
「ま、まだ結婚も認めてないのに・・・どっちの子だ!?」
「・・・あー・・・。」

いや、ここまで来るともはや病気だろうか、それも末期の。
ありもしない事を真剣に話す父を前に、俺はそんな事を思い、納得した。

「お父さん・・・この子今11歳よ?子供なワケないでしょ・・・。」
「そ・・・そうか・・・いやしかし、バツイチの男が連れてきた子供とも・・・。」
「無いです。」
「は、はい・・・。」

それでも答えてあげる姉ちゃんは、やっぱり優しいと思う。
俺だったら、答える気にもならない。

「前に話したでしょ?アパートに新しく入ってきた子・・・姫子ちゃん。」
「ああ・・・ああ成る程!あの姫子ちゃんか!」

どうやら理解したらしい、納得した表情を見せる父。
そして。

「初めまして!君が姫子ちゃんだね!?」
「は・・・はい、そうですけど・・・。」
「話には聞いてるよ!娘達が世話になってる様で・・・この瑞希大地、父としてお礼を言うよ!」
「は・・・はぁ・・・。」
「ははは、緊張しなくていいよ、自分の父親だとでも思って話してくれたまえ!」
「・・・。」

ようやくと言うべきか、始まった自己紹介。
ハイテンションな喋りっぷりが何とも面倒臭く、姫子もこれには反応に困っているらしい、此方へ視線を向けて。ヘルプを求めてきた。
仕方ないので助けてやるとしよう。

「はいはい、自己紹介もここまでにしてくれよ父ちゃん、見ての通り今仕事中なんだ、向こうでゲームやってるか、向こうで大人しく座ってるか、どっちかで頼むぜ。」
「むぅ・・・仕事中に来てしまったか・・・それはすまん!お詫びに何か手伝おうか!?」
「「いいです!!」」

それも今気付いたのかよ、と思いつつ俺はソレを口に留めた。
これ以上話が続くのも面倒だし、何より、仕事が進んでいないのが問題だからだ。
『手伝うー!』と言う父を無理やりゲームが並ぶエリアに置き、俺達は再び作業を始めた。

後ろで犬の様な視線を感じるのが難点だが、正面で騒がれるよりは百万倍マシだろう。

「何か、変な父ちゃんやな。」

後ろをチラりと見ながら、姫子は呟く。
気付けば、眠気は完全に取れたらしい、まぁ当然と言えば当然だが。

「だろ・・・世界一変な親父だぜ。」

あんな五月蝿いのがハイテンションで現れれば、嫌でも眼が覚めるし、最悪夢に出る。
たまに、本当にたまにだが、父親のチェンジを願った事もあったモノだ。
愛されてるって自覚はあっても、時にはそれが鬱陶しいと思う事だってあるから。

「でも、あんな父ちゃんが良かったな。」
「・・・え?」

だからだろう、そんな姫子の一言は、俺の耳に良く通った。




「・・・ふぅ。」

綾さんが出て行ってから、約3時間、時刻は11時半。
綾さんが居たのは大体30分ほどだろう、思う程時間は取られず、疲れる事無く、俺は執筆する事が出来ていた。
無音の中、黙々とキーボードを打っては考え、考えは打って、物語を作っていく。
いつもより集中出来ているとさえ言ってもいいだろう、順調な作業。

だと言うのに、俺の気分は晴れない。
胸に得体の知れない不快感が宿ったまま、離れやしない。
それを誤魔化す為に作業に没頭した、と言っても過言ではないだろう。

ああ、原因は解っているんだ。
だからこそ、解決のしようも無い事も解っていて、俺を余計に憂鬱な気分にさせる。

そりゃ遅かれ早かれ、俺も姫子も、いつかは知る事だったかも知れない。
これが姫子が家出し、此処に来るに至った、全部の始まりだとしたら、知らなきゃいけない事になるだろうから。

でも、今知る必要は無かったんだ。
もっと後で、出来ればアイツと同じタイミングで知っておきたかった。
自分で言うのは難だが、俺は嘘が上手ではないし、誤魔化すのも上手くない。
だから正直な話、その時が来るまでの間、この事を隠し通せる自信が、無いからだ。

今は居ない新聞記者をほんの少しだけ恨みながら、俺は椅子の背に体重を掛けて、深い溜め息を付いた。

第四話 続く。
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プロフィール

天野幸音

Author:天野幸音
ようこそ、野良猫の溜まり場へ。
お茶もお洒落な音楽も無いけれど、ちょっと変わった物語がここにはあります。

・・・多分?

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